・・・lunatic tears・・・◇53◇【新年の宴】
「失礼致します。」 瑞姫はそっと襖を開けると、父と新年に集まって来た一族の者達に向かってお辞儀すると、優雅な身のこなしで畳みの縁を踏まずに用意された席へと座った。「そちらの方は、向こうの席へ。」ルドルフが真宮家の女中によって案内された席は、瑞姫から遠い末席だった。「お父様、彼はわたしの恋人です。せめてわたしの隣に・・」「瑞姫、“男女七歳にして席を同じゅうせず”だ。」瑞姫の父親がそう言って険しい顔で彼女を睨むと、彼女は黙って俯いた。「駄目でしょう瑞姫さん、新年早々にお父様を怒らせては。」継母の顕枝(あきえ)が瑞姫をそう嗜めて意地の悪い笑みを浮かべた。「さてと、全員揃ったところだし、食べようか。」瑞姫の父親がそう言うなり箸で黒豆を摘むと、他の者もそれに倣いそれぞれ用意された料理を食べ始めた。箸使いも判らぬままルドルフは箸をフォークのように使って食べていると、顕枝が顔を顰めた。「まぁ嫌だわ、刺し箸だなんて。」「顕枝さん、ルドルフさんは箸使いが判らないんですよ。そんなに重箱の隅をつつくような言い方をなさらなくてもよろしいじゃありませんか。」彼女の嫌味にムカッときたルドルフだったが、すかさず亜鷹が助け船を出してくれた。顕枝はぶすっとした表情を浮かべると、茶を飲んだ。「ルドルフさん、わたしの隣へ。」「さっきはありがとう、助かった。」「いいんだよ。顕枝さんは小父様の前で君に恥をかかせようとしてたんだろう。表向きは瑞姫と君との結婚を許したと言っても、自分の思い通りにならずに苛々しているんだろう。」亜鷹はそう言って笑った。「あの人は何故ミズキを嫌っているんだ? 血が繋がっていなっていないからか?」「それもあるけれど、顕枝さんは瑞姫の父親と再婚する前に色々と揉めてね。それに自分の息子より瑞姫の方が賢いから面白くないのさ。」ルドルフがちらりと瑞姫を見ると、彼女は一族の女性達数人と何かを話していた。口元は笑っているが、目は笑っておらず、すぐに彼女が作り笑いをしているとルドルフは気づいた。「あの人達は?」「ああ、あれは瑞姫の従姉妹に当たる清音(きよね)と真子(まこ)、その2人の向こうにいるのがわたしの妹の優貴(ゆき)だ。どうやら君の事を聞いている。」瑞姫が彼女達に何か言うと、彼女達は目を丸くしながら黄色い声を上げた。「賑やかだな。」「女三人寄ればかしましいと言うだろう?」「ああ、わたしにも姉や妹が居たからな。」ルドルフがそう言った途端、瑞姫の従妹達が彼と亜鷹の方へと駆け寄って来た。「あの、あなたが瑞姫姉様の恋人って本当ですか?」「そうだけど、もしかしてわたしを狙っているの?」そう言うと従姉妹達の中で真っ先に駆け寄って来た亜鷹の妹・優貴はルドルフの問いに答える代りに彼に抱きついた。「わたしのものになってくれる、ルドルフさん?」優貴はルドルフにしなだれかかると、瑞姫に意地の悪い笑みを浮かべた。「済まないね、ユキさん。わたしはもうミズキ以外の女とは寝ないと決めたんでね。他を当たってくれ。」ルドルフはそう言って、優貴を突き飛ばすと瑞姫に抱きついた。「ルドルフ様、人前でそんな事をしては駄目ですよ。」「じゃぁ、2人きりの時ならいいのか?」「もう・・」瑞姫はちらりと呆然としている優貴を見て勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。「優貴ちゃん、振られちゃったねぇ。」「可哀想ぉ~!」わざとらしく清音と真子が顔を見合わせてそう言って笑うと、優貴は部屋から出て行った。にほんブログ村