5062646 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ぱふぅ家のサイバー小物

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


パパぱふぅ

フリーページ

カテゴリ

カレンダー

お気に入りブログ

生活info.暮らしを楽… 生活info.暮らしを楽しむさん
LUKEの日記 luke2004さん
ねぼすけの読書感想… ねぼすけ2004さん
「IT活用サポータ… IT活用サポーターのりばしてぃさん

全726件 (726件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 73 >

書籍

2019.07.25
XML
カテゴリ:書籍
聖☆おにいさん第17巻

聖☆おにいさん第17巻

 主「クソリプが不快なら、この父に言うがよい‥‥全て塩の柱にしてやろう」(52ページ)
著者・編者中村 光=著
出版情報講談社
出版年月2019年7月発行

ルシファーの力の源は 8 センチのヒール?
フランス語を習得したら、高い塔を建設してはいけない?
ジャンヌ・ダルクが降臨。大家の松田さんにフランス語を教える!?
創造主は Twitter の鍵アカを覗くこともできるのか!?
大相撲が天界大戦争に!?
ヨハネは定時退社の守護聖人?
現代に蘇ったフラ・アンジェリコがフレスコ画を描くと器物損壊になる?

全知全能の神は、ネットにおいてもネ申であることが判明し、実写ドラマ第II紀もネット配信中。今日も立川は平和です。全 8話







最終更新日  2019.07.25 21:32:51
コメント(0) | コメントを書く
2019.07.21
カテゴリ:書籍
ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第6巻

ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第6巻

 ロックフェラーI世「ロックフェラー家当主に必要な資質は、豪運でも強烈なひきでもない。正しい判断力だ」
著者・編者大和田秀樹=著
出版情報竹書房
出版年月2019年6月発行

著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。
シリーズ累計250 万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。

御門葩子と戦うロックフェラー財閥の次期党首候補クロエ・ロックフェラーは、神技に近いイカサマをしてみせる。そして、正しい判断力をつかんだクロエは、超レア役「大七星」でアガる。
トビそうになる葩子。だが、明日萌がプロジェクションマッピングでクロエのチョンボを誘う。

ゼーレ、サタデー・ナイト・フィーバー、シュレディンガーの猫、はやぶさ‥‥何もかもをネタにする大和田秀樹ワールド!







最終更新日  2019.07.21 12:58:19
コメント(0) | コメントを書く
2019.07.19
カテゴリ:書籍
ハプスブルク帝国

ハプスブルク帝国

 ヨーロッパでは、君主と諸身分の合議による政治が一般化するうち、両者が討議し合意形成を行う場が、恒常的に設けられるようになった。これが身分制議会の発端である。(49ページ)
著者・編者岩崎 周一=著
出版情報講談社
出版年月2017年8月発行

本書は新書ながら 400 ページを超える分厚いもので、「ハプスブルク帝国に関心があるか、詳しいことは何も知らない」(4 ページ)読者のために書かれたという。
高校の世界史で、ハプスブルク帝国は覚えるのが大変な題材の 1 つだった。国家通史として扱われないから、教科書のあちらこちらに散発的に登場し、全貌が見えなかったからだ。だが、田中芳樹氏の『銀河英雄伝説』を読み、銀河帝国の始祖ルドルフ大帝の名が、ハプスブルク家の最初の神聖ローマ皇帝と同じであることから、その歴史を見通せるようになった。どちらも選挙で選ばれた皇帝であり、始祖から 500 年後、神聖ローマ帝国はナポレオンに滅ぼされ、銀河帝国ゴールデンバウム王朝はラインハルトによって滅ぼされる。
本書は、1273 年のルドルフ 1 世の即位から始まる――。
宗教改革、レコンキスタ、三十年戦争、フランス革命、ナポレオン戦争、ウィーン会議、第一次世界大戦、ナチス・ドイツ‥‥すべてハプスブルク家が関与しており、その視点から西洋史を整理し直すと、帝国主義と民主主義の違いは、通史が教えるような単純なものではないと感じる。

選帝侯による選挙は、現代民主主義のそれとは異質なものである。だが、全体主義回避という目的は同じだ。そして、選帝侯全員の賛成が必要という。反対する選帝侯は、事前に入れ替えてしまったようだ。私たち日本人が、ゲルマン民族に共感を覚えるのは、こうしたメンタリティが共通しているからかもしれない。

1508 年、ハプスブルク家のマクシミリアン 1 世は、神聖ローマ皇帝の戴冠を受けるべくローマへ向かうがヴェネツィア共和国の妨害を受け、トレントで戴冠式を挙げる。これ以降、ハプスブルク家の皇帝はローマで戴冠式を挙げることはなくなった。
マクシミリアン 1 世は、自らがブルゴーニュ公国の一人娘マリーと結婚するなど、結婚政策で成功をおさめ、ハプスブルク家の隆盛の基礎を築いた。中世最後の騎士と呼ばれたが、フッガー家との交流を通じて得た資金で傭兵や武器を整える一方、芸術へつぎ込んだ。デューラーなどの芸術家のパトロンとなり、ウィーン少年合唱団の前身をつくった。ちなみに、マクシミリアン 1 世がマリーにダイヤモンドの指輪を贈ったのが婚約指輪の始まりとされる。
この後、ハプスブルク家は「戦争は他国にさせておけ、なんじ幸いなるオーストリアよ、結婚せよ」というモットーのもとに領土拡大したとされるが、血縁者が断絶した領土を併合していったというのが史実である。わが国でも戦国時代に政略結婚が盛んに行われたが、断絶の効果の方が圧倒的であったことと同じだ。

