加齢誘発性マイオカインは運動で減少する
マイオカインとは、骨格筋(筋肉)から分泌される生理活性物質(サイトカイン)の総称。ギリシャ語のmyo(筋)とkine(作動物質)を組み合わせて作られた造語。近年、研究が進み、「運動と健康」の仕組みを解明するカギとなる物質として注目を集めている。マイオカインが広く知られるきっかけとなったのは、2003年にデンマークのペダーセン教授がマイオカインの一種、IL-6を発見したことに始まる*1。それまで、運動が健康をもたらすことは複数の疫学調査によって明らかにされてきたが、なぜ運動が健康をもたらすかについては未解明の部分が多かった。そこで研究のターゲットとなってきたのが骨格筋だ。骨格筋は体重の約40%を占める人体最大の臓器で、身体活動を支えるとともに、血液中の糖や脂質の多くを消費する「代謝臓器」でもあるからだ。 そしてこの骨格筋はマイオカインの分泌臓器でもある。2003年に「マイオカイン」が定義づけられて以降、発見されているマイオカインは数十種に及ぶ。マイオカインは骨格筋が運動や活動によって収縮するときに分泌され、筋肉だけでなく全身の臓器や組織とコミュニケーションをとり、機能を調節していることが分かってきた。 日常的にしっかり動いている人は健康や若さを保つマイオカインが分泌する一方、動かない状態でいると、老化や病気の予防に役立つ“善玉”のマイオカインは減少し、筋肉の萎縮を進める“悪玉”のマイオカインが増えてしまうことも分かってきた。 いくつか、代表的なマイオカインを紹介しよう。 IL-6、イリシンは、糖や脂質の代謝に深く関わり、筋肉中で糖や脂質の代謝を高めるだけでなく、膵臓でインスリン分泌を高めたり、脂肪組織を燃えやすい褐色脂肪細胞に変えるなど、筋肉以外の臓器でも働くことが見いだされてきた。 筋肉の合成や修復に関わるのが、同じくIL-6やIL-4などのマイオカイン。筋肉の合成は、(1)筋肉の合成を高めて筋肉量を維持する、(2)筋肉のもとになる赤ちゃん細胞である「サテライト細胞」を活性化し筋肉を修復する、という2ルートで起こるが、加齢により筋力が低下するサルコペニアではサテライト細胞が減少することが分かっている。加齢や女性ホルモン低下によって、筋肉の萎縮を進める悪玉マイオカインであるミオスタチンが増えることも報告されている。これらマイオカインをうまく用いれば、サルコペニア予防に役立つ可能性がある。 マイオカインはがんとの関わりも注目される。米国の報告書では、大腸がんリスクを減らすための生活習慣として「身体活動」が唯一「確実に効果的」と位置づけられている*2が、そこに関わるとされるのがマイオカインの一種、SPARCだ。SPARCは加齢により低下するが運動によって増える。運動すると筋肉中で増えたSPARCが血流を介して腸に到達し、大腸がんの芽になる細胞を認識しアポトーシス(細胞死)に導くことが動物実験や細胞の培養試験によって確認されている*3。 日々活動することは、健康や老化、老化にともなう疾患に大きな影響をもたらしている。今後、マイオカインの詳細メカニズムの解明がさらに進めば、マイオカインが関わる病気の治療を目的とした創薬や、バイオマーカーの発見などが加速していきそうだ。https://kenko.sawai.co.jp/theme/202304.htmlマイオカインの作用については、動物やヒトにおける研究が多数実施されています。例えば、筋肉自体に作用して、筋肉の代謝や肥大などに関わるマイオカインがあります※1-5。筋肉への糖の取り込みを増やし、血糖値を安定させる働きを持つマイオカインもあります※5-8。また、血液を介して脂肪組織に到達し、蓄積した脂肪を燃焼させるマイオカインも確認されています。脂肪には「ため込む脂肪」(白色脂肪細胞)と「燃焼する脂肪」(褐色脂肪細胞)の2種類がありますが、ため込む脂肪から燃焼する脂肪へと脂肪の性質を変える(白色脂肪細胞を「ベージュ化」する)働きがあると考えられています※9。そのほか、血管の老化を抑制して動脈硬化のリスクを下げるマイオカイン※10,11や、骨粗鬆症※12や認知症※13と関連するマイオカインがあることも分かっています。さらに、大腸がんの前段階の状態にある細胞に働きかけて、がんを抑制する可能性のあるマイオカインがあることも、動物実験で確認されています※14,15。マイオカインの中には、運動誘発性ではなく常に分泌されているものもあります。また、加齢に伴って筋肉から分泌されるようになる「加齢誘発性」マイオカインもあって、これは健康に悪い影響を与えることも分かってきています。例えば、年齢を重ねるにつれて、一見筋肉が十分についているように見えても質が悪く、霜降り肉のように筋肉の間に脂肪が入ってしまったり、肉の筋のように硬くなったりする(線維化)ことが増えますが、筋肉の線維化を進めてしまうマイオカインがあります※16-18。筋肉の質が悪くなると、サルコペニア(加齢による筋力の低下や筋肉量の減少)やフレイル(心身が衰えた、健康と要介護の間の状態)の原因にもなり、糖の代謝の悪化や心疾患との関連性も指摘されるなど、さまざまなリスクを高める可能性があります。現在同定されているマイオカインの多くは運動誘発性ですので、マイオカインによる健康効果を得るためには、運動が効果的です。マイオカインの効果を継続的に得るためにも、運動を習慣化しましょう。また、加齢誘発性マイオカインは運動で減少することが分かっています。加齢誘発性マイオカインによる悪影響を防ぐためにも、早いうちから運動を習慣化しておきたいものです。マイオカインは、運動強度が高いほど分泌量が増えるという報告が多い※14,19ため、できるだけ強度の高い運動を長時間行うことが、健康効果を得るための近道になります。