皆さんは覚えているだろうか。
冷夏に飛び込んで来たホットなニュースを。
それは、遠く太平洋を隔てて伝わってきた。

――タイガー・ウッズの好敵手がメジャーへ!?

フィル・ミケルソン。
1970年６月16日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。
“世界最強のレフティー”と称されるプロゴルファーである。
昨年まで、３年連続で賞金ランク２位となっている。

そんな彼が、投手としてデトロイト・タイガース傘下、
３Ａトレドの入団テストを受けるという。
本人曰く、野球選手は幼い頃からの夢だったのだという。
この冗談とも取れるニュースは、世界中を駆け巡った。

この報を伝え聞き、伊沢利光はこう語った。

「聞くところによると（ツアーの会場でも）しょっちゅう
ピッチングとかしてたらしいですよ。どうせなら、
ウチの大将（ジャンボ尾崎）に投げ方のレッスンを
してもらえば良かったのに」

※　ジャンボ尾崎は、1964年に徳島海南高校のエースとして
　　センバツに出場し、優勝を遂げている。翌年、西鉄に入団
　　したが、69年にゴルファーへと転向した。念のため。

ジャンボ？　とんでもない。
ミケルソンは、それ以上のコーチを招聘していたのだ。

トム・ハウス。
全米屈指の理論派で、その門下にはノーラン・ライアン、
ランディ・ジョンソン、マーク・プライアーという
錚々たる面子が名を連ねる。

彼の指導の下、ミケルソンは極秘で実戦も経験していた。
２Ａクラスの選手６人と対戦し、見事に抑えたらしい。

さあ、テストの結果はどうなったか。

まあ、合格するはずがない。何と言っても、
速球が70マイル（時速113km/h）しか出ないのでは……。

２Ａの選手とやったときは「僕の球を本塁打できたら、
300ドル進呈しようじゃないか」と豪語していたようだが、
その自信はどこから来ていたのか。

「本当にショックだ。しかし、彼らの判断は理解できる。
（僕に付き合った）関係者に感謝したい。もし、
球速が上がったら、また挑戦するかもしれない」

……上がったら、ね。

因みに彼、元来は右利きなのだという。
確かに、写真を見ると右腕で投げている。
左打ちは幼少の頃に、父の勧めがあったから覚えたのだとか。
中学までは野球もやっていたそうなので、
その影響なのだろうか。ゴルフという競技は、
右打ちが有利になるようにできているというのに。

閑話休題。
他業種のトップがメジャーに挑戦するというのは、
かくも難しいものなのだろうか。

槍投げで98メートル48の世界記録を持ち、
2000年シドニー大会で五輪３連覇の偉業を成し遂げた
ヤン・ゼレズニーは、1996年のアトランタ五輪後に
ブレーブスから声がかかり、テストを受験したが不合格。
直球は時速136km/hを計時したが、制球力が皆無だった。

“超絶鳥人”マイケル・ジョーダンは1994年、
シカゴ・ホワイトソックス傘下の２Ａバーミンガムで
プレーをしたが、これも不発に終わった。通算成績は、
打率.202、本塁打３、打点51。翌年には、元の世界へと
復帰した（そして、ペニー＆シャックに捻られた）。

これらの失敗例を見て、思うこと。
……野球ってよくわからない。

ゼレズニーやジョーダンのような化け物でさえ、
通用しない世界。一方で、バーニー・ウィリアムズのように、
プロ入り前までは野球経験０の陸上選手が一流になることもある。

マリナーズ時代のケン・グリフィーなどは、
ベンチプレスで100kgも持ち上げられなかったし、
カズ山本（こちらはメジャーリーガーではないが）にいたっては、
腕立て伏せや腹筋運動もロクにできなかった。

はたして、野球って？

こんな資料がある。
ヒントをくれたのは、NTV「特命リサーチ200X」である。
この週では、松井秀喜の謎を追求していた。
番組の見解によると、こうだ。

バッティングのような素早く正確な動作を行うには、
「小脳モデル」というシステムが大事な働きをする。

例えば、初めて自転車に乗るとき、
人は失敗を繰り返しながら練習をすることによって、
次第に乗りこなせるようになっていく。

これは、失敗点・改良点の情報が統合され、
自転車に乗るという１つのモデルが小脳上に
完成したためである。

このような小脳モデルを使用すると、
意識せず瞬時の反応が可能になる。松井の場合、
様々なコースのボールをホームランに出来る小脳モデル、
つまり“センス”を持っているらしいのだ。

このシステム、もちろん投手に関しても同様のことが
言える。だが、これが全てというわけではないだろう。
いやはや、難しいものだ。