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書籍

2017.10.20
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カテゴリ:書籍
シャーロック・ホームズ対伊藤博文

シャーロック・ホームズ対伊藤博文

 伊藤博文「きみがモリアーティを殺すのでなく、警察に逮捕させ裁判にかけるべきだったかどうか、それをたずねているのか? 法治国家としては絶対条件だろうな」(169ページ)
著者・編者松岡 圭祐=著
出版情報講談社
出版年月2017年6月発行

作者は、『万能鑑定士 Q』シリーズでお馴染みの松岡圭祐さん。
物語は、シャーロック・ホームズとジェームズ・モリアーティ教授がライヘンバッハ滝上で戦う「最後の事件」ではじまり、伊藤博文や井上馨、ニコライ 2 世といった歴史上の人物を巻き込んでいく。史実のイベントが続くが、途中から違和感なくフィクションに入っていく絶妙のブレンド感は、日本のシャーロキアンとヒストリアンにお薦め。そして、法治主義とは何かという、現代の我々も悩み続けている大きなテーマを突きつけてくる。文庫本で 500 ページ近い大作だが、スピーディな展開に、1 日で読み終わってしまった。

井上馨の勧めでイギリスへ密航した伊藤博文らは、1864 年、ロンドンで暴漢に襲われていたホームズ兄弟を助ける。柔術で暴漢を退けた伊藤博文に、まだ 10 歳だったシャーロックは感銘を受け、日本へ行きたいと言い出す。だが、長州戦争が勃発し、伊藤らは急遽、帰国の途につくことになる。

明治維新後の 1882 年(明治 15 年)、憲法調査のために欧州を歴訪した伊藤は、マイクロフト・ホームズからシャーロックの居場所を聞き出し、ベーカー街221B へ向かった。ハドソン夫人とワトソンが出迎えるが、ホームズは伊藤に冷淡に接した。かつて伊藤が、攘夷の名の下に、イギリス公使館を焼き討ちしたことを知ったからだ。

時は過ぎ、ライヘンバッハ滝の死闘の後、モリアーティ殺害の容疑者として死んだことになっていたホームズは、チベットへの密航を試みる。そこへマイクロフトが現れ、日本行きをすすめる。大英帝国の支配が及んでいない日本で権勢を振るう伊藤博文を頼れという兄のアドバイスに、ホームズは渋々従い、日本行きの貨物船で密航する。
日本で何とか伊藤博文と出会ったホームズは、伊藤の顧問という立場で宮中を訪れる。そこで、大津事件のことを知らされる。
ライヘンバッハ滝の死闘があった頃、大津でロシア皇太子ニコライが警官・津田三蔵に切りつけられるという事件が発生した。事件を日本の裁きに任せたロシア側だったが、手のひらを返したように日本に圧力を加えてきた。ホームズは、伊藤と共にこの謎に挑む。

ホームズは、津田三蔵とモリアーティ教授を重ね、枢密院議長・伊藤博文に問いかける。「凶悪犯に対してであっても、私刑を加えるのは好ましくないというう考えか」。伊藤は「法治国家としては絶対条件だろうな」と応じたものの、幕末の行い全てについて裁きがあったわけではないと前置きし、師である吉田松陰の「過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ」という言葉を引用した。
ホームズは、謎の解明に全力投球することを宣言する。

伊藤はホームズを伴い、かつて共にロンドンへ密航した井上馨を訪ねる。2 人は、ニコライを救ったとされる車夫を訪ね、その話をホームズに伝える。
ホームズは事件の謎を解き明かし、その確証を得るため、お忍びでロシア公使館に滞在しているニコライ皇太子に会う。
だが、すべての謎が解けたわけではなかった。釧路に収監されていた津田が急死したのである。ホームズは、津田の死の原因を探るべく、釧路へ向かう。
津田はロシアに革命を起こそうとしている第二インターナショナルに暗殺されたのではないかという情報がもたらされ、東京では警察が総力を挙げて犯人捜しに打って出る。
事態は急転直下、日本はぎりぎりのところでロシアとの戦争を回避した。
日本のような小国は清に打ち負かされると断言するニコライに向かい、ホームズは「日本と清が戦争した場合、日本が勝つでしょう。のみならず、あなたが皇帝になったロシアをも打ち破る」と喝破する。
ホームズにかけられた嫌疑も晴れ、物語は「空き家の冒険」のイントロで締めくくられる。







