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カテゴリ:身体・感覚
あっちでいわれていることが、こっちでは違うことをいっている・・・、という場面や本などに出会うことは、普段よくあるのではないでしょうか?
えらい人(~教授)のようなひとの話すことや、書くことを参考にしよう、と思って、調べても「いったいどっち?」と思うことはないでしょうか? 一般人であるわたしにとって、「そうだったのか!」とうすうす思っていたことをはっきり書いてあったのが 「人間科学(養老猛司、筑摩書房)」でした。 『専門家の集合の短所をいうなら、総合性を欠くことであろう。具体的には、いつまで経っても専門家の集まりで止まる。なぜなら、専門分野とは、その分野の前提を当然として受け入れたところに成立するからである。前提を問うことは専門分野には入らない。』 とってもわかりやすいです。 前提として考えていることが違う人同士が話そうとすることは、違う文化のひとが話そうということで、極端にいうと、日本人とアメリカ人が話そうとするようなもの。 その際に必要なことは、互いの前提を共感しあうことですが、この文を読む限り、専門家同士が「共感しあう」ことはまず難しそうです。 前提を疑うようなひとは、その専門分野で出世することが非常に難しいそうなので、前提を疑わないことが、学者として生きていくために必要なことだとすれば、いたしかたないですね。 一般人としては、専門家同士が意見交換して、いろんな研究をひとつの過程として提示してもらいたいですが、現状では、自分でいろんな本を読み解いていくつもりでいるほうがよさそうです。 この本は、専門家として、「人間」をキーワードに広く「科学」していくことが必要ではないか、と提唱し、実際に彼の専門の「脳」をアプローチとしてさまざまな分野を語っています。 「脳」をアプローチとしていかに「人間科学」しているか、専門を横断して語っているか、がこの本の「肝」ですので、ぜひ、読んでお楽しみあれ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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