大阪CA声楽コンセルヴァトワール

今度は男性の局員で、「口座を開きたい」と言うと、優しく微笑んでさっきと同じ質
問をして来たので、直子さんに教わった通り答えてみると、彼は納得して作業にかか
った。
どうやらちゃんと会話になっているようであった。
すごい、なぜその場にいないのに尋ねられていることが分かるのだろう。
少しすると彼が親切にいろいろ説明してくれて手続きは完了したようだったが、もち
ろん一切分からない、通帳のような物は存在しないようだったので手ぶらで郵便局を
後にした。
その後何年も通しての教訓であるが、「どんな所でも、いくら列が長くとも男性職員
の所に並ぶべし！」
後もっと頭の痛む用事が残っていた。
外人局に行き住民登録を済ます事だ。
でもそれは先送りにして僕はその辺を散歩してみる事にした。
この辺は中央駅から路面電車で３０分ほど行った、町の中心街から少し離れた静かな
所で、３分ほど歩くとライン川に出た。
ドイツ歌曲を歌うと時々ライン川が出て来る、僕の中では歌の世界だけに存在する美
しい川だった。
その川の畔に実際に立ってみるとまた憧れのスターに会ったような気がして、遠くま
で来たんだなと実感した。
ライン川はものすごく幅が広く向こう岸が遥かに見え、流れも速く、荷物を乗せた船
が行き来していて、鴨がたくさん遊ぶ傍を数人の人が畔をゆっくりと散歩していた。
僕はライン川が出て来るシューマンの歌曲を口ずさみながら戻って来た。
昨日から気になっていたのだが、部屋の近くまで来ると奇妙な匂いがする。
薩摩芋を炊いたような匂いで、僕はその匂いのする方に歩いて行ってみた。
そこはビール工場で、ちょうど僕のアパートの斜め向かいに位置し、それはホップを
煮ているかなり強い匂いで始めのうちはやたら鼻に付いた。
スーパーで晩御飯にする野菜とベーコン、それにパンを買い部屋に戻った。
部屋の中までホップの匂いがした。
その時裏の教会の鐘が鳴り出した。
なんとも荘厳なすばらしい音が鳴り響き、窓には夕暮れの夏の空が広がっていた。　
　つづく