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奇  知  外  記

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2022.05.28
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第1回活動紹介「ミライオーが行く!YSP南愛知!」




​(8) MIRAIOH TV - YouTube​
2022/05/25

皆さん!こんにちは!
今日はミライメーカープロジェクトの活動紹介第1回目ということで、「YSP南愛知」の活動をミライオーくんがお届けします!

YSP中日本では、未来を創るミライメーカー達が、地域を、そして日本を元気にしようと活動を展開しています。

各地で活躍するミライメーカー達を、毎月1回紹介していきますので、皆さんのチャンネル登録とグッドボタンをお願いします!

6月は「YSP北愛知」の特集になります!お楽しみに!!!

TikTok:https://www.tiktok.com/@miraioh_tv?la...


一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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2022.05.27
カテゴリ:PeaceLinkTV


[22.05.29] 世界平和統一家庭連合 世界本部教会 平和ヌリ



2022/05/29 09:30に公開予定



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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カテゴリ:PeaceLinkTV



天の父母様聖会
第60回真の万物の日及び
世界平和統一家庭連合創立68周年記念式


2022/05/30 に公開予定
天一国10年 天暦5月1日(2022.5.30) 午前9時


【関連記事】
4・「真の万物の日」 1963年7月26日(天暦6月6日)宣布
(1963年7月26日に献貢式を挙行、天暦5月1 日を「万物の日」に)

真の家庭が確立されることによって、万物が真の主人を取り戻したことを宣布した日です。
 神の三大税福のうち、第三祝福の万物主管は、第一祝福、第ニ祝福が完成された基台の上で初めで可能になります。つまり、個性完成した男性と女性が神を中已として結婚し、夫婦が一体と なって家庭を形成し、真の愛を完成してこそ、万物に対する主管性が確立するのです。 しかしアダムとエバの堕落により、万物は本来の愛の主人を失ってしまったので、「今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けでいる」(ローマ8 ・22)といわれるような状態に陥ってしまいました。
 文先生御夫妻が「父母の日」と「子女の日」を制定されることによって、アダムとその家庭を中心として、失った万物世界を再び探すことができるようになりました。「万物の日」は、真の父母と真の子女が一体となって万物に対する所有を決定し、これを宣布した日です。
 「万物の日」宣布の背景には、「天勝号」進水式(1963年6月26日)があります。この日、文先生は、「きょうこの『天勝号』の進水式を挙げることは、天と地すべての勝利の出発になる」と語られています。また、3 代の意味をもつ36双(61年) ・72双(62年)・124 双(63年7月24日)の祝福式が連続して開催されたことも背景に挙げられます。
 そのような基台の上で1963年7月26日(天暦6月6日)、「万物の日」が定められ、本部教会(ソウル)で天の子女の名前で天下万物を挙げて捧げる「献貢式」が挙行されました。ぞの日、文先生は、「事情があって日を延ばしたが、本来は天暦5月1日が『万物の日』である」とされました。

​(「家庭教会手帳2020」から)​
第三章 「世界基督教統一神霊協会」の創立

第一節 協会創立の背景

  協会創立の摂理的背景​

​ 真のお父様は、一九五三年九月十七日に上京されたのち、ソウルを中心とした本格釣な活動を模索されると同時に、大邱と釜山の教会を訪ね、開拓の最前線で苦労する食口たちを指導し、激励された。そして、不振に陥ったキリスト教と国家指導者たちの代わりに多くの精誠を尽くしながら、再出発のための信仰基台を立てられた。自ら、摂理的アベルの使命基準を探して立てられたのである。このような縦的蕩減復帰基台の上に、ソウル、釜山、大邱など、三つの地域の教会基盤を中心として、実体基台復帰のための横的摂理の活路を模索された。そして、一九五四年五月一日、ソウル市城東区(ソンドング)北鶴洞(プカクトン)、現在の中区(チュング)新堂洞(シンダンドン)三九一の六番地にある、いわゆる三つの門の家で「世界基督教統一神霊協会」を創立された。協会の創立は、イスラエル民族とキリスト教、ひいてはイエス様ができなかったことまで蕩減した土台の上に、彼らに代わって真のお父様が一人、立つようになったことを意味する。結局、キリスト教団の不信によって歩むことになった蕩減復帰路程を勝利した基盤の上で、協会が立てられ、真のお父様を中心に新しい神様の主流摂理が始まり、新しい変革が社会と国家、世界全般にわたって現れ始めたのである。

北鶴洞(プカクトン)の三つの門の家で協会出発

 協会の看板を掲げた北鶴洞の三つの門の家は、軒先に手が届くほどのみすぼらしい家だった。そのため、看板は近所の子供たちが外しては遊びに使ったり、反対する人がたたきつけて割ってしまったりしたため、再びつなげて掛けるなど、何度も壊された。頭を下げて三つの門を通過し、家の中に入ると、二、三坪の広さの庭の片隅に井戸があり、その横に甕(かめ)を置く小さな台があった。右には、三人が横になればいっぱいになり、足がつく半坪ほどの居間があり、左には、一坪にならないサランバン(客間を兼ねた主人の部屋)があった。居間には男性たち、サランバンには女性たちが寝泊まりした。低い天井は、頭がつくと板が傾いた。このように、協会は草ぶき小屋のような所から出発したのだった。​



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Last updated  2022.05.27 04:52:11
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2022.05.26






「第十一回愛勝日の御言」

1994年1月2日
漢南洞公館

 一九九四年一月二日、愛勝日の式典後、日本の幹部に日本語で語られた内容です。


  「真の父母と成約時代安着」

 今年は一九九四年ですね。成約二年です。今から成約二年というように数えていくのです。成約時代と真の父母の宣布というのは、大転換時代、宇宙の転換時代です。新しい成約時代に入るので、成約元年を一九九三年に発表しました。以後統一教会は、成約二年というように、これから成約年号を全世界的に使わないといけません。そうすると、何年もたたないうちに西暦年号が変わってくるでしょう。

 今の時は、摂理的観点から見たらどういう時かというと、今日、摂理的に立っているところは、ちょうど一九四五年当時、連合国家が日、独、伊を敗北させて勝利したその時に当たります。キリスト教文化圏である連合国家を中心として世界が一つになったのです。その一つになった目的は、神様の御旨を完成するためでした。人類はそれを知らなかったのですが、神様がきちんと歴史を通して、その目的完成のために準備して勝利圏を立たせたのが、第二次世界大戦後の連合国家の勝利圏だったのです。その統一された全世界の連合国家、代表国家は、エバ国家とアベル国家とカイン国家です。そうなっているのです。

 堕落によって、神側とサタン側に分立されてしまいました。それは種を神様のほうとサタンのほうに植えたことと同じです。天の側は良心圏に立ち、サタンの側は肉身圏に立って、それが心身分裂を中心にして世界的に発展していっているのです。一方は宗教的世界、他方は政治的世界としてです。だから、外的に象徴される肉身の基盤をサタンが持つようになりました。そのサタンの基盤というものは、堕落した愛を中心として出発したものです。

 創造本然の立場から見た場合に、良心圏の基準は、まだ神様と愛の関係を結んでいないというのです。良心圏はまだ神様と愛の関係を結んでいない立場にあります。だから、堕落する時、長成期完成基準の立場でサタン的愛と一つになった立場は、その時の良心基準より強いというのです。だから、サタンの基台になっている肉身を中心として、サタン的愛の根っこを下ろし、アダムの体、エバの体を中心として、サタン的血統がつながってしまいました。

 今まで神様を中心として、良心圏を中心として世界的キリスト教文化圏が発展し、いろいろな宗教圏が発展してきましたが、それは、神様の愛と因縁を持つことができなかったのです。だから、神様は地上のすべての人類、歴史を直接主管することができませんでした。もしもこれを主管することができるというのであれば、アダム・エバが堕落する時に神様は主管されたはずです。しかし、完成圏に到達できない期間内で堕落するアダムに神様は干渉できませんでした。完成圏が生まれるまで、神様は直接地上に手を伸ばして主管することができないのです。

 だから神様は、その反対の方向を取る蕩減の道、復帰の道をたどってこざるを得ません。そうすると、神様の戦略戦術というものは、打たれて、弁償させて勝利してくるのです。サタンは打って滅んでいきます。誰が先に打つかというと、悪が先に打ってくるというのです。神様の摂理の基準を正していくと、いつでもサタンのほうはこれを攻略してきました。攻めてくるその基準は一対一ではありません。中心的なアベルというものは、世界を代表するアベルなのです。だから、全世界の環境にあるサタンは、力を集中してそのアベルをたたくのです。

 アベル圏が立つとしても、それが完成圏の上に立っていない以上は、サタンは自由自在に殺すことができます。殺されるからといって、神様は干渉して保護することはできません。もしも、それを保護することができるのであるならば、神様は堕落させなかったというのです。堕落したということは、干渉することができなかったということです。だから、たくさんのアベル的血を流しながら、殉教の歴史を広げてこざるを得なかったというのが宗教圏の悲惨さです。

 それから、個人の蕩減においても、全世界的に個人の復帰、個人アベル復帰圏に向けて世界的に迫害するのです。そうして、アベル圏のたくさんの人が世界的に死ぬことによって、そのことを中心として、個人的蕩減完成がなされるというのです。東西南北を見れば、一人ではないのです。サタン圏が四か国、五か国、あるいはたくさんの国があった場合には、その国において皆判定するのだから、その国の文化的背後関係、地域的習慣とか、皆それを収拾して立ち残るようなアベル圏を収めていくのです。だから、宗教圏にしても平行ではありません。

 アベルとしても、蘇生的アベル、長成的アベル、完成的アベル、東、西こういうたくさんのものを中心として、蕩減の道を広げて、それを全体的な個人として立てて、世界的な個人中心圏を求めてくるのです。そのようになっているから、たくさんの宗教圏を順繰り、順繰りしながら、中心圏の主流宗教を中心として、最後には勝利できるようにつないでいくのです。

 そういう意味で、宗教が世界的になるように、各地域を越えて世界主流の立場に立つようにさせたいのが神様の願いです。だから、個人のアベル圏を越えた場合には、次は家庭的アベル圏です。宗教圏を見れば、僕の宗教から養子の宗教圏、庶子の宗教圏、実子の宗教圏からなっています。エバを復帰すると、巫女から始まる女の宗教、そのようにして横的につながっています。このように展開しているのです。