1519 年、マクシミリアン 1 世の孫、カール 5 世が神聖ローマ皇帝として即位する。母方の祖父母はグラナダを陥落させレコンキスタを完成したカトリック両王フェルナンド 2 世とイサベル 1 世。名家の血筋だ。
同年、カール 5 世が支援するマゼランが世界周航へ出発する。カール 5 世は、大航海時代のスペインを版図に収め、「太陽の沈まない国」としてハプスブルク家の絶頂期に君臨した。
一方で、宗教改革の嵐に晒され、ヨーロッパの覇権を競うフランス王国や、スレイマン 1 世が率いるオスマン帝国との戦乱が続き、心身ともに疲れ果て、晩年は自ら退位し修道院に隠棲した。
世界周航、宗教改革、イタリア戦争、ウィーン包囲、ローマ略奪、トリエント公会議は、すべてカール 5 世が関係する。ハプスブルク家で歴史を串刺ししてみると、中世から近世へ移行しつつあるヨーロッパの姿が浮かび上がってくるではないか。
カール 1 世のモットー "@Plus Ultra@プルス・ウルトラ@ruby"(ラテン語:もっと先へ)は、漫画『僕のヒーローアカデミア』で、たびたび引用される。

ハプスブルク家はこの後、スペイン系とオーストリア系に分かれる。カール 5 世の息子フェリペ 2 世は、スペイン帝国の最盛期を築いた。
1571 年、レパントの海戦でオスマン帝国軍を退けた。1580 年、ポルトガル王家が断絶したことから王位継承を主張し、翌年、身分制議会の決議を経てポルトガル王位に就き、イタリア半島を支配した。1584 年、わが国から派遣された天正遣欧少年使節と面会した。
中南米の銀山開発により、ヨーロッパの金流通量は 2.5 倍に、銀流通量は 3 倍を超え、価格革命が起きた。しかし、複合的国制を維持するには莫大な費用がかかり、フェリペ 2 世が没した 1598 年、スペインの支払利息の総額は総収入の 3 分の 2 を占めるまでになってしまった。また、スペインの栄華は、新大陸から搾取することによって成り立っていた。

一方、カール 5 世の弟フェルディナント 1 世は、オーストリア系ハプスブルク家として、神聖ローマ皇帝の位を保持しつつ、チェコとハンガリーを加え、中欧にドナウ君主国を形成していった。いまでもハンガリーやチェコの民族は複雑であるが、フェルディナント 1 世も統治に苦労してしたことが分かる。
1555 年、兄の神聖ローマ皇帝カール 5 世からドイツ支配を任されたドイツ王フェルディナントは、宗教対立を収束をはかるべく、諸侯の信仰は自由であり、自領の信仰はカトリック教会とルター派から選ぶことができるとした「アウクスブルクの和議」が成立する。これにより、1521 年に神聖ローマ皇帝カール 5 世がルターを追放したヴォルムス勅令は効力を失った。ただし、この時点におけるプロテスタントはルター派のみであり、カルヴァン派は想定していなかった。こうしてハプスブルク家による宗教統一は頓挫した。

このあと、プロテスタントに寛容なマクシミリアン 2 世、文化人でティコ・ブラーエやケプラーを支援したルドルフ 2 世が神聖ローマ皇帝となったが、政治は混乱した。次のマティアスは、カトリックとプロテスタントの融和を進めるが、失敗。1619 年、神聖ローマ皇帝に即位したフェルディナント 2 世の時代、弾圧に反発した急進派の貴族が皇帝代官マルティニツとスラヴァタをプラハ王宮の窓から突き落とすというプラハ窓外投擲事件事件が起き、三十年戦争の幕が切って落とされた。
一方、ネーデルランド諸州は 1568 年、スペイン・ハプスブルク帝国に反乱を起こし八十年戦争が勃発していた。これが三十年戦争に合流し、戦乱がだらだらと続くことになる。
戦争は、神聖ローマ帝国内におけるカトリックとプロテスタントの対立ではじまったが、後半はハプスブルク家、ブルボン家、ヴァーサ家による大国間のパワーゲームに展開してゆく。戦争中、ドイツ国土は荒廃し、1800 万人いた人口が 700 万人にまで減ってしまったといわれる。
1648 年、フェルディナント 3 世がウェストファリア条約を受諾する形で、ようやく戦争は終結した。同時に、新教徒やカルヴァン派の信仰も認められ、ようやく宗教戦争に終止符が打たれた。
しかし、ドイツの約 300 ある諸侯は独立した主権国家となり、神聖ローマ帝国は実質的に解体されることになる。また、1661 年、太陽王ルイ 14 世が親政を開始すると、フランス王国はドイツ諸州へ侵攻し、アルザスおよびロレーヌをほぼ占領する。帝国内では反仏感情が一気に高揚し、諸侯はハプスブルク家の支援を請う流れとなる。
1683 年から 1714 年にかけ、ハプスブルク家は、第二次ウィーン包囲に端を発する対オスマン戦争、プファルツ継承戦争(9 年戦争)、スペイン継承戦争と、再び 30 年におよぶ戦争を戦った。その結果、ハプスブルク家は領土を倍増させ、神聖ローマ皇帝カール 6 世の時代、国力と勢威を大いに増した。また、ウィーンはハプスブルク君主国の首都として本格的に発展していくこととなる。

1740 年、カール 6 世が没すると、ハプスブルク家の男系男子は途絶える。長女マリア・テレジアが相続するが、これをめぐってオーストリア継承戦争が勃発する。
1765 年、皇帝フランツ 1 世(マリア・テレジアの夫,ハプスブルク=ロートリンゲン家の祖)が没すると、長男のヨーゼフが後を継いだ(ヨーゼフ 2 世)。マリア・テレジアが没するまでの以後 15 年間、ハプスブルク君主国はマリア・テレジア、ヨーゼフ、カウニッツの「三頭体制」により統治されることとなる(マリア・テレジアはオーストリア大公妃で、皇帝には即位していない)。

一方、スペイン・ハプスブルク家はヨーロッパ屈指の名門で、そのプライドの高さがゆえに、格下の諸侯とは結婚せず、近親婚が繰り返された。 その結果、カルロス 2 世は心身に異常を来たし、スペイン・ハプスブルク家が途絶える。ここへ太陽王・ルイ 14 世が介入し、1701 年、スペイン継承戦争が勃発する。
カール 6 世がスペイン王位を継承することを恐れた各国は、ルイ 14 世の孫をフェリペ 5 世として即位させ、1713 年にユトレヒト条約を結んだ。この後ナポレオンに征服されるまで、スペインはブルボン朝による支配を受けることになる。

