小説 めだま 2章 発見 3
目次1章 告白 その11章 告白 その22章 発見 その12章 発見 その2 肇は、カギ付きの日記帳を買ってきた。オレンジ色のチェックで、中学二年の男子が持つにはちょっと可愛らしいデザインだが、カギ付きはこれしかなかったので仕方がない。 日記帳のカギは、裏表紙から帯が出ていて、そこに突起が付いている。それを表紙にある鍵穴に差し込んでロックする。肇は、机に向かうと、さっそく鍵を袋から出してロックを外し、日記帳を開いた。それだけで、誰も知らない秘密を作ったようで、ドキドキする。 扉の対向にある無地のページにペン先を置いて天井を眺めた。「うーん……何にしよう」タイトルは肝心だ。そう思う。変なタイトルをつけると、それ自体が最初から台無しになるような気がする。「目…目…目玉…」キーワードを口にしてみるけれども、どれもしっくりこない。それに他人が一目見ただけで何について書いてあるかがわかってしまっては意味がない。自分にしかわからない暗号めいたものでなければ。 ふと目を上げた先に動物図鑑があったので、何も考えずにパラパラとめくる。目が三つある動物なんていないよな……。図鑑のページをめくりながら、脳みそに電流を走らせデーターベースを検索した。「いや、確か……」肇は座りなおすと、急いで図鑑のページをめくった。「……あった、三百五十八ページ」 ムカシトカゲのページを開くと、写真が大きく載っていた。すべてのトカゲの原型を思わせる鶯色のウロコと大きな目に歩きにくそうなガッシリとした足が印象的だ。「へぇ……どこに眼があるんだろう?」 解説を読むと、ムカシトカゲは、いわゆる「トカゲ」ではなく、むしろ恐竜に近い爬虫類で、学名は「スフェノドン」。約二億年もの間、ほとんど姿を変えていない生きた化石だ。他の爬虫類とはまったく異なり、約三十五年間成長を続け、寿命は約百年といわれている。 第三の目玉は「頭頂眼」といわれ、卵から出てきて数ヶ月間だけ、頭のテッペンに目玉として備えられているが、その後はウロコで覆われてしまうとのこと。しかも何のためについているのか未だによくわかっていない。「ふーん、俺と同じやん」 さらに読み進めると、備考欄に「ムカシトカゲはマオリ族の死の神であるウィロ(Whiro)の使いとされている」とあった。「Whiroの使いか。いいな、これ」 目玉が三つある死神の使いというのが、何となくカッコイイ。それにムカシトカゲは、二億年以上も生き抜いた恐竜の末裔ときている。これほど謎に満ちている生き物はそうはいない。自分にはムカシトカゲの遺伝子を受け継いでいるに違いない。そんな風にも思えた。肇は、ペンを持つとタイトルに「Whiroの使いの書」と書いた。 タイトルが決まったことで、一仕事終わったような気になった。ベッドの上にゴロリと横になり、厳しい目つきで上から見下ろす木目の猫の顔を睨み返す。「さて、何から始めるか……」 とりあえず、今までの経緯を書きとめておく必要あがる。三つ目について調べてみたほうがいいだろう。仏像には目が三つあるものがあるし、三つ目小僧のような妖怪もいる。伝承などから三つ目の意味合いを知っておいたほうがいい。それに、どんなきっかけからでも仲間が見つかるかもしれない。 それから、三つ目の目玉のことを知っておく必要がある。サイズや視力や機能。できたら構造まで。これが一番重要なことだ。そうだ、Whiroってどんな死神なんだろう……。 そんなことを考えているうちに、窓から差し込む日の光がオレンジがかっていることに気がついた。「もうそんな時間か」時計を見ると、もう四時半を回っている。今日は朝から何も口にしていない。そう思うと、急に腹が減った。「ゆっくりやろ。焦ったってしょうがない」 肇は一階に降りていくと、流しの下の棚から菓子パンの残りを、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して遅すぎるブランチをとる。一口齧った途端、急ぐ理由もないのにガツガツ食べてしまう。そこに玄関のドアが閉まる音。振り返る間もなく、怒りを含んだかあさんの声がした。「あんた、何してるの!」「うぉっ。ビックリさせないでよ」ダイニングテーブルの上に投げ出した足を咄嗟に下ろし、叱られた子犬のようにきちんと座りなおす。ズル休みしたことをすっかり忘れていた。きっと、しまったという顔になっていたことだろう。「パンなんか食べて。具合悪いんじゃなかったっけ?」「あ、いや。そう、治ったら腹減ったんだよ」菓子パンが口の中でモサモサして、嫌が上でも声が上ずってしまう。「本当に、都合よく治る身体だね」「うるさいなぁ」と言おうとしたが、喉にパンが引っかかって、言葉にならなかった。