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長押 綴

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2015.01.12
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カテゴリ:◎2次裏漫
こいつは狂っている。狂気的で嘘吐きで足取りはおぼつかず頭の自覚はなく盲目だ。
だが狂っていない。正気で馬鹿正直で真面目で誇り高く、目には常に光が宿っている。

矛盾しているようだが、それが事実なのだから仕方がない。

つまるところ、表のこいつが正気で居るほど裏のこいつが狂気を孕み、裏のこいつがどうしようもなくなっていくほど表のこいつは凛々しくなっていくというそれだけの話だ。

表のこいつには全て関係ない。

頭を病ませる病に侵された弟に犯された事も、弟が死んだ事も、弟の死後、こいつを想う兄によって孕んだ子を引きずり出された事も、その兄に宛がわれた男が地獄の鬼もかくやという畜生だった事も、その畜生を俺が殺した事も、……こいつの弟さえ、俺が殺していた事も、全て、こいつは覚えていない。
記憶がないのだから関係のあるはずもない。


裏のこいつは覚えている。
だから狂う。狂って、衝動的に自分を傷付けて、いつぞやかはこいつの兄がちゃっかり築いていた幸せな家庭に火をつけて、いつか自身を狂わせた様々なものたちと似たものを何人も手にかけて。……俺は、流れるまま見掛けるまま何人もの人間を見殺して……時には、隠蔽を手伝ってやって。

それでもこいつは俺を傷付けようとはしないのだ。

少しずつ裏のこいつが増えてきた時、俺はこいつと同居を提案した。
その時は狂っている自覚のない表だったが、特に怪しむこともなくこいつは了承した。
元々幼馴染で、職場も同じ。一番変わったものと言えば、裏のこいつを見ている時間が増えたくらいだ。

そして。俺が一緒に居ることで気が抜けたのか、仕事中のこいつは見事な表、オフの日は丸っきりの裏、と切り替わることが増えた。まるでブレーカーが落ちるように、家のドアをくぐるとこいつは裏返る。

裏返って、全てを罵り、自身を苛む。こいつ自身のしてきた所業全て、裏の狂気と表の正し過ぎる正義感が裁いてきた全てに苛まれて、また腹を刺して殴って何度も吐いて、背をさする俺を目の中に映しもしないで、過ぎ去った過去を求めてまた泣き喚く。

たまに俺が一緒に帰れない時、急いで帰った俺を生気のない顔で出迎えることもあった。
何でもない時に抱き着いてくることもあった。

だが、俺が大事だからそうするわけじゃなかった。
正気に戻る為のきっかけでもなかった。
子を成す為に必要だからそうしているだけだった。


今度こそ『正解』を生む為にこいつは、今晩も俺に跨る。





以前は知人や通りすがりに片っ端から声を掛けていたようだが、今はもうない。

こいつと交わった者は合意だろうが半ば非合意だろうが俺が殺してきた。

何度目か、こいつの目の前で男を殺し、血に塗れた手でこいつを抱きしめ、俺でもいいだろうと言った時、こいつは言ったのだ。

「そうか」

そういえばお前も男だったなと。

同居を提案したのはそれから2日後だった。

それからずっと俺はこいつを宥める為、そして俺のやりきれない想いを散らす為にこいつと交わっている。

本当にこいつに言わなければいけないことはずっと喉の途中で留まっている。

一言だ。

言える筈がない。

そんなことを言ったら表も裏も死んでしまう。
裏の言動、すべて意義が消える。
同時に表の生きる意味もなくなってしまう。

抱きすくめた體は細い。

不相応な程に。


無いのだから仕方がない。


もう、こいつの卵も、子も、弾けて、全て抜き去られてしまったのだから。

こつこつと。

中身のない卵をこいつは叩き続けている。

逆を返せば。卵を割るまでは、こいつは叩く為に生きていられる。

願わくば。
こいつがその不毛さに気付かぬまま、卵の殻を割らぬまま、不幸の中でも幸福なまま、俺の手で殺してしまいたい。





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最終更新日  2018.04.29 13:25:37
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