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2012.12.11
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カテゴリ:宗教
怪しい話 4-569 「バベルの塔学」

 ノアの箱船が実在したか否かに関しては諸説あるのですが、世界規模で大洪水が発生したということに関しては意外と確かな話になるというか現在でも少なからず人類が洪水被害に悩まされていることは御存知の通り。

 ただ、ノアの洪水の記述で問題になるのは、海抜0メートルとは言わないまでも海抜数百メートルというわけでもないウルクから、海抜5千メートル級のアララト山(大アララトの峰で5123m)まで箱船が運ばれるような大洪水が発生して、しかもその水が150日もの間引かなかったことではないかと。

 つまり、潮汐作用が最大限に生じていたとしても、干満の差はせいぜい十数メートルといったところですし、巨大地震などで想定される巨大津波にしてもせいぜい波高が数百メートルに達するかどうかという単位ですから、”地球以外から大量の水が降り注いで、なおかつ地球にロッシュの限界を越えて近づかない距離を小惑星でも通り過ぎたのでなければ”あり得ない現象ではないかと。

 もっとも、中東界隈に特に水が最大で150日もの間集積されていたとすれば、その真上に小惑星が居座り続ける必要があるわけですが、そもそも論で言えば、ノアたちがどうやって”何日目”を知ったのかが謎で、少なくとも40日と40夜の内の30日くらいはどしゃぶりの雨だったでしょうから、太陽の動きというか明るくなったり暗くなったりで日数を数えることは不可能に近かったと考えられます。

 箱船に砂時計や水時計の類が搭載されていたのか、あるいは失われた計時テクノロジーがあったのか?単なる腹時計からの概算なのか?

 怪しい話においては、地球の水の多くは火星と月に由来し、ノアの箱船の大洪水に関しては月の内部の水が降り注いだ現象と仮定しているのですが、内部の水を失うことで質量が軽くなれば引力も減少し、異常な規模の潮汐作用も収まり、地球と月との距離も現在の位置に落ち着いていったのではなかろうか?といったことになります。

 もちろん、水を大量に含んだ小惑星や彗星とか、水(或いは氷)の固まりそのものが地球の近くを通り過ぎたときに、地球の引力に引かれて水が落下してきたと考えてもかまいはしないのですが、太陽系の他の惑星と比較して考えても、やはり地球にだけ水が大量に存在する理由というのは今ひとつ定かでは無いのではなかろうか?

 少なくとも地球の大気圏内の水の総量がさほど変化しないものだとすれば、ノアの洪水の規模の大規模な水位の上昇が数ヶ月に及ぶような異変は物理的に起こり得ないのではないかということですが、川沿いの都市が壊滅した程度の洪水の話が語り継がれていく間に次第に膨らんだだけで、旧約聖書で語られるような大洪水はそもそも発生していないのだから謎でもなんでも無いと言われればそれまででもありますが(笑)。

 いずれにしても、ノアの家族は大洪水を生き延び、神は大洪水のような大規模な天災で人類を根絶やしにすることはしないという契約をノアと結び(これが”ノア契約”)、人類は再び地表にはびこるようになります。

 平和な時代が続いて技術が進歩し、農業や商業などの知識や技術も高度になり、建築材料も石だけでなく(日干し)レンガが用いられるようになり、漆喰やアスファルトの使われる量も多くなっていったようです。

 ちなみに、コールタールやアスファルトの類はノアの箱船の防水性を高めるために既に使われていたという説もあるのですが、技術や素材の進歩で建設できる建物が巨大化してくると、”より大きな建築物”を造るようになっていったともされていますが、その辺りの競争は、これを書いている時点の人類も世界1の高さの人口構造物を建設できる技術と資金を自慢したがる傾向があることから考えても納得できるところではないかと。

 バベルの塔の建設を取り仕切ったのは、当然といえば当然ですが、ノアの子孫のニムロドだったとされていて、系譜としてはノアの三男”ハム”の孫にあたる ・・・ ノアからすると曾孫に当たる人物ということになります。

 となると、一世代30年で計算しても、大洪水の時点で既にハムは妻帯していたわけですから、ニムロドが成人年齢に達した段階で大洪水から100年も経過していない計算になるのですが、実は、ノアの頃の人類の寿命は現在よりも長く、身長も高かったという説があり、ニムロドがバベルの塘を建設しようと思い立った頃には大洪水から数百年が経過していても不思議では無いそうです。

 つまり、人類は、次第に小型化し、寿命が縮んできているということですが、ただ、それも、地球膨張説を採用すると、ノアの洪水の前まで0.6G程度だった重力が現在の1.0Gへと増加していった結果ということになり、西班牙のサクラダファミリアなどを持ち出すまでも無く、史上空前の巨大建造物であるバベルの塔が1年やそこいらで建設できたとも思えませんから、その建設途中で急速な重力のプラス方向への増加があったためにバベルの塔は倒壊したのではなかろうか?

