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August 24, 2023
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「ウィルが見つかったって?!」

 ドアを開けて飛び込んできたのは、先日治癒魔法を施した生徒だ。

「ウィル!しっかりしろよ。こいつ、たぶん肋骨を骨折していると思うんだ。魔獣に襲われそうになっていた時、俺の前に飛び出して庇おうとしてくれたようなんだが、でかい尻尾で脇腹を払われて、どこかに飛ばされてしまったんだ。」
「分かりました。じゃあ、脇腹を中心にやってみます。」

 わき目もふらずに集中するキャシーを見て、思い出したようにトンプソンが言う。

「あれ、君。あの時の…。そっか、君が治癒魔法を施してくれるのか。良かった。」
「ごめんなさい。ホントは、私ではきっと力不足なんです。お願い!他に誰か治癒魔法が使える人を呼んできてもらえますか?」
「ああ、分かった。君も来るんだ!こんな時にわがまま言わないでくれ。 ウィル、がんばれよ!」

 トンプソンがシャルロットを無理やりひっぱりだして、部屋に二人きりになる。目の前のウィルは呼吸が浅く、顔色もぞっとするほど白い。キャシーは改めて治癒魔法に集中する。

「ウィル、しっかりしなさいよ!こんなところでダメになるアンタじゃないでしょう?」

 ここに来るまでにも、治癒魔法を使いまくっていたキャシーは、すでにふらふらの状態だ。目を閉じ、意識を集中させていると、不意に頬に触れるものがあって目を開けた。

「キャシー…、俺はもう助からないだろう。無理をするな。だけど、これだけは聞いてくれ。」

 震える手で、そっとキャシーの頬に触れると、悲し気な笑みを浮かべてつぶやいた。

「キャシー、お前が好きだ。こんなことになるなら、もっと早く打ち明ければよかった…」
「ウィル?」

 キャシーがその手に自分の手を重ねようとしたとき、頬から優しい掌が滑り落ちた。

「ウィル!しっかりして!ウィル!」

 キャシーの声を聞きつけてソフィアとメグが駆け付けたときには、ウィルは息を引き取っていた。少しして、他の生徒を連れて来たトンプソンは、間に合わなかったことに気付いて頽れた。その隙にシャルロットが飛び込んで来た。

「ひどい。なんてことしてくれたの?私の大切な人なのに…。私が傍に居てあげられなかったから、力尽きたんだわ。ひどい、ひどいわ、キャシーさん。あなたじゃなかったら、ウィルは助かったかもしれないのに!どうしてくれるのよ!返してよ!」

 キャシーにしがみ付き、泣き叫ぶシャルロットを宥める気力は、誰にも残っていなかった。その日、どうやって家に帰ったのか、キャシーは思い出せなかった。


 魔獣との戦いから数日が過ぎた。亡くなった生徒たちの葬儀も終わり、学校は、またいつもの賑わいを取り戻していた。キャシーは家ではなんでもないように振舞っていたが、家が近所で幼馴染ということもあり、両親は腫れ物に触るようにキャシーを見守っている。そのことが、余計にキャシーを疲れさせてしまっていた。

教室に入ると、どうしようもない虚しさに襲われて、ぼんやりと時間を過ごしていた。

「今日もキャシーは学校に来ておりますの?」
「ええ、家に閉じこもるのも心配だけど、平気なふりをしていることに、本人が気づいていないみたいで、余計に心配で。」

友人たちは、毎日学校に来るキャシーを気遣ってくれるが、どこか他人事のように感じて、戸惑う。自分にとってウィルは幼馴染だ。彼氏だったわけでもない。だけど、亡くなる間際にあんな告白をされてしまったら、無視すらできなかった。それにシャルロットの言葉が突き刺さる。

 どこかだれもいない場所で少し頭を冷やしたい。

 キャシーは休み時間に教室を抜け出すと、屋上で一人空を仰いだ。青い空も、ゆっくり流れる雲も、何も変わっていないのに、今までの自分はどこに行ってしまったんだろう。
 後ろから足音が聞こえて来た。ウィルと似た足音に振り向くと、トンプソンが立っていた。

「ここにいたんだね。ウィルの事、最後まで見守ってくれてありがとう。」
「…だけど、助けられなかった。」

 フェンスを握る手に力が籠る。その栗色の髪にそっと温かな手が乗せられた。

「気にするな、と言っても無理だろうけど。仕方がなかったんだ。ウィルなら、きっとそう言うと思うんだ。俺だって、庇ってもらったのに、すぐに助け出せなかった。悔しいし情けないし、苦しいよ。だけど、いつものウィルなら、きっとそう言うと思うんだ。君は気づいていたかどうか知らないけど、あいつ、君にゾッコンでさ。必死で隠してたけど、気持ちだだ洩れだったんだ。だから…」

 トンプソンはそっと空を見上げて小さくため息を落とした。

「だから、最期を君に看取ってもらえて幸せだったんじゃないかな」
「命を落としてからじゃ、幸せも何もないよ。私がちゃんと訓練していれば良かったのに、ウィルが死んじゃったのは、私のせいだ。」

 華奢な肩が震えてる。トンプソンはその肩を抱きしめたい思いをぐっと堪えて、キャシーから離れた。

「だけど、もし俺が同じ状況だったなら、やっぱり幸せだと思うよ。キャシーの治癒魔法。がんばって、伸ばしていくんだよ。」

 そういうと、こぶしを握り締めてトンプソンは次の授業に戻っていった。

 屋上のフェンスにもたれて、ぼんやりと時を過ごす。。泣き疲れて、涙も枯れてしまった。太陽が少しずつ傾いて、影を伸ばしていく。私の知らないところで、こんな時間がずっと続いていたのかと、音もなく静かにその姿を変えていく風景を、ただぼうっと眺めていた
 その時、ふわっと不自然な風が吹いて振り向いたキャシーは、屋上の物置の陰に白い大きなしっぽが消えていくのを目撃した。

「今の、なに?」

 そっと物置の裏側に顔をのぞかせると、そこにはあの、ジェフリー・ウィンストンが寝転がっていた。いや、倒れていたのだ。よく見ると、肩にひっかいたような大きな傷がある。キャシーは思わず治癒魔法を施した。時間はかかるものの、なんとか止血するところまで出来た頃、ジェフが意識を取り戻した。

「何をしている!」

 とっさにその手を払いのけて身を引くすばやい動きに、キャシーは驚いて動けない。

「えっと、怪我をしているみたいだったから、治癒魔法を…」
「余計なことをするな!だいたいなんだ、その弱々しい魔法は!ああ、思い出した。おまえ、ウィリアムの女か。」
「違います。」
「どうでもいいけど、自分の無能のせいで大切な人間を亡くしたって言うのに、猛省して鍛えなおす気はないのか?いつまた結界が破られるかも分からないんだぞ!」

 言い放ってから、ジェフはぎょっとした。目の前のグリーンの瞳からぼろぼろと涙があふれだしたからだ。

つづく





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最終更新日  August 24, 2023 08:03:26 AM
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