カテゴリ:白木蓮は闇に揺れ(完結)
「いつもと反対だな」 千条はわざと陽気に言った。 ”盾”の息のかかった病院である。厳重な警戒下であっても、誰も千条の出入りを妨げる者はいなかった。千条は竹生達に準じる扱いを受けていた。”盾”達は知っていた、千条が竹生達と同じ者になった事を。包帯だらけで横たわる鍬見は、苦しげに息をしながらも、片目まで包帯に覆われた顔で、口元だけ笑ってみせた。 「たまには・・いいだろ・・・」 鍬見が口を聞いたので、千条は少し安心した。 「お前には散々世話になったからな、俺は」 「でも、お前は・・・」 「ん?」 「いや、いい・・俺が、弱いだけだ・・だから・・」 千条は励ます様に言った。 「お前は、弱くなどない」 鍬見は枕の上で、微かに首を左右に振った。 「強ければ・・こんな無様な姿を、晒さない・・」 「俺の方がもっと酷かったぞ」 「それは、相手が・・・」 かつて百合枝を守る為に、千条は最強の”異人”鞍人(くらうど)と戦い、片足を損なう瀕死の重傷を負った。その為に盾ではいられなくなったのだ。五体満足でない者は”盾”でなくなる。それが掟だった。そして竹生の血によって”人でない”者として生き長らえた。不具の身となった百合枝に一生仕える為に。 「詩織様は、竹生様のお屋敷に保護されている」 鍬見は黙っていた。 「お前は、詩織様を・・」 「・・言うな」 「そうか」 「・・ああ」 「そんな所まで俺と一緒か?付き合いが良すぎるぞ」 鍬見は寂しげに微笑んだ。千条も鍬見も、かなわぬ相手と知りつつ、愛する事を止められなかった。 「お前みたいに、強かったら・・な」 「お前は弱くない、それにな、俺とお前は決定的に違う事がある」 「違う・・事?」 「俺は百合枝様をお守りする事が出来なかった。だが、お前は詩織様を守り切った」 千条は暗く笑った。 「俺はお前が羨ましいよ」 しばしの沈黙の後、鍬見がぽつりと言った。 「どういう・・気持ちなんだ?」 「何がだ?」 「百合枝様のお側に、ずっと・・償い?辛くはないか?百合枝様は・・」 千条はふっと笑った。 「俺は、朱雀様を尊敬している。お前だってそうだろう?」 「ああ」 「朱雀様と俺は、百合枝様の幸せを願っている・・回りくどいな、いいんだよ。痛みはあるさ、だがな・・俺は、百合枝様の笑顔を見る事が出来れば、それでいい。多くを望めば苦しい、だからいいんだ、それで」 「多くを望めば・・か」 鍬見は目を閉じた。久しぶりに人と話して、疲れを感じていた。 「幸彦様は、詩織様を幸せにして下さるだろうか」 「真彦様の事が気になるか?」 「詩織様を嫌っておられる」 「父親を取られると思ったのかもな」 「・・かな」 千条は窓の外を見た。 「俺には、親子の気持ちは分からん」 「・・俺もだ」 幼くして親をなくした二人は、寂しく笑った。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/10/21 03:38:40 AM
[白木蓮は闇に揺れ(完結)] カテゴリの最新記事
|
|