【まるで宗教団体】 押し売り状態だから医者はクスリを飲まない
『だから医者は薬を飲まない』を書いた精神科医で、国際医療福祉大学大学院の和田秀樹教授によると「薬漬け医療」の裏には、臨床・研究・教育をつかさどる医学界の“悪習”があるそうです。その実像について質問してみました。 ──医学界は宗教団体なのですか?日本の医学界はいわば宗教団体と同じです。たとえば「血圧を下げればいい教」「血糖値を下げればいい教」「がんは切ったほうがいい教」という宗教が跋扈(ばっこ)しています。宗教だから必ずしも間違っていることを言っているわけではありません。問題は、私にはそれぞれエビデンス(科学的根拠)がほとんどないとしか思えないことです。普通にいわれる根拠はほぼ二つしかありません。一つは海外のデータの引用、もう一つは動物実験の結果です。 ──エビデンスがないというのは?薬を飲んだときに血圧が下がる、血糖値も下がる、あるいはコレステロール値が下がる。これは化学反応だから、ある程度、薬理を知っていればその種の薬はできます。エビデンスとなるには、その薬により死亡率を下げたとかあるいは脳卒中を減らしたといったエンドポイント(治療行為の評価項目)を5年後や10年後にきちんと実現する必要があります。日本ではその評価がなされず、外国のデータを流用していることが非常に多いです。外国人と日本人は体質も違えば食生活も異なります。そもそも外国のデータが全部流用できるのであれば、日本で治験の必要はありません。5年、10年せっせと薬を飲んでもいいという根拠を外国のデータで説得する・・・。同時に動物実験のデータも人間に使えると信じさせる・・・。たとえば分子生物学的に見て、アディポネクチンという動脈硬化や糖尿病を防止する善玉ホルモンが出るようになるのだから、これは体にいいとされます。その薬を飲んで健康になったかどうかは本来ロングスパンで結果を見ないとわかりません。 ──高血圧治療薬のディオバン事件がありました。ディオバンという薬を日本で使ったら5年後、10年後に脳梗塞や心筋梗塞が減るというロングタームのエビデンスを作ろうとしました。製薬会社のノバルティス ファーマには勝算があったのでしょう。でも日本人は体質や食生活が違っていました。エビデンスが出なかった。データを改ざんした医者のモラルに帰するところが大きいですが、問題の本質は海外でいいといわれる薬でも日本人には当てはまらないこともあることです。もともと人間の体の中で何が起こっているかわからないことはたくさんあります。脳梗塞や心筋梗塞は動脈硬化によって血液の通路が狭くなり起こるのだとしたら、血圧の低いほうが詰まりやすいかもしれません。それでも薬で血圧を下げたほうが動脈の壁が厚くなりにくいからいいとするかどうか。この種のことも実験してみないとわかりません。長期の実験をしなければ、従来の説を宗教のように後生大事に信じてしまうことになります。 ──ほとんど長期の調査には基づいていないのですか?長期の疫学調査によっていくつか有用なデータは出ています。たとえば小金井市総合健康調査は15年間高齢者を追いかけ、コレステロールは高めのほうがいいという結果が出ました。また仙台の郊外では太めの人が長生きしていたといった調査結果もあります。ただし、その結果に対して医学の世界は積極的に応えようとしない現実があります。 ──なぜ?自分たちのドグマ(意味:宗教上の教義、独断的な説)を守ることのほうが大事だからです。そして宗教と同じで異端の説を出した人を追放にかけます。新たな説を証明し、これまでの定説をひっくり返すことが科学の歴史のはずなのですが、医学界ではそうならないのです。守旧派の学会ボスに逆らったら大学医学部の教授にもなれないのが現実です。ただし、学会ボスが定年退職すると、しばしば新しい説が使われるようになります。 ──新しい有力な説はまず「隠れキリシタン」になるのですか。日本は「正常値」主義に振り回されています。たとえばコレステロールがそうです。まだ15年は今の教授たちのメンツを潰すからそうすることはできませんが、もし彼らが引退したら、コレステロールも血糖値もむしろ高めでコントロールしたほうがいいとなるでしょう。このことは世界的な医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』や『ランセット』にも出ていることですが、これについては学会ボスがインチキ視しています。 ──そうなると、自分の処方箋が大いに気になりますね。結局、医者は自分が正しいと思っているものを処方する。そこでは、専門分化が進みすぎているから、たとえば心臓にはいいかもしれないが、体全体ではいいとは保証できないものもあるかもしれません。日本では今、「血圧の下がることが絶対善」だと思われがちですが、脳卒中を減らす、血圧の幅についての日本人のエビデンスはあまりありません。秋田県で減塩運動をして血圧を下げることにより、脳卒中は確かに少しだけ減少しました。この結果も血圧を下げたから脳卒中が減ったのか?タンパク質を取ったから脳卒中が減ったのか?因果ははっきりしていません。タンパク質を取る量が少ないと血管の壁は破れやすい。だから昔は血圧160ミリメートルエイチジーあたりで脳卒中になっていました。今は200ミリメートルエイチジーを超えても血管は破れないケースが多いのです。 ──「正常値」主義ではダメなわけですね。誰もが薬を飲めば長生きできる、健康になれると信じて動いているのですが、これが正しいかはわかっていません。大学医学部教授と称する人たちが確かな実験をやってくれないのが原因です。この薬を飲むと何%の人に肝臓障害が出る、胃炎が起こる、あるいは下痢が起こるという副作用は調べられています。でも、はっきりした薬効のエビデンスについては実質ほとんどないというのが現状です。 ──効く証拠がない?一般論から言って、低血圧の人は朝起き辛く、頭がふらふらします。だから、血圧や血糖値を下げれば頭がぼんやりするといえます。たとえば今55歳の人が血圧の薬であと30年生きられるが飲まなければ25年しか生きられないと仮に証明されたとします。その薬を飲み血圧を下げたため30年間頭がぼんやりした状態で生きるのがいいのか?飲まずに25年間、頭がしゃきっとしているのがいいのか?選ぶとしたら・・・。現実問題として、薬はそういう選択で飲むしかありません。 ──薬に関してもインフォームドコンセントが必要なのですね。手術を受ける際には、医師から十分な説明がなされます。そのうえで同意書にサインしないかぎりは手術はできません。ところが薬の場合は、異物を体内に入れるにもかかわらず、同意書もなしにどんどん押し売りされます。インフォームドコンセントが十分なされません。制度があれば、「エビデンスデータがないのはどうして?」と聞くこともでき、データもそろうようになるのでないのでしょうか。出典:東洋経済オンライン