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「きらりの旅日記」

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旅の足跡を・・・たどってみました(^-^)♪

19××年 日本

2000年 フランス・イギリス・オーストリア・チェコ・ハンガリー
 
2001年 イタリア・バチカン  

2002年 スペイン・トルコ

2003年 中国・ギリシャ  

2004年 デンマーク・フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・台湾・オランダ・ベルギー  
      
2005年 ポルトガル・韓国・ポーランド

2006年 イラン・エジプト・グアム・リトアニア・ラトヴィア・エストニア・モロッコ

2007年 インド・ネパール・タイ・メキシコ

2008年 ベトナム・カンボジア・南アフリカ・ジンバブエ・ボツワナ・韓国・ロシア 

2009年 中国・インドネシア

2010年 ニュージーランド・マレーシア・モンテネグロ・セルビア・クロアチア・ボスニアヘルツゴビナ・スロベニア 

2011年 ペルー  アルゼンチン  ブラジル 
       
2012年 フランス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ベトナム

2013年 イギリス  ドイツ  フィリピン

2014年 スイス  フランス  シンガポール

2015年 韓国・アメリカ(ボストン・ニューヨーク・フィラデルフィア・ワシントン)

2016年 フィンランド アイスランド アメリカNY 韓国ソウル スペイン・マドリッド

2017年 太平洋フランス領ポリネシア(タヒチ)チリ(イースター島)韓国

2018年 韓国ソウル フランス(パリ) オランダ(アムステルダム)

2019年 ベルギー ルクセンブルク

・・・27.1% 61カ国を訪問・・・

        
☆旅日記は、2006年1月22日からスタートして13周年となりました☆


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2020.10.28
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​マネとモネの関係は理解できましたが、一番気になるのは「マネ」と「ドガ」の関係性です。ちょっと怖いきもしますが知りたいですねうっしっし


​​葉​エドゥアール・マネとエドガー・ドガの関係葉 ​


エドゥアール・マネ 作

Le chemic de her(1872-1873)​

油彩・カンヴァス 93.0cmx114.0cm


『鉄道』​1872年〜1873年​


ワシントン『ナショナル・ギャラリー』所蔵。​


1874年のサロンに出品されたこの作品は・・・


久しぶりにヴィクトリーヌ(左)のモデルで描かれた。


鉄格子を超えて見えるのは、


サン=ラザール駅に出入りする汽車の煙ダッシュダッシュ


左奥にわずかに見えるのは、


サン=ペテルスブルク街のマネの住居兼アトリエである。


題名が『鉄道』なのに汽車の姿はなく、


煙と少女の背中によって暗示される、


描きたいのは、風景でなく人間。マネらしい趣向グッド


モネの同主題の作品は、

人間は、風景の一部であり、対照的だ​​ほえー


​マネとドガの関係・・・とは?​


手書きハート手書きハート手書きハート手書きハート
エドゥアール・マネ
​ 
Edouard Manet


1832年1月23日〜1883年4月30日(51歳没)


19世紀フランス・写実主義の画家。


印象派の指導者的な立場。あるいは指導者的立場。


フランス法務省の高級官僚の裕福な家に生まれる。


代表作『草上の昼食』



手書きハート手書きハート手書きハート手書きハート

​エドガードガ
​​

​​​Edgar Degas​​



1834年7月19日〜1917年9月27日(83歳没)


フランスの印象派の画家、彫刻家。


パリの銀行家の息子として裕福な家に生まれた。


代表作『バレエ教室』


​ドガは、内向的で、知的で人間嫌いで、繊細な人物だった。​


マネは、賞賛されることを好み、成功にも主杯にも敏感で、


自分の才能に自信を持っていた。


マネは「ガリバルディ(イタリア統一運動の英雄)と同じくらい有名」


だったと、ドガは皮肉っているうっしっし


また、マネは無遠慮でもあった。


あるときドガは・・・


ピアノを弾く妻:シュザンヌ と、


ソファーに座って演奏を聴くマネを


描いた絵を描いてマネに贈った。


しかし、マネは妻の描き方が気に入らなかったので怒ってる


ピアノと妻の体の半分のところで切り取ってしまった!


