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2019.09.17
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一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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最終更新日  2019.09.17 20:03:37
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カテゴリ:UCI、サンク
​​​​「「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しない(その13)」続き。

これまではUCI(FPA)に向けて書いていたが、サンクも同様である。サンクの澤田治平氏についても書いていた。

過去記事「澤田治平氏、「儒教のお父様は原罪無し」は本当ですか? はっきり答えよ!!」(2019.04.21)からの引用。
​​「独生女理論」「独生女論」などといってはお母様「独生女」批判を繰り返してきた支流人らだが、私tomy4509からはそれらは存在しないと主張してきた。
もしも、それがあるとするならば「独生子論」もあって然るべきだ、と反論していた。
ところが、今日なおそれが出てこない。

数年間、凝りもしないで本部教会前で騒ぎを起こしている人物も見かける。


と。では、



先ずは、彼が率先してお父様「独生子論」を発表されていかれるべきではないか。
「文鮮明総裁が如何に独生子、何故に再臨主なのか?」その論理があってのお母様批判、というのであれば少しは理解もされるだろう。

例えば、文総裁が新約聖書に書かれているように「母マリヤが聖霊にによって身ごもった」とか、「雲に乗って天から降りてきた」とか。もしそうであれば、キリスト教からの強い迫害もなかったし、1945年から7年間で地上天国は出来ていたはずだ。

お父様が再臨主(独生子)は、統一教会信者の信仰による何物でもないことは言うまでもない。
その統一教会自身もキリスト教の伝統の上に創設されたものであり、聖書を重んじている。
黙示録には「小羊の婚宴」の話もあり、聖婚式を前にお父様は「独生女」の造語まで発表された。
第三アダムの相対は「独生女」だと。
「独生子」×「独生女」=「真の父母様」の聖婚式が59年前の1960年に成され、昨日は真の父母様聖婚式59周年のお祝いの席が持たれた。​

<続きはこちらから>
原理講論や文鮮明先生み言葉選集を含む八大教材教本からも、金振春天法院長が調べ上げた内容を覆すみ言が見当たらない。
「独り娘(独生女)」はお父様が最初に持ち出されたものであり、「独生女論」というものがあるとすればお父様がその元祖である。その元祖のみ言を差し置いて(隠して)の批判・否定にこそ大きな間違いがあるのではないかと、私tomy4509から何度も書いてきた。
お母様「独生女」否定は理由付けはどうであれ、UCIグループ(FPA)だけでなくサンク信徒らも同じだ。そのヘッド自らが自分たちの母親を否定している。遺言のようなみ言「八大教材教本」だといって語られていたみ言だが、それらをH3やH4はそのまま相続していると言えるのだろうか?
「黒・天聖経」一つを取ってみてもお父様が語られた「独生女」あり、「天の父母様」もその中に書かれていたことは、私の過去記事で検証済みだ。それらも否定する彼らを見ても「正午定着」からかなりズレているように思える。

お父様とお母様は一体となっていない、さらには、お母様だけでなくお父様までも摂理の失敗者という話まで耳にする有様だ。
真の父母様(中心人物)が失敗したともなれば、その変わりとなる人物が「中心人物」として立つためには過去の「縱的な蕩減条件」、そして、「横的な蕩減条件」も加重して立てなければならない
は、H3もH4も同じことだ。では、どのような蕩減条件を立てられたというのか?
牢獄に行かれたとか、ヘリコプター事故のような死の谷間から生還されたとかだ。
H4に関しては、エバ復帰ということでは「六マリヤ」を肯定していた経緯もあり、彼はその儀式もされなければ中心人物として立つことは出来ない。どなたかそれを聞かれたか?

