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6月7日の朝にいきます

6月7日の朝にいきます

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2023年01月25日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​​​​​現在は個人情報保護法があり、とても考えられないこととなったが
私が10代の頃は、雑誌に当たり前のように個人の住所が載った。
​​​

中学生の時に、月刊の少女向け小説誌を2冊購読していた。
一冊は学研だったかの「小説ロマン」で、もう一冊は…完全に失念した…。

当時は旺文社や学研の学年誌などにも、当たり前に「文通希望欄」があり、
ペンフレンドを求める読者が、
「ピアノが趣味の中2です。海沿いに住む人と文通したいです」
などど希望を書いて、
住所と名前を公開した。

そういう私は、国内に13人、イギリスに1人(英語で文通)を持ち、
月に1度とか、2月に1度くらいのペースで手紙のやりとりをしていた。

驚くことに芸能誌では、有名人のファンレターのあて先として自宅住所が明かされ、
私も当時、歌がとても上手で大好きだった女性歌手に手紙を出したものだ。

彼女の名前は可愛和美さん(自死された可愛かずみさんとは別人)。
とにかく歌唱力があり、ルックスもかわいかった。

ファンレターを書いてしばらくしたら返事が来て
美文字なことに、なおさら好感を持った。

縁があったのだろう
たまたま参考書を買いに出かけた横浜のデパートで
彼女のサイン会が行われていた。

デパートの屋上で新曲発表会をしたりサイン会をしたりは、よく行われていた時代だ
私はサイン会の列に並び、緊張しながら和美さんに言った。
「ファンレターのお返事を、ありがとうございました」
彼女は顔を上げて私の目を見、それからニコッとほほえんだ

これに勇気を持ち、電電公社の電話番号問い合わせを利用し、
住所を告げて、彼女の自宅の番号を教えてもらった。
もちろん親が買い物に出掛けていた時間に、だが…

和美さんは、渡辺プロダクションの寮に小柳ルミ子さんと同室で暮らしていた。

「真面目そうな子だと感じたわ」そう言ってくれて
そこから自然に、手紙のやり取りが始まった。
高校を卒業した頃に銀座の有名フランス料理店へ招かれ、ご馳走にもなったっけ。

​やがて都内の住居マンションに何度も呼んでもらえるようになり、
彼女のファンクラブを任されるようにもなった。

4枚目シングルの「シャム猫とのら犬」はそこそこヒットしたが、
時代は辺見マリさんなどが大ヒットを飛ばしたセクシー歌謡路線となったため
彼女はそれ以上のヒットに恵まれなかった。
やがて、和美さんは
本格的な歌唱を求め、
本名の「額田和代」名義や「かあいかづみ」として、活動の場を替えた。


和美さんは別だったが、子供の頃のペンフレンドとは
大学受験を前に、すべて終止符を打ったと記憶する。

時代は変わり、今は学校の卒業生名簿ですら作られなくなった。
護られて助かることも、もちろんあるが、
あの頃の、穏やかな風潮は、忘れられない良い想い出だ。


​​





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最終更新日  2023年01月25日 14時42分25秒



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