49.人間魚雷回天(9) 板倉光馬氏を名指しで批判していますね
(ウツボ)「ああ人間魚雷回天」(両文堂)によると、戦後「イ36」潜水艦の艦長、菅昌徹昭氏が、元回天搭乗員の園田一郎氏、横田寛氏と共に会食したことがあった。(カモメ)二人はイ36潜で何度も出撃しながらも発進の機会を得ずに生き残ったということですね。出撃して、発進せずに帰るときは、つらいらしいですね。(ウツボ)皆そう言っているね。それで、その三人で会食したとき、元艦長の菅昌氏は「君たち二人が艇の故障で発進できないと分かった時、皆を死なせたくなかったから、ほっとした。艦長の責務で仕方がないが、発進命令を出す時ほど辛い事はなかった」と語ったというんだ。(カモメ)回天を出す潜水艦長としてのつらさですね。(ウツボ)そういうことだね。出すほうも辛い。ある潜水艦長の話があるんだ。阿部牧郎の書いた「キャプテン源兵衛の明日」(文芸春秋社)のモデル、川口源兵衛・潜水艦長の話だ。(カモメ)川口源兵衛氏は実在の人物で、平成6年夏に死去していますね。(ウツボ)そうだね。その川口艦長が指揮したイ44潜水艦は昭和20年2月、千早隊として回天4基を搭載して硫黄島方面の敵艦隊襲撃に向かった。(カモメ)イ44潜は硫黄島への出撃ですごい爆雷攻撃を受けましたね。(ウツボ)それはすごかったらしい。敵駆逐艦による攻撃で47時間にわたって深度80メートル(回天の耐圧深度は80メートル)で爆雷攻撃をかわしたというんだ。(カモメ)さらに島の北側から接近しようとしましたが、敵哨戒機に制圧され、回天発射が不可能な状況の連続だったと記されていましたね。(ウツボ)そう。司令部からは「再度回天で奇襲すべし」との命令を受けたが、川口艦長は回天による攻撃は不可能と判断し呉基地に向けて帰途についた訳だ。(カモメ)そのことで川口艦長は責任を問われ、命令違反を追及されたということですね。(ウツボ)そう。それで呉基地では第六艦隊長官、参謀長、参謀ら十数名が出席し、査問会が開かれた。そこで厳しく追及された川口艦長は「人間の生命をただの資源として消耗するのは許されない。艦長として百名の乗組員の生命と艦を守り、たとえ死ぬにしても意義の有る死とするのが艦長の責務である」と主張した。(カモメ)結局、川口艦長は潜水艦から退艦を命じられ、イ44は新しい艦長が着任しましたね。(ウツボ)だがその新艦長が指揮したイ44は次の作戦で4月3日、沖縄方面で回天を積んだまま消息を絶った。(カモメ)これは、どう解釈したらいいのか。(ウツボ)戦争の現実は解釈するのが難しいですね。倫理的な意味づけなんてできはしない。そもそも善悪を超越したところで戦って殺し合いをしているのだから。(カモメ)「ああ人間魚雷回天」(両文堂)の著者、武田五郎氏は、回天戦の結果多くの潜水艦がその目的を達することなく、ほとんどが海底の藻屑と消えてしまったことは、誰が考えても不可解な事であったと述べています。(ウツボ)武田氏は「回天作戦を展開した海軍司令、参謀の責任は大である」と記しているね。だけどね、俺は回天作戦がうまくいかなかったのは、当時の海軍の科学技術の遅れと、このような作戦を展開せざるを得なかった末期的戦況ということだろう。分かっているけど止められなかった。日本海軍の限界に近づいていていたんだね。(カモメ)さらに、武田氏は戦後、潜水艦長の経験を記し出版をしている、あの板倉光馬氏を名指しで批判していますね。(ウツボ)板倉光馬氏は潜水艦長として戦った体験を出版し有名になった人だがね。「どん亀艦長青春期」や「あゝ伊号潜水艦」は代表作ですね。(カモメ)ですけど、潜水艦長の出身であり、回天の性能も知り尽くしていた回天指揮官であった板倉少佐の責任は重大であると、武田氏は述べていますね。(ウツボ)それはつまり、鬼が島である大津島での指導方針でしょうか。(カモメ)それもありますね。だけど、武田氏が指摘しているのは、結果については百も承知で、回天の当初の目的であった泊地攻撃から、洋上攻撃へと切り替えた事ですね。(ウツボ)洋上攻撃の方が難しいからね。(カモメ)それはもう、相手が動いて警戒態勢に入っているわけですから。つまり、無理の上に無理を重ねて無謀な作戦を展開したことを批判しているわけですね。(ウツボ)だけど、無理の上に無理を重ねざるを得なかったし、無謀な作戦でない作戦ももうなかった。戦争末期の当時はね。(カモメ)くやしかったでしょうね。(ウツボ)それはそうだろうね。男たるものけんかに負けたらくやしいからね。大体、特攻機のパイロットだって、まともに戦ったら勝ち目はないから、それがくやしいから体当たりする。そういう心境もあっただろうからね。(カモメ)それで思い出したけど、渚さんが言ってましたよ「くやしいから第二次世界大戦で日本が勝ったという小説を書いてやります。サイパン、硫黄島までは史実の通りにして、沖縄で逆転です。第二艦隊の大和も沈ませないで、大和と特攻機で、沖縄作戦中の米軍を全滅させてやります。菊水作戦で日本は大勝利です。南方も取り返し、石油も取り返し、それからミッドウェイ、ハワイを占領して、100万人で米国西海岸に上陸します」とね。(ウツボ)それは少し無理があるんじゃないかね。せめてガダルカナル位で逆転しないと。それにアメリカには原爆があるしね。(カモメ)それを言ったら「アメリカの原爆製造工場で、事故で原爆を爆発させ、アメリカを最初の被爆国にしたらいいでしょう」と言いました。(ウツボ)やれやれ、小説とはいえ、思うがままだね。(カモメ)本当に。