ぎっちょの『ひとりたわむれ』

大地震発生後、携帯はまったくつながらず、固定電話から電話をかけようにも壁面のコンクリートの一部が崩落したりで事務所内への立ち入りはビルオーナーから頑なに拒否され、公衆電話にもすでに長蛇の列、いつ順番が回ってくるやもしれぬということで、一刻も早く家族と連絡を取りたい一心から、ワタシは何もない避難所で連絡を待つのではなく、徒歩でとにかく自宅に少しでも近付くことを選択した。歩くうちに、電車が復旧することもあるのではという淡い期待も、わずかではあるがあったからだ。

事務所のある御茶ノ水から歩きだす時、時計は４時半を指していた。道中、被害状況など確認できればと見回してみたものの、あれほど大きく揺れた割には建物などが倒れたり道路が壊れたりしている様子はなく、歩道も人であふれてはいたが、行き交う人々の顔には悲壮感は見られず、ついさっきあった地震について語り合ったり、目標地点を定めて気合いを入れ直す声が聞こえたりしていた。

１時間半ほど歩いたところで、ようやく新宿の高層ビル群が視界に入ってきた。さらに30分歩いて新宿歌舞伎町に到着。夕飯にラーメンを食して電話をかけると、ようやく相方とつながった。愛猫ニャーニャとも無事、家の中も特に被害なしとの報告を受けた後、現在新宿にいること、歩いて家に向かうことを告げると、ペーパーながら免許は持っている相方から「車で迎えに行く」との申し出があったのだが、特に都心に向かう道路という道路は大渋滞で動かなくなっているので、道路状況を見て頼めそうならこちらから連絡するから待機せよと命じて電話を切り、あわよくば復旧してはいまいかという淡い期待を抱いて西武新宿駅に向かった。

案の定、駅にはシャッターが下りた状態で入れず、電車もまだ動いていなかった。復旧を待つ人の群れをかき分けて再び歩きだすワタシ。青梅街道をひたすら西へ。家族の無事が確認できたせいか、歩く距離や時間の長さはまったく気にすることもなくひたすら歩けた。途中、何度か携帯で自宅や実家、友人などに連絡を試みるものの、一度もつながらず。高円寺を過ぎたあたりで、進行方向の交通量がめっきり少なくなったので、荻窪でタクシーでも拾えたらと思い乗り場をのぞいてみたのだが、やはり長蛇の列でタクシーもほとんど来る気配もないので、再び徒歩で先を急ぐ。

荻窪を出て間もなく、街道沿いのある民家の玄関に、大量の簡易カイロが籠に入れて置いてあった。

「ご自由にお持ちください」

というメッセージとともに…日本、まだまだ捨てたものではないと再び気力を漲らせる。かなり歩いたせいか、さほど寒さは感じなかったので、温かい心遣いに感謝しつつカイロは他の誰かに渡ればと受け取らずにその場を通り過ぎた。

ファミレスなどの類いも半数くらいは軒を下ろし、開いている店舗もほぼ満席状態。さすがに長時間の徒歩と、荻窪で「車に乗れるかも」と一瞬気持ちを切らしたせいもあってか、足腰に張りと痛みを感じ始める。さすがに徒歩で自宅までは無理かなと思ったところで、タイミングよく相方から電話がかかってきた。とにかく迎えに行くと言ってきかないので、ならば比較的道も広く運転もしやすいだろうからと東伏見で落ち合おうということになった。

東伏見駅に着いた頃、西武新宿線は復旧していたようだったが、もう足がパンパンで立っていられず、座れなければ電車に乗るのも無理と思われたので、アイスアリーナ前のベンチに座り寒空の下で相方の救援を待つこと30分、マイカーと相方の顔を見たらどっと疲れが押し寄せてきた。

深夜０時過ぎ、無事帰宅。我が家の暖かさ、家族のありがたさ、命のあるありがたさを噛み締める一方で、初めてテレビで被害の大きさを目の当たりにして戦慄。帰るまでは、歩き疲れて一刻も早く眠りたいと思っていたのに、逆に目が冴えて眠れなくなってしまった。

今回の地震、直接の被害もさることながら、阪神・淡路などかつて大地震被害に遭われた方々の記憶も呼び覚ます"二次・三次災害"を巻き起こしたとも言える。まず自分の身の上に起こった出来事を書き記したうえで、何かできることはと考えた時、ニュース映像を見ながら一人でも多くの人が救われることをただ祈るしかない現状が、歯がゆくてならない。



ぎっちょ