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カテゴリ:遠き波音
「誰か親戚の者が、援助を申し出てくれたのかも」
「いいえ、そんな方がおられるくらいなら、あんな風に困窮されるわけがありません。それに、あちらのお屋敷の方々は、昔から妙に気位が高くて。大した身分でもないくせに、婿君の世話も派手にしておられましたしね。わたくしも隣家のよしみで少しでもお助けになればと、米や菜などを融通しようとしたこともあるのですが、施しは受けたくないと断られたのですよ」 「そなたがいつもの調子で恩着せがましく言ったからではないのか」 「まあ、あんまりな。でも、もしそうだとしても、あれほど落魄(おちぶ)れ果てていながら、施しを受けずにどうして暮らしていけましょう。吉祥様は自分の美しさを鼻にかけて、昔から誇りばかり高い方でしたけど、今は見る影もないではありませぬか。わたくしのような下賎の者の施しでも、男に身を任せて糧を得るよりは、よほどましでございます」 多聞丸は手水の手を止め、思わず口に出して呟いてしまっていた。 「吉祥殿がまさか」 「中務大輔様もおいたわしい。あの世の蓮の上で地団太(ぢだんだ)を踏んでおられることでしょう。あれほど吉祥様を自慢に思い、手中の珠といとおしんでおられたものを」 乳母は嫌なものでも拭き取るように、多聞丸の手を手拭いで少々乱暴に拭いながらぶつぶつ言った。多聞丸は驚愕のあまり、思わず吐き気がしてきた。 まさか、あの吉祥が男を引き込んでいる? それも、婿に取るのではなく、誰とも知らぬ通りすがりの男を。 多聞丸はそれ以上何も考えられなくなり、そのまままた衾(ふすま…寝具)を被って、寝所に引き篭もってしまった。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年11月26日 17時17分11秒
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