 歴史が古いからその宗教が先であるということはありません。古ければ古いほど、それは低いというのです。なぜ古いほど高くないかといえば、古ければ古いほど、個人的蕩減の量が大きいからです。どんどん世界的になった場合には、最後になっていくほど蕩減の道は少なくなります。だから、再臨の主は最後に生まれるのです。終末期、それを皆統合した後に、それを相続して、アベルである再臨主が一番末端の席に来られるのです。そうすると、蕩減条件を払わなくてもいいというのです。このように個人から、家庭から、何千年の歴史を通して、神様は主流宗教を中心として歴史をまとめてこられたのです。

 宗教の根底、宗教の目的は一体何かといえば、それは真の父母と真の子女を求める道です。それは創造理想そのものです。神様の御旨というのは創造理想完成です。統一教会ははっきりしています。一体神様の御旨とは何か? 創造理想完成。創造理想完成とは一体何か? 四位基台完成。きちんと公式になっています。神様の創造理想の目的がなし得なかったのだから、救援摂理の目的は、再び創造理想を完成すること、四位基台の完成です。

 神様を中心とした愛の因縁を中心として、アダムとエバが一つになった場合には、神様の無形実体の形状、性相が、無形実体の愛の主体が有形実体に分立して、それが結婚式を通して一つになることによって、主体である無形実体の形状、性相の相対圏に立つと、これが一つになるのです。だから、横的一体、縦的一体をなすことによって、これが一つとなることによって神人愛一体圏が生まれます。そうして、神様が人間と共に、家庭を中心に安着できるのです。今年の年頭標語も「真の父母と成約時代安着」としました。安着、それは神様が真の父母と共に、愛を中心として、地上に歴史以来初めて着陸するのです。

  堕落の絶対的自覚を持たなければならない

 堕落したアダムの愛を中心として着陸した基地、サタン的な基地が肉身でした。アダムの良心を中心として見た場合には、相対的立場が肉身だから、愛の関係により結んだ以上、サタン的な愛の基地は、相対的な立場に立っている肉身にならざるを得ないというのです。それを神様は防ぐことはできません。原理に合った立場だから、仕方なしに、肉体をサタンの基地として植え込み、根が下りるようになりました。それからずーっと、アダム・エバを中心として、肉体圏はサタンの血統圏とつながったのです。これが問題です。

 神様の血統圏はまだ始まっていないのです。戦って勝つ見込みはありません。長成期完成基準のサタン的愛で結ばれた世界というものは、長成完成基準の堕落当時の良心の基準より強いというのです。これが問題です。愛の因縁で植え込んだその基地は、サタンの愛が強いのです。もしも、サタンの愛が弱かった場合には、復帰はそう問題ではありません。良心はきちんと神様に帰ることを知っています。良心は第二の神様といいましたね。良心には何の教育も必要ありません。そのままにしていれば、サタンがブレーキをかけるものがなかった場合には、自動的に神様のほうにすーと通り過ぎるようになっているのです。だから、強いサタン圏の愛の基台でもって植え付けられた根が、肉体圏に植えられたことが問題なのです。

 それを取り除くには再臨の主が必要です。再臨の主とは何か、メシヤとは何かというと真のお父様です。真のお父様というのは、完成されたアダムです。完成されたアダムというのは神様の愛と一体となったアダムのことです。神様の愛と一つになったアダムとなるならば、神性は自動的に一体となるようになっているのです。これをはっきりしないといけません。

 神様の愛と関係をもっていないから、今まで神様と一体となることができなかったのですが、神様の愛と一体となったならば、神性は自動的に一体となります。今までの人類の歴史において神性と一体になった者は一人もいません。それは堕落のゆえだというのです。このような原理観で批判することによって、我々ははっきり分かりますが、一般の人はそのような概念さえつかむことができません。堕落以後の人類歴史を通して、神様を中心として見た場合に、心はいつもサタンに引っ張られてしまうのです。だから、良心はいつも苦悶の生涯を、歴史を通して苦悶圏を乗り越えることができませんでした。

 神様はよく知っているから、終末期には、サタンの愛の基台であるその根っこが取られてしまうというのです。誰が取るか。サタンは取ることはできません。神様も取ることはできません。神様が取ることができるのであれば、堕落させなかったのです。誰が取るか。それは完成したアダムです。完成したアダムが、真の神様と愛で一体となり、神性一体圏をなし得、それを中心として準備させてやるのです。準備させてやる以外に道はありません。

 だから、肉身の因縁でサタン的血統と結びついて、歴史的版図を持ったいかなるものも公認するということは絶対許せません。肉身に下ろしたサタンの愛、サタンの生命、サタンの血統の因縁圏が延長されて、今まで歴史がたどってきたのだから、その歴史上に残っているいかなる国、いかなる習慣性、いかなる聖人の教えであっても、それはそのまま通じません。みなゼロにしないといけないというのです。

 先生は今まで、自分が一番愛する者にも、こういう内容を知らせることができなかったのです。先生がこういう動機で、そのように分割して一方を消滅させるという方法を知らないのです。今まで良心を中心としてしてきたことが正常だと考えます。先祖からずーっと歴史を通してきたのだから正常だと思うのです。しかし、それは正常ではありません。堕落したことが分からないから正常だと思うのですが、これが問題です。正常ではないのに正常であると思うから、サタンは自由に延長ができるのです。

 ところが、統一教会が生まれることによって、完全に非正常の状況に落ちているのです。だから、終わりの時には、サタン圏を中心とした伝統的因縁を捨て、最も愛する者、最も貴重に思う者が自分の首を取ってしまうというのです。それが家庭です。自分というものと家庭というものです。

 聖書はそういう内容を知っていながら、詳細に説明ができないのです。サタンは基台を持っているのに、イエス様はその基台を持っていません。話だけではなせません。基台をつくって、比較対照してこうではないかと、同じ実体基盤をつくらないと取り返すことはできないのです。神様のほうで基台を持たないと、いくら取り返してもまた盗まれてしまいます。すぐやられてしまいます。だから完成したアダムは、はっきりその内容を知って、きちんと基台をつくり、勝利的な証拠物を出して、「君はだめだから交替しなさい」と言う時、そういうことができるのです。

 だから、こういう内容をはっきり知ることによって、自分たる者は、歴史を通して心身分割圏にいるという、堕落の自覚を明確にしなければなりません。それは天宙を転覆するような自覚です。分かりましたか。その自覚のレベルはどの程度かというと、百パーセント天宙です。あなたたちは日本だけを考えています。日本はあてになりません。天宙、霊界ともども、地獄ともども、そういう自覚です。先生の話を聞いて、そういう自覚ができましたか。(「心掛けができました。」)心掛けといっても何もないではないですか。実績がありません。勝利的実体物がなければなりません。悪のものと善のものは、実体でぶつかって勝敗が決まるのです。リング上においてボクシングで決闘するのと同じです。先生が基盤を持っているから、日本でもアメリカでもぶつかれというのです。アメリカも、日本も、全世界がもうのびてしまっています。文先生を一番怖がっているのです。

 堕落した自覚性は天宙宣布してあまりある、その自覚が必要です。先生の話の方向から見て、それが絶対必要ですか、必要ではないですか、(「必要です。」)本当ですか。先生は必要だと思いません。(「必要です!」)はっきり分かったので、二度教える必要はないですね。戦いが済んだので、先生が詳細に話してあげるのです。君たちの堕落したその自覚性を、天宙宣布してあまりあるような自覚を持てば、いかなるものが来ても問題になりません。間違いなく自覚を持つようになりましたか。(「なりました。」)

 先生はそういう自覚を君たちに譲ってあげたのだから、先生はもう自覚ない者になってしまってもいいですね。(笑い)年寄りのお父さんは霊界に行かないといけないではないですか。今七十五歳です。七十五歳はもう八十代です。今から先生に頼んで、もっと働いてもらいたいと思う者は愚か者です。先生が今まで持ってきた絶対的自覚を、あなたたちに完全に伝授しましょう。今から七年間、先生がやらなくても、あなたたちがやらなければなりません。分かりましたか。あなたたちの時代です。だからはっきり教えてあげなければなりません。

  旧約・新約基準完成の四十年

 堕落した自覚は個人だけではありません。家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙すべて、地獄まで転覆するのです。全世界に五十二億いるとしても、男・女は二人と見るのです。個人的完成、家庭的完成、氏族、民族と八段階完成をアダムが失ったのだから、これを同等の立場で、各自が責任を持つことによって、真の父母が八〇パーセント、九〇パーセントなしたけれども、自分たちも結晶体のように、六角の水晶体にならないといけないのです。

 先生が迫害を受けながら、百六十か国の宣教基地を造ったとするならば、あなたたちは百六十か国にあたる家庭的基盤、百六十軒の家庭を収拾しなければなりません。そうすることによって同じ結晶体になるのです。結晶体になったその位置を獲得した場合には、一かたまりになった結晶体と同じく皆一つになるのです。これは公式になっています。だから百六十軒には、ヤコブ家庭の十二数、モーセの七十二長老の失敗、イエス様の百二十門徒の失敗が入っているのです。

 戦後、キリスト教文化圏を新婦として、連合国家が先生を迎えた場合には、百六十か国を中心として、憲法を作って法律が発布されて、七年以内に、統一の世界、地上天国、天上天国を成し遂げるようになっていました。一九四五年から七年間で、一九五二年までに終えるのが先生の目標だったのです。そういう内容をきちんと構えておりながら、足場がなくて、皆追い出されてしまいました。完全に神様が主管するその基台を、再臨主を中心として一体となって定着すべきその基台を、連合国家が反対することによって、完全にサタンが主管するようになり、先生は神様と共に荒野に追い出されてしまったのです。

 再びその基準まで戻すのに、四十年を中心とした蕩減復帰の期間がありました。四千年を四十年で蕩減するのです。何十倍、何百倍以上の犠牲を払ってでも、これをよじ登って復帰しなければ、神様の摂理は永遠に延長されるのです。大変なことです。

 復帰摂理から見た場合に、個人的に完成したこともなければ、家庭的にも失敗、氏族的にも失敗、民族的にも失敗、国家的にも失敗、世界的にも失敗してきたのです。完全に世界的基盤において、神様と再臨主が追い出されたのです。四千年の歴史を四百年で蕩減するとすれば、先生は生きることができません。四十年の期間でこれを乗り越えないと、大変なことになるのです。