原理は極めて厳格であり、「アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理」からもそれを伺い知ることが出来る。
神様は無意味なことは決してされることはなく、何かしかの意味をもってなされる。
聖書や原理講論をよくよく調べてみれば、アブラハムはいきなり「象徴献祭」や「イサク献祭」をしたのではなかった。それを前にしてまずは、サタンに奪われたエバ復帰があったことはあまり原理講義では強調して語られていないが、それが事実である。一度ならず二度までサタンを象徴するエジプト王の元にサラが妹だといって奪われるが、再び妻として復帰してくる話が書かれていた。その後にそれぞれの献祭が行われたというものだ。このように、献祭の前には必ず「エバ復帰」があった。
講論には記載がないが、イサクもまた同じような路程を経ていた(創世記26章6節~)。イサクの妻リベカを妹だといっては妻としてサタン側から復帰してきた経緯が書かれていた。そして、イサクの妻リベカの母子協助によってヤコブが父イサクから祝福を受けることとなった。

私たちが知るところの原理講論だが、古い因習的な観念(旧態依然の信仰)から再臨主は「真のお父様」お一人捉えられた方も少なからずいたようで、お父様聖和後はそこから抜け出せない一部の方々が他所へ行かれた。その原理講論だが、「それの主人はお母様だ」とお父様が明かされたのはヘリコプター事故後のことであった。
六度の牢獄、そして、七番目はヘリコプター事故があった。事故後の7月22日には「地上再臨完結時代」到来の宣布(ファミリー 2008.10月号参照)をされただけでなく、





その8月末には「『原理本体論』について」(ファミリー 2009.1月号参照)で語られたものだった。「七死復活八段完成」(H4が発表されたものだ)の七番目のヘリコプター事故は、まさに、父母様が共に越えられたゴルゴダの丘であった。そのイエス様の十字架を共に生きて越えられた中、初めてお父様が明かされたのが「原理講論の主人はお母様だ」ではなかっただろうか?!





このようにお父様が「原理講論の主人はお母様だ」と明かされておられるのに、その主人をいつまで否定されるのか。


お父様と一つ、というのであればこのみ言も受け入れることは容易なことだ。

マタイによる福音書/ 10章 40節~42節

あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう。わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」。
​支流人の方々、目覚められよ!!​​



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最終更新日  2019.09.18 12:42:21
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2019.09.16
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これまでの記事にて記載された氏名に間違いがありました。

以下に訂正し関係者皆様には謝罪申し上げます。

​兄・櫻井正上氏 → 弟・櫻井正美氏​

なお、これまで記載分に関しては既に訂正させていただきました。


2019.09.16 by tomy4509






最終更新日  2019.09.16 17:49:34
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最終更新日  2019.09.16 08:25:31
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2019.09.15
カテゴリ:虚偽「ONE TRUHT」
​​​​​​9/14記事「「お父様は16歳まで原罪が有った」と主張する独生女信仰???」からは櫻井氏ビデオ「ONE TRUHT」(​指摘の映像はこちら​)からは、金振春天法院長の2017年7月6日の講義で語っていたものは、
お父様のみ言選集全体を通して「お父様が16歳になるその以前に、お父様がメシヤの使命を受けて出発した」というみ言がまったく発見されずにいる。
というものだったことを紹介していた。であれば、櫻井氏ほか支流人の方々は、その御言葉選集から「お父様無原罪は誕生されたときから」というものがあればそれを提示すべきが筋であろう。

私からは、​支流人らの「お父様有原罪 お母様無原罪」批判は過去のイエス様がそうであったように再臨主も同じに生まれてくるといった古い因習的な観念(旧態依然の信仰)に囚われているからだ​、と。
​​​​​終末において、このような惨状が起こるのは、悪主権を清算して善主権を立てようとすれば、どうしても起こらざるを得ない必然的な現象であるからで、神はこのような惨状の中で、新しい時代をつくるために、善主権の中心を必ず立てられるのである。ノア、アブラハム、モーセ、そしてイエスのような人々は、みなそのような新しい時代の中心として立てられた人々であった。それゆえに、このような歴史的な転換期において、神が願うところの新しい歴史の賛同者となるためには、神が立てられた新しい歴史の中心がどこにあるかということを、探しださなければならないのである。

このような新しい時代の摂理は、古い時代を完全に清算した基台の上で始まるのではなく、古い時代の終末期の環境の中で芽生えて成長するのであるから、その時代に対しては、あくまでも対立的なものとして現れる。したがって、この摂理は古い時代の因習に陥っている人々には、なかなか納得ができないのである。新しい時代の摂理を担当してきた聖賢たちが、みなその時代の犠牲者となってしまった理由は、まさしくここにあったのである。その実例として、いまだ旧約時代の終末期であったときに、新約時代の新しい摂理の中心として来られたイエスは、旧約律法主義者たちにとっては、理解することのできない異端者の姿をもって現れたので、ついにユダヤ人たちの排斥を受けて殺害されてしまったのである。イエスが、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」(ルカ五・38)と言われた理由もまたここにあったのである。

