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2012.02.04
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カテゴリ:宗教
一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第333話 「天使の変化論」

 新世紀エヴァンゲリオンで、”なぜ「使徒」は人類を滅ぼそうとするのか?”という謎に対して、生き残るのは一つの種だけだからとでもいった解説が作品中でされているのですが、今ひとつ何のことか分からない人の方が多いようです。

 一応、人類は”アダムの息子や娘である”という前提がある作品なのですが、人類と「使徒」は同じ次元で生存競争を繰り広げる間柄だとすれば、その人類の祖であるアダムもまた「使徒」と同列の存在であったと解釈することができます。

* なお、エヴァンゲリオンにおいて、人はイヴの息子や娘とは定義されていないようですが、その辺りに関しては、2-976”>誰の子?”の回や3-358”リリスの謎”の回の辺りを参照するか、各自で調べていただきたい(笑)。

 そして、怪しい話を延々と読んできている人には常識になっているはずですが、「使徒」=「天使」ですから、「アダム}=「使徒」=「天使」という等式が成立することになります ・・・ そして、その等式が成立すると、アダムは両性具有ということも説明不要でしょう。

 つまり、天使に男女の性別は無く、男女両方の特徴を持つという話は怪しい話で何度と無くしてきたところですが、旧約聖書の創世記において、アダムの肋骨からイヴが産まれたと表現されているのも、元来、アダムが両性具有だったとすれば、少々話が違ってくるのではなかろうか?

 念のために書いておくと、アダムが両性具有だったというのは私のオリジナルの説ではなく、グノーシス主義やその影響を受けた宗教関係者などでの間では定説で、意外なことにユダヤ教のカバリストや折衷主義者などが、古来、アダムをアンドロギュヌスと定義していますから、かなり昔々からの定説になるようです。

 ちなみに、”ラビ創世記(ペレシト・ラバ)”によれば、アダムとイヴは背中合わせになっていて、肩の部分で繋がっていたのを、神様が斧で2つに切り離したことになっていますし、別の説では、最初の人間は右側がアダムで左側がイヴという”マジンガーZ(永井豪)”の”あしゅら男爵”のような形態だったものを神様が2つに裂いたとしています。

 余談ですが、あしゅら男爵の場合は、男と女の木乃伊を蘇らせるとき、破損せずに残っていた半身ずつを利用して復活させたようなので、逆といえば逆の設定になっているようです(笑)。

 しかしながら、やはりアダムが両性具有だったという説が教義の根幹に関わった勢力といえば、やはりアレクサンドリアを中心に勃興したグノーシス主義が熱心で、オフティス派(いわゆる拝蛇教徒)の説では、天上の人間アダマスや精霊も”アルセノテリュス(男女両性)”とし、地上のアダムが”姿を似せて”造られ天の原型の似姿とすれば、矛盾しないことになります。

 ということは、アダムの子孫である人間もまたアルセノチリュスの末裔というかアンドロギュヌスの末裔ということになり、人が霊的に不完全というのは、本来、アンドロギュヌスであったものが男と女に分けられてしまったことに起因することにもなっていきます。

 もっとも、グノーシス主義というかグノーシス派が。オリエントを越えて印度あたりまでを含む東方の密教や密儀とヘレニズム文化の折衷というか集大成的な知識の集大成を漠然と呼ぶ呼称であることもあって、混沌と矛盾を抱えている分野も珍しくなく、基督教関係者から言わせれば異端の要素が満載でもあったようです。

 それでもなお、神の子が”人”となったときは神の似姿であり、その姿を完璧で理想的な天上的人間の姿とするのなら、両性の区別の無いアンドロギュヌスこそが人の上位に立つべき存在ということになるとでもいったグノーシス主義が唱えそうな説は、ニカイア公会議以後の基督教の正統とされる信仰にも、少なからず影響を与えることになったのでした。

 では、グノーシス主義とカバラの直系の子孫とも言える錬金術師たちはその辺りを最終的にどのように”まとめた”のか?というと、ヘルメス・トリトメグストスが書いたとされる”コルプス・ヘルメティクム”などによれば、神は両性であり、(その神が造った)あらゆる生き物、あらゆる植物が(本来は)両性であると結論したようです。

 逆に、錬金術師と教会の見解が正面衝突するのが、性的二元論で、東洋人にとっては陰陽説との共通項が多いこともあって錬金術師達の考え方の方が理解しやすいのですが、この世のあらゆる対立は、2つの補完的な原理が混在していることによって生じるとし、そうなった原因は天地創造に遡ると考えたようです。

 つまり、世界を造る前の神様は一人というか一柱で全てであり、それ故にヘルマフロディトスであったとし、それが二つに分かれて交合することで(乱れが生じて)万物が産まれたといった具合に話が進むのですが、それ故に、分かれた(両極の)2つは引かれあって再度の融合を試みることになるのですが、完全に融合してしまえば変化が生じず何も起こらなくなることもまた理屈の行き着くところになるようです。