 今日、よくも、よくも一九四五年当時の状況に戻りました。先生がお母様をずーっと育てて、先生の後に来て、お母様を中心として、女性解放とともに、新婦圏の引き継ぎをしてあげるのです。アメリカと国連です。アメリカがアベルで、自由世界はカインです。カイン・アベルが一つにならなかったから、先生が皆基盤をつくってあげて、お母様を中心として、アメリカ国会と国連の総会でこのように一つにさせるのです。一つにさせることによって、エバとカイン・アベルになったのです。お母様でもってそれは勝利したエバ、カイン・アベルになっているのです。しかし、蕩減復帰によって全世界の歴史を通してきた国家基準は持っていません。

 連合国家の失敗によって、サタン圏が連合国家を取ったとするならば、本当は神様のほうはしっぽ、下のほうです。しかし、日、独、伊を取った場合には、旧約聖書と新約聖書が飛んでしまいます。摂理期間内で家庭理想、国家理想、世界理想が飛んでしまうのです。仕方なしに、アメリカ、それは第二のイスラエル圏だから、アメリカを再び選定せざるを得ません。ところが、それは神様にはできません。神様が最初に選定して失敗したのだから、再び決めることはできないのです。それができるのであれば、アダム自身を中心とした復帰は可能だったというのです。

 子女を中心として、カイン・アベルによる復帰ということはもう言わなくてもできるのです。だから、二番目を通して復帰しなければなりません。だから、先生の権限でアメリカをアベルの立場に立てました。先生が立てたのだから、先生が責任を持たなければならないのです。日、米、独、これはみな怨讐です。韓国人である先生と日本が怨讐、日本とアメリカが怨讐、アメリカとドイツも怨讐、全部怨讐です。このような復帰歴史は歴史にないのです。全部が反対であり、全部が怨讐関係です。

 そのようなものを前にして、先生はアメリカに行きました。アメリカを救ってあげなければなりません。アメリカは神様への第一の反逆者として、地獄のどん底に落ちるところでした。それを救ってあげるのですから、元の位置に返していくのです。アメリカが失敗したので、ユダヤ教の旧約聖書の完成を失いました。新約を完成すれば旧約は自動的に完成すべきなのに、アメリカが失敗したので、旧約も失敗、新約と成約も共に失敗です。

 旧約時代をいかに復帰するか、それは第一、第二、第三イスラエルを中心として復帰しないといけないのです。皆これは反対しました。ユダヤ教とキリスト教が反対してしまいました。だから、仕方なしに、韓国を中心として第一イスラエル、旧約時代の蕩減をするのです。それが戦後二十年の期間です。イスラエル民族が、イエス様に反対する新約成立時代が来るまでの二十年間です。韓国を中心として旧約聖書の蕩減、それが二十年かかっているのです。

 一九六〇年を中心として真の父母を設定することによって、旧約時代国家基準において、イエス様が国家的に勝利した基準を蕩減復帰したのです。それで、あなたたちも七〇何年だったか、国際機動隊をつくって、ヨイド大会とか、そういうことをしながら、イエス様が国家において追われて殺されたその基準を、韓国を中心として蕩減復帰しなければならなかったのです。

 ちょうどその時、十二弟子がイエス様に反対したのと同じように、統一教会が迫害されて、もういよいよ崩壊という時、有名な学者たちが、皆背いて逃げていってしまいました。十二人が一つになって、統一教会撲滅運動をしたのです。それはそっくり同じです。その同じ環境において勝利を得なければならないのです。そういう勝利圏、国家基準の旧約聖書完成基盤を持って、それから新約時代アメリカ完成のための二十年間です。

 アメリカに行って二十年間、全世界キリスト教を中心として実体的ぶつかり合いをして、結局は、二十年の後にアメリカはもうめちゃくちゃになりました。天下最高の法廷に座った連合国家の中心たるアメリカが、なぜ四十年間に地獄のどん底に転げ落ちるようになったか、それは歴史家も分からないのです。それは先生を迫害したためです。先生はその環境において、アメリカでずーっと闘争しながら、牢屋まで引き込まれながら戦っていきました。

 そうしながら、四大国家、韓国と日本とアメリカとドイツ、これら怨讐圏を総まとめにして、滅びていくアメリカを救おうとしてきたのです。ヤコブ的な怨讐圏に立った者が、これを蕩減復帰して、国家基準まで、その国の者が忠誠を尽くす以上の忠誠を尽くして、国を神様のほうに奪い返してこなければならないのです。それが二十年間のアメリカの方策でした。

 それで、国連を中心として、お母様がアメリカ国会などで勝利的権限を振るうことによって、アメリカ全体を奪回しているのです。国連を中心として、そこにはドイツも入っています。カイン・アベルです。エバであるお母様、新婦が、新婦基台をなすべきキリスト教文化圏が、新郎を迎えなかったことを蕩減復帰するのです。国連はアメリカ国会、自由世界の国会をつないでカイン・アベルです。これは天使長国家圏です。蕩減的につないで、カイン・アベルが一つになって帰ってくるのです。エバと天使長が一つになってアダムを堕落させました。今度は反対です。天使長とお母様が一つになってアダムを迎えるのです。

  何もない裸の神様のために天下を捨てる

 日本の国は基盤がありません。蕩減復帰されていないから、サタンがよくも知っています。全面的崩壊、八月末崩壊とサタンはお母様の行く足を切ってしまおうとしましたが、そうはいきません。あなたたちの言うようにしたら、日本はふっ飛んでしまうのです。アメリカに行って最初にやった精神を伝統としてやりなさい。アメリカに行って、あのワシントン大会ができると信じましたか。夢にも思わないことを命令するのだから、それと比べれば日本は何でもありません。あまりにも、基盤が大きくなっています。外的な雰囲気において、先生に巻き込まれるように日本はなっているのです。

 お母様の東京ドームの大会も、誰も信じなかったのです。大使や副大統領の妻を連れて行くのに、日本が反対したら大変なのです。嫌だけど、仕方なしにそれをやらざるを得ません。サタンは力に押される場合には屈伏するのです。電気に当たったカエルみたいにのびてしまいます。いくら威張ってみても、先生の作戦に完全にやられてしまうのです。それで、東京ドームにマスコミをどうするかという時、皆入れなさいと言いました。入ってみると、死んだものと思っていたのに生きていた、今ジャンプして天井に上がるようなその勢いに皆目が丸くなったのです。

 宗教を知らない者は皆後退します。宗教はそんな生やさしいものではないのです。日本はそうかもしれないけど、先生は質から違い、出発から違うのです。将来もそうです。先生があなたたちの話を参考にすると思うこと自体が間違っています。皆が「文先生は立派な弟子をたくさん持っていいですね」といいますが、それは逆です。あなたたちももうずいぶん先生から習ったでしょう。習いながらその通りやらないから、こんなことになっています。自分の根底には悪辣な日本的考え方があったというのです。だからこうなっています。先生がいなかったら大変です。これを完全に切って治しました。これはイエス様はできません。腐ってしまったものはイエス様にもできません。そのようなところに立つべき者たちが、皆ここに集まった、それが日本の統一教会のメンバーだというのです。一大覚醒をしなければなりません。

 聖書は逆説的な論理を言っています。「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」そんな話がどこにありますか。自分の通常的な考え方では完全に死んでしまい、完全にやられると思った者がやられないで、自分がやられないという者が完全にやられるというのです。回れ右するのです。そのままその方向に行った場合には、地獄、どん底に落ちるのですが、回れ右するから逆の方に行くのです。逆の方に行かない者は皆転覆します。そういう信念でいっぺんに押し切った場合には、八段階の歴史的峠、垣根をいっぺんに砕いてしまうことになります。

 あなたたちが日本一の金持ちだったとしたら、その金持ちの立場を捨てて、北極のある地点に来いと言えば来ますか、来ませんか。(「行きます。」)本当ですか。(笑い)同じように、世界一の経済力を持っている日本が、自分の思う通りにできる基盤になっているのに、それをすべてゼロにして、北極の何もない石の上にぽんと立てる、それが自分の活動舞台だという話です。それをやれる自信のある者、自信を持つ者何名くらいいますか。あなたたち、できますか。話は簡単にできます。誰でもできるというのです。イエス様の前で、ペテロは三回も誓いました。死んでも、死んでもと。(笑い)あなたたちがいくら偉いことを言っても、そういう素質がたっぷりあります。ないという者は嘘です。

 先生がここまでくるのに、いかに周辺の誘惑がたくさんあったか考えてみなさい。国は国なりに、だから国の援助は一銭も受けません。自分を中心として、全世界、天宙すべてを今サタンが持っています。サタンの王子として天下を治めているのに、その天下を捨てて、何も持っていない裸になった神様、その一人ぼっちの王様の子供になれるかといった場合、どうします。(「なります。」)何もない、着るものもない、神様も再臨主も何も持っていません。今、文先生の基盤は日本以上です。しかし、何の未練もありません。

  死ぬのは私の使命、生かすのは神様の使命

 今度女性たちは、先生のいるところに来て非常に祝福されて行きました。お母様は正妻であり、あなたたちは霊的に妾の立場です。復帰は妾を通してなします。だから仕方なしに、先生は本妻を残して、カイン圏の女性たちを中心としてなしているのです。これはアベルの立場に立っている、復帰されたアベルのエバです。二番目です。お母様の分身です。復帰は二人のエバが必要なのです。堕落した立場から復帰したエバと、新しく決めたエバです。これが二人いるのです。こちらが正妻だったら、妾の立場です。

 原理からすれば、一人の男が二人の女とつきあうことはできないから、妾の旦那さんを、アダムを、接ぎ木して、ハンダ付けしてつくってあげるのです。先生は完成された旦那さんの立場ですから、弟の立場、第二番目のアダムをつくるのです。あなたたちの旦那さんたち、天使長を連れて来て、昔十六歳の時に堕落した、その堕落前の基準が残っているから、そこに完成されたアダムの勝利の実体を接ぎ木するのです。偽りの実体から生まれたものを皆接ぎ木して、ハンダ付けして、サタンの讒訴圏を逃れるような解放圏に立たせて、真の父母様が、これは自分のものということを認定してあげれば、第二のアダムとして立って、自分の前の奥さんと共に結婚することができるのです。だから、天使長は昔のアダムに、世界に忠誠を尽くすより以上、先生に忠誠を尽くさなければ相対圏を迎えることができません。原理がそうなっています。

 そうして女性の相対者解決問題、自分たちの子供の解決問題、舅、姑の解決問題すべてがきれいになるようになっているのです。先生が教えた通りにやれば、そのように皆、収拾ができるのに、それを教えてもらえなかったので、アメリカなどは近親相カン関係で、フリーセックス、愛の問題でめちゃくちゃになって、サタン拡張の地上天国化されてしまっています。おしまいです。