最終更新日  2017.10.20 20:00:15
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2017.09.23
カテゴリ:書籍
聖☆おにいさん(14)

聖☆おにいさん(14)

 人間たちは無間地獄 怖い怖いっていうけど‥‥サービス提供しているこちら側も無間地獄ですからね‥‥
著者・編者中村 光=著
出版情報講談社
出版年月2017年9月発行

断捨離は苦行?
神無月の留守番、恵比寿さんとは?
ユダが買った福袋の中身は?
ニッペン‥‥ってとこに、巫女さんはいるのか?

今日も立川は平和です。そして、実写ドラマ化が絶賛進行中。







最終更新日  2017.09.23 22:45:45
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2017.09.11
カテゴリ:書籍
かしこい人は算数で考える

かしこい人は算数で考える

 缶ビールに「飲酒は20歳を過ぎてから」と書いてあったことです。それを見たとたん、私は「飲酒は20歳になってから」に直すべきだと思いました。(27ページ)
著者・編者芳沢 光雄=著
出版情報日本経済新聞出版社
出版年月2017年7月発行

著者は、桜美林大学リベラルアーツ学群教授で理学博士の芳沢光雄さん。
本書は、「数学ができる人は頭が良い」という決めつけているわけではない。仕事をする上で、言葉の定義を大切にし、規則を守ろうという、ごく当たり前の話を、数学サイドから述べている。新書にしては珍しい横書きだが、難しい公式や証明問題が出てくるわけではない。

冒頭で「およそ数学を得意とする方々は、言葉の定義や意味を人一倍大切にします」(3 ページ)と書かれているが、およそ仕事の文書というのは論理性が要求されるから、必要な用語の定義は必ず記載されるものである。
文系の文書とされている契約書も然りである。法律条文にしても、第1 条に目的が書かれており、その直後に用語の定義が記載されるものである。

言葉の定義が大切という点で、14 ページでは「平均」が複数あることを紹介している。相加平均、相乗平均、調和平均、と様々な平均があることを思い出そう。三段論法にも、「定言三段論法」「仮言三段論法」「選言三段論法」の 3 つがある(132 ページ)。
缶ビールに「飲酒は 20 歳を過ぎてから」と書いてあるが、字義通り解釈すると「21 歳以上」となる。そこで、芳沢さんは「飲酒は 20 歳になってから」に直すべきと提案する。
これらは屁理屈ではない。用語の定義通り運用しないと、相手に意図が伝わらない恐れがある。

芳沢さんは、物事を多角的に見ることが大切だと説く。単に数式を提示するのではなく、「図形的なものは縮図や拡大図、統計的なものは棒、折れ線、円、帯の各グラフ、数えることは樹形図、そして集合的なものは本項で扱ったベン図を用いるとよい」(58 ページ)とアドバイスする。ちなみに、関数のグラフを考案したのはデカルトだそうだ。

言葉の定義とともに、数学では公理や定理が大切だ。芳沢さんによれば、これらの規則は「無用なトラブルや混乱を回避するため」(145 ページ)に設けたと捉えておくべきという。そして「数学では、規則(公理)が許すギリギリのところで面白い結果を得ることがよくあります。これは、ビジネスの世界でも同じではないかと思います」(149 ページ)と語る。
経験上、用語と規則を正しく運用し、ど真ん中を進むのは大企業。境界ギリギリを進むのが中小零細企業だと感じる。

ネットでは、野党の「ブーメラン」やマスコミの「偏向報道」で炎上することが多くなっているが、これらは概ね、言葉の定義と規則の運用を無視した結果である。仕事で同じ失敗をしないよう、他山の石としたいものである。







最終更新日  2017.09.11 17:50:09
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2017.09.04
カテゴリ:書籍
AIが人間を殺す日

AIが人間を殺す日

 「今から30年以上も前に発見された人工知能の根本的問題が、いまだに解決されないまま残されているのだ」(230ページより)
著者・編者小林 雅一=著
出版情報集英社
出版年月2017年7月発行

