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カテゴリ:孤舟
朝靄の切れ間から、髑髏(しゃれこうべ)がひとつ、こちらを見つめていた。
虚ろに開いた眼窩から、弱々しい薄が延びかけている。黄ばんだ頭蓋骨の上を、巣穴にもぐり損ねた季節外れの大きな蟇(ひき)が頂きへと攀じ登ろうとしていた。 鴨川の河原の砂地に半ば埋もれた、どこの誰とも知れぬその髑髏の眼差しに、小麻呂はふと背筋が寒くなるのを覚えた。だが、先を行く藤太はまるで気にも止めず進んで行く。そして、その髑髏を蟇ごと蹴り飛ばすと、小麻呂に振り向いて言った。 「もう、この辺りでいいじゃろ」 二人は担いでいた長い木の箱のようなものを、髑髏のあった砂の上に下ろした。傾いた拍子に上に掛けていた筵がずれて、中のものが見える。 それは、年老いた老婆の死骸だった。 藤太は粗末な棺の中を覗き込みながら言った。 「さきくさの嫗(おうな)もとうとう死んだか。ずいぶん長患いじゃったの。これで禅師殿もせいせいしたじゃろ」 自分もせいせいしたと言わんばかりに、藤太は両手を叩いて塵を払い、腰に下げていた手拭いで顔を拭った。小麻呂も藤太の陰からそっと棺の中を覗いてみる。ずれた筵の隙間から、無数の皺が刻まれた青白い額と、そそけ立った白髪の束が見えた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年09月13日 10時10分59秒
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