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京都の岡崎 平安神宮への道と二条通りの交差点
南西の角に交番があって そのウラ=図書館とみやこメッセに はさまれた一角がちょっと広なってて こんなもんが建ってます ![]() 明治のお雇い外人 ワグネルの顕彰碑 ほめたたえる石碑 りっぱ! ドイツ人 ゴットフリート・ワグネル 理化学者 この人 やきもの屋の恩人 工芸の恩人 日本近代化の恩人 京都の恩人 知らんかったんで 子供のときぼくら これのまわりで「追いかけごっこ」してたし 碑に上ってワグネルの顔のトコふんづけてたぁ・・・ ごめんちゃい♪ ------------ えーとねー なんか ワグネルにとりつかれてるカンジなんですねー さきおととし秋 京都の都メッセのクラフトイベントに 売りに行ってたんで 子供のころに登ってアソンでた これ一体なんやろ? このオッサンだれ? と碑文を読んでみたら・・・ 染織/陶磁器/理化学の発展に寄与 従三位の位をもらうくらいにエライ人みたい・・・ ・・・ふーん と思もただけ ------------ そのすぐあと用事で東京に行って ついでに 東京芸大の美術館にいって『工芸の世紀展』を見たら そこでもワグネルの名が出ててこんなことが書いてあった・・・ 明治新政府になってすすめるべきは近代化/殖産興業 さらには国際社会への参加 先進国=欧米列強のみなさんに 極東の小島の文化のない野蛮国と思われててはマズイ 欧米列強に伍してゆくためには日本の高い文化力を 見せつけねばならない お雇い外人ワグネルのアドバイスで ウィーン/パリ万博にニッポンの工芸を かきあつめて出展 好評をはくしヨーロッパに ジャポニズムおこる→ゴッホとかが浮世絵模写するワケ 外貨獲得の有望株はニッポンのいろんな工芸やったんですねー その殖産興業と近代化にお雇い外人ワグネル大活躍 伊万里有田の磁器生産をドイツ人ワグネルが指導近代化 なんか旧来の呉須を酸化コバルトに変えたらしーし 彩色の技法をアンバイしたらしー ワグネルは京都の近代化にも貢献はなはだしかったんで 貴族としての位を贈られたし=従三位の位 京都府知事の名前で岡崎公園にりっぱな顕彰碑が建った ふーん・・・やっぱりエライ人なんやぁ それに 芸大の展示解説や年表を見てると万博とか内国勧業博覧会とか 見本市的な そーゆーイベントって そのころの時代には とても重要な意味があったんやなぁ・・・とか思いました ------------ 文化ってある時代には力やったし いまも力 もう文化しか売るものは無い と 電通or博報堂が ゆーたんは いつやったやろかもうだいぶんたってる きのう行った『京料理展示大会』のポスターにも 「文化力」のロゴが入ってたけど 京都府and京都市はこのロゴをやたら いろんなとこに入れてるしなぁ・・・ --- 明治時代は江戸時代をひきずってた 美術/芸術とゆー概念とそれを受け入れる社会が まだ準備されてなかったんで美術/芸術=工芸だった --------- ほんで ここしばらくワグネルのおっさんの名は 忘れてたんやけど・・・ 今年の春にうちの長男が京都の美術工芸高校に行くことに なったんでその入学式にいったら その高校の古い建物の前に 駒札が立っててこんな説明が・・・ 舎蜜局跡(せいみきょくあと:と読むらしー せいみはオランダ語で科学の意) 京都の近代化のための理化学の基礎研究と殖産のために ドイツ人ゴットフリートワグネルが講議し人材を育成した 島津源蔵がその影響下で島津制作所を創業 染織/七宝/陶磁器などなどの近代化 サイダー/レモネード/ビール/石鹸を作った・・・ ・・・あー ここでも ワグネルかぁ とぞ覚えしか・・・ みなさんも岡崎公園に行かはったら 南西の角のこの碑に ちょっと目をとめて見てみてください いまぼくがやきもん焼いてるのも・・・ 島津製作所の田中さんがノーベル賞もろたんも・・・ ↑同列かいっ!!!! スルドイつっこみ! このオッサンのおかげですから・・・・・・・ ========= 明治22年開学の東京美術学校(現東京芸大)は 漆芸と金工だけではじまった! これはじめて知った。染織や陶芸は京都/佐賀に 負けるンではじめはなかった。 最初 芸大は漆と金工だけでスタート なぜか・・・ 廃刀令でほろぶしかなかった刀や甲冑の技術 職人技 漆と金工を保護して育成して近代化するために 東京美術学校はつくられたんですねー おんもしろーい♪ 刀や鎧ってもんのすごく高度な工芸技術を集積した 美術工芸品なんですね すでに実用のもんでは無かった 刀の本体は鍛鉄の粋。 おさめる鞘は木工と塗り(漆芸) 鍔(つば)は金属象嵌などの(彫金) 柄(つか)には組み紐が巻いてあって、 納める袋は金襴の緞子で・・・ そーゆーたら 光悦も刀鑑定の家の子 江戸の大名にとってすぐれた刀は持ってなければならない ステータスシンボルやったわけで 戦に使うもんでは無かった 鞘や鍔もふくめて特別の贅をこらした大名拵え(こしらえ)に して鑑賞し 誇り 譲り伝えるものでした 茶道具もそう 来歴を買うんであって 物そのものを買うんではない ステータスシンボルとして機能すればいい とゆーことは・・・ 実用性のあるものを文化力でどんどん質を高めて行くと あるレベルからは実用性をはなれて美術/芸術になり 富裕な階層のステータスシンボルになる うん そのとうりやなぁ もう文化しか売るものは無い と電通or博報堂が ゆーたんは いつやったやろか ほんまにそーかな・・・ ----------------- うちの手作りの器をどーしてゆくべきか ワグネルにも触発されたし 現場で売ってても思ったし ほかにもいろいろそれを思わされるデキゴトもあったし ここ2年ほどぼんやりとアタマにあったこのギモン ある部分までは改変を実行してきた うちのやり方・・・ 手作りのやきもんは 総体として ずーっと「美術工芸品」になることをめざしてきたし それはある意味で生き残るための必然でもあったんやけど・・・ 『プロダクトデザインとしての手作りの陶芸』は ほんまにムリなんやろか? 見聞きするすべてのことにからめて うちのやきもんの仕事を これからどーやっていったらエエんかなぁー と日々 思ったり 考えたりしております♪ =========================== すんませんけど今日もまた ↓クリックしてもらえませんやろか お願いします ![]() 1位かな? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年12月12日 07時53分30秒
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