 ここに集まった者、先生の話を聞きたいですか、聞きたくないですか。(「聞きたいです。」)自由にしたくないのですか。男として青年時代は一時しかありません。統一教会で、こんな狭い部屋に座って、炭酸ガスを吸って良いことないでしょう。自由に生きていけばいいのに。地獄も天国も死んでみないと分かりませんよ。自由を許可しますから、立って帰りたい者は帰りなさい。帰りたくない?(「はい。」)帰りたい者は帰りなさい。あなたたちの父母が待っているでしょう。正月になったといって、兄弟たちと共にお祝いして、宴会して踊りながら騒ぐでしょう。帰りたい者いないのですか。(「いません。」)

 イエス様の最後の晩餐で、皆同じことを言いました。絶対に反逆しないといいながら、皆反逆しました。あなたたちはどうですか、そのような後継者になりたいと思いますか、思いませんか。(「思いません。」)その時座っていた者は、誰もそういうことは思わなかったのです。思わなかったのにそのようになりました。人間は別に変わるところがないのです。

 こうやると痛くないですか。痛くないと言わなければならないと思っても、痛かったら目が曲がり、鼻が曲がり、口が曲がり、舌が曲がるのです。そうなりたくなくてもならざるを得ません。それを経験しない者が、たやすく思うこと自体が間違っているというのです。先生は真剣です。牢屋でたくさんの拷問に耐えてきた歴史があります。

 堕落したことをはっきり自覚覚醒して、天宙にいっぺんに宣布してあまりあるというのです。宣布したらこう上がってしまうのです。のろのろしたらだめです。分かりましたか。(「はい。」)最後決心しましたね。これ以上話す必要はありません。「死なんとする者は生きる」と聖書がはっきり言っています。それが祝福です。間違いありません。先生がそうでした。倒れるまでやる、そういう決意で越えるような立場に立ったら、サタンは譲歩して引き下がらざるを得ない、後退せざるを得ません。聖書の教えがそうです。分かりましたか。(「はい。」)

 自分の家庭が怨讐、妻が怨讐、子供が怨讐、母が怨讐です。先生もそうでした。そういう内容をはっきり分かりましたね。では日本に帰るのに死ぬために帰りますか、生きるために帰りますか。死んで生きるためです。死ぬのは私の使命で、生かすのは神様の使命です。死ぬのがイエス様の使命で、復活は神様の使命です。神様が復活させても、サタンには条件がないというのです。サタンがついてくることはできません。日本の統一教会は、四〇パーセント以上越えています。もう少しすればすぐ越えます。先生は霊的にそう思います。恐れることはありません。今はもう峠を越えました。

 ヨーロッパ諸国の宣教師たちは、韓国と日本の伝統、日本の活動を習わなければいけません。子供たちはお母さんを中心として模倣して習います。子供を教育する者は、お父さんでもないし、他の人でもありません。お母さんが先生です。八〇パーセント以上模倣して習うのです。全世界の統一教会員は、済州島に来て再教育を受けなければなりません。宣教師は、そういう覚悟を持つように食口たちを訓練しないといけません。今後、イギリスから、アメリカから、太平洋、大西洋を越えて来ることを考えておきなさい。

  完成圏の愛の蹂躙は許す道がない

 再臨主は愛と生命の種しかありません。国もなければ、何もないのです。それを誰が準備しますか。エバがするのです。連合国家、イギリスを中心として二人の子供、それが再臨主の足場です。

 蕩減棒は何ですか。野蛮です。それは腰が問題だからです。打って血がにじむようにでもしないといけないというのです。蕩減棒のことを思うと、恐ろしい復帰の道を思うと堕落できません。そんな行動も思いも持てないようになるというのです。

 女性にとって男性の愛の器官は悪いものですか。おばあさんもそのために一生涯戦っています。お母さんも、夫のそれを離した場合、大変なことになるのです。心情の本体がそこです。愛をつなげる橋場がそこなのです。先生は愛の故障を直す専門家です。文先生は別の専門は何もありません。蕩減復帰はそれです。今の世界には、男性の愛の器官が二つあるのです。神様のものとサタンのものです。愛の器官の行く伝統の道は二つではなく一つです。二つの道はありません。二人の女を抱えることはできません。それは宇宙の原則です。だからそうなれば、将来大変です。祝福された家庭はみんなきれいに整理する日が来るのです。

 祝福されて、サタン世界と関係を持って、中間に生まれた子供をどうしますか。先生はこのことで非常に頭を痛めています。先生は手をつけません。自分が処罰するのです。道を間違った本人がやるのです。大変なことです。神様は夢にもそのようなことは思いたくありません。蕩減復帰のため、何千年を通してきた神様です。神様は夢にもそんなものを見たくはありません。地上にそんな姿を見たくないのです。

 先生も神様も手をつけたくありません。自分の親、自分たちの手で片づけていくのです。処分の方法はその道しかありません。そういう結論にまで先生は達しています。兄弟でやった場合には怨讐として残るので、親として処分するのです。そうでない場合には、その子供と共に島流しにしてしまうのです。そういう時が来るでしょう。何の話か分かりますか。(「はい。」)

 地上でそういう世界を収拾できなかったとするならば、霊界で大変なことになります。地獄よりももっと悪いというのです。真の父母の骨肉を侵害した、完成圏の愛を蹂躙した場合、悪魔が悪魔扱いします。分かりましたか。祝福家庭8(「はい。」)でたらめな混血を許してはなりません。警告します。背後まできれいに収拾しなければならない統一教会の使命があります。

 フリーセックスで生まれ、親が知らない、親を知らない子供をどうしますか。親がいればそういう処罰もできるものを、親も知らないでそのままで消えていきます。真剣な話です。分かりましたか。祝福された者が再堕落して、その者がどこかへ行って結婚して、子供を生んで再び祝福受ける、そういう原則はありません。先生はそれを許したことはありません。

  正当な伝統をつくりあげる苦労

 今から全体が一つになって、本当に日本を救わなくてはなりません。日本は雑教文化圏です。南北アメリカは一つの国になっていくのです。ヨーロッパも一つの国になっていくのです。欧州共同体が欧州連合になっていくのです。それは旧教、新教の戦いです。南アメリカはラテン文化圏、北アメリカはアングロサクソン文化圏です。新教、旧教文化圏、旧約聖書、新約聖書を誰が解きますか、それは先生以外に道がありません。

 日本には旧約もなければ新約もありません。しかし、女の国だからそれでもいいのです。女の国だから、お嫁に行けば何もなくなってしまいます。大きい旦那さん、アジアという旦那さんの家に入るのです。日本の家ではありません。それは過去の日本の欲望でした。神様の御旨に反対し、アジアの家に入ろうとして追い出されてしまったのです。

 今の先生の言うことを聞いて、アジアに入って、地球星の奧まで入るのです。そういう頭、みな持っているでしょう。統一教会はこれが限界で、滑って皆、太平洋に流れ込むと思う者はいないでしょう。人間世界で考えてつくった思想、人間の考えでもってなした宗教団体はみんな実験して失敗しています。統一教会は失敗もしていないし、実験もまだしていないのです。国が統一教会に侍ったところはないのです。国を挙げて、総国家的な立場で、真の父母様を神様の代わりに侍るところはないではないですか。そうなればすぐ世界一になるのです。南北統一、世界統一はすぐなるのです。

 統一教会は恐ろしい内容を持っています。人間的組織と霊的組織の二重組織を持っています。こういう組織は天下にありません。先生が地上にいながら、あなたたちをきちんと霊的に教育していくのです。日本の女性も先生から夢の中で、幻の中で、皆教えられます。恐ろしい組織の内容なのです。巨大な団体になり、強大な団体になります。恐ろしい団体です。そういう伝統を今からつくらなければなりません。

 あなたたちがそのような基本的伝統を汚さないで、正当な伝統をつくりあげるには苦労が必要です。だから、あなたたちに苦労させるのです。先生自身が安楽な生活をするのではありません。あなたたちより苦労し、食べるのも、住むのも、働くのも、誰にも負けません。そうやってきたので、統一教会は迫害の上に発展してきました。その伝統精神をつないでいけば、いかなる文化世界においても、我々は主流として立つに違いないというのです。主流は深いところを流れるのです。主流になるには、深いところを探していかなければなりません。

 この世界は、人間の氏族は川みたいなものです。民族は川みたいなものです。大きな川になるには、たくさんの支流、たくさんの氏族、民族を合併しなければなりません。アメリカや旧ソ連は、たくさんの民族を合併して、大きな一つの流れをなすのに失敗してきました。いくら大きいといっても、その流れは海に入ります。海に入った場合には、雨水が勝ちますか、塩水が勝ちますか。(「塩水です。」)量から見てもそうだし、塩水は重いから下に行くし、雨水は軽いから上に行って雲になるのです。

 海に入っても、海にも流れがあります。太平洋を中心として黒潮があって、一周四千五百マイルを回ります。黒潮の主流は深いところを流れるのです。統一教会が、これらの大きな太平洋の黒潮の流れになって、深いところを流れるのです。深いところには汚いものがあります。海の一番汚いものが海の底に集まってきます。川の一番深いところは、川の周辺で一番汚いものが流れ込むのです。それを押しのけて流れをつくることによって主流ができます。それを逃れていこうとするものは主流から離れていくのです。

 地獄のどん底を突き抜けて、日本の一番汚いところを掃除するのです。それをなした場合には、天下を治めるようになります。主流をねらっていくのです。日本の新しい主流の伝統をつくるためであって、日本流ではありません。太平洋の主流を深いところにたどって行き、その黒潮を回って、世界の流れをコントロールする、その主流によって全世界を消化していくのです。それは霊界に入るのと、そっくり同じです。霊界は海と同じです。各個人は川の流れと同じです。霊界でも主流的な思想が、このような深いところを訪ねてきた者が、霊界の支配者となるのです。論理的です。それがイスラエル民族でした。だから、神様は、そういう主流圏として、打たれて残る民族を立てるため、四十年間、砂漠の荒野にさらされるような生活環境をつくったのです。

 中心なるものは責任を持たなければなりません。統一教会の中心者は先生です。日本は日本なりに任せておけません。日本に立ち代わって責任を持つのです。アメリカもそうです。誰にも任せられません。中心者は責任を持つのです。中心者は保護しなければなりません。それから中心者は成長させなければなりません。中心者の三大要件です。