マリア・テレジアの下で外交革命が起き、長年敵対していたハプスブルク家とフランス王家の間で同盟関係が成立、政略結婚が行われた。
マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットがルイ 16 世の皇后となり、フランス革命が起きた。ヨーゼフ 2 世の弟で神聖ローマ皇帝となったレオポルド 2 世は革命への介入を呼びかけたが、1792 年、ヴァルミーの戦いでオーストリア・プロイセン連合軍はフランス軍に敗れ介入は失敗した。
レオポルド 2 世の長男で神聖ローマ皇帝となったフランツ 2 世はナポレオン戦争に巻き込まれ、1805 年、アウステルリッツの戦い(三帝会戦)で敗北。南西ドイツ諸侯がナポレオンを盟主としてライン同盟を結成したため、1806 年、神聖ローマ帝国皇帝を退位した。これにより神聖ローマ帝国は消滅するが、オーストリア大公の地位は残っており、初代オーストリア皇帝フランツ 1 世となった。
フランツ 1 世はメッテルニヒを登用し、ナポレオン戦争の戦後処理であるウィーン会議の主導権を握った。質素な生活を好み、晩年は国民からも親しみを込められて「善き皇帝フランツ」と称された。

ウィーンは繁栄を謳歌するが、それは一部の特権階層の話で、大多数の市民は半日を越える長時間労働が当然で、1842 年に制定された児童保護法において、児童の労働時間が 10~12 時間に規制されるにとどまった。このような状況はヨーロッパ中で広くみられ、ここから社会主義思想が生まれてマルクスとエンゲルスが共産主義を唱えるようになるが、これらの思潮はハプスブルク君主国にも流入し、政府は神経を尖らせた。

ウィーンで 10 月革命が鎮圧され、体制刷新のためにフェルディナント 1 世が退位し、1848 年 10 月、甥のフランツがフランツ・ヨーゼフ 1 世として即位した。
クリミア戦争で、敵対してきたオスマン帝国は弱体化したが、逆にハプスブルク家も友好国が一つもないという外交的孤立状態に陥った。1866 年の普墺戦争での敗北は、ハンガリーとの関係改善を促進した。皇妃エリーザベトがハンガリーに肩入れしていたことも、これを後押しした。

1860 年代後半、ハプスブルク君主国の年間経済成長率は 8~10 パーセントを記録し、産業経済は活性化した。鉄道網の拡充が各地の事業・産業を有機的に結びつけ、工業株式会社が次々に誕生する「創業期」が到来した。しかし、その裏ではバブル現象が徐々に拡大していた。それは 1873 年 5 月、万国博覧会の開幕直後にウィーン証券取引所で発生した株価の大暴落によって明白となる。ここから発生した「大不況」は、1870 年代の世界経済を大きく混乱させた。
工業化の進展は、都市化をさらに促した。1873 年にブダ、オーブダ、ペシュトの 3 市が合併してハンガリーの新首都ブダペシュトが誕生した。
労働者たちは環境の改善を求める声を強め、繰り返しストライキやデモを展開した。初のメーデーは 1890 年のことである。衛生環境の劣悪さは、ウィーン病と呼ばれるコレラや結核が猛威を振るった。ウィーンなどでカフェ文化が栄えた一因は、人々が住み心地の悪い自宅より、カフェに憩いの場を求めたことにある。
にもかかわらず、ウィーンは文化や科学の面ではヨーロッパ随一の都市であり続けた。レフ・トロツキーとヨシフ・スターリンも一時期をウィーンで過ごし、ここで初めて顔を合わせた。

1914 年、ハプスブルク家のフランツ・フェルディナント大公が暗殺されたことをきっかけに、第一世界大戦が勃発する。1918 年、ハプスブルク君主国は連合国との休戦協定に調印し、権力の座から退いた。オーストリアは共和国となり、翌1919 年、ハプスブルク法が制定され、最後の皇帝カール 1 世を含むハプスブルク一族は財産没収のうえでオーストリア国外へ追放されることとなった。
1921 年、カール 1 世はハンガリー王国で復位を試みるが失敗。1922 年に死去し、オットーが相続する。
ヒトラーは、ドイツとオーストリアの合併を視野に入れ、オットーへの接触を試みた。だがこれは実現せず、ヒトラーはオットーを激しく敵視するようになった。
1961 年、オットーは、帝位請求権の断念を表明し、オーストラリアへの帰国の許可を求めた。オーストリアの政治が混乱し、オーストリア国民党とオーストリア社会党による大連立政権は崩壊し、オットーは帰国を果たした。その後、欧州議会議員や国際汎ヨーロッパ連合会長を務めるなど、汎ヨーロッパ主義的に活動した。
2011 年、オットーが死去し、長男カールが相続した。







最終更新日  2019.07.19 12:06:11
コメント(0) | コメントを書く
2019.07.16
カテゴリ:書籍
ベストセラー伝説

ベストセラー伝説

 「ベストセラーを作るのは、目に見えちゃダメなんだよ。目に見えないけど、無いと困る本こそベストセラーになる。だから空気なんだ。空気は目に見えないけど吸わないと死んじゃう。それが本当のベストセラー」(「試験にでる英単語」著者・森一郎)(218ページ)
著者・編者本橋 信宏=著
出版情報新潮社
出版年月2019年6月発行

著者はノンフィクション作家の本橋信宏さん。1956 年生まれだ。私より 8 歳年長なのだが、当時のベストセラーが、いかに息が長かったかを思い知らされた。「冒険王」「少年画報」「学研の科学」「平凡パンチ」「でる単」「ノストラダムスの大予言」――これらを一度でも読んだことがある方に、おすすめ。これらベストセラーの裏側は、大人になった今だから理解できる。