著者は、作家・ジャーナリストで、情報セキュリティ大学院大学客員准教授の小林雅一さん。『AI の衝撃 人工知能は人類の敵か』など、人工知能に関する評論書を複数刊行している。
本書は、グーグルやテスラが開発している自動運転車、IBM の人工知能ワトソンを応用した自動医療診断、そして軍事の 3 つの分野を概観しながら、人工知能の限界について解説している。『AI が人間を殺す日』という扇動的なタイトルはともかく、人工知能が万能ではないことを、あらためて確認することができた。

まず、グーグルやテスラなどが開発にしのぎを削る自動運転であるが、これは、交通法規に従うために古典的なルール・ベースの AI を利用しており、さらに不測の事態に対応するために統計・確率ベースの AI に加え、センサーから入ってくる様々な情報を処理するために最新のディープラーニングも搭載しているという。
それでも事故はゼロにできない。小林さんは、「『正規分布(理論)上は起こり得ない』とされることが、現実世界では意外に高い確率で起きる」(99 ページ)から、原理的に事故の回避は不可能だという。

2 つ目は、医療分野における自動診断だ。
『IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト』(スティーヴン・ベイカー、2011 年(平成 23 年)10 月)では、クイズ王に勝つことを目的に開発された AI「ワトソン」だが、毎年 150 万本も発表する医学論文を全て学習し、いまや専門医より知識を蓄えた医療AI に成長している。実際、東大では抗癌剤が効かない患者が珍しいタイプの白血病であることを言い当て、薬の種類を変えることで患者は回復した。
だが、AI による診断は、診断過程の論理が見えにくいという欠点がある。また、学習するために膨大な量の個人情報(診療情報)を集めているということも、小林さんは問題視する。

3 つ目の人工知能搭載兵器だが、軍事機密の壁があるとはいえ、取材の甘さが気になった。スマート核兵器に対するアンチテーゼを提起はしているものの、それと人工知能の関係については材料が乏しいように感じる。
30 年以上経った現在も「モラベックのパラドックス」が解決しないのは、AI に関わる数学的な理論が進歩していないからではないか。

小林さんは「AI がもたらす真の脅威とは、それが人間を殺すことではなく、むしろ人間性を殺すことなのかもしれない。私達はこれを瞥戒する必要があるのだ」(234 ページ)と結ぶが、私は順序が逆だと思う。人間が人間性を失うような方向へ進むとき、科学の申し子である AI もまた、人間性を失ってしまうのではないか。
最後に小説フランケンシュタインが紹介される。小林さんは「暴走する科学技術と人間との悲劇的な関係を描いている」(235 ページ)と語るが、私の考えは違う。作者のメアリー・シェリーの母は、メアリーを産んだことで死んでしまった。また、メアリー自身も詩人パーシーと恋に落ち妊娠するが、赤ん坊は産まれると、すぐに死んでしまった。二度目の妊娠で長男を授かったとき、メアリーはフランケンシュタインを書き、この作品を「私が産んだ忌まわしい子ども」と呼んだからだ。
フランケンシュタインは善良で傷つきやすい性格として描かれた。そう、科学は善良で傷つきやすいがゆえに、人類の敵ではないにもかかわらず、ときに忌まわしい存在となるのではないか――それが、30 年以上にわたって人工知能に接してきた私の感想である。







最終更新日  2017.09.04 19:00:12
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2017.07.06
カテゴリ:書籍
素数はなぜ人を惹きつけるのか

素数はなぜ人を惹きつけるのか

 「原子核はゼータ関数に支配されているんですか?」「超ひも理論もゼータ関数と関係してるんですか?」(169ページ)
著者・編者竹内薫=著
出版情報朝日新聞出版
出版年月2015年2月発行

著者は、サイエンス作家で、ミステリー作家「湯川薫」としても活躍する竹内薫さん。ベストセラーになった『99.9%は仮説』(光文社新書)の著者でもある。本書には数式も登場するが、ゼータ関数がどれか、視覚的に把握しておけば楽しめる趣向になっている。これから数学を研究しようという学生さん、SF 大好きなお父さんにお勧め。

