カテゴリ:本の感想(さ行の作家)
島田荘司『秋好英明事件』 ~文春文庫、2007年~ 冤罪事件に関するノンフィクションです。島田荘司さんのノンフィクション作品を読むのは、これがはじめてです。 事件(あるいは本書の内容)の概要は次のとおり。 ーーー 昭和51年(1976年)6月14日深夜。福岡県飯塚市で、川本富江が交番にかけこんだ。川本家一家4人惨殺事件が、これにより発覚する。 犯人と思われる秋好英明は、現場から離れた大学で焼身自殺を図るも失敗、警察に出頭し逮捕される。はじめのうち、4人の殺害を供述していた秋好は、公判中、証人として証言した富江の言葉で供述を翻し、自分が殺したのは一人で、三人は(少なくとも二人は間違いなく)富江が殺したという。 実際、富江の証言は支離滅裂で矛盾だらけだったが、最初に自白していたため、秋好は死刑を宣告され、控訴して最高裁までいっても、死刑判決は覆らなかった。 * 大陸で育った幼少時。神童として有名となり、火事から子どもたちを救ったこともある日本での子ども時代。この頃、体をこわした母親にかわり、家事も弟の子守も、ほとんど英明がしていた。そのこともあり、近所での評判も高かった。 知識欲が旺盛だったため、学問への道があきらめられず、進学を志すも、家庭の事情で就職。以後、職を転々としつつ、家族への仕送りも、父が遺した負債の返済も続けた。 冤罪での逮捕、 はじめての結婚での失敗、そして富江との出会い。秋好自身も壮絶な人生を歩んでいたが、富江は母親と長女にほとんど人格を無視したような扱いを受け、悲惨な生活を送っていた。富江を守ろうと誓う秋好だが、賭博で失敗、そして川本家でも軽蔑されたような扱いを受ける。 そして、ついに事件の夜がくる―。 ーーー 吉敷竹史シリーズの短編「光る鶴」(『吉敷竹史の肖像』or『光る鶴』所収)のモデルとなっている事件です。 読んでいて、鬱々とした気分にならずにいられませんでした。 病弱な母親に代わり、家事も子育てもこなした秋好さんの少年時代。家計の事情から進学を断念せざるをえなくなり、職を転々としながらも、本屋に就職し、ひたすらに勉強をしていた時期。このあたりまでは、正直にがんばる人は報われるのだ、と思わせてくれる人生ですが、本屋も辞めざるをえなくなるくらいから、秋好さんの人生は暗転します。 東京で、前の勤め先の社長の陰謀で逮捕されるあたり、社長にも、警察のあり方にも吐き気がしました。最初の妻となる常子さんとの価値観の相違あたりは、しっかり話し合ってなんとかならなかったかと思わなくもありませんが、これは別れて正解だったでしょう。ただ、このあたりから、秋好さんは賭け事にのめりこんでしまいがちになり、そこさえ堪えていたらまだ可能性はあったのではないか、と思わずにいられません。といって、父親が遺した借金をすべて返すという、本当に正直にがんばっている方でもあるのですが。 そして、富江との出会い。川本家の女どもが悪魔に見えたのですが、公判の中で、富江さんもそうなっていくのが残念でした。 一方、自分たちの見栄のために他者を貶めるような川本の女どものようなあり方は、あるいは程度の差はともかく、人はもっているのかもしれません。こうした心性が日本人に特有なのかどうか、気になるところではあります。自分のことを鑑みて、気をつけるようにしたいものです(していないつもりではあっても、無意識にそういう考え方をしているかもしれないので…)。 死刑問題への警鐘ではあると思うのですが、警察の捜査(取り調べ)や裁判のあり方にある歪みの部分が改善されることをまずは望みます。 (2008/02/10読了)
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