 いくらあなたたちが苦労しようと、先生は良心に呵責はありません。やって滅びません。この峠を越えたら、十倍以上のことを一年でできるのです。このように陥った生活を先生が解決してあげます。立派に解決してあげる、そういう考えを持っているのです。主流になるよう深いところを求めなさい。この三百名が主流になるとすれば、三百名が一番嫌がるところを一番喜んで責任持っていくとすれば、三年以内にみな解決されます。

 アメリカへ行って、先生は三大問題を成し遂げました。キリスト教の問題、共産主義の問題、青少年の問題です。私が責任を持ってやってきました。すべては原則に従って行きます。主流になりたいですか、傍流になりたいですか。傍流になった場合は腐るのです。のろのろ回っていた場合は腐るのです。水は動くことによって、波は立つことによって神聖な波になっていきます。遠洋漁業に行く船は、飲料水をいっぱい積んで行きますが、かまわないでそのまま入れておくと腐ってしまいます。だから動かすのです。風が吹かないと海の水は死んでしまうのです。だから、深いところへ行っても止まっていたらだめなのです。

  地獄の底を行くことが天国への近道

 人間の一番貴いところはどこですか。(「生殖器です。」)一番汚いところはどこですか。それも生殖器です。小便はどこから出てきますか。同じところではないですか。なぜ笑いますか。なぜ神様はそのように造ったのでしょうか。最高の生殖器は、最悪のところと和動するところにあるのです。

 聖人とは、最悪の境地で和動した者たちです。歴史をつくっていくのです。だから聖人たちで、この世の中で貴ばれた者はいません。孔子も犬と呼ばれ、イエス様も撹乱者、反乱者と呼ばれました。文先生は家庭崩壊の魁主という名前をつけられているのです。再臨主は泥棒みたいに来るというのです。堕落した怨讐の立場にみんな包まれているから、本当の主人として来た場合には分からないのです。

 男性たちが小便するとき、いつもそれに触るだろう。その時、二つの面があることを忘れてはいけません。一番良いところは一番悪いところにあるのです。最高は最低につながります。それがつながらないと立派な人間にはなりません。立派な人間になった場合には、最低に下がるのです。先生はそういう生活をしてきました。普通の生活では、ネクタイなどしないのです。いくら寒くても肌着を着たことがありません。

 お母さんはいつも勉強、勉強、勉強と言うではないですか。一番嫌な話です。一番嫌な話を嫌だと思わないで、死ぬまでそれをやれば、嫌にならないものよりもいいものになるというのです。天下の聖なる道をつくろうとすれば、天下で一番悪いところを避けることはできません。エイズを占領しよう。フリーセックスを占領しよう。純潔運動をやろう。みんな反対になっています。不平を言うなというのです。

 聖なる目的地に向かうには、反対の方向に行くのが一番早道であるのです。それは、ここから空間を通して、天上へ上がろうと思わないで、地獄の底を抜いて行くのが、天国が近いというのです。それを皆、神様は死ぬときにきちんと教えています。一番悪い者はそこしか道がないのです。偉くなった場合、偉くない者を共に抱えて寝るようにしなければなりません。共に食べながら、共に住むようにすれば、立派な指導者になるのです。統一教会の理念は最高の理念です。

 天下すべて、神様自体の懐の中に入って住みたいのです。そのように生きてみなさい。不平を言う余地がありません。自分の行くべき道が忙しいのです。なすべきことがたくさんあります。西洋人や白人は、黒人のところへ行って、奴隷みたいに働けば、すぐ天上天国、地上天国ができるのです。それは先生の話ではありません。今度日本に帰ったら、上層部で働きたいですか、下層部で働きたいですか。蕩減復帰は反対のところです。分かりましたか。(「はい。」)百八十度まるっきり反対です。

  一九九四年、年頭の辞

 一九九四年、年頭の辞「真の父母と成約時代安着」。
 一、私の個人安着。自分を中心としての安着時代。私の個人安着時代。
 真の愛により心身一体時代。真の愛により心身が一つにならなければならない時代になってきました。そういう時代圏を持たないと、個人の安着時代が生まれてきません。神様と生活する時代、真の愛によって心身一体時代。これを生涯つくらなければなりません。一時ではないのです。父母時代、子供の時代、生涯をいうのです。そういう真の愛によって、心身が一体となった時代でなければ個人の安着時代もできません。

 真の生命による心身一体時代。生命も真の生命にならなければなりません。今は堕落生命、偽りの生命です。全部観点が違うのです。生命が一つにならなければなりません。肉身の生命、霊人体の生命、精神的生命、肉身的生命。真の生命により心身一つにならなければなりません。真の生命を中心として心身一つとなって、一生涯生きるような基準にならないと、自分の生命圏が安着する道がないのです。

 真の血統による心身一体時代。夫婦生活すると共に、生命と、愛と一体とさせて、人類後孫の血統まで、これは三位一体と同じです。これは分けることができません。愛と生命と血統の一つを抜いただけでも、それはみんな破れていくのです。生命がなかった場合には、愛が成り立ちません。血統がなかった場合には一代で終わりです。人類と歴史がつながりません。

 これは皆一つの場所、夫婦関係をする場所によってこれがなされるのです。真の愛と真の生命と真の血統というものは、夫婦関係を持つ器官を中心としてつなぐのです。それ以外の道は絶対ありません。生命もなければ血統もなく、何もないのです。愛の根源地帯です。男と女が、凸凹が一つに統一されることによって、そこにおいて愛がつなぐのです。愛はそこ以外にありません。

 愛の本宮、生命の本宮、血統の本宮、天国はそこから、理想はそこから、幸福もそこから、希望もそこから始まります。そういう意味において、私個人の安着時代を形成しなければ、真の父母と成約時代の安着時代はつくられません。この真の父母と成約時代の安着は、自分の個人時代においてなされるのです。愛も心身一体、主体、客体が一つになることによって二重性を持ちます。私個人の安着時代をなさないと、真の父母と成約時代安着時代はなりません。その第一は、真の愛によって心身一体になること、それは、生命が心身一体、霊人体、肉身の生命が一つになること、そういう意味です。真の血統による心身一体、内的、外的心身一体化した血統を夫婦共につながなければなりません。この三つを自分個人に安着させたその基台の上に、真の父母と成約時代の個人的な安着圏が生まれてくるのです。

  真の愛を中心にして

 ①私は、真の愛を中心として神様と真の父母様の真の愛の化身体。
 ②私は、真の愛を中心として神様と真の父母様の真の生命の化身体。化身体です。そのように誇りなさいというのです。真の父母と、神様の愛で統一された化身体。愛の化身体。それから生命の化身体、そういう意味です。
 ③私は、真の愛を中心として神様と真の父母様の真の血統の化身体。そういう自覚を持ちなさい。そういう主体性を持ちなさい。どこへ行っても、サタン的な反対のものは私の正面に立つことはできません。行けばすべてが、この者の四方八方にきちんと道を開けてあげなければならないのです。主体性を持ちなさいというのです。

 二、私の家庭安着時代。
 真の愛による夫婦一体時代。夫婦が一体、共に一体。それは一時ではなく、一生涯をそうしないといけません。真の愛による夫婦一体時代圏をつくれば、真の父母と神様の安着時代になります。
 真の生命による夫婦一体時代。
 真の血統による夫婦一体時代。
 真の愛を中心として、
 ①我々夫婦は、神様と真の父母様の主体・対象の化身体。
 ②我々夫婦は、神様と真の父母様の真の生命の化身体。
 ③我々夫婦は、神様と真の父母様の真の血統の化身体。そういう自覚を持って、夫婦共に毎日それを名乗るような思いで、その心境にいかに立つかということです。習慣性でもってその環境をつくって、自信を持つように訓練しないといけません。話だけではありません。

 三、地上、天上天国安着時代。
 地上、天上天国安着時代。堕落しなかった場合は国家的安着時代と同じです。地上、天上と堕落した世界から、その二つの世界の概念、位置も考えないと、一方的な地上だけでは、縦的な世界が離れていきますから、地上、天上天国安着時代です。

 真の愛による神人愛一体化時代。神様と人の愛、神人の愛一体時代。神様と人が愛によって一体になる生涯圏をつくらなければならないということです。これはずっと体恤しながら一体にならなければなりません。
 真の生命による神人愛一体化時代。
 真の血統による神人愛一体化時代。
 真の愛を中心として
 ①神人愛で地上天国一体時代。神様と人と愛で一つになって、地上天国一体時代。地上生活において一つにならなければなりません。
 ②神人生命による地上天国一体時代。
 ③神人血統による地上天国一体時代。このように生活しないと、真の父母と神様の安着時代を迎えることができないのです。国まで連結させなければなりません。国をつくったとすれば、それでもう終わりです。個人、家庭、国家の形成は、真の愛による真の神様の真意・御旨による理想一体完成時代、完成世界です。そういう時代になることによって、真の父母と神様は、安着圏が国家のどこでもつながれるというのです。

 総論として
 ①私は、神様と真の父母様の化身体であり、完成対象体である。
 ②我々夫婦は、神様と真の父母様の真の愛の化身体であり、理想対象体である。すべての真の愛を中心にして、すべてが理想的な相対者だというのです。無形実体の神様の性相と形状が、真の愛によって一つになって、流れ続けてきた無形実体の内相を実体的に展開して、実体対象の男女として生まれた者が、それが愛によって再び一つになった、それが夫婦です。そうなることによって、無形実体が主体になり、有形実体が相対になって一つになるというのです。理想相対であるというのです。
 ③我々家庭(三代)は、神様と真の父母様の生活的化身体であり、地上天国、天上天国の理想的実践対象体である。我々の家庭は三代入るのです。祖父母、父母、自分の三代です。子供まで入るのです。我々の家庭は、神様と真の父母様と同じく生活するのです。生活的化身体です。一つとなり、一体となったその化身体であり、地上天国、天上天国の理想的化身体はもちろん、地上でも、天上でも、天国の理想的実践対象体であるのです。実際の戦いの現場において、それは対象的存在であるというのです。毎日の生活の実践場、会社に行ったら、理想的実践対象体であるのです。神様の代わりに生きる対象体です。そうすることによって、真の父母と神様が、成約時代、共に理想を完成した時代において安着されるのです。