なぜ、13 年ゼミと 17 年ゼミは大発生するのか――かつては 10 年ゼミや 12 年ゼミもいたらしい。素数が生存戦略に有利に働いた結果である。
われわれ、システム開発の仕事をしていると、素数が暗号と深い関係にあることを知っている。だが、公開鍵暗号方式の仕組みを分かりやすく語れる技術者は少ない。竹内さんが、「数学者ジェームズ・エリスという人物であり、具体的な暗号を発明したのがクリフォード・コックスという人物でした。しかし、彼らの発明は公表されることはありませんでした」(68 ページ)と紹介しているとおり、もともとは軍事技術であったものだ。

素数の発生数をグラフにすると、階段状になる。この「素数階段」を忠実に再現できるのが「リーマンの公式」だ。リーマンの公式には「ゼータ関数」と呼ばれる関数が含まれている。
知っている人には、ここから話が面白くなる。
SF の大道具として登場する「ダイソン球」の提唱者であるフリーマン・ダイソンは、重い原子核のエネルギーを表す公式「エネルギー準位」とゼータ関数の関連性に気付いた。
また、究極理論と呼ばれる「超ひも理論」の証明にもゼータ関数が登場する。
竹内さんは、「人類がまだ知らない法則みたいなものが、このゼータ関数に隠されているのではないか、というミステリアスなイメージを抱かざるを得ません」(96 ページ)と語る。

もちろん、東京工業大学の「素数ネタ」も紹介されている(爆笑)。
そして、最後のオチは――本書を手に取って、背表紙に記されている。通巻番号をご覧下さい。







最終更新日  2017.07.06 12:04:23
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2017.06.15
カテゴリ:書籍
超巨大ブラックホールに迫る

超巨大ブラックホールに迫る

 これからは重力波天文学が花開くでしょう。(167ページ)
著者・編者平林久=著
出版情報新日本出版社
出版年月2017年2月発行

著者は、東京大学東京天文台(現・国立天文台)で野辺山電波天文台建設計画にかかわり、宇宙科学研究所に移って電波天文衛星「はるか」プロジェクトを成功に導いた平林久さん。電波天文学や計測機器に関する難しい話ではなく、電波天文学の発展に平林さんご自身の半生を重ねた、読みやすい科学書だ。
ついでに言うと、宇宙背景輻射が発見された年に産まれた私は、本書の時系列の中に自分の歴史を重ねて読むことができた。

私は中高生時代、毎夏、野辺山の近くで天体観測をしていた。
この頃、FM電波を使った流星の観測を行っており、電波天文学とまではいかないにしても、アマチュア天文家として電波による天体観測には関心があった。
平林さんが東大時代に心血を注いだ野辺山宇宙電波観測所の「45m ミリ波望遠鏡」と「10m 5素子ミリ波干渉計」が完成したのは、最後に観測に行った年だった。

私は大学へ進学し、電算機やパソコンを利用できるようになると、人工衛星の軌道計算や電波干渉計の解像度の計算が簡単にできるようになる。「NASA の JPL(ジェット推進研究所)の電波天文学者のジェリー・レヴィさんが、TDRS衛星 1 号機の優れた通信能力をうまく使いこなせば、スペース VLBI の実験ができることに気づいていました」(60 ページ)という時代だ。私は、地球の直径より大きな干渉計が誕生することにワクワクさせられた。

平林さんは、人工衛星を使った電波望遠鏡プロジェクトを、ブランデーにちなんで「VSOP計画」と名付けた。そして、時代は昭和から平成へ――平林さんは、こう振り返る。
その 1989 年の 1 月、「新宿を歩いていると、駅近くのビルの電光掲示板に、新しい元号が「平成」と決まったと流れました。「『ひらなり』と読むのかな、なんだかのんびりの名前だな」と思いましたが、「へいせい」と読むのだとわかりました。ラテン系の人は h を発音しないので、「へ」は「え」となります。「ああ、僕らの『衛星』元年だな」と思いました。(69 ページ)
このころ、私はシステム技術者として飯を食っていくことになる。忙しいプロジェクトの中でユーモアを忘れない姿勢は大切だ。

