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カテゴリ:🔗少プリ
給水タンク横の梯子を一歩一歩上がると、見慣れた干し藁の髪が見えてくる。
「……」 目の前で寝転がっている子供は、僕が担当するクラスの生徒。 「レイジ」 呼びかけると胡乱げな声が返ってくる。 「何の用だよキーストア」 レイジの目はこちらを見ない。普段はあれだけやかましくふざけている癖に、今日は妙に静かだ。 口の端は上がっているものの、表面だけのそれはどこかさびしい印象しか与えない。 「……教室に戻って来い」 「何で」 恐らく理由を察知しているのだろうが、相手から言われなければ知らぬふりを決め込むつもりなのだろう。 「合唱コンクールの放課後練習がある」 「行きたくない」 「何故だ。君が音痴だからか」 レイジは無言を貫く。 焦れて続きを言う。 「ロンに格好悪い所は見せられないというわけか」 「……そこまで分かってるんならもういいだろ、ほっとけよ。」 「断る」 「クラスの皆ほっといていいのかよキーストア、副担任だろ?」 「ロンが居る」 「新任に任せて自分はこっち来るって、厳しいキーストアらしくもねーじゃん」 「君を放っておくわけにはいかない、また君をロンに任せる訳にも行かない。君がロンに最も好意を持っているのは知っているが、だからこそ言えないことというのもあるだろう」 僕にとっての恵がそうであるように。 大事な、守りたい、認めて欲しい相手には弱い所を見せたくない、見せられないという気持ちが口を閉ざさせる。 僕の個人的な推理共感に過ぎないが、レイジの表情を見れば半分以上図星だろうと見当がつけられる。 「……全く君は考えが浅薄だな」 「罵りに来たんなら俺帰るけど」 「そうではない、聞け。君は確かに音痴だ。君のメロディは調子が外れていて聞くに堪えない、 正直言って不快だ、鼻歌は公害の域だ」 「やっぱり罵ってんじゃねーか!」 「だが、合唱コンクールに置ける合唱は、「歌うこと」だけではない。「合わせること」にも価値を見出される」 「調子が外れてる俺への嫌味かよキーストア、大人げねーな。俺にそんなに恨みでもあんの」 「君の役目はその「合わせること」だ」 僕が噛み砕くように言うが、レイジは口に浮かべた笑みを引き攣らせ、一層目を苛立ちで濁らせる。 「だから、聞けよ。俺には無理だって。合わせるも何も、「ちゃんとしたメロディ」から見事に外れてるんだから。 悪目立ちするのは駄目なんだろ?全員を俺の音痴に「合わせる」のも駄目なんだろ? いくら容姿や能力やモテ度で目立つのが苦にならない俺でも、そういうのは嫌なんだよ」 「まだ分からないのか。音痴、かつ音楽以外で目立つ事を全く恐れない王様。君には指揮者を任命すると言っている」 「……は?指揮者?」 「ああ。昨年度までは教師が務めていた指揮者だが、今年度からは生徒の自主性を育てるためという名目で生徒の中から指揮者を選定することになっている。前から思っていたが、君は音程は滅茶苦茶だが、リズム感は意外とおかしくはない。むしろ正確過ぎるほどだ。運動神経などもそれと関係しているのだろう。また君は周りを魅せる術も心得ている。僕のような天才でもまとめられないあのクラスを、君ならきっと治められるという確信がある」 一息吐いて、留めの言葉を吐く。 「……指揮者は、君しか居ない」 一瞬後、無表情に近い笑顔でレイジが問う。 「天才がそう思うのだから間違いないってか」 「そうだ」 迷いなく揺ぎ無く反射でなく、確固たる意思を持って答える。 「……ははっ」 ふいにレイジの体が小刻みに揺れ始めた。 「………ははははは…!」 返答もせずに笑い出すレイジを見詰め続ける。暗くなり始めた一面の夕焼けに響く笑い声は反響し、空気を鳴動させ、次第に収束し、終息する。後に残ったのは形の良い弧を描く唇。 「面白いじゃん」 そして一言。 「あいつらを『指揮』してやろうじゃねえか」 実に楽しそうな声だった。 --------- ------------------ レイジ:高学年。5年か6年。低学年の時ロンと出会ってから、学校にサボらず行くようになる。 好きな子にはいたずらするかかっこつけたい年頃。 直:副担任。おかん。 【蛇足】 合唱コンは最も人が切れやすいイベントな気がします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.09.08 08:07:19
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