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「僕は、ヒナはとても清らかで優しいと思うよ。そのままでも、十分に。でも、自分を清らかにしたいと願うヒナは、もっと潔い。」 「…お世辞なんて、いい。……でも、ありがとう」 ヒナの目の下に、涙の跡。柳はそれさえも清らかだと思った。 美しいでも、優しいでもなく、彼らの繋がりは一つ「清らか」という言葉だった。 だから柳はヒナをできるだけ清らかに保つ為に、ヒナを汚すような客は「掃除」してきた。出来る限りは別の娼婦に手が伸びるように仕向けたが、それもままならない時は殺して身ぐるみを剥いだ。汚い金だったが、それでもヒナがそれで綺麗になれるならいいだろうと思った。 それでもヒナはその金のいくらかで手に入れた食べ物を己に分け与えてくる。それをヒナと一緒に食べるのが柳の幸せだった。 「…最近、変な客もあまり来ないしな」 「そうなんだ、よかったなあ」 「お前が何故喜ぶ」 「嬉しそうなヒナを見ているのが好きだから」 変な性癖の男や、危ない薬を扱っているような男など、ヒナに触れるには値しない。 「…お前は、変なやつだ。……自分自身をまず拭け。お前は優しすぎる、いつも真っ黒じゃないか」 柳はヒナが伸ばした白魚のような手を、手ぬぐいごと握ってにこりと笑った。 「いいよ、自分でやるから」 自分についているのは煤だけではない。ヒナは気付かなかったようだが、汚い奴らの血も含まれている。ヒナが浄めるには値しない。 そのままで柳は幸せだった。 だが、ヒナにとってはそうではなかったらしい。 「ヒナ、何か嬉しそうだね?また妹がうまい絵を描いたの?」 ヒナの妹は頭が弱い。ゆえに親から疎まれ虐められ、妹を大事に想うヒナは彼女を連れて逃げ出したのだという。ここよりも酷い所だったと言うから、相当なものだったのだろう。 「……いや…柳、お前に続いて二人目の、何もしてこない客ができた」 「…え」 その瞬間、彼の心に噴き上がったのは嫉妬か怒りか哀しみか。 純粋に、美しくはにかむヒナの前、彼は己の汚い感情を隠すことに必死だった。 その客とやらは最近他の路地裏からやって来たらしい。覇権争いを嫌ったのか、負けたのか…前の縄張りでは頭かそれに近い立ち位置にいたであろう強さで有名になっていた。 「娼婦のヒナ。あいつ、最近「奴」の女になったらしい」 「っかー、あいつ結構上玉だったのにな」 「反応も良かったなぁ。気位が高くて、まるでどっかの姫さんを犯ってるみたいだったぜ」 柳はそういった噂話をする男達を片端からこっそりと「掃除」していった。 そうすることは血で穢れを洗うことだと思った。 けれど、ヒナのその新たな客とやらを見た時、考えが吹っ飛んだ。 己よりもはるかに清い彼は、よほど自分などより綺麗で、ヒナを守るに値すると。 あれだけ愛したヒナの言葉も、引き合わせられたその時は片耳から入って片耳へ抜けるだけのものだった。 お前は彼ほど清らかになれるのか、と誰かの声が渦巻いている。 自分の声とヒナの声の二重奏。 ふと思った、ヒナが自分のしてきたことを知ったらどう思うのか。 一生隠し通すことなんてできないだろう。 軽蔑し怯えた表情のヒナ。 汚らわしいと自分を拒むヒナ。 そんなもの、見たくはなかった。 その晩柳は首を吊った。 ヒナがくれた手ぬぐいで。 願わくばヒナがあの綺麗な涙を流してくれるようにと願いながら。 ヒナは日に日に憔悴しながらも、手ぬぐいについた汚れーーーー柳の痕跡を、大事そうに抱き締めた。 「お前は、清すぎる。……「知っている」ことを言えないで、その恩恵をむさぼっていた私の方が…余程……」 ヒナの涙はもう、枯れ果てていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.09.15 08:33:32
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