【粗筋】
商店街が締まって明かりが消えた後、心の灯は屋台のおでん屋。酔った客、家で食べようという女性、忙しそうな親父……ちょっと鍋の中に耳を傾けてみよう……
ぐつぐつ……
「こんにゃく、向こうへ行け。ぬるぬるして気持ちが悪いんだ」
とイカ巻が怒っている。ちょっと触れただけでプルプル震える。
「それよりハンペンちゃんが可愛いんだ。色白で。よ、ハンペンちゃん、一遍デートしない」
「一遍はいや、ハンペンにして」
ぐつぐつ……
糸こんにゃくがからんで、タコの足とげそ巻が「足を踏んだ」と喧嘩を始め、「表へ出ろ」という騒ぎになった。
「喧嘩をおよし。お前ら兄弟のようなものじゃないか」
「兄弟ですか」
「異母(イボ))兄弟」
ぐつぐつ……
「お茶ひいちゃった」
と袋物が嘆いている。お金がかかる女は相手にされないのだ。イカ巻は安いのに売れない。実は昨日からつかっていて、かき回された途端に中のイカが抜け、酔っ払いが隙を見て食っちゃった。回りしかないから、心に穴が空いたようだ。田舎者と馬鹿にされた芋が反論。
「こう見えても田舎へ帰れば男爵だ。女房はメークインだ」
ぐつぐつ……
親父が乱暴にかき回す。
「みんな大丈夫か、昆布(こぶ)はどうした」
「正蔵になったが売れない」
大根はおたまで体を削られて悲惨なことに。
ぐつぐつ……
「客に酔っ払いがいるが、あんな奴に食われたくはねえなあ」
「イカ巻さんは芯が通っているから」
「落っこちて芯がないんだって」
ハンペンと芋が一緒に売れた……とうとう中身のないイカ巻だけが売れ残り……
「俺はどうなるんだろう……明日生ごみで出されるのだろうか……あ、箸が下りて来て……売れたんだ……」
「さあ、今日も店じまいにするか……ほら……」
「……ワン」
【成立】
柳家小ゑんの創作落語。おでんのネタが話をして、時々人間がからむという発想がいかにも落語らしくて面白い。人物(?)が変わる、話が変わる時に「ぐつぐつ」と煮立った様子を全身で見せるのがアクセントで、それぞれの人物も全身で姿を見せるのだが、売れ残りや、アクシデントに哀愁を感じるのが素晴らしい。その謎は後日解けた(蘊蓄を参照)柳家小六がつけてもらい、初演の小ゑんが同席した場に遭遇した。小六君は、この「ぐつぐつが恥ずかしいが、やり始めると癖になる」と言っていた。三遊亭円丈師匠が何かと交換で演じていると言っていたが、忘れた。
【蘊蓄】
2010年舞台化され、AKB(当時)の小原春香が主演、巻役だって……女の子達が演じることで、アイドルの世界との共通性が見えた。売れたいという気持ちと、ライバルとの対立、売れ残ってしまう焦り、そういう心が描かれた……のではないか。