今や、イエスが再び新約時代の終末期において、新しい天と新しい地のために、新しい摂理の中心として来られ、新しい時代の建設のために(黙二一・1〜7)新しい真理を下さるであろう。それゆえに、イエスが初臨のときに、ユダヤ人たちからベルゼブル(悪霊のかしら)の乗り移った人間として、排斥されたように(マタイ一二・24)、再臨のときにおいても、必ずや再びキリスト教信徒たちの排斥を受けるに相違ないのである。ゆえに、イエスは将来再臨なされば、自分が多くの苦難を受け、その時代の人々から見捨てられるであろうと預言されたのである(ルカ一七・25)。したがって、歴史の転換期において、古い時代の環境にそのまま執着し、平安を維持しようとする人々は、古い時代と共に審判を受けてしまうのである。

堕落した人間は神霊に対する感性が非常に鈍いために、大抵は真理面に重きをおいて復帰摂理路程を歩んでいくようになる。したがって、このような人間たちは、古い時代の真理観に執着しているがゆえに、復帰摂理が新しい摂理の時代へと転換していても、彼らはこの新しい時代の摂理にたやすく感応してついてくることが難しいのである。旧約聖書に執着していたユダヤ人たちが、イエスに従って新約時代の摂理に応じることができなかったという史実は、これを立証してくれる良い例だといわなければならない。しかし、祈りをもって神霊的なものを感得し得る信徒たちは、新しい時代の摂理を、心霊的に知ることができるので、古い時代の真理面においては、相克的な立場に立ちながらも、神霊によって新しい時代の摂理に応じることができるのである。それゆえに、イエスに従った弟子たちの中には、旧約聖書に執着していた人物は一人もおらず、もっぱら心に感応してくる神霊に従った人々だけであった。祈りを多くささげる人、あるいは良心的な人たちが、終末において甚だしい精神的な焦燥感を免れることができない理由は、彼らが、漠然たるものであるにせよ、神霊を感得して、心では新しい時代の摂理に従おうとしているにもかかわらず、体をこの方面に導いてくれる新しい真理に接することができないからである。それゆえに、神霊的にこのような状態に処している信徒たちが、彼らを新しい時代の摂理へと導くことができる新しい真理を聞くようになれば、神霊と真理が、同時に彼らの心霊と知能を開発させて、新しい時代に対する神の摂理的な要求を完全に認識することができるので、彼らは言葉に尽くせない喜びをもってそれに応じることができるのである。したがって、終末に処している現代人は、何よりもまず、謙遜な心をもって行う祈りを通じて、神霊的なものを感得し得るよう努力しなければならないのである。つぎには、因習的な観念にとらわれず、我々は我々の体を神霊に呼応させることによって、新しい時代の摂理へと導いてくれる新しい真理を探し求めなければならない。そして探しだしたその真理が、果たして自分の体の内で神霊と一つになり、真の天的な喜びを、心霊の深いところから感ずるようにしてくれるかどうかを確認しなければならないのである。このようにすることによってのみ、終末の信徒たちは、真の救いの道をたどっていくことができるのである。

​​​​​
(『原理講論』、P.173~)
上記を「再臨主」、また、「お母様」に置き換えることも出来る。
​『このような歴史的な転換期において、神が願うところの新しい歴史の賛同者となるためには、神が立てられた新しい歴史の中心がどこにあるかということを、探しださなければならないので』​あり、お父様聖和後、その焦燥感に駆られてほかに行かれた方もいた。特には、姜賢實女史、櫻井夫人などキリスト教から来られた方はイエス様とお父様を重ねて見られた傾向があり、お母様「独り娘(独生女)」までは考えることも出来なかったようだ。
み言からは「お母様が第二教祖」とあり、それを素直に受け入れなければならないだろう。

以下は「チャート式原理講義」からだが、



一番目は、十字架後のキリスト教信徒が歩まなければならない路程についてだ。イエス様自身も十字架で肉身にサタンが侵入したために、そのイエス様を信じる信徒もそれ以上には行けないというものだ。
であれば、肉身を持って来られる再臨主の肉身にもサタンは侵入していた、ということは容易に理解できるものだ。
それを信じられない?