「ベストセラーを作るのは、目に見えちゃダメなんだよ。目に見えないけど、無いと困る本こそベストセラーになる。だから空気なんだ。空気は目に見えないけど吸わないと死んじゃう。それが本当のベストセラー」(「試験にでる英単語」著者・森一郎)
「タイトルが一番大事。(タイトル会議は)しつこくやれ、著者だけでなく社内的にも」(伊賀弘三良・祥伝社社長)
「雑誌は格調が必要。床の間が必要、そういうのがあればあとは何をやっても様になるんだな」(島地勝彦・週刊プレイボーイ元編集長)

戦後の混乱期、人々は活字に飢え、印刷物なら飛ぶように売れたという。「紙は貴重な資材になり、ブローカーが暗躍する。買い占めた紙が余りすぎたので、ブローカーが本と紙を交換しようと秋田貞夫に交渉してきた」(18 ページ)。こうして誕生した秋田書店は「冒険王」を発行し、色印刷のアメリカンコミック風絵物語が子どもたちの心を掴んだ。「冒険王」から「少年チャンピオン」の編集長になった壁村耐三は、原稿が遅れている漫画の神様・手塚治虫に向かって怒鳴るような鬼編集長だった。しかし、ドカベンを柔道部から野球部へ転向させるなど、嗅覚は鋭かった。さらに、「おいっ! 手塚先生の死に水は俺たちがとってやろうじゃねえか!」と編集員に発破を掛け、スランプに陥った手塚治虫が「ブラック・ジャック」を連載する場を与えた。

学研の「学習」「科学」は学校で販売されていた。なぜか――後発出版社だった学研の古岡秀人社長は、公職追放された元校長たちに目を付け、子どもの教育に役立つ本の普及に同志として力を貸して欲しいと協力を求め、彼らに営業を委託したのである。元校長たちの営業力は絶大だった。さらにトラック輸送を活用し、付録の素材は自由に選べるようにした。

「でる単」の著者は、毎年東大へ大量の合格者を出していた都立日比谷高校の現役英語教師・森一郎だった。その職人芸が「でる単」を誕生させた。これに部数を奪われてはなるものかと、旺文社創業者の赤尾好夫が編集した「豆単」は、電算機を使って受験英単語の出題頻度をはじき出した。

1973 年秋、祥伝社から「ノストラダムスの大予言」が発刊された。この年、石油危機が起き、光化学スモッグ、河川汚染が問題になった。1973 年暮れに「日本沈没」が映画化され、翌74 年にはユリ・ゲラーが来日、超能力騒動が起き、スプーン曲げ、こっくりさんが大流行する。高度成長期が終わり、社会の先行きが不安になった時代だった。
著者の五島勉は、本書の最後に「たしかに、「恐怖の大王」が降ってきてマルスが支配する、と書かれているけれども、人類全部が滅亡する、と明記されているわけではないからだ」と記している。

本橋さんは、こう思う――「ノストラダムスの大予言」を書いた五島勉は昭和 4 年生まれ、「日本沈没」を書いた小松左京は昭和 6 年生まれ。両者を担当した編集者の伊賀弘三良は昭和 3 年生まれ。いずれも昭和 1 桁世代である。この世代は 10 代の思春期のときに、親や教師が 8 月 5 日を境に 180 度主張を反転させた姿を目撃してきた。国家、体制に対してどこか不信感を持っている。1973 年の 2 冊の大ベストセラーも、いまの泰平を信じるな、という昭和 1 桁世代からのニヒルな警醒の書ではなかったか。(214 ページ)

子どもの頃、本書に登場するほとんどの書籍・雑誌を読んだわけだが、大人になった今、これらの出版物は、編集者たちの汗と涙の結晶ではないか――いや、怨念すら感じた次第。
出版不況と言われて久しいが、雑誌出版点数は 1970 年代の 1.5 倍、書籍出版点数に至っては 4 倍近い。子どもたちの「記憶に残る」ベストセラーは、まだまだ出せる余地はあるのではないか。なにも紙の出版物でなくてもいいだろう。
作家さんと編集者さんが心血を注いだ作品が、これからも世に出ることを願わん――。







最終更新日  2019.07.16 12:54:04
コメント(0) | コメントを書く
2019.07.13
カテゴリ:書籍
時間泥棒

時間泥棒

 コペクスキー「最初からずっと、ほしかったのはそれであって、お金ではない。われわれみな、足りないのは時間であります」(22ページ)
著者・編者ジェームズ・P.ホーガン=著
出版情報東京創元社
出版年月1995年12月発行

時代は近未来。ジェームズ・ P ・ホーガンの作品にしては、約 170 ページと薄い。主人公も科学者ではなく刑事である(アイザック・アシモフのロボット・シリーズを連想する)。それでも、時間が一定して流れなくなった場合のコンピュータ・システムへの影響を具体的に描き出しているところは、ハード SF の旗手ホーガンらしい。ホーガン入門SF としておすすめだ。

ある日突然、ニューヨーク中心街一帯で時計が遅れ始めた。しかも場所によって遅れ方に違いがあり、遅れ方が一定しているわけでもない。待ち合わせに不都合が生じたのはもちろん、時刻によって足並み合わせをしている交通システムは麻痺し、コンピュータも正常に動作しなくなった。
誰かが時間を盗んでいる――こうした判断がくだされ、ニューヨーク市の刑事ジョー・コペクスキーが事件解決に当たることになる。だが、いったい、だれが、どういう手段で「時間」を盗んでいるというのだろう。コペクスキーは、理論物理学者から心霊学者まで、さまざまな“有識者”に意見を求めた。
コンピュータが多く稼働している場所では特に遅れが大きく、赤い霧のようなものが見えるようになった。さらに、ビルを支えている建材が脆くなり、倒壊するという事故が発生するようになる。
コペクスキーはバーナード・モイナハン神父との会話の中から、突拍子もない仮説を立て、事件の解決に当たる。