しかし、運動習慣のない人が急激に強度の高い運動を行うことは困難ですし、体を痛める可能性もあります。運動強度が低くても、継続的に筋肉を動かすことでマイオカインは分泌されますので、まずは無理なく続けられる程度の運動から始めるようにしましょう。忙しくて運動習慣があまりない人の場合、平日は以下のような方法で、生活の中で運動する機会を増やすようにするのがおすすめです。通勤の際など、できるだけ歩くことを心がける。歩く際は、スピードを速くすることで運動強度を上げる。エスカレーターやエレベーターではなく、階段を使う。座りっぱなしの時間が長い場合は、スタンディングデスクを使って、立ったまま仕事をする時間を設ける。そのうえで、週末は有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)を行い、可能であればさらに軽いレジスタンス運動(筋トレ)も行いましょう。下肢のほうが筋肉の量が多いため、マイオカインの分泌量も多くなると考えられます。まずは、スクワットを始めてみてはいかがでしょうか。この程度の運動量に慣れてきたら、ダンベルを使って負荷をかけたり、フィットネスクラブでさらに強度の高いトレーニングを行ったりすることで、マイオカインの分泌量をより増やすことができるようになります。なお、有酸素運動はできるだけ毎日行いたいものですが、筋トレは、筋肉が刺激を受けて大きくなるための時間を空ける必要があります。同じ部位の筋トレは毎日連続して行うのではなく、1~2日おきに行うのが最適です。運動により骨格筋から分泌されるイリシンはアミロイドβの蓄積を抑制するhttps://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info190.html型等糖尿病やその他、多くの高齢疾患と同様に、運動が軽度認知障害(MCI)や初期ADの進行の予防に有効であることは多く報告されてきました。その理由は、いくつかありますが、必ずしも、分子的なレベルではっきりしているとは言えませんでした(図1)。もし、そのメカニズムが明らかになり、それに関与する特定の分子がわかれば、ひいては、その分子を標的にした薬剤開発が可能になり、運動の代用にすることが期待されます。高齢者の中には、サルコペニア*4やそれによる転倒・骨折、さらに、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、フレイル*5に陥って、運動ができない人が多くいらっしゃることを考慮すれば、このことは、特に臨床的に重要であると言えましょう。これに関連して、米国マサチューセッツ総合病院(MGH)のChoi博士らのグループは、彼らが、以前、開発したADの3次元細胞培養モデルを用いて、運動により骨格筋から分泌されるマイオカイン*6であるイリシンが、ADの特徴であるAβの蓄積を減少させる可能性を示しました。最近、その結果が「Neuron」に掲載されました(文献1)ので、今回はその論文について報告致します。https://yamaguchi-sports.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/96895451d22162465bea04328ab8530c.pdf最近の研究結果から、実は運動することで筋肉(骨格筋)が全身に向けて分泌する多彩なホルモン様物質が、身体に良い結果をもたらしているという事が明らかになってきた。筋肉が生み出すホルモン様物質は 650 種類以上存在しており、それらを総称して「マイオカイン」と呼びます。マイオカインの働きは、脳の発達、脂肪・糖代謝、骨形成、血管形成、皮膚の若返り、さらには抗がん作用など多岐にわたっています(図1)。代表的なマイオカインいくつか例をあげますと、運動が認知症予防や学習効果向上に効果的であることを耳にされた事があると思います。これは運動によって筋肉から分泌されたカテプシン B やイリシンといったマイオカインが、脳内で脳由来神経成長因子(BDNF)産生を促すことによって神経の成長を助けるためです。また、代表的なマイオカインの一つにインターロイキン6(IL-6)がありますが、これは間接的ないし直接的に膵臓という臓器に働いて血糖を下げるインスリン分泌を促します。また、脳に直接作用して食欲を低下させたり、脂肪組織に働いて脂肪分解を進めたりする作用もあります。これらによって肥満が予防・解消されたり、糖尿病が改善されたりするのです。さらに、身体活動の高い人はがんになりにくい事やがんに対して生存率が高い事が分かっています。これは、運動によって分泌される IL-6 ががんを攻撃する白血球の一種キラー細胞を活性化したり、オンコスタチン M、イリシン、システイン高含有-酸性分泌蛋白(SPARC)といったマイオカインががん細胞の成長を抑制したりするからと考えられているのです。マイオカインを増やすには?運動によって、私たちは莫大な恩恵を得る事が出来るのですが、ハードな筋トレはちょっとと思われている方も多いかと思います。マイオカインを増やすには、重いバーベルやダンベルでのきつい筋トレは必要ありません。少しきついなと思うくらいの負荷で充分です。日頃手軽にできるトレーニングとして、全身の筋力の 50%を占める太ももの筋肉を鍛えるスロースクワットはいかがですか。また、マイオカインを増やすにはその材料となるタンパク質をしっかり摂ることも大切です。1回にコップ 1 杯程度の牛乳や豆乳がいいでしょう(ただし、心臓疾患や腎臓病を抱えている方は、主治医と相談して運動量やタンパク質摂取量を決めてください)。運動を日課としてマイオカインで心と身体を整え、健康寿命を延ばす体力づくりを行いましょう