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ほしのきらり。

ほしのきらり。

カテゴリ

2016.10.09
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カテゴリ:美術館・博物館
『プラド美術館』フランシスコ・デ・ゴヤFrancisco de Goya主な作品解説・・・後編

Francisco de Goya  1746-1828


1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺 1814年

El 3 de Mayo de 1808. Fusilamientos en la montaña del Príncipe Pío

266×345cm   油彩・画布   プラド美術館(マドリッド)

近代絵画の創始者フランシスコ・デ・ゴヤが制作した、

西洋絵画史上、最も有名な戦争画のひとつ

『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺』

本作は『1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘』後、

1808年5月2日夜間から翌5月3日未明にかけて

マドリッド市民の暴動を鎮圧したミュラ将軍率いるフランス軍銃殺執行隊によって

400人以上の逮捕された反乱者が銃殺刑に処された場面を描いたものである。

処刑は市内の幾つかの場所で行われたが、

本場面は女性や子供を含む43名が処刑された

プリンシペ・ピオの丘での銃殺を描いたもので、

真贋定かではないが丘での処刑を「聾者の家」で目撃したゴヤが憤怒し、

処刑現場へ向かい、ランタンの灯りで

地面に転がる死体の山を素描したとの逸話も残されている。

銃を構える銃殺執行隊は後ろ向きの姿で描かれ、

その表情は見えない。それとは対照的に

今まさに刑が執行されようとしている逮捕者

(反乱者)たちは恐怖や怒り、絶望など様々な人間的感情を浮かべている。

特に(本場面の中でも印象深い)光が最も当たる白い衣服の男は、

跪きながら両手を広げ、眼を見開き、執行隊と対峙している。

この男の手のひらには聖痕が刻まれており、

観る者に反教会的行為に抵抗する殉教者の姿や、

磔刑に処される主イエスの姿を連想させ、

反乱者の正当性を示しているのである。

また画面奥から恐怖に慄く銃殺刑を待つ人々の列の≪生≫、

銃を向けられる男たちの≪生と死の境界線≫、

血を流し大地に倒れ込む男らの死体の≪死≫と、

絵画内に描かれる≪生≫と≪死≫の強烈な時間軸は観る者の眼を奪い、

強く心を打つ。ゴヤは本作を含む

対仏反乱戦争を画題とした油彩画を4作品制作したと考えられている

(4点中2点『王宮前の愛国者たちの蜂起』『砲廠の防衛』は

現在も所在が不明)ほか、

版画集≪戦争の惨禍≫の中で本場面を画題とした版画も制作された。

なお本作は印象派の巨匠エドゥアール・マネが『皇帝マクシミリアンの処刑』

手がける際に強いインスピレーションと影響を与えたことが知られている。
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巨人 (El coloso) 1808-1812年頃

116×105cm   油彩・画布   プラド美術館(マドリッド)

長い間、スペイン・ロマン主義時代の巨匠

フランシスコ・デ・ゴヤの作品とされてきた

19世紀スペインの最も謎多き作品のひとつ『巨人』

かつては『パニック』とも呼称され、

近年までゴヤの代表的な作品と見做されていたものの、

2009年1月下旬、所蔵先である

プラド美術館は表現、様式、署名などを綿密に検証をおこなった結果、

本作を弟子、又は追随者の作品であると結論付ける報告書が公表され、

現在ではほぼゴヤ以外の作品として位置付けられている本作は、

皇帝ナポレオンのスペイン侵攻に対して

マドリッド市民が起こした反乱に端を発した

≪対仏独立戦争≫の暴力、恐怖、混乱、

そして(民衆の)抵抗を象徴的に表現した作品であると考えられている。

画面上部にはスペインとフランスの国境に位置する

ピレネー山脈を連想させる荒涼とした山々が描かれているが、

その中へ突如として表れたかのようにひとりの裸体の巨人が

拳を硬く握り締め、立ち塞がるように描き込まれている。

前景となる画面下部には

人々や馬車、牛やロバなどの家畜が無数の群れとなって

逃げ惑う情景が描かれている。

本作の最も注目すべき点であり、

また最も深き謎の部分でもある、

描かれる巨人の解釈については、

一般的にはファン・バウティスタ・アリアサの風刺詩「ピレネーの予言」の視覚化、

ナポレオンへの恐怖、スペイン国民の守護、

さらには戦争そのものの否定の象徴などの説が有力視されているものの、

他にも当時の民衆歌の歌詞にある

「見よ、青褪めた巨人が立ちがらんとするのを」の具現化説など諸説唱えられており、

更なる研究が期待されている。
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運命の女神たち

Las Parcas (El destino) 1821-23年

123×266cm   油彩・画布   プラド美術館(マドリッド)