コンピュータ・セールスマンという経歴を持つホーガンは、時間の遅れに伴ってコンピュータの動作に支障をきたすようになる情景を細かに描き出した。私たちが使っているパソコンは、マザーボードに搭載されている水晶発振子のクロックに同期して、すべての回路が動くようにできている。このクロック=時刻が狂ったら、パソコンは動かなくなる。
コンピュータ・ネットワークも同じである。ネットワーク上を行き来するデータには必ず時刻情報が付加されており、それによってデータの順序が決定される。
時間は、また、哲学的な要素を内包する。理論物理学では、時間と空間を一体のものとして扱うが、時間に関する限り、逆方向に遡ることができない。
時間は、あらゆる人たちに均等に与えられるという点では、どんな宗教や政治より平等主義である。だが本書では、均等である筈の時間に重み付けができることを示している。
こうした技術と常識と、そしてホーガンらしい皮肉に、考えさせられることは多い。







最終更新日  2019.07.13 13:58:57
コメント(0) | コメントを書く
2019.07.09
カテゴリ:書籍
仮想空間計画

仮想空間計画

 コリガン「コンピュータというやつは外界との相互作用はうまくはできないという、単純な事実があるんだ」(93ページ)
著者・編者ジェイムズ・P・ホーガン=著
出版情報東京創元社
出版年月1999年7月発行

本書は、人工知能をめぐる科学とビジネスの対立を軸に、人工知能に学習させることができない人間の心の葛藤を、ユーモアタップリに描き出したハード SF だ。
著者は、『星を継ぐもの』『創世記機械』などでお馴染みのジェイムズ・ P ・ホーガン。2010 年に亡くなっているが、本書は 1995 年に書かれたもので、人工知能の冬の時代であるにも関わらず、今日のディープラーニングを彷彿とさせる舞台設定となっている。コンピュータ・セールスマンだったホーガンの面目躍如といったところ。

科学者ジョー・コリガンは、ある日、見知らぬ病院で目を覚ました。彼は記憶を失っており、自分が誰であり、どんな仕事をしていたのかも思い出せなかった。担当医師ゼールやカウンセラーの治療を受け、徐々に記憶を取り戻してゆく。
彼は人工知能「オズ」の研究開発に従事しており、人工知能に学習させるために現実世界に限りなく近いヴァーチャル・リアリティの開発に従事していたのだ。だが、ドクター・ゼールの治療方針として、彼を元の職場に戻すことをせず、バーテンの仕事をするなどしてリハビリに努めさせた。ジョーは臭いを感じることができなくなっていた。そして、人々の様子や、世界の在り方にどうしようもない違和感を覚えていた。そうして 12 年の歳月が流れた。
ある日、ジョーの前に現れた女性リリィが告げた。この世界はヴァーチャル・リアリティであり、私たちはそこに閉じ困られていることを。
そう考えると辻褄が合う。人々の様子がおかしいのは、それは現実の人間の思考を真似るようコンピュータが作り出したアニメーションなのだが、学習過程に何らかの問題があり、現実世界の忠実な複製となっていない。なによりも臭いが感じられないのは、ジョーたち現実の人間とのインターフェースとして、嗅覚だけがシステムに実装されていなかったからだ。
ジョーは世界からの脱出を試みたが、ある日突然、現実世界に戻され、そこで目覚めた。だがそこは、オズが稼動開始する直前の世界だった。ジョーは時間を遡ったのだろうか。
ジョーたちを罠にはめたのは、ライバル科学者のフランク・タイロンなのか。上司のジェイスン・ P ・パインダーはジョーに助け船を出せるか。出資者であるケン・エンデルマイヤーは何を追い求めているのか――各人各様の目論見が渦巻く中、舞台はめまぐるしく変化する。はたしてジョーは現実世界に戻ることはできるのか。

原題「Realtime Interrupt」のとおり、本作品はヴァーチャル世界とリアル世界を行ったり来たりする。最初は少し戸惑うかもしれないが、やがて慣れてくる。ところが、この「慣れ」がホーガンの用意したトラップで、最後のどんでん返しに、まんまと騙された。人工知能に対するトリックはもちろん、死してなお読者の心まで操ることができるとは、おそれいった。
主人公のジョー・コリガンは、「コンピュータは現実世界と交流して必要な情報を拾いだすことはあまり得意じゃない」として、ヴァーチャル世界の中で、人間を模した多くのアニメーションに、本物の人間を紛れ込ませることで、人工知能を学習させようというオズ計画を立ち上げる。
ジョーは続けて言う。「われわれには「常識」と呼ぶ、巨大な知識ベースという利点がある。それによってわれわれは微妙な、状況に応じた関連付けができる。それによって人間は比喩を理解するようなことがあれほどうまくできるわけだ」――これは、現代のディープラーニングが抱えている問題でもある。そして、MIT AI研究所の創設者で、実在するマーヴィン・ミンスキー博士(2016 年死去)が登場する。人工知能を研究してきた者としては、ニヤリとさせられた。
オズ計画に莫大な投資をしたエンデルマイヤーら資本家側には、期待する成果があった。この成果を短期間に出そうとするのが、ジョーのライバル、フランク・タイロンである。現実のビジネスでよく出くわすシチュエーションだ。
ホーガンの SF を安心して読んでいられるのは、科学はビジネスと違って、必ずしも成果が出ないこと。それでも最後には科学者が報われること――本作品は「ここでは、時間はマイペースで流れていった」と締めくくられる。私が暮らすリアル世界も、こうありたいものである。







最終更新日  2019.07.09 12:02:16
コメント(0) | コメントを書く
2019.06.23
カテゴリ:書籍
官僚病の起源

官僚病の起源

 日本国民は1853年のペリー・ショックのためになおいっそう外的自己と内的自己とに分裂し、そして、内的自己においては欧米諸国を恨み、屈辱感をもっている(77ページ)
著者・編者岸田秀=著
出版情報新書館
出版年月1997年2月発行

著者は、精神分析者の岸田秀さん。人間は本能の壊れた動物であり「幻想」や「物語」に従って行動しているに過ぎないという「唯幻論」を展開する。
岸田さんは、ご自身が気に入らないものは「精神分裂病」とレッテル貼りをするだけで、解決策は一切提示しない。本書を読んだ方で、岸田さんと感じ方のベクトルが一致するヒトは、同様にレッテル貼りをするだけで、自分は精神状態が健常であると思い込み、改善策を考えることを止めてしまうのではないだろうか。

