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7月2日暮れ。
上海行きの飛行機に搭乗するため、成都の空港へ向かう。 バスが到着し、重い重いスーツケースを下ろそうとしてたら、誰かの手が私の荷物に伸びる。見れば友人だった。 この友人とは先日知り合ったばかりだったのだが、見送りが誰もいないのは寂しいでしょうとの理由で、わざわざ来てくれたのだ。 彼にとって私は初めての外国人であり、初めての日本人。 親切心なのか他の心もあるのかは横に置いておいて。 ものすごく情熱にあふれた人だった。 その情熱をもって、私と成都との別れを見届けてくれたのだ。 上海には夜遅くに到着。 市街地まで出てホテルを探す気にもなれず、空港内にいたホテルの客引きに一晩の値段を聞き、着いていった。 空港から15分、送迎付きで360元。 高い。 でも、中国とは明日でお別れ……ということで、値引きもせずに決めたのだ。 ある意味、とても贅沢なのではなかろうか。 翌日、上海市街地にある寧波同郷会へ行った。 以前、母方祖母の足跡をたどりに寧波まで行ったことを四川大学の石老師に話したところ、石老師がアドバイスをくれたのだ。 寧波同郷会というのは昔の名称で、現在では浙寧会館、上海寧波同郷連合会という名称に変わっている。 上海の街中にある南京西路と北京西路の間にある、想像に描く上海の一角にそのビルはあった。 いざや! と勇気を出してドアを開けると、受付にはおじいちゃんが一人。 ちょうどお昼の時間だったのだが、私の話しを聞いてくれ、上の階に行ってもっと詳しい人を探しに行ってくれた。 でも、その人はお昼に出たので、午後また出直して来てくれということになった。 午後。 受付のおじいちゃんと同じくらいのおじいちゃんの前に通された。 そこで、この会の歴史や日本にも組織があることなど様々な話しを聞かせてもらった。 私が14時には空港へ向かわなければいけなかったので、話した時間は短かったが、祖母に触れたようで嬉しかった。 必要な連絡先を交換し、記念にと「寧波人在上海」という書籍を頂いた。 これが、中国での最後の仕事。 このために中国語を勉強したのか、な。 いや、私という人間は、もっともっと世界のために頑張らなくてはいけない。 そのために、たくさんの人の夢や希望に触れて、助けや勇気をもらったんだから。 今からが正念場! 微力ですが頑張ります。 To: ??????@hotmail.com Subject: 14日の日記 From: Date: Mon, 14 Sep 2009 10:37:00 +0900 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.09.14 21:48:03
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