世界初の VLBI電波天文衛星 Muses-B こと「はるか」は、1997 年 2 月、打ち上げられる。45m ミリ波望遠鏡は縁結びの神様である。
2001 年 3 月、仕事でアラスカへ行き、オーロラ観測をする。電波天文学とは違うが、オーロラを再現するために可視光の波長分析をしたり、興味深い経験をした。この頃になるとパソコンの性能が向上し、波形解析のスピードも飛躍的にアップした。「はるか」の研究現場も同じだったに違いない。

こうして「はるか」プロジェクトは 2006 年 3 月に完了し、翌年、平林さんは宇宙科学研究所を定年退官される。
さて、オーロラ観測に行った時、よちよち歩きだった子どもは、友だち同士で野辺山まで旅行に行くようになっていた。構想から 20 年、「はるか」プロジェクトの皆さん、本当にお疲れさまでした。

「はるか」は遠方銀河の超巨大ブラックホールの観測もしたのだが、平林さんは最後に、「これからは重力波天文学が花開くでしょう」(167 ページ)と書いている。電磁波とは違う「波形」の観測・研究を後進に託しているような感じだ。

平林さんは剣道の有段者だ。忙しい仕事の合間を縫って、六段まで進んでいる。
2005 年 12 月、イギリスを訪問した平林さんは、「実際にホーキング博士にお会いして、思い知りました。研究生活をし、気分を転換し、肉体を動かし、稽古ごとなどに励める自分は幸せなのだと。このことを大事に生かさなければいけないと思いました。自分はがんばらなければならない。もっと知的でなければ、など、と」(170 ページ)と記している。
私は、来日したホーキング博士にお会いしたが、そのときは、IT 技術の可能性に舌を巻いた。
平林さんは引退されたが、私の現役生活はまだ続く。私もまた、電磁波とは異なる「波形」解析の仕事に着手している。IT 技術と組み合わせることで、これからも人類の可能性に挑戦していきたい。
そんな 2012 年夏、家族で野辺山を訪れ、野辺山宇宙電波観測所を見学した。







最終更新日  2017.06.15 19:20:01
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2017.05.21
カテゴリ:書籍
科学報道の真相

科学報道の真相

 ジャーナリズムにおける客観性とは検証の規律を意味している。(243ページ)
著者・編者瀬川 至朗=著
出版情報筑摩書房
出版年月2017年1月発行

著者は、毎日新聞で科学環境部長、編集局次長などを務めた瀬川至朗さん。
なぜ新聞・テレビの報道で失敗がおこるのか。そして市民の不信感を起きおこすのか――この課題に対し、STAP細胞、福島第一原発事故、地球温暖化という 3 つの題材を取り上げ、各々の報道された内容を具体的に分析し、ジャーナリズムの原則を導いていく。

第一の STAP細胞については、「メディアはなぜ見抜けなかったのか」という視点で考察する。
マスメディアは、理化学研究所という「権威」による記者発表を信用し、科学誌掲載という水準を超えて大々的に報道していた。その後も、研究不正のことは逐一報道したものの、マスメディア自身の「誤報」についての自己検証はおこなっていない。

第二の福島第一原発事故では、「大本営発表報道は克服できるのか」という視点で考察する。
事故発生当初の原子炉内の炉心浴融に関係して、マスメディアの初期報道は、政府・東京電力の記者会見の内容にほぼ沿った「発表報道」になっていた。記者会見をする原子力安全・保安院と東京電力は炉心「損傷」という言葉を使って事故の楼小化を図り、新聞報道も「本格的な炉心溶融はおきていない」というメッセージを読者に伝えた。新聞別では、朝日・毎日の二紙と読売・日経の二紙のあいだで、興なる言説を読み取ることができた。「全電源喪失」事故については、東電の「想定外」という認識を、マスメディアもそのまま踏襲した報道がつづいている。

第三の地球温暖化では、「公平・中立報道」が意味するところを考察する。
科学的な不確実性が指摘され、温暖化懐疑論も主張されるなかで、地球温暖化報道における公平さや中立性は絶対的なものではなく、「科学者集団からみた公平さ」「市民からみた中立性」というように、特定の立場や視点に依存した相対的なものであることをしめした。また、日本のマスメディアにおいて懐疑論の報道が少ないのは、IPCC という公的組織にたいする権威としての信頼、が背景にあることが推察された。