 四、四大心情圏と三大王権。
 これは祝福家庭として、現実において完成しなければならない重要な項目です。第一は子女、第二は兄弟、神様の家庭の兄弟。第三は夫婦、第四は父母、総完成は結婚で成就します。子女、兄弟、夫婦、父母全体の完成は結婚で成就します。結婚の夫婦関係の基盤において、すべてが完成するというのです。

 子供たちを生んだら結婚させることによって、兄弟が大きくなるのも結婚を目標において、夫婦が共に向かうのも結婚の愛を中心として、未来の父母も結婚の愛を中心としてつなぐというのです。夫婦関係の本場をいうのです。夫婦関係によって、子女として完成、兄弟として完成、夫婦として完成、未来の父母として完成するのは、無形実体の神様の中の性相と形状が、愛によって一体となったということと同じだからです。それが実体的に結婚して一体となったということと同じなのです。

 無形実体の神様の性相が、愛を中心としてつなぎ、一つになる長い期間を通して人間を創造してきましたから、実体的な夫婦生活をずーっとつなげながら、神様が創造したと同じように、子供の創造がなされるのです。子供の誕生というものは、神様がアダム・エバを造った時の喜びを、実体的な神様としてそれを伝授させ、体恤させるための恩恵なのです。それが子供の誕生の喜びです。神様のすべてが伝授されています。

 だから神様も、これと同じように小さい時があり、兄弟みたいに、夫婦みたいになってきたというのです。そういう家庭を通して神様は、無形実体の自分の過去を再び展示して、それを相対的に体恤しようとするのです。人間の子供から、兄弟から、夫婦からこのようにしていくことによって、実体圏でなし得た過去を、実体的に体恤するためです。夫婦ともども自分たちが忘れてしまっていることを、子供を生むことによって思い出します。

 お母さんは女の子を見ることによって、皆性格が半分似ているから、「ああ、あんなタイプ、あそこに自分が加わっている」と、双子の感じを抱くのです。男の子を見れば、自分の旦那さんもあのようにして大きくなってきたと、過去より夫婦になるまで成長してきたその過程を、再び相対的に思い起こして刺激を受けるのです。だから、子供を見ることによって、どんどん夫婦が共に一つになっていくのです。

 夫婦になって子供を生むのは、神様が夫婦になって、第二の神様をつくるのと同じことです。創造した神様の実体的体恤圏を伝授してあげ、そっくりその喜びを相続させるのが、子供の誕生から、その子供の成長過程なのです。それは創造の全体伝授の内容を繰り返しながら、拡大していくのです。神様自体も、幼児、子供のころから兄弟のころを知りたい、再び見たいというのです。

 アダム・エバは、そのように自分の過去を実体的に見ることによって刺激を受けます。自分自体内では刺激を受けないのです。あなたたちに愛があっても愛は分かりません。一つになっているから愛を感じられないのです。それでも相対的にすぐ刺激が受けられます。女性の前に男性が来た場合には、心の底が動き出します。先生は分かりませんが、あなたたちどうですか。相対が生まれた場合、必ずそれが問題になります。それは神自体が、そのように一体になっていると分からないですが、相対的な立場に立つことによって刺激を受けるのです。

 あなたたち、胸の鼓動は分からないでしょう。鈍感なものは一年たっても分かりません。聴診器で聞いてみると大変です。相対的にこのようにするとすぐ分かってしまいます。刺激的です。だから、一体になっていた場合には分からないのです。だんだん近くなってきて、一体になった場合、見えません。近くなるほど見えないのです。

 女の子などは、毎日一回以上鏡を見ます。当然よく憶えているはずなのに、「自分の顔を描け」と言われても描けないのです。一つになっているからです。寂しい場合には寂しい顔になり、うれしい時にはうれしい顔になります。自分の相対的な顔に見せられるのです。目をパチパチしても分かりません。

 良心があるのを見ましたか。良心があるかないか。(「あります。」)見たことありますか。(「ないです。」)触ったことありますか。どうして分かりますか。愛を見ましたか。愛を触ったことがありますか。見たこともなく、触ったこともないものに生命を懸けているというのです。そんなおかしなことはありません。それは一つになっているからです。そうすると、神様はどうでしょう。神様を見たことがありますか。(「ありません。」)触ったことがありますか。(「ありません。」)神様も良心と同じように、自分の一番底にいるから分からないのです。

 神様は他のところにいるのではありません。自分の一番元です。根本。根がつながっているのです。一番深いところにいるから、一番真ん中にいるから、分からないのです。感じないのです。もしも神様が見えたり、愛が見えたりしたら大変でしょう。立派な愛を泥棒しようと大変でしょう。神様が見えたりしたら、戦争ばかりが起こります。国もそれを持って行きたいし、個人も家庭も戦争ばかりです。

 見えないことが、どんなに幸せであるか分かりません。一番尊いものをどこに隠したいですか。自分の良心の底に隠しているというのです。自分の良心の底から抜き出せば、神様が飛び出すというのです。神様はどこにいますか。(「良心の底です。」)良心の底。近いのです。

 祈祷をして、ぼう然と空中を思う必要はありません。自分の良心、神殿を開発して心の畑をどんどん広くしなさい。どんどん広くすると、深いものが上がってくるのです。博愛精神をどんどん広げていけば、良心の底がどんどん上がってきて中心になるのです。平面の中心になれば、すぐ良心の命令を受けるようになります。

 だから、あなたたちは大きいことを願うのです。大きいもの、広いもの、そうなることによって、それは高く上がるし、広い世界の中心に神様が立つというのです。神様は誰のものでもなく、自分とつながっているのです。神人一体。心の底。保管するのにそれ以上安全なところはないのです。盗んでいくことはできません。

 自分の生命の根と共に、良心の根と共に、愛の根と共に、血統の根と共にくっ付いているのです。あまり近いから感じないのです。だから、神様の宇宙理想とか実体世界を、神様の立場に立ってみるとすべてが通じます。良心の根底は通じるというのです。

  四大心情圏は夫婦愛によって連結される

 四大心情圏、分かりましたね。第一は子女、第二は兄弟、第三は夫婦、第四は父母、総完成は結婚の愛により成就します。だから夫婦は、子女の完成をなすためです。夫婦というものは兄弟完成をさせてあげるためです。子女と兄弟を完成させた上に、夫婦の完成があるのです。父母の愛は三番目です。

 無形実体の神様の性相、形状が愛によって一つになって、長い間待ちながら万物を創造したと同じように、夫婦生活、愛の関係を持ちながら、それは時間を経ながら、その中間において子供を生むというのです。それは無形実体が、愛一体圏で万物創造したのと同じです。夫婦愛の関係を持ちながら子供が生まれるのは、神様が創造したのと同じような実体験の感じを体恤させるためです。そのための相対的基準として伝授したのが子供の誕生です。

 だから、夫婦の愛というものは、そればかりではないのです。神様の子女として、兄弟として完成しています。男性と女性は半分半分です。女性は娘の時から、妹の時から、相対の奥さんの時から母のところまで、四段階過程を通過しなければなりません。みんな違うのです。夫婦愛というものは四段階が詰まっています。四大心情圏がその一点でつながっています。

 そうすることで、子供の時の理想完成万歳、兄弟の理想完成万歳、夫婦理想万歳、未来の父母の出発万歳。だから、自分の奥さんは、娘から、妹から、奥さんから、母、最後には母を通しておばあさんまでつなぐのです。代表的な女性をもらっているのです。神様の娘です。天宙を創造する万能の王様の娘をいただいたのです。旦那さんはといえば、その万能の王様の息子をいただいたことになります。

 女性は神様の二性性相の一性なので、二性性相になるには、男性の性相をもらうべきです。男性は女性の性相を共に抱え合い、愛を中心に結び合うことにより、原因と結果が一つとなることと同じになります。神様に子女の時代があった、神様に兄弟の時代があったというのです。無形の過去、それは見えないけれども、実体的に展示して表示したそのすべてのものが、神様完成とともに人間完成になります。

 だから、離婚というのはすべてを破壊するのです。神様の子女完成圏崩壊、神様の家庭による兄弟完成圏崩壊、夫婦心情圏崩壊、父母心情圏崩壊、このような、天下のどこにも歓迎できないような崩壊の王者は地獄へ行くしかありません。離婚というのは誰がつくりましたか。サタンです。サタンが一番喜ぶものです。それは喧嘩から始まりますか、離婚から始まりますか。(「喧嘩です。」)喧嘩の主体はサタンです。喧嘩が始まると、ああサタンが万歳を始めているなと考えればよいのです。女性の口は早い。サタンのラッパが吹き出していると考えよというのです。

 女性の口は平和の口、鼻は平和の鼻、目も平和の目、耳も平和の耳です。だから、先生はさまざまな組織に皆、平和という名称をつけているのです。世界平和の目、世界平和の鼻、世界平和の口、世界平和の耳、世界平和の腹、世界平和の頭、そのように考えるのです。

 世界平和というものは一人で考えるのではなく、和合して統一した平面上をいうのです。平に和して、それ自体の個性真理体が相対できる、和することを平和というのです。科学というものは自分の本性を変えるものです。この平和は、和して平らになることによって、そのまま個性が生きています。だから、目玉も平和になっているのです。みんな二つになっています。霊人体、肉身も二つ、男女も二つです。その公式圏において主体の立場に立つには、男性一人ではいけないというのです。女性が必要です。

 「おんな」というのは名ばかりだという話です。日本では、お茶とか、お菓子とか、お水とか、言います。「おんな」とは名のことをいうのです。(笑い)本当です。女性の胸は自分のものではありません。誰のものですか。(「子供のものです。」)お尻はどうですか。(「子供のものです。」)女性の顔は女性が好みますか、男性が好みますか。男性が好むのです。男性の顔は女性が好みます。嫌でもそうなっているのです。だから、顔は自分のためにあるのではありません。

 あなたたちは、毎朝鏡台の前に座って二時間を費やすのです。二時間を伝道に費やしてみなさい。一生の間に何百組も伝道できます。いくら手入れをしても、死ねば悲しいものです。その時間を費やして、たくさんの子供を伝道して、霊界に連れて行った場合、それが霊界における自分の財産になります。位置を決定するのです。

 統一教会の親たちは、自分の子供を立派な経済学者、立派な哲学者にしようとしますが、それは愚かなことです。たくさんの人を教えていくような、立派な指導者に育てることが一番素晴らしいことなのです。だから、皆神学校へ行き、皆指導者になって、万民を連れて行くこと以外に価値はありません。外的にいくらたくさんの立派な内容があったとしても、それは霊界では、神様の前に何のおみやげにもならないのです。いかに多くの人の生命を救ってあげたか、それが価値決定の自分の財産になるのです。だから、教会の牧師になりますか、大臣になりますか。(「牧師になります。」)分かりましたね。