ロマン主義の偉大なる巨匠、18世紀後半から

19世紀初頭にかけて活躍したスペインの画家

フランシスコ・デ・ゴヤ晩年期の連作群

≪黒い絵≫より『運命の女神たち』

ゴヤがマドリッド郊外マンサナレス河畔に購入した別荘

≪聾の家(聾者の家)≫2Fサロンの壁画として制作された本作は、

ギリシア神話で人間の運命を決定する

三女神ラケシス、クロト、アトロポスの≪モイライ≫を主題とした作品で

連作黒い絵の中でも特に象徴的・記念碑的傾向を感じさせる。

画面のほぼ中央では新生児から

生命の糸を創出しているかのような仕草をみせる、

人型の物から黒糸を曳き測る女神ラケシスが描かれており、

その背後では女神クロトがレンズを

片手に運命の糸を紡ぎ割り当てする用意を示している。

そして右端では女神アトロポスが

その終焉で糸を断ち切らんと待ち構えている。

ここで注目すべきは女神クロトと女神アトロポスの間に配される

正面を向いたひとりの人物で、

モイライ姉妹(運命の三女神)が司る運命を背負う

(又は運命に捕らわれる)人間の、

さらには暗い動向がなお続いていた

自身や国そのものの象徴的存在と捉えることができる。
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サン・イシードロへの巡礼

La romería de San Isidro  1821-23年頃

140×438cm   油彩・画布   プラド美術館(マドリッド)

ロマン主義の偉大なる巨匠フランシスコ・デ・ゴヤの

個人に対する贈呈作品のひとつ『サン・イシードロへの巡礼』

1819年の2月にゴヤがマドリッド郊外マンサナレス河畔に

購入し移り住んだ別荘≪聾の家(聾者の家)≫の壁画のひとつとして

1階長壁面へ描かれた本作は、

マドリッド出身の農夫であり同街の守護聖人としても知られる

≪イシードロ(イシドルス)≫が近郊の泉から水を引き旱魃(かんばつ)を

回避させたという奇跡を主題とした作品で、

対の作品として『魔女の夜宴』が描かれている。

マドリッド市民は毎年5月15日を祝日に制定し、

この奇跡に基づき巡礼として

マンサナレス河畔へメリエンダ(ピクニック)をおこなっており、

本作に描かれる光景もそれに准じているのではあるが、

その印象たるや牧歌的な様子は皆無であり、

陰鬱で狂々とした雰囲気が全体を支配している。

画面中央から左側にかけて描かれた

泉へ巡礼に向かう民衆の姿は、

どこか狂気染みた表情を浮かべ、

奏でられる音楽に合わせ歌う様子

まるで絶望の淵に立たされた

狂信的な人間を容易に連想させる。

さらにこの狂乱的な最前景の人々とは

対照的に列を成す数多くの中景の人々らの

表情には諦観と陰鬱が感じられ、

その感情的対比には旋律を覚えさせられる。

本主題はゴヤが若い頃にも手がけているが、

画面全体を絶望が覆うかのような暗く鬱蒼とした本作の光景には

画家独特で見据えた国内の現状と

自己の内面性の幻想化を見出すことができ、

観る者を強く惹きつける。

なお画面右側には

マドリッド王宮やエル・グランデ聖堂など

同市を展望することができる。
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我が子を喰らうサトゥルヌス(黒い絵)

Saturno devorando a su hijo   1820-23年頃

146×83cm  油彩・画布  プラド美術館(マドリッド)

近代絵画の父との異名を持つロココ・ロマン主義時代の画家

フランシスコ・デ・ゴヤが手がけた、西洋絵画史上、

最も戦慄を感じさせる問題作

『我が子を喰らうサトゥルヌス(黒い絵)』

画家が1819年の2月にマドリッド郊外

マンサナレス河畔に購入した別荘

≪聾の家(聾者の家)≫の壁画のひとつとして

別荘一階食堂の扉の右側に描かれた本作の主題は、

天空神ウラノスと大地の女神ガイアの間に生まれた

6番目(末弟)の巨人族で、

ローマ神話における農耕神のほか、

土星の惑星神や時の翁(時の擬人像)としても知られるサトゥルヌスが、

我が子のひとりによって王座から追放されるとの予言を受け、

次々と生まれてくる息子たちを喰らう逸話

≪我が子を喰らうサトゥルヌス≫の場面である。

本作はバロック時代を代表する巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスの

同主題の作品から強い影響を受けたと推測されているが、

ルーベンスの作品と比較すると明らかに神話性が薄まっている。

サトゥルヌスの姿も強烈な光による明確な明暗対比によって

痩せ衰えた身体が浮かび上がるように描かれており、

また幼児の肉体から流れる生々しい血液の赤い色の効果も手伝って、

怪物的かつ幻想的でありながらも、

さも現実でおこなわれているかのような感覚を観る者に与え、

食人的行為(カニバリズム)の異常性が強調されていることに気付く。
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砂に埋もれる犬(黒い絵)

