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男は、幼い頃から傭兵の中で育ってきた。
「今日から、ここに世話になります」 一般の世間を知らない彼のもとに訪れた白いかんばせに、真っ直ぐな乳白色の髪を持つ美少女は、彼にとっていたく好奇心を刺激する存在で、そして…… 「お、おい、お前こっち、男の……」 「?……僕…男だけど」 男だった。 最初の内は戸惑いながらも、彼は新入りに傭兵団の中の決まり事を教えていってやった。闘い方も、初めは彼……俺の父達から二人一緒に教わるのみだったが、じきに何も言われずとも二人で闘いながら稽古するようになっていった。 「……っ!お前、強くなったなあ、クシュ」 「はは、ピンチに陥ったお前をいつか戦場で守ってやるぜ、コシシュ」 「抜かせ」 きっとおやじたちと並ぶ背丈になって、嫁さんができても、一緒に、隣に居るんだと思っていた。……なのに。 「……もてねえなあ……俺……」 「コシシュは無骨だからねえ。きっとその内、お前のことを好きになってくれる奇特な人が現れるよ」 「言うなあお前も……」 「それに。俺には男で仲いい奴なんて、コシシュしか居ないしな。お前は男友達多いのに、こうして戦闘の訓練の前後にも、俺が女関係のトラブルで男に殴られそうになった時にも、庇ってくれる。なあなあにしてくれる。それだけの仁徳がある」 「女には男として見てもらえないけどな」 恐いけど、まあいい人、っていう扱いを受けている。そしてこいつのトラブルを解決するごとに男友達っていうか子分とか弟子にしてくれって皆言ってきやがる。 「男にもててるじゃん。それについては誇り持っていいと俺は思うね、コシシュ」 「それは褒めてるつもりなのか……?」 普通に男友達が多いならまだしも、今や俺が対等に接することが出来ているのはこいつだけだから、こういうことを言ってくるのがこいつだけだから、判断に困る。 「褒めてる褒めてる」 そう言うクシュは、どんよりと落ち込む俺の目の前で、女どもからの貢物を消費しまくっている。美少女じみていた外見は、いまや立派にどこぞの王子のようにキラキラしてやがる。ジト目で貢物の新鮮な果物やら菓子やらを喰い続ける奴を見詰めると、「食べる?」などと言ってきやがる。 いい男なら、プライドを持つ男なら、いらねえとはねのけるところなんだろう。けど、生憎。 「……食べる……」 抱いてもしようのないものを抱かないのは、合理的決断と自分を納得する術を俺は身に着けてしまっていた。 「コシシュのそういう素直なとこ、好きだぜー」 嬉しくねえ。 クシュはがさがさと山(山が出来るだけで羨ましい)を漁り、手ごろなものを見つけたのか、顔を綻ばせた。包装紙と手紙まで渡してくるので、それは普通に剥いて本来の持ち主に返す。 じっと己の浅黒い肌とほぼ同じ色の菓子を眺める。ああ、すまんな菓子。お前もこんな腹を空かせ愛に飢えただけの無関係の男になんて食べられたくなかったろうに……しかし現実は非情である。とかなんとか思いながら、一口かじると。 「あ、うめえ」 「お、それ気に入った?」 にやりと悪だくみをする奴に、どことなく嫌な予感。 「……なんだよ…いつもは割と甘ったるかったり妙な匂いがしたり、鉄臭かったりもするけど、今度はこういうのないし……」 「…気に入る範囲広いなお前……ま、いいや。これ作った子、お前に紹介してやろうか?」 「はぁ!?」 衝撃で、思わず口に含んだものと一緒につばを飛ばして叫んでしまった。 「うおっ、きたねっ」 「うるせえ!お前にはデリカシーってもんがないのか!」 「お前がそんな言葉知ってるなんてな」 「知ってるわ!!!」 いくらプライドの無い俺でも、いやいつも情けない立場に立っている俺だからこそ、これは嫌だ。相手の気持ちになりきってしまう。 「つーか、菓子だけで相手を気に入るとかなんか違くねえか?」 「ま、そうだけど。確か性格もいい子だった筈だぜ」 ぐっ……!正直もてない男としては非常に引かれるものがあるが、それでもここは断らねばなるまい。 「や、やめとく。俺にはきっとこんな邪道じゃなく、正当な方法でいつか運命の相手が」 「妄想乙」 「妄想言うな!」 「つーか人の気遣いを邪道扱いすんなよ」 「うっ……そ、それはすまん……」 以後、やたらその子の作ったものをもらうようになった。 「はい、これ!今日なんか、俺とお前で一緒に食ってくれって言われちまったぜ。やーい、罪な男ーーーー!」 「それはそうと、なんだかお前、最近指の傷が多くなってきていないか……?」 「あ、ああ、まあおそらく戦闘、剣技の訓練でできたものだろな!もうそろそろ実戦だし、がんばらないとって思ってな。で、……これ。食おうぜ!」 「……あ、ああ」 何故その子のだけを渡すのかは分からなかったが、取り敢えずそれは気にしないことにしておこう。それをしても許してくれそうなのが、その子だけだったんだろう。 「因みに、この子の名前はなんていうんだ?」 「…………おっ、会ってみる気になったか!?」 「…一言、礼は言ってみたくてな…」 「……!ざ、ざんねーーーん!最近俺、あいつにマジ惚れしかけてるとこだからなー、コシシュに紹介できねえな!」 「はぁ!?」 その数日後、初めての戦場で。 ……クシュは、行方が知れなくなる。 目の前に広がる死体の山、泥と内臓と虫が混じり合ったそれを、遠くからやってきた炎が焼いていく。あの中に呑まれていたなら、もう、どうしようもない。 「…………」 クシュは死んだものとして、戦場には弔いの為の、簡単な呪い人形がいくつも送られた。 「……………」 それを出す女たちの中には、あの菓子を渡した子がいたのだろうか。 * クシュの形見分けをした。 何故か、俺は謎の存在感を放つ箱をクシュの母親…クシュと同じく、美貌関係なく豪快に笑う人だ…から渡された。 「…なんですか…これ」 「あんたが興味ないなら、溶かして武器にでもしちまいな」 「……?」 それを開けると。 「……菓子作りの…道具……?」 以前。遠征先の使用人の子と仲良くなった時、ちらりと見たことのあったものだった。 「……もしかして」 あいつが、俺に菓子を渡していた……? 「ま、まさか……あいつは」 「菓子職人になりたかったというのか……!」 そ……そうか……それなのに、傭兵という身分上、明かすことが出来ず… 昔ながらの友人である俺にだけ味見をし密かに職人としての夢を昇華させて……! 「って、んなわけあるかーーーーー!!!」 「クシュ!?」 「……ったく、あーー、もう少し姿隠していようと思ったのに……」 「お前っ……心配させて!!!馬鹿野郎!!!!」 頭に拳骨を食らわせ、その後反撃を防ぐようにして抱きつくと、俺より少し小さな体は、声を押し殺してくっくと笑った。 「ったーーーー……」 「もう…こんなことすんな」 「分かってるって……」 「……なんで泣いてる」 「お前の拳骨が痛かったからだっつーの!」 それ以外のなにかも涙声に含まれていた気はするが、深くは突っ込まないことにした。 どうせ、聞く時間はこれからもたっぷりあるのだから。 ***** 白×黒 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.10.17 00:24:44
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