またこの日がやってきた。ジョン・レノンの命日だ。
29年間、一度も忘れたことがない。
いつもなら、都内の小さなお店で、ジョン・レノン追悼コンサートでウクレレを弾いていたことだろう。
しかし、僕はことしは国内出張で東京にいない。
だから、最初からあることを考えていた。
日中は、仕事で富士山麓にいた。
富士山を西側から、こんなに近くで見上げたことはない。
ある有名な人が、富士山麓に大きなログハウスを建てて、
都会から離れて生活している。
野菜をつくったり、ニワトリや山羊をかっていて、
自分で作った食材をつかって、これまた大きなログハウスのカフェで料理を出している。
営業時間は11時~3時ごろまで。
朝のオープンが遅いのは、その日の食材を畑からとり、
その日生んだ卵を使うから。
お店を閉めるのが早いのは、3時を過ぎると今の季節は急激に気温が下がるから。
タイから仕事でやってきた仲間と一緒に、そのひとの話を聞くためにその場所に行った。
カフェで自家製のチーズやパンやカレーなどを食して、
そのあとでログハウスに行った。
天気がよく、午前中からお昼頃までは、日差しが温かったがやっぱり4時近くになると、
すっかりあたりは寒くなってきた。
まだ、暖炉を使うほどの寒さではないらしいが、ストーブをつけた。
仕事の話が終わったのを見計らって、
ぼくはおもむろに言った。
「今日は、ジョン・レノンの命日なんですよね。
だから、ウクレレで1曲弾きたいなと思います」、と。
すると、タイに住んでいる日本人の男性が最初に反応した。
「ああ、そうだった、ジョンの命日だね。
何の曲を弾いてくれるの?」
「ジェラス・ガイですよ」
「わ~いいなあ、ジョンの曲のなかでも僕が一番好きな曲ですよ!」
ウクレレのチューニングのため、ぽろろんと弦を鳴らすと
「わ~、ウクレレってすごく優しい音がするんですね。
ウクレレでジョンの曲を聴かせてもらうなんて、生まれて初めてですよ」
さて、ログ・ハウスの主も
「わ~、素敵。ジョンの命日だったのね。」と言って、
外にいるパートナーに声をかけた。
「今から、パスタさんがウクレレでジョン・レノンの曲を弾いてくれるのよ。
あなたも一緒に聴きましょうよ!」
富士山の壮大な景色をまじかに見ながら、
ストーブの周りにみんなが集まってきて、ぼくが演奏するのを待っている。
つい、この前、「ワインで焼き鳥」の会で弾いたばかりだから、
今回も同じように簡単に弾けると思っていた。
イントロを弾く。ジョンのオリジナルでは、ピアノのメロディが出てくるパートだ。
「I was dreaming of the past, and my heart was beatig fast」
ウクレレのソロ演奏だから、歌っているわけではないのだが、ちょうどそのメロディを弾いていく。
いい調子で曲が進んでいくちょうどその時、
「I didn't mean to hurt you」のパートのところで、
急に、頭の中が真っ白になってしまい、指使いが分からなくなた。
なぜ、そうなったのか、今でも自分で理由が分からない。
「あれ~、ちゃんと暗譜していたのに、おかしいなあ」
といいながら片手で、バックがら手書きの楽譜をとりだし、
指のポジションを横目で確認した」
「あれれれ~、ちょうどいいところだったのにぃぃ。。。」
といいながらも、みなにこにこして待ってくれている。
そこで、僕は途中で途切れたのも気にせず、曲を続けていく。
タイから来た日本人は、いっしょになって歌詞を歌っている。
「I was shivering inside.....」
彼の歌声には気持ちがこもっている。
僕はフルコーラス演奏して、エンディングでちょっと味付けしたアレンジで終わった。
温かい拍手と、にこにこした笑顔。
タイから来た日本人の男性は、ジョンの世界にはまってしまったのか、
まだ、ジェラス・ガイの英語の歌詞を歌っている。
「ちょうど思い出しちゃいましたよ。高校生の頃、
ガールフレンドと一緒に聴いたのを。
ジョンの『イマジン』を、バイトで稼いだお小遣いで買って。」
新幹線で東京にむかて帰るとき、別の日本人に僕は言った。
「ちょっと、途中でとちっちゃいましたね」
すると彼女は言った。
「そこがいいんですよ。」
言葉にはださなかったけれども、きっと
「そこが手作りの温かさ伝わってきて、いいんですよ」と言いたかったのではないか。
昨年までは、ジョン・レノンの灯してくれた小さな平和への灯火を
自分の心のなかに持ち続けていればいい、と思っていた。
でも、今年、今日、ぼくは突然、理解できた気がする。
ひとりで、ジョン・レノンのことを思っているだけでは、ダメなんだっていうことを。
ジョンの曲を弾きながら、その場所、その時間、その空間、その空気、その体温、その気持ち
をみんなと一緒に分かち合う、
そのことが一番、素晴らしいことだし幸せなことなんだなっていうことを。
ジョンとウクレレと富士山とログハウスとストーブのおかげで、
いや、みんなの笑顔のおかげで、今年は、とても素敵な命日になった。
ひとは、大自然の中にいると、きっととってもシンプルで素直になるのかもしれない。