 それで、総合的に四大心情圏を、我々は標語として唱えるべきです。第一は、我々は絶対夫婦主義者である。そういう自信を持ちなさい。神主義とは何か。絶対夫婦主義です。絶対愛を中心とした絶対夫婦主義です。第二は、我々は絶対家庭主義者である。第三は、我々は絶対天国主義者である。第四は、我々は絶対天王(天の王様)主義者である。神様の国の王様だという、四大心情圏と三大王権は王様主義だというのです。第五は、我々は絶対神主義であり、真の父母主義である。神主義は天上王国の象徴です。総結論です。万世の祝福が共にあらんことを願いつつ、アーメン。(拍手)

  一人の男性を中心として四大心情を再建

 今から活動しないといけません。何をするかというのです。でたらめなことはしてはいけません。女性たちの使命は母を復帰することです。お母様の分身体を、部落の一番の家庭に根を下ろすことです。男性たちは女性について行きながら一切を援助してあげなさい。女性が完成するまで、天使長は、アダムとエバが祝福完成理想圏を得るように援助しなければなりません。日本の女性は今、世界的なエバです。女性を中心にします。世界の女性はお母様の分身です。天使長である男性は先生の分身ではありません。分身はないのです。真の男性というものは一人しかいません。それがメシヤという、救世主という人です。

 あなたたちは先生の話を聞きたいですか、奥さんの話を聞きたいですか。先生の話を聞きたいのですか。それではいけません。あなたたちは天使長です。エバを誘惑したその反対に、エバの話に絶対服従、絶対屈伏しないと復帰の道が生まれてきません。三年間は、男性は女性に絶対服従しなさい。その話、あなたたち聞いていますか、聞いていませんか。(「聞きました。」)先生は間違いなくきちんと言いました。それで、あなたたち男性は先生の話を聞きますか、女性の話を聞きますか。(「女性の話です。」)そうです。間違ったらだめです。嫌でも聞かなければなりません。蕩減復帰です。

 だから、女性の時代に至っています。それは七年間です。先生が八十歳になるまで、今年から七年です。今から七年間において、世界を一つにしなければなりません。それはどこを通してですか。お母様と女性を一つにしなければなりません。だから、すべての女性は絶対にお母様の話を聞かなければなりません。
 堕落した結果、神様のほうは女性もいなければ、子供も一族もいないのです。女性がいなければ再臨主は生まれません。神様は女性を持っていません。創造理想に一致した女性はいないのです。蕩減復帰の内容でもって、氏族とか国とか世界とか天宙の八段階を残して、蕩減条件の下に生まれるようになっているのです。

 先生は女性の大将です。最終的に先生は、徹底して女性を妹として、神様の立派な娘として養育します。主管性転倒、転覆したのだから、立派な神様の娘として、立派な妹として、立派な姉として、立派な母として復帰しなければなりません。先生の話を聞いてその通りにやれば、立派な奥さん、立派な母になるのです。立派な娘になれるような内容を持っているのです。皆そうです。

 心情圏復帰をいっぺんになすような、四大心情圏を再び再建させるような一人の男性の基盤がなければ、女性が完全復帰される基盤は永遠にないのです。神様の娘として心情を誘発する力が先生にあって、妹の心情、奥さんの心情、母の心情が先生に向かうことによって皆そうなるのです。先生の妹になりたいなあ、奥さんになりたいなあ、母になりたいなあと皆そう思うのです。堕落により女性は、四大心情をいっぺんに失いましたが、それを一人の男性を中心として、四大心情の再建を完成しなければ、女性の完成圏は永遠に生まれてきません。それは原理原則です。

 本心がある以上、絶対的に女性は先生を嫌がることができません。おばあさんも先生が皆好きなのです。お父さんにしたい、兄さんにしたい、それは仕方ありません。堕落した心情を再建し、百八十度転換するためです。だから、女性は先生の命令を絶対に聞かなければなりません。

 男性たちは、女性の後について来ないと宮廷に侍ることができません。あなたたちは早く国を治め、世界を統一した後に来ないといけないのです。それが天使長の使命です。それは先生の話ではありません。世界を統一した後に初めて、堕落しなかった基盤の上で、再びハンダ付けして、再び祝福してあげることができます。真の父母とエバと子供が一つになった後に、この道を反対するものが世界にいなくなることによって、初めて天使長に相対圏が授けられるのです。それが原理観です。先生の話ではありません。

 アダムが完成したら、天使長が男性であれば、女性をつくって、相対をつくってあげなければいけないではないですか。天下統一された場合には、天使長圏も、そういうような神様の恵みがあります。だから、再び第二のアダムを先生はつくってあげて、奥さんと子供が願うことによって、再び前の奥さんと夫の立場に立たせることができるのです。

 そうするには、その期間においては、昔夫婦であった感情を忘れないといけません。自分の子供だという考えがあってはだめです。それは堕落しなかったアダムの奥さんであり、アダムの子供です。そういう立場に立つことによって、再び、何も知らなかった堕落前の十六歳につながるのです。そういう立場に立つことによって、真の父母の勝利圏の体を接ぎ木してあげるのです。

 サタン圏において、蘇生、長成、完成の八段階を勝利して、ずーっと回ってきて接ぎ木してあげるのだから、何千年の歴史過程の堕落アダムの体が、蕩減復帰したアダムの体の立場に立つことによって、サタンの侵害を逃れられるのです。そのような勝利的な第二の相続権をもらわなければ、旦那さんとして、第二のアダムとして立つことはできません。これが分からなければ大変なことです。

 これが分からなければ、第二のアダムをつくり出す道が分かりません。女性の解決もなく、男性の解決もありません。だから家庭です。家庭で転換するのです。分かりましたか。先生が世界的に勝利して、国家を訪ねて、国家を中心として氏族的メシヤ、それを中心として家庭メシヤ、アダム家庭に帰っていくのです。そこでもって転換しないといけないのです。

 お母様の旦那さんは第一のアダム、そうだとすればお母様は第一のエバです。その妹は第二のエバであれば、第一のアダムは第二のアダムをつくってあげればいいというのです。それで兄弟の立場に立って、兄さんに侍ることによって、兄さんの家督を継いで同じく天国に入ることができるのです。そのようにして女性問題が解決し、男性問題が解決します。すーっともうお母様の分身になっているのです。だから、天宙から、世界から国家基準まで、お母様の三大圏を備えているのです。

  氏族的メシヤの使命を果たすことによって入籍

 国家基準だから百六十国家を中心として、世界的な父母様が王様のような立場で、横的に第一代アダム、第二代イエス様です。横的縦的な六千年の願いは、地上に完成された父母様の接点、安着圏を求めてきているのです。それは地上です。六千年の三代目のアダム完成基盤、いくら六千年だとしても、神様から見た場合には三人の子供です。アダムは第一長男、イエス様は第二次男、完成されたアダムは第三の子供です。

 第三アダムが完成したとすれば、完成基盤というのは縦的ではありません。横的です。これが完成したということは、アダム完成、イエス完成、最後の完成です。だから、完成基盤というのは縦的ではないのです。横的基盤です。アダムの氏族を中心として民族、国家と横的拡大です。だからこの三代の子供が、本当は地上において、横的に完成圏をなすべきだったのです。三代になったのは、アダムが失敗したからであって、アダム完成した場合には三代もいりません。一代でよいのです。だから、三代延長したそれはみな横的完成基盤です。

 縦的なこのような三人の子供は、横的な兄弟圏に立つのです。横的な兄弟圏というのは一代圏に入るのです。神様を中心として見た場合に、一代圏四十年間に、これをみな整理しないといけません。だから第三アダム完成は、第二イエス様の完成と共に、第一アダム完成です。これは三人の兄弟の立場に立ちます。分かりましたか。兄弟というものは、一代を中心としていうのであって、何千年の何十代ではありません。だから一代圏に立つのです。アダム完成はイエス様完成、三代完成圏を同じくすることができるのです。

 この基準は旧約完成、新約完成、成約完成です。地上完成は世界的です。家庭的、民族的ではありません。イエス様を越えて世界的基準だからです。世界すべてが、平面圏に三代のアダム圏とイエス様圏と再臨を並べておいても、これは勝利した立場だから、サタンの侵入する道はありません。真の父母と成約時代というその題目は、サタンとは全然別個の問題だから関係することができません。

 サタンは長成完成基準の地上基準であって、それは縦的な立場に立っているのです。横的ではありません。だから天使長、サタンは空間を占領した王様です。空中を占領しているのです。神様は空中と共に平面と縦横すべてのサタンの讒訴圏を完全に凌駕していますから、その和動圏内ではサタンは侵入することができません。

 三代の先祖の後孫として五十二億を見た場合に、親類には信仰するものと不信するものと二通りがあるのです。第一アダムの後孫としては、統一教会に反対しています。フリーセックスをしています。後孫として皆悪辣な者を代表した者たちです。堕落したためにそうなっているのです。第一代の先祖の後孫です。第二代目のイエス様の後孫は宗教圏に属するのです。もしもイエス様が祝福され、人類に血統を残した場合には、二千年間に、人類は完全に統一して余りあったのです。死んだイエス様を中心にして、第二次世界大戦後に統一したということを考えてみた場合に、二千年の期間に世界統一は問題ではなかったのです。だから、宗教圏の主人はイエス様です。

 この複雑なカイン・アベルが誰によって一つになるか、それが全部誰によって完成されるのかというと、再臨主によって皆、清算することができるのです。これを清算してしまった場合には、第一代圏、第二代圏の人類圏のサタンが復活できないのです。だから自由圏です。

 堕落は何かというと、サタンを中心として祝福したことです。それで、一九九三年八月二十五日の三万双の祝福は、原理を一週間だけ聞いて簡単に受けることができました。血統転換を間違いなく信ずるようになった場合には祝福してあげたのです。

 水がこのように入ってくるというと、水平に、満水になる時には、もう五分以内で入って流れていくのです。最後は同じになってしまうのです。そのような時代が来るのです。だから一週間以内で、六千、七千年の歴史を蕩減するのです。ここからここまで七千年ですが、満水期にはわずか一週間です。一週間もいらない、数時間になるのです。そういう立場に立っているから、平面的な、神様の平等圏を認めるような時代が来たから、満水圏のこの同じ立場によって切り替える、そういう時代が来たのだから、一九九二年八月二十五日に三万双の結婚をしたのです。