また、科学的・論理的に間違っている記述も多い。
たとえば、「英語を崇拝し、英語力の価値を限りなく過大評価する外的自己と、英語を嫌悪し遠ざけようとする内的自己との葛藤」(156 ページ)が精神分裂病だというのは、医学的に間違いである。精神分裂病の名称が統合失調症に変わったのは、本書発行後の 2002 年のことなので、これはいい。症状は患者によって様々だが、妄想などの陽性症状と、感情が乏しくなる陰性症状を特徴とする。両者は「葛藤」しているわけではない。
幸いなことに、岸田さんは精神分析者であり、精神科医ではない。医療過誤を起こすことはないだろう。
岸田さんは、歴史には詳しくないと何度も記述しているが、その詳しくないことの上に、ご自身の専門分野である心理学の話題を積み上げるという論理構造もおかしい。常識的には、この逆である。

わが国の政治や教育や社会問題に対して問題意識を持つことは必要なことだ。だが、それをラベリング(仕分け)するだけで、何ら論理的・具体的な解決策を考えないのは、思考停止である。
本書を他山の石として、これからも考えることを諦めない姿勢を保っていきたい。

冒頭で、「軍部官僚の失敗は軍人であるがゆえの失敗ではなく、官僚であるがゆえの失敗」(15 ページ)と断じ、官僚組織が自閉的共同体であると指摘する。
岸田は、日本の成り立ちが、渡来人の影響でも、大王による統一でもなかったとし、自閉的共同体である豪族が、そのまままとまっただけだと主張する。だが、この主張に物的証拠はない。それを下地に、日本の官僚制度が自閉的共同体であると展開することは、論理的に無理があるのではないだろうか。

一方で、武家政治を賞賛するが、これも根拠に乏しい。官僚病の解決策として、「ふたたび鎖国し、徳川時代のような政治体制を復活させること」(69 ページ)を主張するが、これは非現実的だ
また、このような官僚制度を誕生させたのは国民の責であるとし、「日本国民は 1853 年のペリー・ショックのためになおいっそう外的自己と内的自己とに分裂し、そして、内的自己においては欧米諸国を恨み、屈辱感をもっている」(77 ページ)ためだという。

本書のタイトルである「官僚病の起源」は、ここで唐突に終わる。
81 ページからは、歴史を精神分析すると称し、「天孫降臨」も「神武東征」も、そういった史実はなく、日本は百済の植民地であったことを隠すために歴史が捏造されたと主張をはじめる。もちろん、何の証拠も記されていない。







最終更新日  2019.06.23 12:48:39
コメント(0) | コメントを書く
2019.06.16
カテゴリ:書籍
コーヒーの科学

コーヒーの科学

 豆の中では熱によって化学反応が励起され、生豆中の成分から新たな物質が生成、さらにそれがまた別の反応を起こし‥‥と非常に複雑な化学反応が順次進行していきます。これら一連の、焙煎に伴う化学反応は「焙焦反応」と総称されます。(178ページ)
著者・編者旦部 幸博=著
出版情報講談社
出版年月2016年2月発行

日頃、コーヒーを愛飲しているが、その味や店舗に関する情報はよく目にしてきたのだが、生物学的特性や歴史については知らないままだった。本書は、コーヒー豆がなるコーヒーノキの生物学的特徴にはじまり、精製、焙煎、抽出のプロセスを科学的に説明する。とくに焙煎プロセスは化学変化であり、香味や泡、色などが、全てこの工程で生成されるということを再認識した。自宅でできる焙煎や抽出のテクニックも織り交ぜられている。
全体を通して、コーヒーを科学的に知ることができ、とても勉強になった。
最後に、旦部さんが提示した「コーヒーとは何か」という問いかけに対し、私は「座右の飲み物」と答えたい。自宅でも職場でも、私のデスクには常にコーヒーが置かれている。

著者は、微生物感染症学が専門で、学生時代にコーヒーにはまったという旦部幸博さん。人気コーヒーサイト「百珈苑」 https://sites.google.com/site/coffeetambe/ を主催する。
まず、コーヒー豆がなるコーヒーノキについて図版入りで説明が始まる。コーヒーノキは、染料の原料となるアカネや、マラリアの特効薬キニーネが発見されたキナノキが属するアカネ科の植物である。アカネ科コーヒーノキ属は北回帰線から南回帰線までのコーヒーベルトで見ることができ、125種がある。そのうち、コーヒー豆を採るために栽培されているのは、アラビカ種とカネフォーラ(ロブスタ)種の 2種だけという。中でもアラビカ種は 4 倍体で、かつ自家受粉するという珍しい植物だ。
また、コーヒー豆は、ダイズやアズキなどの豆類と異なる構造をしており、胚乳が残存しており、ここにカフェインが含まれる。カフェインは、近くに生えている植物の生育を抑えたり、一部の昆虫や、ナメクジやカタツムリに対して毒性を示す。
コーヒーの花は、雨によって開花が調整され、雨季と乾季がはっきり分かれる地域ほど、たくさんの花が一斉に咲く。花が散るとコーヒー豆が育ち、だいたい 8~9 ヵ月目くらいで完熟する。収穫した生豆は、精製、焙煎、抽出の加工を経て、コーヒーが作られる。

