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王子は、昔から嫌なことがあっても困難に直面したと思わないようにしていた。
敵に遭遇しても攻撃されても、その相手を倒すべきと思わないようにしていた。 悪口を言われたら受け流せばいい。忘れればいい。はっきりした忠告助言以外のトゲ、悪意あるそれらは聞いても、口に含みはしても吸収をしないように気にしなければ何にもならないと思うようにしていた。 難しい問題はむしろ楽しめる、燃えるじゃないかとも思うことで、幼い頃の王子はある種無敵でさえあった。 悪意を受けても悪意が湧いても絶対に人にぶつけない。でも持ち続けるのは辛いから見ないふりか飲み込むかをしよう。たまに炎が入ってきてくれた時だけ心のくずかごを燃え上がらせよう。 そう思う彼の心はメッキで覆われたようにつるつるきらきらとしていて、周囲の人には可愛がられた。 怒らず笑って、公平に、マイペースに、15歳まではその世界の中で彼は幸福だった。 けれど、16になったある日彼は幸福な世界の外……いや、幸福な世界の裏側を直視する。 それはある優しい繊細な少女を、何気ない一言で傷付けてしまったことがきっかけだった。 優しくあどけなくどこか大人びた彼女の憂いを帯びた曇りに、彼は罪悪感を強め、同時に罪悪感の楔はこれまで無視してきた違和感を噴出させたのだ。 「僕の生き方は、他の人を傷付けても気付けないことの多い鈍感な生き方ではないか。悪意…憎まずにはいられないが、忠告をすることもできない人のもやもやした気持ちを無視してしまっていないか。下手すると、アドバイスや普通の会話のつもりで、僕にとって平気な毒を、他の人に押し付けてしまっていないか」 そう悩んだ王子は、今まで気にしないようにしていたあらゆることを思い返し、そうしてこれからのことを鋭い卑屈な目で見るようにした時は世界が違い過ぎて気が狂いそうだった。 彼はまた優しい人に対し、こちらがこうして「気にしている」ことすらも負担になってしまうのではないかといった堂々巡り状態に陥りもした。 極端すぎて、当たり前が分からなかったのだ。 「駄目だ、全てを受け容れていては考えていては壊れてしまう」 真っ暗な螺旋階段を昇り続けてきた彼は、今は下り続けている。けれど誰にも顔を合わせない。独りで闘ってきたのだから当たり前だった。声はずっと遠くまで響いたが、全く答えはなかった。 「当たり前の切り捨てを、当たり前より少し心の広いキリステを、誰か教えてくれ。導いてくれ。捌いてくれ。裁いてくれ。」 そう思っていたところ、彼にとっての救世主が現れました。 …仮に、彼女の事を『燕』と呼びましょう。 燕は言いました。 「私は少し人より丈夫だから、頼っていいよ。貴方が変わりたいというのであれば、それも、協力する」 「それでは、僕は君から助けてもらってばかりになってしまう」 「大丈夫。私が困った時も、いつか貴方に助けてもらうから」 王子は救われた心地になりました。 それからは、何か辛い事があれば「燕なら、耐えるのだろう。……こうした、優しく強い対応をするに違いない」と思って動くようにした。 その時傷付くのは王子ではなく、王子が初めて作った美しい金色の仮面だった。王子は何度も何度も、幸せそうな表情で仮面を打ち直し、鏡のように美しいそこに映る人々の顔が嬉しそうなことを確認しては喜ぶのだった。 そしてそれでも耐えられない事ならば燕に放した。少しずつ、彼はまた歩き始めることができた。 また、自分がある程度乗る事の出来る燕の相談をきくことで、逆に彼女を助けながらあるく事も出来るようになっていった。 今、彼は笑っている。 当時に比べると「燕なら耐えるのだろう」「優しい対応をするのだろう」と思う事は減ったけれど、その頃に得た沢山の絆と、被り続けて本性になった彼の元化けの皮が、今の彼を支えている。 ある程度の余裕をもって、忘れることなく焦ることなく消化と昇華をできるようになっていった彼は、小さな灯りが灯る螺旋階段に腰かけ、上と下に昇っていく『自分』の成仏を見送っている。 「ちょっとだけ、おやすみなさい」 その『自分』はめっきを喪った幸せな王子だ。 導くのは、王子の中の燕たちとの良い記憶。 王子に、警戒のめっきを持たなくても安心させてくれる相手。 王子が、綺麗なめっきを持たなくても安心してくれた相手。 心の中の小さな子供の国で、王子はその階段を守り続けている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.04.01 07:13:28
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