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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2023.04.24
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カテゴリ:カテゴリ未分類
昔は「子だくさん」の家が多かったです。
私の母の家は「5男6女」でした。
戦争で多産が奨励されたこともあるかも知れませんが、戦争以外の時代でも3人、4人ぐらいは普通だったのではないでしょうか。

その背景には子どもの死亡率が高かったとか、子どもを労働力として考えていたとか、避妊の知識がなかったからだとか色々な理由があるのかも知れませんが、いずれにしても一人で多くの子どもを育てているお母さんがいっぱいいたのは事実です。

それが可能だったのは、子どもの世話をしてくれる祖父母がいたり、子育てを支え合う地域のつながりがあったからなのでしょう。
子どもの方も、親が相手をしてくれなくても、家から一歩外に出れば自分と同じように遊び相手を求めている仲間がいっぱいいたので退屈はしませんでした。また、そのような異年齢のグループの中で色々な体験をして育つことも出来ました。

また、お母さんもお父さんも毎日の家事や仕事が忙しくて、子どもと向き合ったり、子どもと遊んだりは出来ませんでした。
そもそも、電気も、スーパーも、便利な家電も、水道もないような状態で生活していて、のんびりと子どもの相手をしている暇などあるわけがないのです。

そういう状態なので、昔のお母さんは「現代のお母さんがやっているような子育て」はしていなかったのです。
ちなみに、「現代のお母さんがやっているような子育て」とは、「お母さんが一人で子どもの相手と世話をし、子どもの成長に責任を持たなければならないような子育て」です。

その「現代人がやっている子育ての形」は、つい最近になって社会が近代化される過程で生まれた「これまでに人類が体験したことがない子育ての形」なんです。
そのため、持続可能な方法であるかどうかすら不明なんです。
(私は持続不可能だと思っていますけど・・・)

先日、「子どもと向き合えないのですけど・・・」という相談を受けたのですが、「子どもと向き合う子育て」なんて、昔のお母さんはやっていなかったのです。そんな暇なかったからです。それでも、子どもはちゃんと育っていたのです。

そもそも、子どもが一人の時は「子どもと向き合う子育て」が可能ですが、二人になったら簡単に崩壊します。
「子どもと向き合う子育て」を受けている子どもは、次第にお母さんと向き合っていないと不安を感じるようになってしまいます。お母さんにいつも傍にいて自分だけを見ていて欲しくなります。お母さんの方も子どもを見ていないと不安を感じるようになります。そうやって相互依存の関係が生まれます。

それでも子どもは、成長と共に「自立への欲求」が強まってきます。命の働きがそういう欲求を目覚めさせるからです。
でも、お母さんと向き合う生活しかしていない子は、お母さんから離れることが出来ません。自立したくても「お母さんという束縛」から抜けられなくなってしまうのです。お母さんから離れることに対しても強い不安も感じます。

それで、お母さんに暴力を振るったりして苦しみを表現するようになります。お母さんをののしり、暴力を振るっているのに、お母さんから離れることは出来ないのです。

お母さんの方も、子どもに自立されたら自分の存在価値が消えてしまうように感じて子どもの自立を応援できません。頭では分かっていても、心とからだがそういう方向に動かないのです。
そういう状態のお母さんや子どもがいっぱいいます。

また、二人目が生まれると、一人目で「向き合う子育て」をしていたお母さんは、その二人目とも向き合おうとします。そういうやり方しか知らないからです。
でも当然のことながら、人は二人の人間と同時に向き合うことは出来ません。その結果、どちらか一方を選ぶ事になります。
新しく生まれた「下の子」を選ぶ人もいれば、「上の子」を選ぶ人もいます。

でも、「新しく生まれた子」と向き合おうとすると、それまで向き合ってもらっていた上の子が、お母さんの突然の変化に孤独と絶望を感じます。そして、「新しく生まれた子」と敵対するようになります。

下の子が生まれても上の子と向き合うことを続けていれば上の子は荒れませんが、今度は下の子に問題が発生します。兄弟の中も悪くなります。
上の子もまた、自立しなければならない時期が来ても自立できないので苦しみます。親の束縛を受けていない下の子の方が簡単に自立していきます。

いずれにしても、「向き合う子育て」ばかりしていると、最初はよくてもだんだん色々と難しい問題が生まれてきてしまうのです。

「じゃあどうしたらいいのか」ということですが、向き合うのではなく同じ方向を向けばいいのです。
子どもが見ているものを一緒に見て、子どもが聞いているものを一緒に聞いて、子どもが感じているものを一緒に感じて、子どもが体験しているものを一緒に体験するのです。
向き合ってしまったら個別に対応できませんが、これなら一人一人の子どもに合わせて行うことが出来ます。

そして、そういう子育てを受けている子は、成長と共に今度は親が見ているものを見て、親が聞いているものを聞いて、親が感じているものを感じて、親が体験していることを一緒に体験したくなるのです。
それは「日本語」を話しかけられている子が、やがて自分も「日本語」を話すようになるのと同じ原理です。

そうやって親が手本や目標になったりしていくのです。

昔は親がそんなことしなくても、子どもの仲間がそれをやってくれていました。目的を共有しないことには一緒に仲良く遊ぶことが出来ないからです。
だから、幼い子は大きい子にあこがれを感じ、大きい子を手本や目標にして頑張ったのです。
まただから、自分が大きくなったときには小さな子の面倒を見ることが出来たのです。

そしてこの方法なら群れがバラバラにならないのです。
お母さんやお父さんがこの方法を使えば、兄弟や家族がチームになるので、バラバラにならないのです。







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Last updated  2023.04.24 08:30:47
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