これらに共通してみえてくるのは、日本のマスメディア(とりわけ中央の新聞・テレビ・通信社)が政府や電力会社、科学コミュニティ、科学者グループといった権威に重きをおき、権威からの情報を発表報道している姿である。もちろん、個々には明確な問題意識をもつ記者が優れた報道に取り組んでいるケースはある。ここで指摘しているのは、マスメディア報道のメインストリームとして、権威に依拠する発表報道が多いという点である。
また、自身の経験から、記者や編集者が実際の仕事において強く意識するのは、読者としての一般市民ではなく、競争相手としての同業他社であり、他社の記者・編集者であるという。

瀬川さんは、コヴアッチらの著作『ジャーナリズムの原則』を取り上げ、ジャーナリズムの原則は、「3.ジャーナリズムの核心は検証の規律である。【検証】」「4.ジャーナリズムの実践者は取材対象者からの独立を維持しなければいけない。【独立性】」の 2 つであると指摘する。

製造業に携わっている身として、製品の品質水準として、常に validation と verification が求められる。前者は、規格・基準に沿っているか顧客要求に合っているかを検証すること。後者は正しく動作するかの検証である。
ジャーナリズムもコンテンツという製品を世に送り出しているのだから、当然、validation と verification が求められるべきだろう。verification は校正といったところか。瀬川さんが指摘するのは、validation の方である。







最終更新日  2017.05.21 12:14:38
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2017.05.05
カテゴリ:書籍
善人ほど悪い奴はいない

善人ほど悪い奴はいない

 善人は弱いことを自覚しているからこそ、最も卑劣で姑息なやり方で権力を求める。つまり、彼らは「数」に訴えるのである。(123ページ)
著者・編者中島義道=著
出版情報角川書店
出版年月2010年8月発行

テレビのコメンテーターや、ツイッターで入ってくるメッセージに違和感を覚える。こういうとき、しっかりした哲学を持っていないと、状況に流されかねない。まずは、ニーチェの復習だ――というわけで、怒れる哲学者、中島義道さんの作品を読むことにした。

中島さんは、弱者をこう定義する――「弱者とは、自分が弱いことを骨の髄まで自覚しているが、それに自責の念を覚えるのでもなく、むしろ自分が弱いことを全身で『正当化』する人」(10 ページ)。
そして、「何もしないで、たえず文句ばかり、しかも紋切り型のきれいごとばかり語っているのが善人」(36 ページ)としたうえで、ニーチェの善人批判論をテーマに、「ただ口先で『世の中おかしい』と言っているだけの人は、じつのところ悪徳商法の大家より、振り込め詐欺のプロより、道徳的に悪い。なぜなら、あらゆるスリや泥棒やサギ師は少なくとも自分が『悪い』と自覚しているが、彼らはそういう最低の善悪の自覚さえないのだ」(34 ページ)と断罪する。
さらに、「善良な弱者は、もしうまくチャンスがめぐってきたら、自分も似たような悪事に走ったかもしれない、という自己批判的観点が完全に欠如しているほど自己観察眼が足りないアホ」(68 ページ)と追い打ちをかける。そういえば、作家で俳優の筒井康隆さんが『笑犬樓よりの眺望』で同じことを述べていた。

中島さんは、「いつの時代においても、けっして自己批判をしない。『みんな』と同じ行動をとることに一抹の疑問も感じない」(140 ページ)といい、「こういう「幻想的平等主義」を教え込んだ張本人がいる。それは、自分は穴に隠れてこそこそ大衆を操作している卑劣きわまりない毒蜘妹たち」(133 ページ)と指摘する。ニーチェが言うタラントゥラである。「テレビの恐ろしさは、これほどの、まさに全体主義国家顔負けの『規制』がかかりながら、視聴者のほとんど(すなわち善人)にそれを気がつかなくさせてしまうことである」(13 ページ)
そうだ。テレビのコメンテーターや、ツイッターで入ってくるメッセージは、善良な弱者なのだ。だから気持ちが悪い。