Un pero semihundido en arena   1820-23年頃

146×83cm  油彩・画布  プラド美術館(マドリッド)


スペインロマン主義最大の巨匠フランシスコ・デ・ゴヤを代表する連作、

通称≪黒い絵≫の中の1点『砂に埋もれる犬(黒い絵)』。

画家が1819年の2月にマドリッド郊外マンサナレス河畔に購入した別荘

≪聾の家(聾者の家)≫の壁画のひとつとして2階サロンに描かれ、

1870年代に壁面の漆喰ごと画布に写された本作は、

荒野とも砂地とも見ることができる

地の中へ埋もれるように犬を描いた

心理的象徴性を強く感じさせる作品で、

かつては「流れに逆らう犬」とも呼ばれていたことが知られている。

画面下部へ土にも似た濃茶色の砂に埋もれ

頭部だけが僅かに見える一匹の犬が描かれているが、

その表情はまるで希望に縋り助けを求めるかのような

物悲しげな印象を観る者に与える。

さらに砂地より一段階明瞭な色彩である黄土色の背景には

何も描き込まれず、唯々虚空的な空間が広がるのみである。

本作のあたかも犬を飲み込むかのような砂地やその流れは

生と死の運命の象徴と考えられており、

そのような点から本作の解釈には

政治的にも経済的にも

不安定な状態であったスペインそのものの象徴とする説、

混迷が続く祖国スペインに翻弄される民衆とする説、

大病から回復するも明確に死を意識する

画家自身の象徴とする説など様々な説が唱えられているものの、

その真意はもはやゴヤ本人のみが知るところである。
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ボルドーのミルク売りの少女

La lechera de Burdeos   1825-1827年頃

74×68cm   油彩・画布   プラド美術館(マドリッド)

激動の時代を生きたスペイン絵画界の大画家フランシスコ・デ・ゴヤが

最晩年に制作した傑作『ボルドーのミルク売りの少女(ボルドーのミルク売り娘)』

1825年から死の前年となる1827年の間に制作された、

ほぼ確定的にゴヤの絶筆として考えられている本作の主題については

画家の娘ロサリオの肖像とするなど一部の研究者らから異説も唱えられているものの、

一般的にはゴヤが最晩年の4年間を過ごしたフランス南西部の都市ボルドーで

「ミルク売りをする娘」を描いた作品であるとされている。

画面中央に配されるミルク売りの少女は

穏やかな朝の陽光に包まれ輝きを帯びながら、

ロバの背に乗り牛乳を売りに近隣へと向かっている。

画面左下に牛乳の容器が確認できるものの、

それ以外の要素は全く描かれておらず

殆どミルク売りの少女のみで構成される本作は、

最晩年の画家の作品とは考えられないほど意欲的な

技巧的挑戦性に溢れている。

画面左上から右上にかけて黄色から

青緑色へと変化する繊細な朝の陽光の描写を始め、

横顔から捉えられるミルク売りの少女の生命感に溢れる様子、

身に着けるやや肌が透けた肩掛けの複雑に構成される色彩、

画面下部のスカートに用いられる濃紺と陽光との対比、

そして自由闊達な筆触や、

おぼろげな形状描写などに示される表現的特長は、

宮廷画家時代のゴヤの表現様式とは

明確な差異を確認することができる。

さらに本作に示される表現的特長は

19世紀後半に一大旋風を巻き起こす

印象派の技法に通じるものであり、

故に本作は印象主義の先駆とも見做されている。

また本作は若き頃の己の野心と絶頂期での大病、

宮廷の堕落、フランス軍によるスペイン侵攻など

激動の時代と人生を過ごし、

そこで人間の表裏を克明に描いてきたゴヤが、

その生涯の中で辿り着いた≪光≫や≪最後の救い≫として、

さらには老いた自身に対する≪若さ≫への

渇望としての解釈もおこなうことができる。

本作はゴヤの死後、画家が最晩年を共に過ごした

レオカディア・ソリーリャが相続し、

ゴヤの庇護者であったムギーロ伯爵へと売却された

(※ゴヤは遺言の中で「金1オンス以下では売らぬよう」と

本作売却に関する指示を残している)。
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聖家族    1780年    油彩・画布    203×143cm

プラド美術館(マドリッド)フランシスコ・デ・ゴヤの主な作品の解説でした。

館内・撮影禁止の為に前もって解説を先に調べております。よろしくです♪


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最終更新日  2016.10.09 04:06:41
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