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カテゴリ:書籍
時間の終わりまで

時間の終わりまで

 われわれは儚い存在だ。ほんのつかの間、ここにあるだけの存在なのだ。(555ページ)
著者・編者ブライアン・グリーン=著
出版情報講談社
出版年月2023年5月発行

著者は物理学者で、一般向けに超弦理論を解説した『エレガントな宇宙』の著者、ブライアン・グリーンさん。本書は、素粒子やDNAから銀河、宇宙の誕生まで、非常に幅広い範囲を扱っているが、これらの解説書や科学啓蒙書ではなく、これらの基礎知識がある人向けの〈物語〉である。たとえば、水分子の化学式H2Oが、アインシュタインの公式E=mc2に似ていると記されているが、これは一歩間違うと、似ているものには因果関係があると考える〈トンデモ〉に陥るし、それでなくても本書は、中世に流行ったマクロコスモスとミクロコスモスを叙情的に語っている部分が多い。だが、最後までお読みいただければ分かるとおり、グリーンさんは語り口は科学法則を忠実になぞっており、本書は哲学書として楽しむことができることと思う。

第1章でグリーンさんは「人類という生物種は、物語が大好きだ」(26ページ)として書き始める。たしかに、『人は科学が苦手』(三井誠,2019年)なのかもしれない。だが、冒頭に述べたように、ここを勘違いすると〈トンデモ〉の世界に迷い込んでしまう。
第2章では時間の一方方向性とエントロピーについて語る。物理法則は過去と未来を区別しておらず、時間を反転することも許される。しかし、熱力学の第2法則=エントロピー増大の法則により、時間は、おおむね一方向に進む。
第3章では、宇宙の始まりとエントロピーについて触れ、重力がエントロピーを減少させることで恒星が誕生する流れを語る。
第4章では、DNA発見者のクリックとワトソンが、量子論の創設者の1人シュレーディンガーが著した『生命とは何か』に影響を受けて分子生物学の分野に入ったという手紙からはじまる。生命は酸化還元反応によって得たエネルギーでエントロピーを低い状態に保つ。このメカニズムを生み出すプログラムは地球上の全ての生物に共通しており、DNAに書き込まれている。そのDNAを生み出したRNAワールドという仮説がある。では、RNAはどこから来たのか?

第5章では、意識と粒子について語る。そこには生気論のようなものがあるのだろうか。それとも、物理法則が意識を説明できるのだろうか。もし説明できるとしたら、自由意志は幻想に過ぎないということになってしまう。自由意志が存在しないなら、私たちは果たすべき責任があるのだろうか。すべては物理法則によって決定されるのではないだろうか。
そんななか、オーストラリアの哲学者デイビッド・ジョン・チャーマーズは、素粒子の質量、電荷、さまざまな電荷、スピンなどと並ぶ基本的な性質として意識があると唱える。いまのところ科学的根拠はないし、観測や実験で捉えることができない代物だが、科学はその存在を否定することができない。悪魔の証明である。

第6章では、言語と物語について語る。グリーンさんは「言語の起源は今も謎」としながらも、「言語と思考が合わされば、非常に強力な道具になる」(299ページ)と語る。そして、言語学者のノーム・チョムスキーが「言語を身につけるのは、ひとりひとりの脳に物理的に組み込まれた普遍文法のおかげだと論じた」(289ページ)と語る。
人類は言葉によって物語を紡ぎ出し、その結果、3千年以上前のギルガメシュ叙事詩を現代人が読み、時代を超えて共感することができる。
グリーンさんは「長い時間が経つうちに、こうした神話的な物語の中でももっとも耐久力のあるものから、世界を変える絶大な力のひとつが芽生えることになった。世界を変えるその力とは、宗教である」(330ページ)と語り、第7章では脳と信念について語る。
アメリカの人類学者パスカル・ボイヤーは、「人間の脳の生得的特徴のために、われわれは最初から宗教的確信を抱くようにできている」(340ページ)という。宗教は、人間が社会生活を営む上で役に立ってきた側面がある。だが、グリーンさんは「信じる」という意味において、「神の存在に対する私の信頼度は低い」と語る。「なぜなら、神の存在を支持する厳密なデータが足りないからだ」(368ページ)

第8章では芸術について語る。グリーンさんは「科学的知識がどれほど包括的なものになっても、人間経験のすべてを記述することにはならないだろう。芸術的真理は、科学的真理とは別の層に関係している」(409ページ)と語る。私はキリスト教徒ではないが、マーラーの「千人の交響曲」や、ヨハネ・パウロ2世の説教にBGMをかぶせた「Abb? Pater」は、何を喋っているのか理解できない(言語的ではない)にもかかわらず、私の心を揺さぶる。