最初にコーヒーを利用していたのはアラビカ種の原産地であるエチオピア西南部の人々だと考えられているが、10 世紀ペルシアの医学者アル=ラーズィー(ラーゼス)の『医学集成』にコーヒーに関する記述が初めて登場する。
1723 年、フランスの海軍将校ガブリエル・ド・クリューが、パリ植物園から盗み出した 1 本の苗木を、カリブ海のマルティニーク島に伝え、栽培に成功。この 1 本の樹の子孫がカリブ海から中米一帯に広まり、世界のコーヒー生産の半分を占める最大産地になった。
1867 年、スリランカでコーヒーさび病が発生し、インド中のコーヒーが壊滅的打撃を受けた。スリランカのコーヒー園は荒廃し、後に紅茶を生産することになる。
ヨーロッパではナポレオン戦争後にコーヒーブームが起き、コーヒー豆の生産が本格化する。しかし、需要に供給が追いつかず、少ない豆でも作れるアメリカンや、代用コーヒーが誕生した。代用コーヒーは、ついにカフェインと同じ覚醒物質を発見できなかった代わりに、カフェインレスとして発展してゆく。
産業革命の進捗とともにコーヒーの焙煎、抽出技術も進歩し、イタリアでは 1948 年にガジア社がエスプレッソマシンを開発。高圧抽出が可能になったことで、「クレマ」と呼ばれる独特の泡で表面を覆われた、現在のエスプレッソが生まれた。
一方、1929 年、世界大恐慌の余波でコーヒー価格が暴落した際、ブラジル政府はネスレ社に、余剰コーヒー豆を用いた製品開発を依頼し、インスタントコーヒー「ネスカフェ」が誕生した。

コーヒーは苦いというのは万国共通だ。苦み感覚は食品に潜む危険を察知するものだが、大人になるまでの食体験の中で、その食品が安全だと学習することで平気になり、味の変化の一つとして楽しむようになるようだ。また、苦味受容の遺伝子も明らかにされ、先天的に苦みをあまり感じない人は、エスプレッソやブラックコーヒーを好む傾向がわかってきた。

1980 年代には、カフェ・バッハの田口護氏が、生豆の選定から抽出までの流れを一つのシステムとしてとらえ、おいしいコーヒーを科学的に考察し、定義した。
コーヒーの主要な苦み成分が、カフェインではなくクロロゲン酸の加熱物であることが分かったのは、2006 年のことだった。また、コーヒーの黒い液色の正体は「コーヒーメラノイジン」と総称される、焙煎の過程で生じる水溶性の褐色色素群だという。さらに、コーヒーの香味には精製中に生じる発酵が大きく影響しているといい、発酵に関わる微生物群をコントロールすることで、香味を調節する取組みもはじまっている。
コーヒーの科学は、現在進行形なのである。

焙煎の時に生じる化学反応によって、コーヒーの香味や色が決定する。焙煎は、多くのプロが「もっとも重要な工程」と位置づけているという。
焙煎が進むための必要条件は 2 つで、浅煎りで 180℃以上、深煎りでは 220~250℃に達する「温度」と、水分が十分に減ることだ。

私も自宅で「抽出」をやる方だが、ドリップ式はクロマトグラフィーと同じ原理だという。コーヒーを淹れるプロセスは化学である。また、挽いた粉を茶こしやふるいにかけて微粉を除き、粉の大きさを揃えると驚くほど味が変わるという。試してみよう。
焙煎時に作られた細胞壁表面の「どろどろ」の部分を抽出することで、コーヒーが出来上がる。また、多孔質の粉には、焙煎時に生成する二酸化炭素を主成分とするガスで満たされており、「どろどろ」にもガスが大量に溶け込んでいる。さらに、界面活性物質も混じっており、これらがお湯に触れ抽出されることで、泡ができる。
焙煎から抽出は、化学的なプロセスである。

コーヒーサイフォンは、サイフォンの原理を使っていないのだが、欧米では「吸引式コーヒーメーカー」「ダブル・ガラス風船型」と呼ばれているそうだ。ダッチコーヒーもオランダ由来ではなく、京都生まれの抽出法だ。

旦部さんは最後に、「コーヒーと健康」について、急性作用と長期影響に分けて解説する。急性作用は、カフェインによる覚醒効果や利尿作用が代表だが、長期作用は 2 型糖尿病を減らすとか肝がんの発症リスク低下などがある。
急性カフェイン中毒とカフェイン依存についても紙面が割かされている。







最終更新日  2019.06.16 12:35:06
コメント(0) | コメントを書く
2019.06.08
カテゴリ:書籍
火星の遺跡

火星の遺跡

 ハミルトン「あの男が言ったことはなにもかも現実になっている! たしかに、わたしには説明できないし、きみにも説明できないし、ここにいるだれにも説明できない。それでも、ときには科学では説明のつかないことが起こるものなんだ」(399ページ)
著者・編者ジェイムズ・P・ホーガン=著
出版情報東京創元社
出版年月2018年12月発行

本書は、火星を舞台に、紛争調停人キーラン・セインが活躍する 2部構成の SF だ。著者は、『星を継ぐもの』『創世記機械』などでお馴染みのジェイムズ・ P ・ホーガン。2010 年に亡くなったが、本書は 2001 年に書かれたもので、17 年の時を経て翻訳された。ドローンやパッド、そしてハッキング・テクニックなど、現代でも色褪せない仕掛けは、コンピュータ・セールスマンだったホーガンらしい作品となっている。

火星では、ベンチャー宇宙企業体クアントニックスがテレポーテーション技術の人体実験に成功した。ちょうど火星を訪れていたキーランは、テレポーテーション技術を開発し、自らが実験台となった科学者レナード・サルダと接触する。
自信満々に実験成果を語るサルダだが、次に会ったときには、銀行に入金された成功報酬が全て無くなってしまったと、自信を喪失してキーランに相談をもちかける。銀行によれば、本人でなければ知り得ないパスワードを使って、正当に出金されたという。
はたしてサルダの身の回りに何が起きたのか。そして、人体テレポーテーションは成功したのか。

第2部でキーランは、サルダーに関わる重要な情報を提供してくれた考古学者ウォルター・トレヴェイニーの探検活動に医師として参加する。火星の超古代文明をめぐって、大企業の社長ハミルトン・ギルダーと、その一味が、発掘作業の邪魔をする。

キーランは火星での人脈をフル活用し、ファラオの呪いや高次元精神といったキラキラ・スピリットに弱いお嬢様=ギルダーの娘マリッサをまんまと騙し、発掘調査隊を窮地から救おうと画策する。最後の一歩というところでキーランたちは捕まってしまうが、火星の遺跡が彼らの救いとなったのだった。