 まあ、解剖学的というか生物学的には女性のなれの果てが男性と考えるか、男性になれなかったのが女性と考えるかは微妙なものの、初期には両性の要素というか素質を持って産まれ、発育の過程で男女いずれかの特性を示すように分化が始まり、一方の性のものは未成熟なまま萎縮したり癒着して痕跡として残る程度になっていくわけです。

 その辺りの、順番としては、まず生殖腺の変化が起こると、生殖管の変化が始まり、生殖管が変化して外部器官の変化が始まる流れになっているのですが、その過程で男女が別れていく直接の切っ掛けは何か?というとホルモンに象徴させる内分泌に帰着するようで、1次と2次の性徴が(成長とか女性、あるいは男性)ホルモンなどの分泌で何かと明暗が分かれることは比較的知られた話になっています。

 太極から陰陽の二極が分かれ、二極が更に陰陽に分かれ、その陰陽がそれぞれ盛と衰に分かれて循環すると考えれば、八卦となり、そういった考え方を二進数で処理していくと8ビットコンピュータのプログラムのベースが何なのかが分かってくるといった話を以前に何度かしたことがあるのですが、太極(電卓やパソコン)に電源を入れることで陰陽の01で世界を再現(シミュレート)する環境が立ち上がるとも言えます(笑)。

 それ故に、昔々の人達にも、最初は一つで全てだったもの(神)が、分かれていきながら世界になっていったと考えた人が多かったようで、洋の東西を問わず古代の宗教の始まりの主神達は全知全能の一人で、それが性が異なる男女の2人に分かれ、その結合の後にまた新しい命が産まれて増殖していくといった宇宙発生論というか世界の始まりの話は、大枠ではほとんど共通しています。

 有名かつ典型的な話としては、古代印度のシヴァ神の逸話があり、顕現しないときのシヴァ神は肉体を持たないが故に性的な特徴も無く、なにかの拍子に神格が2つに分離してしまうと、分かれた自分との統合や統一の欲求が生じ、その欲望にシヴァ神が動かされることで世界から万物が生じると考えたようです。

 従って、永遠の夫婦とされるシヴァとシャクティの結合こそがシヴァの顕現といういささかややこしい話にもなるのですが、この場合、顕現したシヴァ神の完全体とも言えるのが半男半女神のアルダナーリ・イシュバラで、シャクティはシバ神の女性の部分と解釈されるようです。

 その辺り、今日でも、支柱と投げ輪のような状態でシバ・リンガとされる垂直に立った石柱がヨニとされる石の輪を貫いた形というか、ヨニがリンガの根本を補強するような形状で組み合わせて祀られていることが多いのですが、同様の風習というか神様関係の造形物は少し前まで日本でも割とポピュラーでしたから、かなり広い範囲で似たようなことをやっていたとも考えられます。

 原初の神とまではいかなくても、両性の神の話は、北欧、ゲルマン、ギリシャ、エジプト、古代オリエント、・・・、印度、中国とかなり広範囲とういか地球規模の話になってしまうのですが、なるほど、理論上は神様は両性具有という説に一定の説得力があるとしても、では実際に人が両性具有として産まれてきたらどうなっていたのか?というのも気になるところでございましょう。

 あっさり書けば、一定の割合で両性具有の人は産まれてきているのですが、ぱっと見て分かる人もいれば、半陰性とか半陽性という表現で、生物学的に見て、外見は女性に違いが女性では無いとか、逆に外見は男性のようで男性ではないといった具合に外見からはわかりにくいというか、周囲も本人も気が付かないまま一生を終える人もいるようです。

 それこそ、現在では遺伝子の研究や生物学の研究が進んだことで、両性具有に関しても科学的な解釈が可能となっているため、”神の祟り”とか”不吉の前触れ”とかいった解釈で産まれるとすぐに殺されることは(ほぼ)無くなってきているのですが、時代や地域によっては、産まれながらに両性具有の特性を示していると即座に殺害されることが珍しく無かったようです。

 もっとも、そこを無難に通過したとしても、思春期の頃ともなると、”ふたなり”であるが故に、その立場はかなり微妙になるようで、それを気にして他人と距離を置く人もいれば、逆にそれを売りにして御飯を食べていく人もいたようで、羅馬帝国の記録などに貴族や皇帝にも娼夫として人気があったアンドロギヌスの話が知られています。

 まあ、その辺りのことを詳しく書くと何かとややこしいことになる御時世ですから自粛するとして、天使が地上に堕ちると、既に地に堕ちている人類によって酷い目に遭わされる確率が高いというくらいのことは書いていいのかもしれませんが、はたと思うことは、おそらくアダムにも付いていたであろう”天使の羽根はいつ無くなったのか?”ということで、その辺りは現在追跡中です。

 何らかの文献や学説、神話などに辿り着いて結論が出るかどうかは定かではありませんが ・・・。

初出:一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第333話:(2012/01/30)





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Last updated  2012.02.04 00:07:47
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