第9章では生命と心の終焉について、「暗黒エネルギーの値が変化しない」「思考のプロセスは物理法則に完全に従う」という前提で語る。脳は思考するために増加するエントロピーを熱として排出しなければならない。一方、暗黒エネルギーが一定だと素粒子の間隔はどんどん開いていき物質の温度が低くなる一方で、宇宙の地平における温度は低温ながら一定になることが分かっているので、遠い未来において「思考する者」は熱を排出できなくなる。つまり、遠い未来において「思考する者」は存在が許されなくなる。
だが、第10章では、時間に終わりがないとすると、量子の法則が厳密に禁止していない展開が成立し得るとして、ブラックホールの蒸発やヒッグス場の値のような定数が変化しうる可能性について語る。もしヒッグス場がトンネル効果で別の値に変わったら、その領域の内部にある粒子の質量が変化し、これまでの物理学、化学、生物学は、すべて成り立たなくなる(508ページ)。さらにエントロピーが自然減少したり、暗黒エネルギーが減少すると、斥力が引力に転換し、宇宙はどんどん収縮し、最終的にビッグクランチが起きる。

最後の第11章で、グリーンさんは「私が自信を持って言えるのは、自然は治安の良い社会」(535ページ)と語る。自然は物理法則に従っているのだ。そして、「宇宙は、生命と心に活躍の場を提供するために存在しているのではない。生命と心が、宇宙にたまたま生じただけなのだ。そして、生命と心は、つかの間存在して消えていくだろう」(556ページ)として、「『大いなるデザイン[神の計画]』などというものはないのだと認めざるをえなくなる」(560ページ)と結ぶ。この結びをもって、本書がトンデモ本ではなく正当な哲学書であると感じた。

人類は「言葉」を発明し、さまざまな物語を紡ぎ出してきた。民話、神話、宗教、戯曲、小説‥‥こうした物語は、科学が登場する遙か以前から人類の間を伝搬し、時代を超えて共感を呼び起こしている。本書は、そんな物語の1つである。共感する部分もあれば、考えさせられる部分もある。むしろ考えさせられる部分の方が多かった?
たとえば、『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ,2019年)を読んで、時間とエントロピーの関係について納得したつもりであったが、第3章を読んでいて困ってしまった。星間ガスが重力によって1カ所に集まり恒星が誕生することは分かっているし、星間ガスのエントロピーが大きく、恒星になるとエントロピーが減少することも分かっている――ということは、重力がエントロピーを減少させるのか。もし反重力があったならば、時間は逆転するのか。エントロピーを減少させるために重力エネルギーは消費されるのではないか。だとしたら、重力定数は果たして一定なのだろうか‥‥。

世界神話学入門』(後藤明,2017年)では、世界中の神話はゴンドワナ型とローラシア型の2つに大別できると紹介しているが、第6章・7章を読むと、世界と人間の起源を物語るローラシア型神話から科学は誕生したのではないかと感じた。人類は、自然災害を他責(神のせい)にした結果、自然を客観的に観察するようになったからだ。そして、たとえば占星術から天文学が誕生したように、さまざまな科学が誕生してゆく。神話や宗教は、科学が誕生する苗床として必要な存在だったのかもしれない。

グリーンさんは「神の影響力とされるものが、数学的な法則で記述される実在の推移にいかなる意味においても修正を加えないのであれば、その限りにおいて、神はわれわれが観察することのすべてと両立する」(378ページ)と語る。たしかにその通りで、科学が扱える範囲には限界があり、記録できないものは科学的に扱うことができない。インチキ宗教は、これを逆手に取るから厄介だ。
芸術は、その芸術を創造した芸術家との1対1の対話をしているようにも感じるのだが、それは、社会的動物として進化してきた人類に必要なものだったのだろうか。賛美歌や声明のように宗教とセットになることで、集団を統率するのに利用できたろう。そして、この効果を悪用したのがナチスである。

グリーンさんの物語は、10^10^68年後という、とてつもない遠い未来へと続く。現代科学の法則から導き出される遠い未来の宇宙は、1959年の映画『タイム・マシン』や2014年のOVA『機動戦士ガンダムUC』最終話のシーンを思い出させる。
グリーンさんと「生命と心が、宇宙にたまたま生じただけなのだ。そして、生命と心は、つかの間存在して消えていくだろう」(556ページ)という科学的な無常観を共有し、私も「大いなるデザイン[神の計画]」などというものはないということを再確認した。






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最終更新日  2023.07.22 12:15:56
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