♪ しみじみと来し方などを想ひつつ猫のとなりで雨を見てゐる |
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
先日、同じようにサラリーマンを見限って、創作を生業とする生活を続けて来た大先輩の処へ行って、ゆっくりとした時間を持った。
お互いに二人の子供を何とか育て上げ、よくぞここまでやってこられたものだと、感慨深い思いの中で来し方などをしみじみと語り合った。
”サラリーマンとは話が合わない”とずっと思って、ほとんど交流がないままに生きて来た。価値観はもとより生き方そのものが違うのだから無理もない。サラリーマンの方から見てみれば我々は危険分子と言える存在なのかも知れない。
自由を基に生きている吾々へ羨望と共感を持ってしまえば、今居る状況に不満が出て来る。そうなってはサラリーマンとしての責務は果たせなくなるし、飛び出してしまって路頭に迷うかも知れない。
私も一応、13年間のサラリーマン経験があるので、サラリーマンがどういうものなのかは分かっている。親、兄弟は私以外の全員がサラリーマンだ。親族の中にもこんなアウトサイダーはおらず、私一人が異端者だ。こんな自分を理解してもらおうなどと、たった一度も思ったことが無い。それどころか、サラリーマンなんてやってられないと思って独立したわけだから、私からすればサラリーマンの方が人の生き方から外れていると思っていた。
何とかやってこれたのは、高度成長期の真っただ中だった事が幸いしたと言える。バブルが弾けてからのこの20年間を見れば、その期間が異常だったのかも知れないと思えてくる。今は世の中が全く変わってしまって、価値観も状況も何かもが当時とは違う。
栄枯盛衰、諸行無常を目の当たりにしている。人生なんて先の分からない不条理ドラマで、ミステリーツアーの中でのオセロゲームみたいなもの。未知なる道をライトも無しで歩く。その選ぶことのできない状況の中で、時間という川を流されていくうたかたの様なものだ。
借金もせず、誰の庇護も受けずにやってこれたのは、欲というものがあまり無かった事が幸いしたのかも知れない。置かれた状況を懸命に生きることで、処々の問題をクリアし困難を乗り越えて来た。必死ではあったが悲惨ではなかった。
経済的な面ではカミさんの力に寄与するところが大きく、ただただ感謝するばかり。苦労を掛けたことが胸に重く乗っかってはいるが、”もうちょっと、もうちょっとと思っているのが一番幸せなんだね”という言葉が救いになっている。
余るほどの金は人を幸せにはしない。足りないぐらいが丁度いいが、丁度いい足りなさというのもない。かなり足りない状況でも何とかやってこれたのは、知恵があったからだ。生きるために必要なのは金ではなく、知恵だ。また、人と比べない事がいかに心を軽くしてくれるか、という事も生きる支えになる重要な知恵だ。
久しぶりに人生の先輩との話は、気づけば3時間半も経っていた。70代にもなると体力や気力の衰えを思い知らされ、精神力だけが支えという先輩。
もう一花咲かせたいという先輩の言葉に刺激され、まだ老け込む歳ではないと思いながら帰って来た。
|
◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題してスタートすることにしました。。◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)
☆短歌集「ミソヒトモジ症候群」円居短歌会第四歌集2012年12月発行
●「手軽で簡単絞り染め」
|
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.08.29 08:13:19
コメント(0)
|
コメントを書く
もっと見る
|
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
エラーにより、アクションを達成できませんでした。下記より再度ログインの上、改めてミッションに参加してください。
x
プロフィール
sunkyu
日本の四季と日本語の美しさ、面白さ、不可思議さ、多様性はとても奥が深い。日々感じたことを「風におよぎ 水にあそぶ」の心持ちで短歌と共に綴っています。 本業は染色作家
|
|