続・荒野の用心棒(Django)……作品をエヴァーグリーンの傑作に昇華させた血の叫び!
「続・荒野の用心棒」といえば、説明の必要がないほど有名なマカロニウエスタンの代表作の1本。10年ほど前までは、よくテレビで放映されてました。 棺桶を引きずったガンマン、ジャンゴが、ジャクソン少佐率いる南軍の残党とウーゴを頭とするメキシコ人革命派グループが対立する町に訪れる。ウーゴをけしかけ、メキシコ軍の砦から金を奪うが、分け前を渋られたため、ジャンゴは金を独り占めする。ウーゴの追っ手に両手をつぶされたジャンゴに、ジャクソンが迫る…というのが、ざっとしたストーリー。 この映画で、とかく話題になるのが、棺桶から取り出す断面がレンコンのようなガトリング砲でのジャクソン一味大殺戮掃射シーンや、馬の列に両手を踏まれるイタ~い場面、そしてラストの十字架の金具を利用したトリック・ガンプレイ。 ところが、私的な“一点豪華”は、ちょっと違います。手をグチャグチャにつぶされたジャンゴが、自分が底なし沼に落ちたときに手をのばしてくれたマリアに、告白するシーンがポイント。ウーゴ一味に撃たれて瀕死のマリアを、ジャンゴは酒場に運び込んで語ります。『底なし沼にはまったとき、俺に手をさしのべてくれたよな、マリア…。その手にすがったとき、俺はやっと分かったんだ。人間てのは、一人じゃとてもいきてゆけねえってことをな…』 この瞬間、ニヒルでクールを装っていたジャンゴが、本来の自分に戻ります。本当は誠実で優しく、真の意味で強い男であることが、初めて観客に伝わるすばらしいシーンだと思います。 マカロニウエスタン特有のガンプレイや残酷シーンは、もちろん『続荒野の用心棒』の魅力の一部ですが、このシーンがあるからこそ、ジャンゴというキャラがさらに魅力的になり、他のマカロニ作品とは一線を画した“深み”があるように思えます。 ちなみに、先のセリフは小林清志の吹き替えのほうが、原語よりもグッと心に響きます。テレビの吹替音源を収録したDVDの再発を、ぜひともお願いしたいものです。1966年イタリア1994年1月 NTV深夜枠にて放映(正味92分)監督:セルジオ・コルブッチ脚本:フランコ・ロゼッティ/ホセ・G・マエッソ/ピエロ・ヴィヴァレッリフランコ・ネロ:小林清志エドゥアルド・ファヤルド:大平透ホセ・ボダロ:穂積隆信ロレダナ・ヌシアック:来宮良子アンジェル・アルバレス:相模太郎DVD発売中 ビデオ廃盤