二番目は、未完のモーセの使命を継承したのがヨシュアであり、同じく、再臨主もイエス様の使命を16歳のときに継承されたということだ。1959年10月、お父様「独生女」最初のみ言からはイエス様が十字架に 架からなかったなら「独生女」を迎えて「子羊の婚宴」をしたであろう」、というものであり、翌年の1960年にご聖婚式を挙行された。「独生子」と「独生女」が出会っての「子羊の婚宴」。
それを信じられない?

三番目は、再臨主と第二イスラエル、そして、第三イスラエルとの関係について述べられていた。
だからといって、ここでも(原理講論からは)再臨主は無原罪で誕生されたなどとの記述は一つもない。
一番目・二番目からいえることは、再臨主は一旦は肉身に侵入したサタンに対して「無傷」で登壇することは出来ないし、継承者として中心人物となるためには何らしかの条件を立てなければならない、というのが原理である。また、洗礼ヨハネ的使命者が失敗すれば再び「洗礼ヨハネの立場(罪人)」で「信仰基台」を実体的に造成しなければならなかった。
それを信じられない?

お父様の家庭が儒教からキリスト教に改宗するまではどうであったかについては、『真のご父母様生涯路程①』P.112~の「召命を前後した蕩減役事」(引用文掲載は​こちら​)で書かれていた如く、財産から家族まで様々な試練があったことが記されていた。
​「(お父様は)堕落した血統を受けて生まれた」​
これもまた文鮮明先生み言葉選集からだということであり、これも金振春天法院長の講義を肯定する一つの例である。
それを信じられない?

また、召命後のお父様の苦難路程も洗礼ヨハネ的使命者の不信のゆえであった。


​「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しない!!​




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最終更新日  2019.09.16 06:25:55
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カテゴリ:虚偽「ONE TRUHT」
​​​「独生女理論」「独生女論」、また最近では「独生女神学」「独生女教」「独生女信仰」。
言い方は様々だが、お母様「独生女」を批判し否定する呼び方だ。

このように批判される(支流人の)方々のその根拠はどこにあるのだろうか?
自称ルポライタイーtomy4509は2年間の間「独生女理論」だといってはお母様「独生女」を否定する元牧会者の話を聞いていたその一人である。彼のいうところの結論は『お母様「独生女」を信じることが出来ない』であった。「原理講論は正しい」「お父様、再臨主も信じる」。ところが、お母様「独生女」だけは……。

このように、家庭連合を後にされた大先輩や元牧会者の方々の声明文を見ても「信じられない」の一言に尽きると思う。

櫻井ファミリーの櫻井正美氏もこの「信じられない」の部類に属する一人であるが、彼のこれまでのビデオ「ONE TRUHT」から彼の歪曲した原理解釈とデマねつ造の情報から来るところの「虚偽のストーリー」を信じこまされていることを見てきた。金振春天法院長の講義からも、

​お父様のみ言選集全体を通して「お父様が16歳になるその以前に、お父様がメシヤの使命を受けて出発した」というみ言がまったく発見されずにいる。​

というものだった。家庭連合が「独生女信仰」というのであれば、その教祖もまた文鮮明総裁ということになる。「独生女」の言い出しっぺはお父様であり、元祖「独生女論」がお父様だからだ。


以下に、『「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しない』ほかいくつかの記事を列記しては私個人の意見を示しておくことにする。重複する部分も多くあるが趣旨をくみ取っていただければありがたい。また、PeaceTV映像からお父様が「16歳のときに」と語られたものも紹介していたので、ぜひ、そのみ言でもっての確認もお願いしたい。

前回記事『「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しない(その1)』の続き。
といっても過去記事でその粗方を書き記していたので、そちらを先ずは確認しておきたい(以下)。



PeaceTVホームページ>み言
天宙統一国開天日宣布(2004.10.3)   ← 実際の映像はこちらから。






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2019.09.14
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最終更新日  2019.09.14 22:12:32
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最終更新日  2019.09.14 21:41:32
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カテゴリ:宗教/天地創造


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- 真の父母様 サントメ・プリンシペ動静特集




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