高齢猫の血栓症闘病記 第3話
午前の診察開始時間を過ぎてから、母と共に病院に様子を見に行く。病院に着くと、院長先生から開口一番、「状態が良くないです。 昨日は内科治療の効果が出ていましたが、今日はその部分も止まっています。 外科治療をするなら今すぐにしたほうが良いかもしれない。 かなり弱っているので、手術にも持ちこたえられないかもしれませんが…」と告げられた。手術中に、という可能性はとても胸をしめつけるものだったが、だからといってほかに選択肢はない。躊躇うことなく「お願いします」と言った。外科治療は、バルーンというカテーテルを動脈に刺し、血栓を取り除くというもの。処置には麻酔が必要だ。院長先生の配慮で、ニャンタンは麻酔が効くまでの15分間、自分の膝の上で過ごせることになった。待合室で構わないというので、看護婦さんに点滴ごとニャンタンを運んでもらった。大きな窓からは、暖かな日差しが差し込んでいた。ニャンタンはよだれなのか嘔吐なのか吐血なのかわからないが、口のまわりがガビガビになり、首のあたりも茶色く汚れていた。それでもときどき手を伸ばしたりして、いつものニャンタンのままに見えた。ぽかぽか日差しを浴びて、膝の上でまどろむニャンタン。BGMはオルゴールのような曲。まるで出来過ぎた最期の演出みたいだ。そして手術が始まった。手術室と待合室の間は大きなガラス窓で仕切られており、状況がよく見えるようになっている。ニャンタンの口には酸素マスクがつけられ、ごろんと仰向けにひっくり返されていた。友人やブログのコメントに勇気をもらった自分は、一生懸命祈った。処置がうまくいきますように。ニャンタンが麻酔からさめてくれますように。先生、ニャンタンを助けて。緑色の細い管が見えた。あれが多分バルーンだ。事前の説明では、バルーンを刺したときの出血が激しく、天井まで届いたこともあったという。ニャンタンにはそんな大出血耐えられないのではないだろうか?体に刺さる瞬間、本当に怖くて、強く強く祈った。しかし、そんな出血は見えないまま、縫合を始めたのが見えた。終わったのだろうか?しばらくすると、手術室にいた院長先生の奥様が出てきて、状況を説明してくれた。「今、片側の動脈にバルーンを刺して、血栓を取り除いたところです。 片側だけの処置で、両足の血流が戻る猫もいますが、ニャンタンちゃんはもう片方取り除いてあげないと駄目なようです。 でも酸素マスクだけで呼吸もできているし、頑張ってますよ」そう言って、ガーゼの上にとった血栓を見せてくれた。消しゴムのカスくらいの大きさの、糸くずのようなゴミに見えた。血管の中にこんなものがあるなんて、確かに一大事だ。奥様の話を聞いて、自分はすっかり安心してしまったのだ。ニャンタンは強い子、もう大丈夫、と思ってしまった。まだ処置は続いているのに、ニャンタンから意識がそれて、母とにぼしやかつお節の話などの雑談を始めてしまった。随分話し込んでしまってから、反対側の足の方が時間がかかっていると感じ始めた。何か問題でもあったのだろうか?予感は的中した。反対側の足も縫合しているのが見え、やっと終わったのだと安心したのも束の間、院長先生から悲しいお知らせを告げられる。「もうこのまま戻ってこないかもしれない」片側の血栓は取り除くことができたが、反対側の方は血管が脆くなっていて、カテーテルは刺さるのだけれど血栓を取り出すことはできなかった。血が末端まで流れていることを確認するために、深爪してみたけれど、あまり流れてくれていない。バルーンを刺したとき、血が天井まで飛ぶほどの出血があるはずなのに、ニャンタンの場合は先生のおなかあたりにちょっと飛んだだけ。これほど出血が少ないということは、血管の中にたくさん血栓が詰まっているという可能性もある。両足とも、いつからかはわからないがむくみもあった。血栓が取り除けない以上、余命は1~2日。このまま病院にいるより、家で過ごしたほうが良い。…そう言われた。さっきまで、もう大丈夫だって思ってた。あまりに唐突な話で、覚悟していたはずなのにふいをつかれたようで、目の前が真っ暗になった。自分がずっと祈っていなかったから?自分が意識をそらしてしまったから、反対側の足はうまくいかなかった?そう思ったけれど、もう後悔して過ごしてはいけない時間になってしまったんだ、と思い直し、ケージに戻ったニャンタンをただただ撫でた。それから30分くらいは過ぎただろうか。