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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2024.02.17
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今日は短くさせて頂きます。

教育を考える時に一番多いのが「いかにして子どもの能力や可能性を育てるか」「幸せな子どもを育てることが出来るか」「自立した子どもを育てることが出来るか」というような視点です。

もちろん、私もこのことには異論がありません。
でも、このような考え方には「過去とのつながり」がありません。「個」を育てることばかりが主体になっていて、「個を支えてくれている群れ」を育てるという発想がありません。

確かに、そのような教育によって世界のどこに行っても生きることが出来る人間を育てることは可能かも知れません。でも、世界中そういう人間ばかりになってしまったら、古代から受け継がれてきた精神性や、文化や、風俗や、民族という概念は消えてしまうでしょう。民族固有の言葉も消えてしまうでしょう。
実際、最近は母国語である日本語よりも、英語の方を熱心に学ばせている人も多いです。世界中で見ても、民族固有の言葉がどんどん消えています。

テレビで見たのですが、ほぼ消えかかっているアイヌの言葉や、ヨーロッパの山間で暮らしてきた人の言葉を復活させようと頑張っている人もいます。「言葉の中にこそ自分たちのアイデンティティーがある」と思っているからです。

それを、「これからは世界が一つになる時代だからそれでいいんじゃないですか」と肯定する人もいるかも知れませんが、実際には、それは多様性の喪失に過ぎません。そして、多様性を失った世界は崩壊していきます。

現代人は、「言葉というものは翻訳可能なものだ」と思っています。
でも、受け継がれてきた言葉にはその言葉を受け継いできた人たちの感じ方や、生活の仕方や、考え方や、意識の状態、そして気候風土までが含まれているので、違う風土で暮らし、違う言葉を受け継いできた人には本質的なところで通じないのです。
通じるところだけで会話しているから通じている気になってしまっているっだけなのです。

「言葉」はその人の存在にとって「血よりも強いアイデンティティー」なんです。日本人の血を受け継いでいても、フランスで育ちフランス語しか学ぶことが出来ないまま育った人の感じ方や、考え方や、感性は、日本人のものではなく、フランス人のものなんです。

<続きます>





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Last updated  2024.02.17 07:49:27
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