「マネの家でふたたび自分の作品を見たとき、私は、ショックを受けた」


と、のちにドガは語っている泣き笑い


彼は、あいさつもせずにマネの家を飛び出し


家に帰ると、マネがくれた小さな静物画を壁からはずし


それをマネに送りかえした。


その後どうしたかという問いに対して​ドガは、​


​「マネと仲たがいしたままでいられるはずないよ!」​


と答えている。


ベルト・モリゾの証言によれば・・・

何年ものあいだ、マネとドガは、いつも一緒にいたという。


たとえば1870年にパリが


プロイセン軍に包囲された時には、行動を共にしたし


その後のパリ・コミューン時には、


ふたりともパリにいなかったのに、


一緒に戦闘に参加していたと思われたほどだった。


​彼らは、つねに口論していたショックショック


ドガは、自分が描いた競馬場下向き矢印

ドガの『ロンシャンの競馬場』​1863年〜1875年


​マネの『ロンシャンの競馬場』​1867年



やドガの『浴槽」1886年と、マネの『入浴』1878年頃も

似た作品であると・・・マネを非難した怒ってる


それに対してマネは・・・


ドガは、

(国立美術)学校のにおいがして

 現代のパリを描くのに

 セミラミス
(古代オリエントの伝説上の女王)​

 を描いている」と反論した。


だが、あからさまな態度は見せなかったものの


ドガは、マネの非凡な才能に敬服していた。


彼はマネの死後(ドガはマネより30年以上長生きした)


そのマネの作品を数多く購入している。


​マネとドガは・・・​


パリ郊外のアルジャントゥイユで制作する


ルノワール、シスレー、モネや、


オーヴェル=シュル=オワーズで制作する


ピサロ、セザンヌなどとは、


はっきり異なった面を持っていた。


マネとドガは、


風景に関心がなく絵画にとって風景は、


あくまで付属のものと考えていたのである。


ドガとマネはともに、


何よりもまず人物を描く画家であり


何よりもまず都市の人間であった。

​マネの『鉄道』​​​を見ると・・・


題名は『鉄道』であるが風景画でなく「肖像画」である。


母親が子どもに汽車を見せに来た肖像画である。


ヴィクトリーヌ・ムーランがモデルになった最後の作品。

母親役は・・・
ヴィクトリーヌ・ムーラン Victorine Meurent (1844年〜1927年)

「オランピア」をはじめ

多くの作品でポーズをとったマネお気に入りのモデル。


『鉄道』では・・・


落ち着いた母らしい眼差しで


「オランピア」と同じようにこちらを向いているが


子どもが夢中で汽車を見ているのに


母親は、全く無関心で犬を膝に置きながら


本を読むポーズで画家の方を向いています。


同じ親子という主題で描かれた『洗濯』

バティニヨールの小さな庭で


洗濯する親子の姿が描かれた。


1876年の「サロン」には、『洗濯』


マルスラン・デブータンを描いた『画家』を応募したが


落選したショック


サロンの審査委員会では、印象派の技法を使い、


自然主義的な主題を扱ったため不快感を持たれ


きわめて俗悪だ!との判断であった。


そこでマネは・・・


個展を開き、これらの落選作を公開した。


招待状には、金色の文字で、


​「ありのままに描く、言いたいように言わせる」​


と書かれていた。


この個展には、1日に400人もの来場者があり


新聞は大々的に報じた。


「なんということ!

 目鼻立ちがすっきりとして、

 おだやかな眼差しをした

 手入れされたブロンドの髭がこの紳士

(・・・)パリッとしたシャツを着て

 きちんと手袋をはめたこの紳士が

 ボート遊びをする人びと

「アルジャントゥイユ」の作者なのだ!」



ジャーナリストたちは・・・


マネの作品のイメージとは似ても似つかない


パリッとした紳士の姿に驚くも


相変わらずマネの作品に対する評価は低かった。


ドガは、グループ展に参加しないマネについて、


「写実主義のサロンが必要だ。

 マネはそのことをわかっていない。

 どう考えても、

 彼は利口というより

 うぬぼれだ!」と批評した。


(資料:ウィキペディアさまより)
(資料:東京美術マネ生涯と作品高橋明也さま著書より)
(資料:Manet Jai fait ce que jai vu.フランソワーズ・カシャン氏著)

(写真撮影:ほしのきらり)

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最終更新日  2020.10.28 00:10:07
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