 ギリシャ神話においても、ゼウスを筆頭にギリシャの神々よりも前に地上に君臨していた巨人族タイタンの伝承がありますし、世界各地の巨石文明で用いられている石のサイズから考えても、現在の人類より大柄な3~4メートルくらいの身長が成人の平均どころだったと考えると謎が謎でなくなる気がしないでもありません。

 なお、バベルというのは塔の名前というよりも、塔が建設された都市というか場所の名称で、ニムロドはバベルの他にウルクやアッカドなども支配していた実力者で、少なくとも大洪水の後に始めて登場する事実上の王様だったと考えることができます。

 ちなみに、シュメール人たちが、特に新シュメール時代にジグラットと呼ばれる巨大な建造物を各都市に建設していたというのは実話で、その遺跡が30を越えて発見されていて発掘も進んでいるのですが、ネブカドネザル2世の頃に建設されたジグラットになると(碑文の記述を信じればですが)高さが90メートルくらいあったとされています。

 当然のように、古代ギリシャの歴史家として知られるヘロドトスも著作の中でジグラットに言及しているそうで、ヘロドトスの記述によればですが、ジグラットの最上部には神殿が設けられていたようですが、紀元前2世紀のローマ帝政期の段階でフィロが選んだ世界七不思議(巨大構造物)が、エジプトのピラミッド、バビロンの空中庭園、バビロンの城壁、エフェソスのアルテミス神殿、オリュンピアのゼウス像、小アジアのハリカルナッソスのマウソレウム王廟、ロードス島のアポロン巨像で(アレクサンドリアのファロス島の灯台とかエピダウロスのアスクレピオス像と入れ替わっている説も)あることを考えると、バベルの塔が目標とした”天まで届くような”高さも概ね推察できるのかもしれません。

 もっとも、バベルの塔の話が話の形になったのはずっと後の時代というか、イスラエルの民が第1次バビロン虜囚(BC.597)でバビロンに移住させられてた頃というのが定説ですから、バビロンに建設されていた巨大なジグラットを朝な夕なに長めながら虜囚達が怨嗟を込めて”お話”を紡ぎだした可能性もあります。

 それはそれとして、旧約聖書によると、ノア契約があったため、人類がバベルの塔を建設するのが気にくわなかったとしても大規模な天災を起こして人類の大多数を抹殺して建設を頓挫させる手段が使えなくなっていた神様は、人類の言語を混乱させて、それまで一つの言語で意志疎通できていたところへ複数の言語(おそらく部族単位)に変更することで建設を頓挫させることに成功しています。

 これまでの神様のやりくちから推測して、幾つかの謀略をやってみて、一番効果が出たのが複数の言語を使わせて相互の意志疎通を阻害することだったと考えた方がよさそうな気がしますが、共通言語を失った人類は意志疎通が難しくなり協力関係が保てなくなって四分五裂して故郷へと帰っていったため、糖の建設は途中で断念することとなったとされています。

 ジグラットの頂上に神殿があったとすれば、バベルの塔の最上階にも神殿や祭壇の類が設置されることになっていたのかもしれませんが、そうなると、バベルの塔は巨大な祭壇の類と解釈することも可能になり、宗教的なモニュメントだったとすれば、神様がその建設を頓挫させた理由が良く分からなくなってきます。

 巨大なバベルの塔を建設することで団結力を強めていくことも別に神様にとやかく言われる筋の事ではありませんし、エデンの園から追放し、ノアの洪水で大半を滅ぼした神様なんぞに頼らず、自分たちで自立して生きていくことをニムロドたちの世代が選択したとしても、それもまた神様がとやかく言うような端では無いんじゃないかと。

 エデンの園で暮らした記憶を持つアダムとイブや、アダムとイブに直接育てられたカインとアベル、あるいはセトの世代くらいまではエデンの園へ帰りたがったのかもしれませんが、一方的にエデンの園から追放しておきながら、やっていることが気にくわないとして大洪水を起こしてノアの家族以外はほとんど根絶やしにするような神様を見限って、人間同士が協力しながら(神から)自立して生きていくことを選択したのがニムロドの世代だったとして、そういった親離れならぬ神離れが気に入らないと言い出す神様というのは、ほとんど我が儘な子供と大差が無いのではなかろうか?

 しかも、共通言語を無くし、複数の言語が乱立するようになったことで、戦争を含めていさかいは確実に増加し、ノアの洪水からバベルの塔の建設開の頃までの平和な時代も終焉を迎えたわけですから、ある意味で、神様が戦乱の火種を播いたとも言えるだけに、事はバベルの塔の建設が途中で頓挫しただけに終わらなかったとも言えます。

 此の辺りで、だいたい創世記のめぼしい話が終わるのですが、言語面で分断された人類は、時間の経過とともに更に細分化されていくことになり、支配する側と支配される側に分かれるようにもなっていくのですが、そういった対立が激化していくほど、神様が手を下さなくても人同士が殺し合い殲滅しあうようにもなっていったわけですから、ノア契約を守りながら人類を滅ぼす手段にバベルの塔の建設が行われていた時代に神様はたどりついていたことにもなるわけです。

 一度、対立構造が出来上がると、其の後に共通言語が復活して意志疎通が回復したとしても対立構造は残るわけですし、文明の発達は往々にして貧富の差を拡大する方向で進みますから、言語問題に限らず、人類が争う火種が増加することは自然の流れといえば自然の流れと言えます。

 禍なるかなバビロン。

(2012/11/15)





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Last updated  2012.12.11 08:47:11
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