カテゴリ:白木蓮は闇に揺れ(完結)
千条は言った。 「朱雀様からお聞きした。村は酷い有様だったそうだ」 「もう、俺達の知っている故郷はないのだな」 「俺は人である事を捨てた。その時から故郷はないがな」 「俺だって”外”へ出たのだ、だから・・」 「無理をするな」 「無理?」 「逢いたくないのか?」 「・・・誰に聞いた?」 「誰にも」 「誰にも?」 「そういう噂はあった、お前の父親が誰か。寮にいた頃だ、お前は知らないだろうが」 「そうだったのか」 「妙な噂を流した奴は、鹿沼と俺で締め上げたからな」 千条はにやりとしてみせた。 「それきり、噂は消えた」 太い声がした。 「そんな事があったな」 鹿沼だった。鹿沼のいかつい身体が戸口に立っていた。 三人が顔を揃えるのは久しぶりだった。これは神の恩恵だと、鍬見は思った。 (今ここでなら、言える) 鍬見は、三人しか残っていないと嘆いた仲間が、また一人減る事を、彼等に伝えたいと思った。彼等に伝えねばと思った。鍬見は静かに言った。 「俺は・・毒に侵されている。もう長くない」 「馬鹿を言うな」 千条が驚いてたしなめた。鹿沼は黙して鍬見を見ていた。 「俺は医者だ、その位わからなくてどうする」 「毒なら、百合枝様が・・」 「・・俺の様な一介の盾に、そんな事は許されない。俺の盾としての席次は低い。俺が倒れても、代わりはいる」 「お前には、まだやる事があるだろう。お前の部下の事も考えろ」 「金谷も久井も、立派に一人前だ」 「まだ、お前が必要だ」 「・・俺は、最低の盾だ。村を守る為に戦って、死ぬのではないのだからな」 黙って聞いていた鹿沼が、遂に口を開いた。 「千条と俺は、お前が立派な盾である事を知っている」 今度は鍬見と千条が驚く番だった。 「俺の立場を気遣ってくれた事には礼を言う。だがお前は大馬鹿者だ。俺が知っていれば、お前はそこまでやられずにすんだかも知れんぞ。お前は俺に、友を救う機会を与えなかった。俺は怒っている、解るか?怒っている」 これほど長く鹿沼が一気に話すのを、長い付き合いの二人でも聞いた覚えがなかった。 鹿沼の気持ちに、鍬見は胸が熱くなった。 「・・お前に、規則違反の・・片棒を担がせるわけには・・」 鹿沼は大声で言い放った。 「だから馬鹿なんだ、友を思う気持ちに理由などいるか。お前も言っただろう?もう俺達しかいないんだ、あの十の歳に見習いになった仲間は」 「鹿沼・・」 「二度と隠すな。俺に言え、俺に頼め」 「お前・・」 「千条は百合枝様をお守りせねばならん。だから俺に頼め」 鍬見は感謝の念と共に、鹿沼へ死に行く自分の最期の気掛かりを託した。 「詩織様を・・頼む。お守りしてくれ」 鹿沼は大きく頷いた。 「承知した」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/10/23 04:34:36 AM
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