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カテゴリ:羅刹
しんと静まり返った東大宮大路に、道雅の奇妙な笑い声だけが響く。
風もなく、虫の音も聞こえない。 いつの間にか、大宮川の瀬音すら止まっていた。 能季ははっとして大宮川の水面を見た。 黒々とした水が、まるで川底の澱(よど)んだ泥のように鎮まっている。 それが、見る間にじわりじわりと盛り上がり、やがて二つの赤黒い目が現れた。 その目はまっすぐに道雅の方を見つめ、じりじりとこちらへ近づいてくる。 あの怨霊だ。 そう思った瞬間、能季の身体は縛られたように動けなくなった。すぐ側にいる兵藤太も同様のようだ。 だが、道雅だけは違うらしい。 道雅は兵藤太の固まった手を振り解くと、後ろ手を縛られたままゆらりと立ち上がった。そして、ゆっくりと川面の二つの目に近づきながら、低い声で言った。 「なるほど。大宮川に怨霊が出るという話は聞いていたが、やはりそなたであったか。それにしても、まだこんなところにいたのか。とうの昔に地獄へ落ちたと思っておったに」 二つの目は、しばらくじっと道雅の顔を見返していた。 だが、やがてずぶずぶと音をさせながら、その全身を現した。 黒髪を白い肌に纏わせた裸身。 怨霊はどこから聞こえてくるのかも定かでない、低く掠れた声で道雅に言葉を返した。 「地獄は悪行を尽くして死んだ者の落ちるところ。わたくしは何の悪行も犯してはおらぬ。ただ……男を愛しく思っただけ」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年05月15日 14時36分08秒
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