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カテゴリ:いい話&美味&温泉・・・そして旅
このところ・・・夏~秋はいろいろ煮詰まっておりました。
脳内疲労も大きかった 一山超えましたら 今度は,茫(ぼォ)~~~~っと感 脳内モヤモヤ感をフェイドアウトしないとね ということで,用事もあったので併せて「プチ一人旅」へ 前記事(2)の続き まずは一人呑み(角打ち)のあと。。。打上げ&反省会の会場へ。 9/29 小一時間歩いた 美容形成クリニックが並んでいるところが,何とも皮肉なレイアウトである 御用事としての(偲ぶ会打上げ&反省会) 東北居酒屋なんだとさ・・・ 東北居酒屋なのでずんだ餅がデザート・・・ではタンドリーチキンは一体なんだったのだろうか? ま,うまかったからよいけれども 一次会で皆さん解散 交わること淡き水の如し これが一番風流です サクッと呑んでほろ酔いで やわらかい会話の雰囲気の中で ちょっぴり本音トークができ「盛会」でありました こういう宴会がいいんです そこで一人呑みへ (集わぬが花) うんと若い頃 ちょっと背伸びして たまに行っていた 港町に似合う 素敵なバーへ向かう 久々来店 移転してしまい 懐かしい方のお店はさら地になり巨大駐車場(後に写真あり) すぐ下の本の中の写真は,昔のお店 青いカクテルは「摩周丸」 「栗カクテル」はミルクで割ってつくる 移転先の建物は・・・元中華料理屋さん(わんさん→サンズイに王) 中華料理屋さん時代 たまにお昼にやってきたので ここもまた思い出の場所 めっちゃうまかった中華料理屋でした わんさん・・・ めっちゃ明るい中国の方々がやっていましたね 昼下がりに行ったときがあったが 皆さんでまかないを召し上がっていたのですが 大皿にうまそうな紅鮭焼を山盛りにして わいわいやっていたのが すごく楽しそうで印象に残っているエピソードですね わたくし何歳だったのかなあ? 焼きそばをいただいていたと思う その日 https://tabelog.com/hokkaido/A0105/A010501/1000277/ わんさん 作者川内康範さんの出身地・・・ということで月光仮面の像 日の変わらぬうちに,徒歩で宿へ帰る 「禿げ割引き」がある宿(社長さんらしいです お人形) 時系列逆になったけれども この日の昼に撮影した写真 子どもの頃は子どもが歩くような場所でなかったが シャッター通りという段階すら終え,いまではさら地化された元繁華街 きっとこれから ビジネスホテルくらいしか立たないのでしょうなア 少子高齢社会&AI化社会 この街並みもどのように変化し続けるのかなア モニュメント発見 ここ(左端の三角に見えるさら地)に40年くらい前までフランス座というストリップ小屋があった 子どもですから中に入ったことはないけれども 入口あたりでオジサンが口上やっていたのが とても大道芸ぽく 小学校で物まねして遊んでおりました おもしろいこと 書いてますね 大村崑さんのホーロー看板も絶滅危惧種ですね 今では,ここの街はこういう光景ばかり増えた 奥に残っている柳の木のあたりに,バー杉の子はあった でんと控えているこのランドマークも 2019年2月以降にはさら地になって 全く別の建物になるらしい ちなみにこのデパートは 東京タワーの設計者によるデザインらしく 3・11でも先の胆振東部大地震(震度5)でも びくともしなかったそうな 9/30 翌朝,ここの宿の売り 岩盤浴でくつろぎ朝風呂にも入り おいしい朝食(和食)をいただく ビールか?清酒??が欲しいおかずである ^^ 呑まないけれどもね 後始末をきちんとしてからチェックアウト お散歩へ いろいろ思い出のある所 もとはテニスコート マイ・パワースポット 子どもの頃の遊び場のひとつ 随分昔・・・子どもの頃の通学路 ここあたりはなかなか怖いよ 夜道はもっと いま歩いてみると大した道のりでもないが,当時は長い道だと感じていた 鬱蒼としていますが・・・民家はあるんです この下に住んでいたのね・・・使っていた細道が完全に無くなっている ミヤコワスレの花 自分の住んでいた部屋の跡地(別な道を回って下におりてみた) 4匹のワンを買っていた いっぱいお世話をしていました いきものがかりでしたから みんなの名前を 試しに呼んでみたが 返事はなかったね -,-当たり前でしょ 隣のお兄ちゃんのお家 跡 少年マガジンをたくさんもらった いつもビートルズのレコードを聴いていた いまいくつになったのかな?どこにいるのかな??元気でいてね プチ一人旅で,エネルギーチャージね 「孤独に強くなれ!」とは小学校の恩師のお言葉 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.01.27 16:10:21
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