6038327 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ぱふぅ家のサイバー小物

PR

X

プロフィール


パパぱふぅ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

フリーページ

カテゴリ

バックナンバー

2019.01.26
XML
カテゴリ:書籍
ホモ・デウス(下)

ホモ・デウス(下)

 人間至上主義が「次の感情に耳を傾けよ!」と命じたのに対して、データ至上主義は今や「アルゴリズムに耳を傾けよ!」と命令する。(239ページ)
著者・編者ユヴァル・ノア・ハラリ=著
出版情報河出書房新社
出版年月2018年9月発行

『ホモ・デウス』下巻は、現代社会の「取り決め」から考察をはじめる。
科学革命の先に人間至上主義が登場するが、テクノロジーの発展により、システムがおすすめの商品や健康管理のアドバイスをするだけでなく、思考過程や判断にまで介入するようになるだろう。こうして人間至上主義は終焉を迎え、ハラリさんはデータ至上主義の時代に入ると予言する。
データ駆動型のシステム設計を旨としている私にとっては、ハラリさんの考え方に共感を覚えるが、データ至上主義社会は修羅の世界である。自由主義と個人主義を経験していない人間は、たちまちシステムに取り込まれてしまうだろう。
本書のタイトル「ホモ・デウス」が何を指すのが消化不良の感は拭えないが、アーサー・ C ・クラークの SF『幼年期の終わり』の最後を連想した――さて、私たちはどこから来て、どこへ行くのだろうか。

安倍晋三首相が取り上げられ、「日本経済を 20 年に及ぶ不況から抜け出させることを約束して 2012 年に就任した。その約束を果たすために彼が採用した積極的でやや異例の措置は、『アベノミクス」と呼ばれてきた」(16 ページ)と紹介されている。
ハラリさんは、科学革命の先にある変化を人間至上主義であると指摘し、「倫理において、人間至上主義者のモットーは、『もしそれで気持ちが良いのなら、そうすればいい』」(43 ページ)という。
自由市場経済が消費者の善なる心に委ねられているように、自由主義政治もまた、国民の善なる心に依存しているという。だが、本当に「善なる心」は存在するのだろうか。

宗教全盛期は「代表的な知識の公式は、知識=聖書×論理」(50 ページ)だったが、科学革命が起きると「知識=観察に基づくデータ×数学」(51 ページ)に変わった。さらに人間主義の時代は「知識=経験×感性」(52 ページ)だという。
たしかにその通りかもしれない。代替医療や反原発運動など、「観察に基づくデータ×数学」は軽視され、「経験×感性」で語られている。だが、本当にそれでいいのだろうか。聖書という「聖典」がない分、その知識は宗教より恣意的な変化を受けやすい。

ハラリさんは自由意志が存在しないと主張する。
なぜなら、「ニューロンが発火するとき、それは外部の刺激に対する決定論的な反応か、ことによると、放射性元素の自然発生的な崩壊のようなランダムな出来事の結果かもしれない。どちらの選択肢にも、自由意志の入り込む余地はない」(105 ページ)からだ。
自分の知識や意志は、他人の思想や感情、本やテレビの影響を受けたものではないか。それらを入力として、生化学的アルゴリズムの集合体によって出力されたものが「自由意志」ではないか――ハラリさんは、読者に問いかける。

ハラリさんは、さらに続ける。「アルゴリズムが人間を求人市場から押しのけていけば、富と権力は全能のアルゴリズムを所有する、ほんのわずかなエリート層の手に集中して、空前の社会的・政治的不平等を生み出すかもしれない」(135 ページ)。「テクノロジーが途方もない豊かさをもたらし、そうした無用の大衆がたとえまったく努力をしなくても、おそらく食べ物や支援を受けられるようになるだろう」(158 ページ)。
システムが、私たち個人の内部に入り込んでゆく。Google は健康情報を集め、適切なアドバイスをしてくれる。Cortana は秘書として、勝手に他者とのコミュニケーションを始める。やがて、個人の特性を判別し、システムが最適な判断を下すようになるかもしれない。
これは人工知能を想定すれば分かりやすい問いかけだが、豊かさを享受した人間は、薬物とコンピューターゲームに浸るという、そんなデストピアがやって来るだろうか。

テクノロジーの進歩により私たちの暮らしは良くなった。だが、「人はたいてい、不運な祖先とではなく、もっと幸運な同時代人と自分を比較する」(185 ページ)という点に注意しなければならない。人々は、19 世紀の工場労働者と比べて豊かになったと諭されるより、テレビに出てくる金持ちのような暮らしがしたいのである。
システムの介入を受けずに自由であり続ける人との間で、さらに格差は広がるだろう。そうなった場合、現代の自由主義は崩壊するだろうと、ハラリさんは言う。

最後に「データ至上主義」を紹介する。ハラリさんは、データ至上主義を「森羅万象がデータの流れからできており、どんな現象やものの価値もデータ処理にどれだけ寄与するかで決まる」(209 ページ)と定義する。
自由や人権を尊ぶ方面から反発を受けそうだが、これまで述べられてきたように、テクノロジーの発達によって、それらは幻想になろうとしている。最後に残るのは「データ」だというのだ。
この視点に立つと、「資本主義が分散処理を利用するのに対して、共産主義は集中処理に依存する」(211 ページ)というだけで、イデオロギーの違いは無意味になる。そして、資本主義が勝利したのは、「少なくともテクノロジーが加速度的に変化する時代には、分散型データ処理が集中型データ処理よりもうまくいくから」(214 ページ)という。

ハラリさんは、「人間中心からデータ中心へという世界観の変化は、たんなる哲学的な革命ではなく、実際的な革命になるだろう」(237 ページ)と予言する。







最終更新日  2019.01.26 19:17:06
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.