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カテゴリ:ベトナム生活
しぶとく続くハロン湾旅行記の最終編を、やっとUPです。
船上の食事は、味もボリュームも、まあまあ、、、 野菜炒め、揚げ春巻き、貝、鶏肉の炒め物、魚の蒸し物、などの大皿料理とごはんを 皆で取り分けていただきます。普通の主婦が作ったベトナム家庭料理、ってとこです。 安いツアーなので、納得です ベトナムは海に面していますが、シーフードは全然ダメです 魚は基本的に泥臭い。あさりにそっくりの貝は潮の香がなく、味がしない。 でもお肉は臭みもなく日本のより美味しいです 食事のときは、他にもテーブルが余っているにもかかわらず、相席にされますが、 おかげで世界各国の人とテーブルを囲んで会話ができたのも、また旅の醍醐味。
船上で一泊した翌日は、3時間程ひたすらクルージング 途中でどこかの島に降りることもなければ、何のアクティビティもなく、 どこまでも続く絶景にもさすがに飽きます
だいきも、退屈~~。
途中で乗ってきたベトナム人家族。 ようやくお友達を見つけ、やっとテンションが上がります 言葉は通じないですが、追いかけっこをしたり、楽しそうに遊んでいました。 5歳ともなると、もう親と一緒、だけではダメみたいです。
お昼にようやくハロンシティに帰着。 やっと陸地を踏める嬉しさ。 いつの間にかツアーガイドは若い男の子に変わり、 大食堂のようなレストランに連れられ、お昼ごはん 世界各国からの旅行者とベトナム人旅行者でごった返しています。
あっちこっちとテーブルを移動させられ、最終的にはまた、 他の外国人ツアー客と相席にしてテーブルがいっぱいになったところで、やっと食事です。
席を移動させられたベトナム人の女の子は、内容は分かりませんが、 ガイドにすごい剣幕で文句を言っています。
同じテーブルについたのは、イギリス人、ドイツ人、中国人、そして日本人の私達。 このベトナム流の混乱にも慣れてきて、 「まただね。」と、みんな顔を見合せてあきれ顔です。
何の説明もなく、無愛想なウェイトレスが物も言わずに大皿料理を運んできます。 料理の汁をボタボタこぼしても、平気な顔で行ってしまいます。 上海からの若い中国人の彼は、カバンから携帯ウェットティッシュを出して、 椅子の上に落とされた汁を拭きながら、 「もう、いい加減にしてくれよ~」って感じで、英語でジョークを言って苦笑い
こんな言い方は失礼かと思いますが、 (中国もここまで来たんだねぇ。。) という私の感想。 携帯ウェットティッシュがカバンに入っているあたりで、 中国の文化・経済レベルの発展度を見た気がしました。
お昼ごはんを終えたら、後はバスに乗ってハノイに帰るだけ しかし、待てどもバスは来ず。 この日、ベトナムは連休に入り、ハロン方面への道は大渋滞
主人がガイドの男の子に尋ねても、どうやらただのバイトくんみたいで、 英語もあまりできず、曖昧な返事。 業を煮やした主人は、さっき食堂ですごい剣幕で怒っていた同じツアーの ベトナム人の女の子をバイトくんに引き合わせ、ベトナム語で話をさせた。 すると、女の子はまたもやすごい剣幕で怒りだし、後から参戦したベトナム人の女性も、 怒りのあまり、何とバイト君に蹴りを入れた(らしい。私は見てなかったけど)
事情はよく分かりませんが、チャーターバスが来るのは2時間後?? かわりに乗合バスを使うなら、乗り場まで2キロ歩く?? もしかして最初からバスの手配が出来てなかった??
ベトナム人女子のグループと、ドイツ人ペアはその日の夕方に飛行機で移動する便が決まっているので、死活問題です。
ベトナム人女性二人は諦めずに、ひ弱なメガネのバイト君にガンガン詰め寄り、 結局なんとか、チャーターバスを手配させることが出来たのか(たまたまか?) バスは間もなくやってました ベトナム女性強し。 彼女らの頑張りのおかげで、夕方には無事ハノイに帰着しました。 主人を含む彼らの間には、困難を乗り越えた同志の友情も芽生え さわやかな笑顔でそれぞれに別れました
事情は主人にも最後までよく分かりませんでしたが、 ”混乱は日常茶飯、でも最後には何とかなる、のがベトナム流” を身をもって知りました。
と言っても、この騒動の間中、私はただ子供の手を引いて土産物屋を物色してただけ。 しっかり者の主人と一緒のときは、全て任せっきりで、 な~んにも考えずに、いつもお気楽にさせていただいる私です。 ご主人さま、お疲れ様でした、ありがとう。
ハロン湾旅行記 終わり。 長々と読んで下さって、ありがとうございました。
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Last updated
2009.05.13 07:30:28
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