カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
眠る朔也を残し、竹生は居間に戻った。 夜の暗がりに支配された部屋で、安楽椅子のひとつに青い肌の者が寛いでいた。 ”人でない”竹生には、灯は必要ない。たとえ月がなくても昼間同様に何もかもが見渡せる。異界の者も同様であった。竹生を見ると、青い顔に楽しげな表情が浮かんだ。竹生は片隅の戸棚から琥珀色の酒の瓶とグラスを取り出した。グラスに酒を満たすと、硝子に混じりこんだ鉛が、月明かりに鈍く虹色に淡いきらめきをみせた。竹生はグラスのひとつを異界の者の前に置いた。 もうひとつのグラスを手に、いつもの椅子に腰を下ろすと、竹生は言った。 「礼を言う」 「いや、何。容易い事よ」 差し出した干瀬の手にグラスがふわりと飛び込んだ。干瀬は軽くそれを掲げ、上手そうに飲み干した。 「良い酒だな。斤量(きんりょう)の分もあると良いな」 「酒なら、充分にある」 「屋敷のあるじが戻ったのだ。斤量の術も解いて良いな」 天井から野太い声が響いた。 「酒をもらっても良いかな、竹生様」 竹生は顎で瓶を示した。 「好きなだけ」 見えない手が瓶を掴んだ。どういう仕掛けか、瓶の中身の半分が消え失せた。干瀬は目玉をぐるぐると回して呻いた。 「おいおい、ワシの分も残しておけよ」 竹生は戸棚を指差した。 「あそこにまだ幾らでもある。安心せよ」 干瀬はうれしそうな顔をして、天井に向かい呼びかけた。 「お役御免だ、お前も降りて来て飲め」 野太い声が素っ気無く答えた。 「人の形を取るのは面倒だ」 干瀬は手酌で杯を満たした。 「ワシはここにやっかいになる。御子達が心配だからの」 竹生は頷いた。 「歓迎する」 野太い声が響いた。 「我が仮住まいは摩天楼に。進士(しんじ)殿は我が友なれば」 竹生は再び頷いた。杯を干すと干瀬は立ち上がった。 「肴も欲しいな」 次の瞬間、その姿は消えた。 野太い声が響いた。 「この屋敷が我らの次なる城」 竹生は天を仰いだ。 「そうはしたくなかったがな」 「人の世の移ろうは、常なる事なれば」 竹生は居ながらにして、屋敷中の諸々が手に取るように解る。それが”人でない”者の感覚である。竹生は彼にとって何よりも大切な存在を感じていた。 「幸彦様は眠っておられる。大分お疲れの様だ」 「随分と無茶を」 「その為にも・・」 扉を軽く叩く音がした。竹生が応じた。 「入れ」 「失礼致します」 朱雀であった。深夜であっても、朱雀の装いには一分の隙も無い。仕立ての良い背広に皺ひとつなく、赤みがかった髪にも乱れは無い。竹生は言った。 「お前も飲め」 「では遠慮なく」 朱雀は勝手知ったる様子で自分の分のグラスを戸棚から出して来た。朱雀が椅子のひとつに腰を下ろし、一息に一杯目を空けたのを見届けると、竹生は言った。 「報告せよ」 朱雀は軽く頭を下げた。 「”外”の体制は、ほぼ計画通りです。村については、三峰からまだ・・」 朱雀は胸のあたりにちらりと三峰の想いがよぎるのを感じた。”絆”に距離は関係ない。 「あちらも予想通り、荒療治を選択する事となりましょう」 どさりと卓上に様々な食い物が置かれた。 「これでゆるゆると酒が飲める」 干瀬が元の椅子に戻り、両手をこすり合わせていた。 「腹がへっては、というからな」 干瀬は生ハムの塊にかぶりついた。そして上目遣いに朱雀を見た。 「ワシらをこき使うつもりであろう?飯を食う暇もない位にな」 朱雀は苦笑いした。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009/07/27 10:58:30 PM
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