一緒にいた母が、病院の迷惑になるからそろそろ帰ったほうが、と言い出した。自分には、とてもじゃないけれどニャンタンから目を離すことはできなくて、先に帰ってほしいと伝えた。母は、ニャンタンの前で「長生きしたほうだよね」とか「交通事故とかで死ぬわけじゃなくてよかった」とか、すごく嫌なことを言ってくるので、正直早く帰って欲しかった。そういうことを言って欲しくないということをうまく伝えられなくて、「まだ死ぬかどうかわかんないじゃん」と言うと、「わかんないって…先生がもう駄目だって言ってるのに…」と、とどめの一言を言ってきた。ニャンタンがこんなときに怒りたくはなかったのだが、我慢も限界に達し、「うるさい!」と怒鳴ってしまった。最後まで母に癇癪を起こす自分を見て、ニャンタンは呆れていただろうね。どろんとした、麻酔後の目。去年のスケーリングのときと一緒だ。そんなことを考えていたところに、一度目の首起こし。うれしくて、「ニャンタンおはよう」と何度も言った。去年夏、スケーリングのときにも全身麻酔を受けたが、時間の経過と共に首起こしの頻度が高くなり、動きも大きくなっていく、という様子で麻酔から醒めていった。でも今日は、いくら待っても頻度が高くなる気配がない。動きも変わらない。目もどろんとしたまま。とてもではないが、目を離せる状況ではないと思い、ニャンタンを見守り続けることにした。しばらくして、午前の診察時間が終わった。先生たちは、診察台の上にお弁当やお菓子を広げて、立食パーティーのようにお昼をとっていた。まわりの状況を察することができるような心境ではなかったのだが、それでも先生たちのあわただしい様子は感じ取れた。お昼を簡単に済ませたと思ったら、休む間もなく手術に入ったようだった。しかも、立て続けに3匹くらいいたと思う。すごく大変なお仕事なんだなと思いつつも、こんな状況じゃ入院患者のことまでは十分ケアできないはず…とついつい不満に近い感情を抱いてしまう。麻酔が切れるまでは病院にいたほうがよい、と言われていた。だいたい3時間くらい…と言われていた。だから、待ってみた。でも、ほとんど変わらない。ときどき首を起こしたときに、すかさず首の下に手を入れて、腕枕的なことをしてみるものの、嫌なのかどうかもわからないくらい意識が混濁しているようだった。自分はずっと立ちっぱなしだったので、足の疲労が限界に達していた。部屋に充満する臭いにも辟易していた。決して不潔なわけではない。しかし、入院患者は犬の方が多く、獣臭が強かったし、処方食のにおいのようなものも結構きつかったのだ。オシッコ臭がないのにこれだけ臭いのだから、今の状態はまだマシな状態なのだろう。ニャンタン、ごめんね。臭くてぐったりだね。もう帰ろう。もっと早く帰ればよかったね。自分も足が疲れたよ。もう立っているのがつらい。ニャンタンのほうがつらいのに、根性なしでごめんね。帰ったら焼かつおパーティーだから許してくれる?たくさんたくさん買ってあるんだからね。すぐに帰宅することを先生に話し、点滴セットの準備と説明をしてもらった。ニャンタンが少しでも楽でいられるように、自宅で点滴をしてあげてくださいと、一式貸してくれたのだ。トラの最期の日には、酸素ボンベを貸してくれたらしいのだが、トラはその酸素をほとんど使うことなく死んでしまった。どうかニャンタンは、点滴を全部使い尽くしてくれますように。もう長くはもたないと思える姿を見ながら、それくらいしか祈る言葉が見つからなかった。ニャンタンだけなら抱いたまま徒歩で実家に帰ればよいのだが、点滴セットはどう持っていこうかと悩む。実家に電話したのだが、外出してしまって車がないというのだ。困っていると、女の先生から点滴セットを運んでくださるとお申し出があった。普段なら、そんな言葉には甘えられないのだが、今日だけは特別だ。自分のポリシーのせいで、ニャンタンの快適な時間を減らすようなことがあってはならない。ありがたくお申し出を受けた。重い点滴セットを息を切らしながら運んでくれた女の先生。ニャンタンが皮下補液通院をするようになってから、病院でよく見かけるようになった先生。一方的な思い込みかもしれないが、ニャンタンのことを大切に考えてくれているように感じて、すごく嬉しかった。感謝の気持ちをまっすぐ伝えられるのは今しかないんだろうな、と思いながら、何も言葉が出てこなかった。麻酔が効くまで膝の上で…お日様ぽかぽか気持ちよさそうなうたたね