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マックス爺のエッセイ風日記

2021.12.28
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~焼物のことなど~

      

 「歴史をひらく琉球文化秘宝展」(平成3年開催)の図録をもとに紹介しています。ただし、読者の理解を助けるために、適宜<参考資料>挿入しています。

  

 1)緑釉花瓶(壺屋焼)

  

 2) 白地緑釉差しカラカラ(壺屋焼)   

   カラカラとは泡盛用の「お銚子」ですが、温めません。

  

 3) 緑飴釉筒描抱瓶(だちびん) 壺屋焼

 だちびんとはかつて沖縄の農民が腰に下げていた水筒です。そのため腰に密着するよう、内側が湾曲しています。また、腰にぶら下げられるよう、麻縄で括り付けるための突起があります。

  

 4) 素焼張付文御殿型逗子甕 (壺屋焼)

 御殿は「うどん」と発音します。逗子甕は「じゅしがみー」と発音し、風葬しかつ洗骨を終えた遺骨を収容するものです。絵柄は粘土を張り付けてありますが、「六地蔵」だと思われます。仏教の影響が感じられるので、遺骨は火葬されたのかも知れません。

<参考資料>

  

 那覇市の「国際通り」と「ひめゆり通り」の間に「壺屋やちむん通り」があります。やちむんは「焼物」の現地語です。かつてはこの場所の窯で実際に焼いていました。私が沖縄に赴任した平成初期のころもまだ焼いていました。その後は材料となる粘土の入手や作業スペースの確保、大型の窯の必要性などから、集団で読谷村(よみたんそん)に移転したと聞いています。

    

 これは沖縄陶芸界で唯一人間国宝に指定された金城次郎氏(1912ー2004年)の作品「線彫魚紋大皿」(1967年制作)です。金城氏が魚紋を使い始めたことで、魚のモチーフはその後壺屋焼の特徴にもなりました。

        

 比較的最近の「やちむん通り」の様子です。観光客などを相手に焼物を売っていますが、ここはお店だけで、読谷村の窯場から作品を運んで来ているのでしょう。私が知ってる頃とは雰囲気がすっかり変わり、道路が広くて立派になっています。

  

 5) 潤漆樹下人物七宝繋箔絵丸櫃

 中国風の人物が描かれた漆器製の丸櫃(まるびつ)。おひつは本来炊いたご飯を入れる容器の名前ですが、装飾や大きさからみると、「物入れ」のように思えます。

  

 6) 朱漆定紋入冠入れ

 沖縄には元々家紋はありません。琉球王朝時代に日本との交流から真似て新たに作ったのです。因みに琉球第二王朝の王である尚(しょう)家の家紋は「左三つ巴」です。

 <参考>

  

 琉球王朝時代、高位の人物は冠を被るのが習わしでした。せいしきには「はちまき」と言いますが、日本の鉢巻きと異なり帽子のような形をしています。ターバンからの変形との説があります。王族、貴族、士族の身分ごとに「はちまき」の色と模様が定められていました。それだけ大切な物であるため、「専用の容器」が必要だったのでしょう。

   

 7) 進貢船(模型=民芸品)

 しんこうせんは琉球王国から中国(明、清)へ進貢(貿易の形を取った従属)や外国(日本、朝鮮、東南アジア諸国)との貿易に用いられました。当時の琉球では外洋航海用の大型船は建造出来ず、中国が建造して与え、中国人通訳までも付けました。船の舳先の「眼」は魔除けで、現在も沖縄県の「県章」(右上)になっています。

  

 8) ハーリー(模型=民芸品)

 ハーリーは中国から伝わった習俗で、把竜船(はりゅうせん)が沖縄でハーリーと変化したもの。毎年初夏にこのボートを集団で漕ぐ競漕が祭りとして定着しています。因みに「鎖国当時」に中国の窓口だった長崎の「ペーロン」も全く同様で、長崎の方が中国の発音に近いと思われます。

  

 9) 旗頭 (模型=民芸品)

 「はたがしら」は言ってみれば町内会の「目印」みたいなもので。実物はかなりの大きさがあります。例えば那覇市の伝統行事である「大綱引き」の際には、この旗頭が登場します。昔は地区ごとに分かれて綱を引き合ったのでしょうが、交通の障害となるため今では「東西」の2つに分かれ、観光客も入って「子綱」を引き合う勇壮なお祭りです。那覇のほか、与那原町にも大綱引きが残っています。

  

 10) ハーチブラー

  民芸品のお面のようですが、残念ながら説明はありません。

  

 11) チリクブサー

 これも民芸品のようですが説明がありません。形から見て内地の「起き上がりこぼし(小法師)のようなものかと推察しています。倒してもまた元に戻る玩具です。クブサーが「小法師」に相当します。音も良く似てるので、日本のものが伝わったのでしょう。なんだかとても愉快です。ダブルハートスマイル

  

 12) わら算

 かつて八重山地方で文字が読めない人のために工夫された納税の表示法です。編んだわらの形やわらの数で、どんな物をどれくらい納めるよう指示したものです。そういえば「インカ」にも似たような「キープ」と言う表示法があったはずです。

   

 ほらね。良く似てるでしょ。時代や場所は違っても、人間が考えることは一緒なんですねえ。なんだかとっても不思議です。ただし、こちらはわらじゃなくて何かの繊維のようですが。ちょきぽっ






Last updated  2021.12.28 12:31:33
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Re:おきなわ補遺編 その5(12/28)   あみ3008 さん
長崎も行ったことがないので、言葉の違いは分かりませんが、
やはり独特な言い方があるんですね。 (2021.12.28 22:10:53)

Re[1]:おきなわ補遺編 その5(12/28)   マックス爺 さん
あみ3008さんへ

今晩は~!!
お体が大変なのにわざわざ来てくれて
ありがとうね。嬉しいです。😊

沖縄の言葉は日本語の方言みたいな
ものです。それもかなり古い時代に別れた
言葉が基礎になっています。


明治以降は標準語を話すようになり
ましたが、方言も残り、かつ中国語が
元になった言葉もあるんですよ。

私にとっては面白いことですが、
興味のない人にとっては無意味かもね。(^_-)-☆

(2021.12.28 22:53:16)

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