【粗筋】
a:蜀山人、赤坂の紀州家に出仕することになったが、ちゃんとした着物がない。持っている物を繕おうと、裏地を買いに行くと、一分もする。
一分とはあまりあこぎな裏木綿網のようだぞもっと引け引け
b:初のお目見えで、紀伊大納言から即吟してみよとの仰せ。蜀山人、さらさらとしたためたのが、
色白く羽織は黒く裏赤く御紋葵(青い)で紀伊(黄)の殿様
五色(いついろ)を詠んだ。他に出来るかと言われて、
借りて着(黄)る羽織は黒し裏白しここは赤坂行くは青山
蜀山人、今度は先に「四」の字を書いて、何か詠みましょうと言う。お殿様、皮肉に「六歌仙」と題を出した。四の字を書いたのに六歌仙を詠めというんで……蜀山人、少しも慌てず、
四歌仙が小用に立ったその後で小町業平なにかひそひそ
「みごとじゃ。それではもう一つ増やして南無妙法蓮華経の七文字を詠めるか」
「ははあ……
いかほどの難題目であろうとも読むが妙蓮華けう(きょう=経・狂)歌師」
c:お気に入りになって通うようになるが、酒も出ると好きな人だから、飲んでついつい長くなる。夜遅く帰ろうとすると、履物に短冊が載っている。
いつ来ても夜更けて四方(よも=四方山話、四方赤良)の長話
あからさま(赤良様)には申されもせず
とあった。
d:帰りに背中を叩かれて、
「おお、驚いた。どなたでござる。おお、加賀藩の近藤殿と、水戸家の早野氏」
「さぞ驚かれたでしょう。それを一つ歌に詠んでいただきたい」
人を馬鹿にした申し出で……しかし、これを断っては風流の道に外れる。
「加賀様は本郷に、水戸様は小石川にお館がございましたな……できました。
小石川本郷かけて鳩が二羽」
「おや、我々が鳩にされてしまったぞ」
「 水戸ポッポに加賀ポッポ」
c:紀州家からの帰り道、人だかりが出来ているので聞いてみると、町娘が侍に無礼打ちにされそうになっていると言う。仲裁に入ってみると、水戸家の足軽・田口源悟が娘が水をまいているところに通り掛かり、裾に水を掛けられたので、無礼打ちにすると言う。娘に名を聞くと、
「与平の娘・かるでございます」
「それは出る所が違う。与一平の娘・おかるなら、七段目で田口氏のような足軽・寺岡平右衛門が殺そうとするのを、国家老の大星由良之助が救うてやるのじゃ」
「先生、私が足軽で、先生はご家老ですか」
「まあ、これで勘弁さっしゃい」
と歌を書いて渡す。
往きかかる来かかる足に水かかる足軽いかるおかるこわがる
田口これを読んで噴き出し、娘を許した。
【成立】
蜀山人のうち、紀州家との関りを集めたもの。昭和の速記では、前半は酒、後半は紀州家で、娘を救って終わる。2008年だったか、春風亭栄枝(7)が演ったのが、ほぼこれ。「四」を書いて六歌仙の歌を詠むのは紀州でなく駿河になっていたと思う。数人の演じたものから将軍家との関りだけをまとめてみた。
尚、五色の狂歌は「寝床」のマクラにもある。
まだ青き素人(白うと)義太夫玄人(黒と)がり赤い顔して奇(黄)な声を出す