本書は哲学書である。ハウツー本のように答えが書いてあるわけではない。読了して、感じたこと、考えたことは十人十色だろう。だが、それで良いのだ。その時点で、「『みんな』と同じ行動をとることに一抹の疑問も感じない」善良な弱者からは卒業である。







最終更新日  2017.05.05 13:02:56
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2017.05.04
カテゴリ:書籍
笑犬楼よりの眺望

笑犬楼よりの眺望

 あたしゃ、キれました。プッツンします。(429ページ)
著者・編者筒井康隆=著
出版情報新潮社
出版年月1996年8月発行

SF 作家であり俳優の筒井康隆さんが、『噂の真相』に約 10 年連載したエッセイ集。社会を揺るがす騒ぎになった「断筆宣言」をもって、この連載は終結する。
およそ 30 年前の世相をネタに書かれているのだが、筒井康隆さんの筆は、マスコミの報道姿勢を批判し、出版不況を憂う。まるで 21 世紀の今の社会を風刺しているかのようだ。さすがは SF 作家だ。

愛煙家である筒井さんは、禁煙運動に疑問を呈する。「煙草というのは人間を情緒的にする偉大な発見であった。だが、それをよいことにして喫煙者いじめがどんどん進行すれば世の中はどうなるか」(196 ページ)。「喫埋者に対してあれだけきびしく非難していながら、飲酒者に対して甘いのはなぜか」(198 ページ)。

筒井さんは、いわゆるオタクに対して好意的である。
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件に際しては、「現実にいちばん影響をあたえ、現実がいちばん真似しやすい虚構とは何かといえば、それは言うまでもなくテレビ・ドラマ、特にホーム・ドラマである」「これらの虚構から悪影響を受けている人間の数の多さは、いうまでもなくアニメ・ファンの数の比ではないのである」(268 ページ)。「自分の心や平凡人の中にひそむ悪を怖いと思わないからこそ、のっペらぼうで画一的な社会になり、ミヤザキが逮捕されたとなるとミヤザキのことが連日報道される」(264 ページ)。

だが、政治家に対しては容赦ない。
リクルート事件に関わる国会証人喚問では、「リベート金額の非常識さを逆に証人から指摘されてととはを失い、笑い声や野次のため完全にうろがきてしまった。他の野党にも言えることだが、独自の調査をせず、新聞記事にばかり頼るからとういうことになる」(249 ページ)「野党はもっと頭のいい悪人を質問者に立てなさい」(251 ページ)

マスコミの姿勢に対しては、俄然、筆が鋭くなる――「田中角栄に端を発する、マスコミの、偉いひといじめ、強いひといびりである」(67 ページ)、「差別をなくすための用語規制というのはその社会の文化的背景まで破壊するととになり、未開度が逆に進行するだけなのだ」(101 ページ)、「マスコミだけでなく日本人全体に、いじめた側を制裁することによって何かが自分の身にはね返ってくるのを恐れる感情があるように思えてならない」(114 ページ)、「泣いている遺族に向かって「今のご感想は」と訊ねる精神たるや、どのように荒廃した精神なのであろう」(224 ページ)、「おれが言いたいのは「反権力」というジャーナリスティックな姿勢もまた「権力」であるというととだ」(259 ページ)、

そして、1993 年(平成 5 年)9 月、「重ねて申しますが、是非ど理解戴きたいのは、てんかんを持つ人に運転をしてほしくないという小生の気持は、てんかん差別につながるものでは決してないということです。てんかんであった文豪ドストエフスキーは尊敬するが、彼の運転する草K は乗りたくないし、運転してほしくないという、ただそれだけのことです」(425 ページ)と書いた翌月、「あたしゃ、キれました。プッツンします」(429 ページ)と「断筆宣言」する。
筒井さんは、最後に、「これは現在の『ことば狩り』『描写狩り』『表現狩り』が『小説狩り』に移行しつつある傾向を感じ取った一作家のささやかな抗議である。おわりに、強く言う。文化国家の、文化としての小説が、タブーなき言語の聖域となることを望んでやまぬことを」(432 ページ)と締めくくった。

本文から一部引用しただけだが、どうだろうか。2017 年(平成 29 年)の現代にも通用する省察ではないだろうか。
筒井さんは、時々、Twitter に投稿をしている。「俺が断筆宣言した頃と何も変わっちゃいねーな」と苦笑いしているにちがいない。

