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カテゴリ:羅刹
道雅は御簾の前に腰を下ろし、優雅に袖を払いながらこちらを見た。
その眼差しは玻璃(はり…ガラス)の珠のように無表情だったが、それでも強い光を帯びてこちらを射抜くようだった。 母屋のこちら側には明かりも灯されておらず、間は御簾に隔てられているから、道雅からはこちらが見えない。 そう自分に言い聞かせなければ、斉子女王の顔も自分の正体も、全て道雅に見破られているのではないかという気さえするほどだ。 だが、道雅は御簾に向かって深々と一礼し、顔を上げると今度は全く違った表情を見せた。 道雅はどこか快活な感じさえする明るい声で、御簾内の斉子女王に語りかけた。 「この度は、このような寂しい舘に花の如き姫宮をお迎えすることができ、恐悦至極(きょうえつしごく)にございます。私がこの舘の主、左京大夫藤原道雅にございます。どうぞ、以後お見知りおきくだされ」 道雅は口元に薄い笑みを浮かべて、じっと御簾を見つめている。 その様子には、何となくぞっとするような奇妙な感じがあった。 だが、やつれも見えないその顔は、とても出家するほどの重病人には見えない。 斉子女王も訝(いぶか)しく思ったのか、衣擦れの音をさせながら道雅に向かって軽く一礼すると、細い声で挨拶を返した。 「ご病気で臥せっておられると聞いておりましたのに、わざわざのご挨拶、痛み入ります。お加減はもうよろしいのですか」 「ええ。高徳の聖の祈祷を受け、このように出家もいたしましたら、すっかり気分も良くなりました。それに、尊いお方を我が家へお迎えしたのですから、主がご挨拶に出るのは当然の礼儀でございます。こちらへついたばかりの時は、お疲れと聞き及びご挨拶は遠慮いたしましたが、もうゆっくりとお休みになれましたかな」 「はい。お心遣い、ありがたく思っております。急な方替(かたが)えにも関わらず、このようにご歓待くだされて」 「なんの。ここは西の京の端。普段は訪れる人もなく、私も長らく引き篭もっておりますゆえ、気の利いたおもてなしなどとてもできませぬが、とにかくごゆるりとおくつろぎくだされ」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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