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colorful days ~ 絶滅危惧種★専業主婦(注:ちょっと在宅ワークしてる)の加齢なる日々

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2010.10.05
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カテゴリ:日々の気付き

 日本の若者の理系離れが叫ばれるようになって久しい。

 自動車や電化製品など、日本が世界のトップに躍り出た技術産業の栄光が、
 完全に過去のものと化してしまうか否かの分水嶺にあたる昨今とあれば、
 その危惧は当然のものであろう。

 しかし、それでは、理系離れしている若者が、文系の勉強には
 熱心かというと、決してそうではないと思う。

 法曹界で世の諸悪と不正に立ち向かっていこうと気炎を上げている者、

 この作家の作品はすべて読破していて、
 大学で本格的に研究をしてみたいと文学部を志す者、

 そうした人々も中にはいるだろうが、
 決して多数派ではないだろう。

 若者の「理系」離れは国家の存亡に関わる一大事として深刻だが、

 それ以前に、いかなる分野であろうと、

 学問・勉強そのものから関心が離れていっている
 ことが問題なのは言うまでもない。

 
 未知の事柄を学ぶことが、喜びではなく、面倒なことに
 感じられるのだろうか。


 わからないことがあっても、インターネットでちょっと検索すれば
 すぐに答えが得られる、

 スイッチ一つ押せば不便が解消する。

 そんな世の中に安住しているうちに、知的能力も好奇心も鈍麻していったのならば、
 先人の努力を鑑みると、皮肉なものである。


 森?外はこんな言葉を残している。


 「ハルトマンは人間のあらゆる福(さいわい)を錯迷として打破して行く間に、
  こんな意味の事を言っていた。
  大抵人の福と思っている物に、酒の二日酔をさせるように跡腹(あとばら)の
  病めないものは無い。それの無いのは、只芸術と学問の二つだけだと云うので
  ある。自分は丁度この二つの外にはする事がなくなった。それは利害上に打算
  して、跡腹の病めない事をするのではない。跡腹の病める、あらゆる福を生得
  好かないのである。」 (「妄想」より)
 



 今も昔も、「跡腹の病める」福が、凡人には大層魅力的であり、

 多くの人間には、それが「跡腹が病める」ものであるという自覚すらない。


 特に現代にあっては、それらの幻想的幸福への誘いが
 テレビ、雑誌、CM等々ありとあらゆるものにちりばめられていて、
 
 一途に芸術や学問の道を歩むことは、?外の言とは裏腹に、

 楽しみも幸福もあり得ない、悲壮な茨の道を進むがごとくに
 恐れられているのではないだろうか。


 しかしながら、かく言う私も、
 自分の進路はずいぶんいい加減に決め、
 大学でも「研究成果」とは言いがたい、
 お粗末な卒論を残して去った過去があるので、

 今どきの若者はなっとらん!と、
 先人の虎の威を借りて説教したいわけではなく、
 その資格も毛頭ない。


 むしろ私は、

 今という時代こそ、人々が「跡腹の病まない」福に向かっていく
 可能性を大いに秘めた時代だと感じている。

 そして、「理系離れ」「勉強離れ」を嘆かれている日本の若者たちも、
 大いに変貌を遂げる潜在能力を秘めていると思う。


 そのように感じたのは、実は、9月末までNHKで放送されていて、
 私も毎朝熱心に見ていたドラマ「ゲゲゲの女房」ブームである。


 なぜ「ゲゲゲの女房」があれほどの人気を博したのか? 

 には諸説あり、それらは概ね納得のいく説ばかりであった。

 ドラマの主人公である、
 水木しげるの奥様の魅力が主原因であることは別格として、

 ここで考えたいのは、

 「ゲゲゲ~」が、平成生まれの若い世代にも人気があったのは、

 水木しげるの、一生をかけられる仕事をもって、それが
 お金にならない時でも、世間に認められない時でも、

 あきらめずに黙々と漫画を描き続けていた事実、

 それに人々が驚き、ある種の憧憬を感じた結果ではないかということだ。


 物質的に満たされていて、何もかもそろっているようで、

 実は、自分が向かっていくべきもの、自分がこれをやっていると
 寝食を忘れるほど楽しい、というものを持っていない人が、
 今実に多いと思う。

 そういうものがない、代わりに、お金がたくさんあること、
 あるいは稼げること、を自分の目標や、他人の評価の物差しに当てはめて
 しまっている人は、これまた実に多い。

 もちろん、水木しげるは後には世間に認められ、
 経済的に安定するのだが、
 
 「人がなんと言おうと、自分が極めたいものがある、
  これが好きだというものがある」、

 これが、世間の多くの人々には、
 自分の失っていたものを見せつけられ、新鮮だったのではないだろうか。

 
 また、水木しげるが貧乏と世評に苦しめられ、悲壮そのものであれば、
 こんなに人気は出なかったかもしれないが、

 確かに生活も、精神的にも苦しいには違いないが、

 それをはるかに上回るほどの
 「描くことの喜び」を感じている様子、
 描かざるをえないという才能のほとばしりをみせている。


 それが、私にはまぶしく、うらやましかった。

 おそらく、「ゲゲゲ~」を見ていた多くの人々も同様だと想像する。


 
 そんな水木しげるの生き方は、?外の言を借りて言えば、


 「芸術の中に、跡腹の病まない幸福を見出した生き方」である。


 そして、そのような水木しげるの生き方にドラマを通じて魅了された人々は、

 跡腹を病む質の「幸福(と思っているものの)」の幻想性に薄々気付き、
 あるいは飽き飽きしていて、
 
 真実の幸福とはなにか、を無意識にであれ、
 探し出そうとしている人々なのではないだろうか。


 
 私には、「跡腹を病まない幸福」というのが、只芸術と学問のみであるかどうかは
 確かめようがない。

 それらすらも、純粋なる、無上なる幸福とは言えないかもしれない。

 
 しかしながら、

 芸術と学問に幸福を見出した森?外、

 芸術の喜びを体現している水木しげるなどの生き方を知ると、

 おそらく芸術と学問は、
 世の多くの、ドラッグ的、幻想的幸福とは一線を画する幸福を
 もたらすものであると推測される。


 私は、人々が真実の幸福を模索する時代にあって、

 少なくない人々が、勉強することの楽しさに再び目を開かれていく
 ことになると、予想をたてている。

 そして、これは楽観的にすぎるかもしれないが、

 その中の多くの若者が、
 理系離れなどとささやかれていたのがウソのように、
 理系的な学問(それは哲学とは違った意味で、宇宙の真理の探究であると思う)
 に目覚めていくだろうと信じている。



 





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最終更新日  2010.10.06 08:51:16
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