カテゴリ:社長の息子(完結)
柚木が言った。 「拓人は百合枝さんの事、何も聞かないの?」 漬物に箸を伸ばしながら、拓人は答えた。 「知らなくちゃならない事は、柚木が教えてくれるだろう?」 柚木は笑った。 「まあね」 「あの人に直接聞く気にもなれなかったし、皆で楽しく話してたかったしな」 「百合枝さんはね、不幸な事故で身体が不自由になったのだよ。自分では寝返りひとつ出来ないんだ」 拓人は、椅子からはまったく動かずにいても優雅に見えた百合枝の姿を思い浮かべた。そして献身的な千条の姿も。 「それでも、朱雀おじさんは百合枝さんと結婚したんだ」 柚木の言いたかった事はそれなのだと、拓人は思った。 柚木の部屋には廊下に出るのとは別にもうひとつの扉があった。そこからひとりの少年が顔を覗かせた。 「何をしてるの?」 拓人には中学生位に見えた。柚木が答えた。 「遅くなったけど、夕飯」 「ふーん」 少年は二人の側に来ると床に座り込んだ。そしてじろじろと拓人を見た。利発そうだが何処か尊大な態度でもあった。 「お前、誰?」 柚木が代わりに答えた。 「彼は拓人、朱雀おじさんの息子になるんだ」 「ああ、母親が”異人”になって殺された奴か」 拓人はむっとした。柚木がたしなめようとするより早く、少年は先を続けた。 「僕と同じじゃないか」 拓人は驚いた。 「お前も?」 今度は少年がむっとした顔になった。 「お前って言うな。僕は偉いんだぞ」 「生意気な中学生だな」 柚木が割って入った。 「真彦は僕と同い年なんだ。僕ら、同じ日に生まれたんだ」 「じゃあ、俺よりひとつ下か」 拓人は真彦に謝った。 「悪かったな。もっと下かと思った。お前、女の子にモテるだろ。可愛いものな」 「女の子なんて知らないや」 真彦はふくれっ面をした。褒められた事が照れ臭いのだと柚木には解った。柚木は拓人の為に補足した。 「真彦は身体が弱いから、学校へ行ってないんだ。家庭教師について勉強してるんだ」 「そうか。同じ母親がいない者同士、仲良くやろうな」 「仕方ないな。お前は村の人間じゃないから、無礼は許してやるよ」 拓人も真彦の緊張と照れを感じ取っていた。学校へ行かず、あまり他人に慣れていないのだろうと、拓人は好意的に解釈した。拓人は微笑して言った。 「ああ、よろしく頼むよ」 桐原が食後の茶を運んで来た。 「僕も欲しい。それとアイスクリーム、二人の分も」 「はい、真彦様」 「お前、アイスクリームが好きなんだ」 「好きで悪いか」 真彦は拓人にツンとしてみせた。 「うちの近所にアイスクリームの美味い店があるんだ。おばさんが一人でやってる小さな店だけどさ」 真彦はふくれっ面を忽ちに忘れ、笑顔になった。 「僕、チョコレートのが好き」 「チョコも美味いけどさ、色んなキャンデーを砕いたのを入れたのが美味くてさ」 「食べてみたい」 柚木も加わった。 「僕も食べてみたいな」 桐原は卓上を片付けながら、子供達の様子をそれとなく観察していた。柚木以外に歳の近い友人を持つ事のなかった真彦が、早々に拓人に馴染んでいる。柚木もひとつ年上の拓人へ甘えをみせていた。 (朱雀様は、これも見通しておられたのか) 桐原は卓上を片付け終わると、一礼して出て行った。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012/05/29 04:37:14 PM
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