本書には、SF ファンやトンデモ・ウォッチーならニヤリとさせられる伏線が張ってある。
1 万 2 千年前の事件を追うキーランに対し、ビジネス・パートナーであるジェーン・ホランドが「原因は巨大な彗星でそれが金星になったとか」(121 ページ)と発言するシーンがあるが、これはイマヌエル・ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』(通称「ヴェリコフスキーの彗星」)が元ネタだろう。その他、エジプトのピラミッドやファラオの呪い、インカの巨石建造物など、失われた超古代文明「テクノリシクス文明」が存在していることが前提になっている。また、モンティ・ホール問題 https://www.pahoo.org/e-soul/webtech/phpgd/phpgd-23-01.shtm を話題として取り上げている。
だが、そこでハード SF の巨匠であり、ウィットましましのイングランド人、ホーガンの筆がうなりを上げる。フラグ回収などどこ吹く風で、キーランはジェーンに「今宵は石油王とディナーというのはどうだい?」と誘って大団円。読んでいるこちらは大爆笑。まるで 2019 年の日本人向けに書かれた小説のようである。

また、本書に限っては、UFO現象学者の礒部剛喜氏による解説「テクノリシク文明の呪縛」を先に読むことで、本編を 256 倍ほど愉しむことができるだろう。その全文が公式サイトに掲げられているので、ご一読を http://www.webmysteries.jp/archives/13865100.html







最終更新日  2019.06.08 12:41:32
コメント(0) | コメントを書く
2019.06.03
カテゴリ:書籍
ヒトはなぜ宇宙に魅かれるのか

ヒトはなぜ宇宙に魅かれるのか

 天文学は「みんなの科学」と呼ばれています。5千年以上の歴史を持ち、最も古い学問の一つであると同時に、宇宙は誰でもが一度は気になる存在です。(146ページ)
著者・編者縣秀彦=著
出版情報経済法令研究会
出版年月2019年3月発行

著者は、「科学は文化」をモットーに、国立天文台を中心に世界中を飛び回っている縣秀彦さん。「宇宙のことを知ると、自分の存在理由や、立ち位置が垣間見える瞬間に遭遇することがあります」(41 ページ)と記しているが、同世代の天文少年(?)として、同感である。いま、自分が、数億光年というスケールの時空間を見ていると思うと、いかに「自分たちのルールにのみ固執して、お互いの共通性を見いだせず」(46 ページ)にいるか、そして、自分がいかに小さな存在かということに気づかされる。

縣さんは、「中学校卒業までに身につけてほしい自然観として、天文教材が特に役立つ科学概念は時間スケールと空間スケールの認識に関して」(181 ページ)と指摘する。
手前味噌ではあるが、わが家のホームページでは、本書で紹介された宇宙カレンダー https://www.pahoo.org/e-soul/webtech/php02/php02-49-01.shtm や、Google マップに太陽系を描くプログラム https://www.pahoo.org/e-soul/webtech/js01/js01-08-01.shtm を無償公開している。お子さんの天文学習の役に立てば幸いである。

縣さんは、「天文学は音楽や算術・幾何と並んで 5 千年以上の歴史を持つ最も古い学問の一つ」(36 ページ)という。科学史は、天文学を中心に整理するとわかりやすい。さらに、グレゴリオ暦の制定やコロンブスやクック船長の探検の背景に天文学があったことを考えると、世界史に対する見方も変わってくるだろう。

縣さんがかつて教鞭を執った高校では、「不思議なことに生徒たちは、暗闇の中、星空を眺めながら、必ず自分の悩みを打ち明け始めます」(40 ページ)。これはよくわかる。「宇宙のことを知ると、自分の存在理由や、立ち位置が垣間見える瞬間に遭遇すること」(41 ページ)がある。
コペルニクスやガリレオといった多くのが学者の努力で、人類は、自分たちが宇宙の中心にいるわけでないことを認識できるようになった。自分の立ち位置を、ニュートラルに、それこそ天空にいる神の視点で見ることができるようになった。

縣さんは、アポロ 11 号の月着陸を原体験にしており、「現在の科学技術の発展や世界平和を願う気持ちの原点の一つが、アポロ計画」(68 ページ)という。
3 歳年下の私は、残念ながら月着陸の記憶がない。最初のアポロの記憶は、ソユーズとのドッキングだ。1975 年の時点で、私の中で冷戦は終わっていた。同じ年、バイキング 1 号が火星に軟着陸し、2 年後にはボイジャー 1 号が木星へ向けて旅だった。

縣さんは、国立天文台に着任すると、アウトリーチ活動として国立天文台三鷹キャンパスの一般公開をはじめた。2000 年 7 月 3 日のことである。わが家のすぐ近くである。2005 年から、三鷹駅近くでアストロノミー・パブを開いたことも知っている。また、縣さんが着任する以前の三鷹キャンパスの情報公開発動は、『天文台の電話番』(長沢工=著,2001 年 1 月)に詳しい。
「科学は文化」が、国立天文台天文情報センター普及室の取組みのモットーだそうだ。私も経験上、星の話は、世界中どこへ行っても通じることを知っている。科学は文化となり、世界中のヒトを結ぶ。

縣さんは、サイエンス・コミュニケーション(SC)を、「サイエンスというものの文化や知識が、より大きいコミュニティの文化の中に吸収され、変質し、その結果が科学にも跳ね返ることで、社会全体や個人に影響を与えていく過程」(167 ページ)と定義づける。
また、天体観測は、その天体からの光の情報だけで理論を組み立てなくてはならない。天文学者にとって、「少ない情報からその天体の特性を導くその作業は、強い根気と論理性が求められる作業」(185 ページ)は当たり前のことかもしれないが、その後の私のビジネス活動の大きな糧となった。
好きこそ物の上手なれ――英会話や方程式の解法といった技術は、必要に応じて覚えればいいだろう。







最終更新日  2019.06.03 12:24:33
コメント(0) | コメントを書く

全726件 (726件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 73 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.