巻末に、『噂の真相』編集者の岡留安則さんによる、少し長めの解説が収録されている。
この中で、中野サンプラザにおける「筒井康隆断筆祭」のエピソードが書かれている。『噂の真相』の永久スポンサーで、このイベントに 2 千万円のカンパをしたビレッジセンター社長・中村満さんの話を耳にし、私はこの頃から同社のソフトウェア「VZ エディタ」のユーザーとなった。この原稿も、後継ソフト「WZ エディタ」で書いている。
肉筆だろうがワープロだろうが、書いた人の心が宿る文章は本物である――。







最終更新日  2017.05.04 11:51:41
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2017.02.28
カテゴリ:書籍
経営チーム革命

経営チーム革命

 グループリーダーでも部長でもひとりで課題を抱えて苦しんでいる状態がけっこうありますが、他人と相談すればすぐ解決できるというものが多いものです。特に技術者に関しては、そのあたりに無器用な人が多い‥‥(170ページより)
著者・編者長野恭彦=著
出版情報日本経済新聞出版社
出版年月2011年10月発行

著者は、スコラ・コンサルトのプロセス・デザイナーで、経営者、役員、部長からなるチームをつくり、事業コンセプトの創出と実行による変革のプロセスコンサルテーションを実施している長野恭彦さん。本書は、「既存市場における成長の限界が見えている企業、競争力を失った事業の革新を課題に持つ企業、『効率追求』から『価値創造』の経営パラダイムへと転換が求められている企業、あるいは事業部門」(88 ページ)を対象に、トップと部長層から成る「戦略的経営チーム」による問題解決方法を提案する。

長野さんは、右肩上がりの安定した経営環境の時代は終わりを告げ、経営と現場の橋渡しとなるべき部長が機能不全に陥っていると指摘する。私も部長職にあるので、経営と現場にの間に矛盾があることは承知している。
長野さんはこれらの矛盾を、「理屈と現実」「全体と部分」「管理と自由」という分かりやすいキーワードで整理し、「部長どうしがお互いに連携することができずに、それぞれが『ひとりで頑張る』ことが当たり前になっている状況が問題の本質」(73 ページ)と指摘する。

また、多くの部長と接してきた経験から、マネジメントができていないという部長が多いということを挙げる。そして、「実務とマネジメントでは求められる能力が異なります」(119 ページ)と指摘した上で、マネジメントに関する習慣を身につける環境を提案する。

第4章は、設計プロセスを改善して半期で 8.5 億円の削減を達成したメーカー事例を紹介する。部署横断の CFT(Cross Functional Team)を立ち上げ、徹底的な情報共有を行うことで、迅速に問題解決できる体制を構築した。
長野さんは「グループリーダーでも部長でもひとりで課題を抱えて苦しんでいる状態がけっこうありますが、他人と相談すればすぐ解決できるというものが多いものです。特に技術者に関しては、そのあたりに無器用な人が多いので、せっかくいいコンテンツを持っていても、宝の持ち腐れになりがち」(170 ページ)と指摘する。
第5章は、市場が成熟して本業が先細る自動車整備会社の事例である。社長を交えたワークショップを行い、自分たちの未来を語り合うことで、あらたしい「事業の軸」が形になっていく。新しい事業の軸を現場に展開したときの現場の抵抗と、そのフォローも紹介している。
第6章は、チームで「事業の軸」を定めるワークショップを行った天竜精機の事例だ。ワークショップが煮詰まったとき、顧客視点に立ち返った。長野さんは、「メーカー側からの固定的な視点で見ているだけでは、性能と価格の追求に入りこむばかりです。それが、お客様側からの視点に立ってみると、まったく別の見え方ができたのです。新しい製品コンセプトが生まれた瞬間」(225 ページ)と記す。
巻末には、「人間関係の身体能力を高める『部長』のタテヨコ連携 49 のコツ」が示されている。

肝心なのは、本書に記されていることを、1 つでも多く実行してみることだろう。
さて、明日からの仕事で、どれから実行してみようか――。







最終更新日  2017.02.28 19:47:46
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