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6月9日に国際基督教大(東京都三鷹市)で行われたシェイクスピア・カンパニーによる「アイヌ 旺制露(オセロ)」は、シェイクスピア劇を仙台藩が統治する「蝦夷地」に舞台を置き換えただけではなく、そこから立ち上がる劇の本質がくっきりと浮かび上がり、観る人を圧倒した。東北人である私にとっては、何か共有できる感覚に膝を打ちつつ、自分を見つめなおす新鮮な感覚でもあった。原作「オセロ」はベニス軍を率いる黒人の将軍オセロとベニス元老議員の娘デズデモーナの結婚により、表面的には忠実な部下を装うオアゴーの「憎み」渦巻く心境を動機付けとした企てでオセロの副官キャシオとデズモーナの不倫関係をでっちあげ、オセロを信じ続けるデズモーナをオセロは自らの手で死に至らしめる悲劇である。シェイクスピアの四大悲劇の1つで、最も分かりやすい展開といわれている。
これをアイヌと仙台藩の関係になぞり設定した舞台は江戸時代末期の万延元年(1860年)、現在の北海道南東部にあたる地域である。現地の「司令官」である旺征露はアイヌ人で「仙台藩エトロフ脇陣屋筆頭御備頭」の地位にあり、仙台藩ネモロ脇陣屋御微備頭、草刈番匠の娘、貞珠真(デズマ)と結婚する。そこに策略をめぐらすのが旺征露の部下でエトロフ脇陣屋付旗持、井射矢吾(イイヤゴ)だ。この悲劇が宮城の方言で繰り広げられるのだが、軽快な言葉のやりとりに時には笑いが誘われる場面も少なくない。宮城の言葉は幼い頃から聞きなれた私には懐かしく耳にすーっと入ってくるが、おそらく知らない人には難解であったかもしれない。それでも独特のリズム感のセリフ回しと、物語の進行を追えば、何となく理解できたような気になるから、舞台も悲劇も成り立つから面白い。
セリフまわしの中で頻繁に出てくるのは、新聞・放送用語では差別用語として決して一般メディアでは使われない言葉たち。「土人」「アイヌのくせして」等。今回の共同演出を手掛けたアイヌ民族である秋辺デポさんは「NHKじゃあるまいし」と話し、自らが差別された経験から「差別は隠そうとするから、また差別が起きるのです」とストレートな言葉で劇を表現した思いを語った。さらにイイヤゴがなぜ憎しみを抱き、オセロを貶めたのかを「嫉妬」であると解説した。イイヤゴはアイヌとの混血であり、同じ血が流れるオセロに対する嫉妬が憎しみになったという。オセロは差別をめぐる物語だとの認識の中で、私ははたと膝をたたく。四半世紀以上も前、ある有名な経営者が東北人を「熊襲」と発言したことに腹を立てた大人たちに「なぜだろう」と思い、その後「差別というもの」を探した私の、それは明快な答えだった。
シェイクスピア・カンパニー主宰で演出・脚本を手掛ける下館和巳・東北学院大教授は「被災地である南三陸に木造の劇場を建てるのが夢です」と話す。「劇場建設」を掲げてシェイクスピア・カンパニーが発足したのは1992年。東北地方の言葉と歴史を生かした作風でシェイクスピア劇をアレンジし注目を集め、「恐山の播部蘇(マクベス)」は2000年に英国エディンバラ演劇祭で上演され、2006年の「破無礼(ハムレット)」も東京等で好評を博した。しかし2011年の東日本大震災で活動休止に追い込まれ、2012年5月に活動を再開した後は「新ロミオとジュリエット」(2013年)、「新リア王」(2014年)、「新ベニスの商人」(2015年)は被災地をめぐった。そして劇場建設の夢は「被災地に建てること」が加わった。これなら、きっと出来る、と思いつつ。楽しみながら観ていきたいと思う。
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執筆者紹介 引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク総括・ケアメディア推進プロジェクト代表並びに季刊「ケアメディア」編集長)、コミュニケーション基礎研究会代表。
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Last updated
2018.06.26 20:23:25
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