背後の相手を刺激しないよう、アンドレスたちは動作を静止したまま、首だけ僅かに動かし、半顔だけ振り向いた。
そして、えっ!と、思わず目を瞬かせる。
彼ら4人に険しい表情を向けて、見張り小屋の前でオンダ(インカの投石器)を身構えている人物は──まだ17~18歳位に見えるインカ族の少女だったのだ。
村の自警団のものと思われる男性用の衣服を身にまとい、オンダの紐を振り切らんばかりに引き絞って構える姿に隙は無く、義勇兵の経験があるのかもと思わせる凛々しさを備えている。
それでも、長いおさげをパタパタと夜風になびかせながら、澄んだ大きな瞳を真っ直ぐこちらに向ける顔立ちは愛らしく、旅の4人は思わず内心で緊張の糸が解けるのを感じていた。
とはいえ、表向きは緊迫感を保ったまま、ペドロが礼を払ってから、沈着な声音で少女に語りかける。
「突然の来訪で驚かせてかたじけない。
我らはインカ側の人間なので、どうかご心配なさらないでいただきたい。
こちらの村に立ち寄ったのは、旅の道中、一晩、休息の宿を求めに来ただけで、決して村人に危害を加えるようなことはしない」
「…………」
ペドロの言葉にじっと聞き入りながら、少女はしばし無言で暗闇にまぎれる旅の4人組の様子を眺め渡していたが、やがて訝し気に問う。
「おまえのその言葉を証明するものを何か持っているか?」
それに対して、ペドロは「もちろんだ」と荷物の中をガサゴソやってから、4人分の通行証を取り出して、少女の方に差し出した。
しかし、少女はまだ不審気に闇の奥を見据え、「この通行証、偽物じゃないだろうな?スペイン人まで連れてるおまえたちを簡単に信用できると思うのか?」と、若いわりに、なかなかのしっかり者ぶりを発揮している。
ペドロはチラッとアンドレスに視線を馳せ、そんな彼の方に、アンドレスも軽く目くばせする。
そのアンドレスの合図を受け取ると、ペドロは荷物のさらに奥深くまで腕を突っ込み、書状のようなものを取り出した。
そして、それを水戸黄門の印籠(いんろう)さながらに、ババーンッ!!と、掲げ挙げる。
「そういや、こんなものもあったぞっ!!」
一方、大げさなペドロの態度に、少女は「へんなヤツだな」と冷ややかな眼差しを向けていたが、受け取った書状の中身をカンテラに透かし見て、「嘘っ!!」と叫んだ。
実は、その書状というのは、トゥパク・アマルが、アンドレスたちの旅がつつがなく進むよう、「この4人は自分と縁ある者なので、旅の便宜を図ってやってほしい」といったようなことを直筆でしたためてくれていたものだった。
「これは本物なのかっ!?
ト…トゥパク・アマル様のサインもあるが…!!!
なぜ、そんな得体のしれない貧しい風体をしたおまえたちが、こんなものをッ!?」
夜闇の中でもわかるほど頬を紅潮させた少女の素直な興奮ぶりに、アンドレスは思わず微笑ましくなって笑いかけそうになったが、ぐっと堪えてポーカーフェイスを作り直した。
ペドロやジェロニモも同じようで、吹き出しそうなのを堪えている様子がうかがえる。
そうしながら、ペドロがまた沈着さを装って、すまし顔で答えた。
「正真正銘の本物である。
我らはトゥパク・アマル様麾下のインカ軍本隊に、直に物資を届ける商いをしているゆえ」
「ふうむ…」
少女は、もっともらしく言い放ったペドロとトゥパク・アマルの書状を何度も見比べていたが、やがて、クルッと小屋の方に踵を返した。
「ちょっと待っててくれ!
あの番小屋の中に、通行証の鑑定士がいるんだ。
ついでに、この書状の筆跡が、本当に陛下のものなのか確認してくる!
それまで、勝手に村に入ったり、逃げたりするなよ?」
はいはい、どうぞ、とペドロが返答するのも待たず、少女はダッシュで見張り小屋の方へと消えていった。
それから数分後、小屋から戻ってきた少女はますます興奮して、すっかりハイテンションになっている。
「すごいぞっ!!!
本物の、ホンモノの、ほ・ん・も・の・のトゥパク・アマル様の直筆だそうだッ!!」
恭しい手つきで通行証と書状をペドロに返しながら、少女は、改めて旅の4人を見渡した。
「いや、ほんと、驚いたな。
ともかく、おまえたちの嫌疑は晴れた。
村の中に入ってかまわない。
なんなら、わたしが旅の宿まで案内してやってもいいが」
そんな少女の申し出に、ペドロは「そうしてくれるとありがたい」と応じる。
少女はすっかりペドロを4人の代表者と思い込んでいるようで、ペドロを見つめて問う。
「わかった。
ちなみに、わたしはマリオ。
おまえは?」
「ペドロだ、よろしく頼む」
「ああ、よろしく、ペドロ。
さあ、他の3人も中に入っていいぞ」
マリオと名乗った少女は、『モソプキオ村』と書かれた看板横の門扉を押し明け、その扉の一方を支え、馬を引きながら4人が門をくぐっていくのを見守っている。
そんなマリオの前をアンドレスが通り過ぎていくとき、まだ彼の肩の上にいた伝令鳥に彼女の目が留まった。
アンドレスは帽子を目深にかぶり、ササッと通り過ぎようとしていたところだったのだが、対するマリオは、感動を帯びた瞳を輝かせて銀の鳥を見上げている。
「綺麗な鳥だなぁ!!
おまえの鳥なのか?」
何気に己の顔を覗き込んできた少女の視線から、サッとアンドレスが顔をそむけた。
そんな彼の横で、マリオが、ハッと息を呑む気配がする。
アンドレスは、素早く彼女の前を通り抜けようと、さらに足の速度を速めた。
しかし、そのような彼の真前に俊足で回り込んできたマリオが、アンドレスの逃げ道を塞いだまま、ジッと真っ直ぐに彼の顔を振り仰いだ。
「──おまえ、どっかで見たことあるぞ?
でも、どこでだっけ…?」
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。20歳。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
≪マリオ≫
アンドレスたちが『青き月の谷』に向かう旅の道中、立ち寄ったモソプキオ村の自警団に属するインカ族の少女。18歳。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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