 結婚したというのは何かというと、これは第一代、第二代、第三代の勝利を中心として、彼ら自体を氏族的メシヤとして認定してあげたということです。氏族時代です。自分の父母たち、祝福家庭の親は皆アダムの立場です。兄弟から見た場合に、三代が一つになるのだから、父母の立場です。イエス様のお父さんはアダムです。数千年あっても、アダムの血統と一つになるのです。

 第一先祖、第二先祖、第三先祖が一つになっているのです。これが一つになっていくとするならば、兄弟のうち長男が一番かわいそうな立場に立ったのだから、二人でもって一体となって、この長男を同じ立場に立たせるとするなら、それを嫌がる父母はいません。喜ぶというのです。親に対して親孝行するより以上に兄弟たちが一つになれば、親はそれを願うというのです。そういう観点から見た場合に、第三の兄弟、第二の兄弟が一つになって、第一のアダムを同じ平等圏に立たせたからといって、神様が反対することはないのです。サタンも讒訴する何もないのです。同じ平等圏にあります。

 こう見た場合には、第一代、第二代、第三代が一つになり、五十二億が平面上において皆一つになってしまえば、一週間で祝福するのです。そういう特権が先生にあるのです。真の父母としては、横的にも縦的にもサタンの讒訴圏がない、どこに行ってもサタンの侵入圏がないのです。

 完全に蕩減復帰させてあげた場合には、その先祖が祝福されたとするならば、その後孫も同じく祝福できるのです。親の勝利圏は、その後孫が相続できるのが原則だからです。第一代の先祖を中心として、何千代あってもいいのです。平面的に何千代でも祝福してあげることができます。今までの何千年の歴史を、先祖を中心とした時には、何千代が横に並んで、祝福は一週間でいっぺんにしてあげられるというのです。

 今からやることは祝福です。原理を理解して、祝福された場合、すぐ神様の国に入るのです。アダム・エバが、真の父母ではなくて、偽りの父母を中心として結婚することによって、地獄が生まれてきました。だから、第一代先祖、第二代先祖、第三代先祖を特権的に祝福したとするならば、その後孫も同じく祝福されます。親の祝福は自動的に子供に相続されるのです。親子関係がずーっと何十代でもつながります。そうすることによって、その何千代の先祖、後孫たちが平等的な立場に立って、同じく祝福を受ける立場に立つことができるというのです。そうなった場合には、国家を中心として入籍時代が来るのです。イエス様を中心として入籍です。

 ここに今、三百余名が同じく祝福を受けたとすると、第一代の後孫、第二代の後孫、第三代の後孫、それは問題ないのです。同じく祝福された場合には、どのようにして先祖を決定するのでしょうか。イエス様は国を中心として入籍しようとして失敗しました。それを蕩減復帰しなければなりません。イエス様の時代には百二十軒です。再臨の時代になって百六十軒を祝福すれば、百六十軒の中には、百二十も入るし、モーセ時代の失敗七十長老、ヤコブ家庭の失敗十二、皆入るのです。だから、統一教会十二家庭の蘇生、長成、完成、アダム、ノア、ヤコブの三十六双、それから七十二双、一二四双、国家を代表して四三〇双、それから七七七双と世界に拡大して、一八〇〇双、六〇〇〇双と人類歴史のすべてを蕩減するのです。全部象徴的に組んでいるから、世界どこでも縦横無尽に組み合わせることができるのです。

 将来どのようになるかというと、同じく祝福受けたとしても、三百代の差が縦的に生まれてくるのです。誰が先に入籍したかによって、三百代の差異が生まれてきます。氏族的メシヤの使命をなすことによって入籍できます。統一教会の全世界の信者たちが、同じく入籍するのです。入籍した場合には大移動がなされます。神様の国に入籍するのに順番があります。まず最初に真の父母から入るのです。ずーっと順番に入ることによって、主流血統が王家からつながるのです。だから、氏族的メシヤの使命は大変、先祖たちは大変です。数千万代を平面的に飛び越えることができます。

  真の父母と重生

 家庭から全世界まで先生が勝利したのだから、真の父母と成約時代圏に入った場合には、いくらサタンの血統だったとしても、統一教会に入った場合には同じ価値として見るのです。その者たちが皆、再び真のお父様の血統圏に戻っていくには、女から生まれたのだから、逆に入って行かないといけないのです。家庭メシヤから、氏族メシヤ、国家メシヤ、世界メシヤ、天宙メシヤのお母様に入るので、全世界につなぐために、全世界に真の父母を宣布しなければならないのです。だからお母様は、四十か国を中心として百六十か国をやるようになっています。百六十か国はお母様がしないといけません。四十か国を代表してやるのです。

 先生も百二十か国聖地を決めるのに、四十か国を中心としてやったのです。イエス様の蕩減です。そういうことをすることによって、世界百六十か国の門を開くというのです。全世界の女性はお母様の分身です。だから、生まれたその子供は皆入ります。男は天使長だからそのままにしておくのです。

 このようにして、全部がお母様のお腹の中に入りました。入ったとしても、これはサタンの讒訴圏を越えてはいますが、その根本は渋柿から出発しているのです。甘柿ではありません。入ったものは、お母様の分身として同じ胎中圏に入るのです。入ってどうなるかというと、お父さんとお母さんの愛の関係によって子供が生まれる愛の現場、その現場に戻っていかなければ、それを備える道はありません。

 このようにお母様のお腹に入ったその子供は、すぐ生まれるのではありません。十か月という期間がきちんとあるのです。愛の生活をすることによって、真の父母の子供の種が真っ赤とすれば、お母様のお腹の中に入っている子供の体は、愛の関係でもってピンクにでもしないといけません。そうなると、サタンと永遠に決裂する、サタンは自分の所有であるということができないのです。それは体が違ってくるからです。

 このようにして一つになって、一人から入っていった者が、お父様とお母様の愛の関係によって、子供の接ぎ木をして、再びお母様のお腹を通して生まれてくるのです。これは正式に生まれてくるのです。

 入るのは蕩減のためです。蕩減されて、再びお母様のお腹を通して、それが天宙的、世界的、国家的、氏族的、家庭的な基準までつながるのです。国家的基準の父母から、氏族的基準のイエス様、家族基準は第一代です。三代の王権を中心にして平面的につなぐ、そういう基盤になっているから、氏族的メシヤがなければ、再び入れ替える道もなければ、一つになって出ていく道もないのです。重生というものは永遠に切られてしまうのです。こんな恐ろしいこととは知らなかったのですか。

 統一教会の氏族的メシヤは、田舎に隠れて消えていくのではなく、自分の先祖たちを訪ねていくのです。それを動かなかった場合には、交通事故か急激な事件で死んでしまいます。大変なことになるというのです。先祖の行く道を皆ふさいでしまいます。こういうことをすることによって、先祖たちを七十二代もいっぺんに連結してつないでいくのです。先祖たちは皆、地上再臨が可能になります。分かりましたか。

 このような本当のアダムの血統が、地上に生まれたような立場に立つのだから、その血統を中心として先祖たちが、天使長圏で援助するようになるのであって、サタン世界の子女を援助することはできません。善なる女性たち、全面的に女性の背後についていくというのです。だから、もう六千万日本の女性は問題ではありません。何十人、何百人がつながっているのですから、天使長の旦那さんも、女性がきちんと主体性を持ったら恐ろしいというのです。身震いするというのです。どうにもならない、そういう時代になってきました。

 お母さんの左の腹から入ってきて、それを皆蕩減して、右のほうから、再びお母さんの腹を通して、それは氏族的メシヤの腹を通して、家族メシヤの腹を通して生まれないと完全蕩減復帰はできません。ここから地上天国になるのです。分かりましたか。そのような条件をなさないと、サタンの全権を無視して、神全権の時代に切り替えることができません。これが真の父母と重生です。だから、真の父母がいなければ絶対、重生する道がありません。

 すべての統一教会の女性たちは、お母様の細胞になって、アベルの細胞と一つになり、お母様が悲しくなった場合、自分も悲しいというような体恤した立場に立たないと、こういうことはできないというのです。それは話だけでも、このように難しいものです。これは漠然とした話ではありません。この重生という言葉を使うので、キリスト教は摂理的中心であることは間違いないというのです。こういうことを考えてみた場合に、全能なる神様も、アダム・エバ完成基盤を得なければ、復帰は永遠にできないのです。
 真の父母の名前は永遠に一人しかないのです。二人ではありません。過去も、現在も、未来も、永遠に一人しかないのです。仏教も真の父母、儒教も真の父母、回教も真の父母、すべての教祖たちが必要とするその基準です。真の父母によって初めて、こういう重生の基盤を中心として、新しい天国、地上天国、天上天国がそろうのであって、それ以外にはありません。

 それがいかに真剣か、あなたたち考えてみなさい。だから、イエス様のところにニコデモという官吏が行って聞いているのです。「イエス様、どうすれば人間が救われますか」と。「再び生まれないと救われない」と答えると、「いかにして大きくなってから、お母さんのお腹に戻っていきますか」と。ユダヤの官吏は重生を知らなかったのです。しかし、イエス様は知っていました。

 重生過程を通過しないと、その時代にならないと、世界解放圏の祝福圏が生まれてきません。今は教会で祝福です。南北統一、祝福世界統一圏です。先生の八十代を中心として、モーセがネボ山において、カナンの地を眺めながら入れなかった、それを堂々と境なしに入るような時代になっているのです。日本は大変です。あなたたち一族は、全世界の宣教を援助しなさいというのです。

 先生が、十六歳以降のすべての時代のアダムの体、蕩減復帰した体を持っているから、先生を中心として接ぎ木することができるのです。接ぎ木してもらうのだから、十六歳の上に失ったサタンの体ではなくて、先生の体をつけてあげるのだから、ハンダ付けしてあげるのです。接ぎ木してあげるのだから、再び第二のアダムとして立つことができるのです。

 お母様の第一のお母さん、奥さんの第二のお母さんと、第一のお父さん、第二のお父さんが相対的にそれぞれ結婚して、第一代を自分の主体として、絶対一体となっていった場合には、真の父母を中心として、あなたたちも祝福された兄弟の立場で天国に入ることができるのです。理論的です。分かりましたか。どうせこの過程は行かなければなりません。話だけではなく、この通り公式になっているのです。このような内容なので、完成したアダムが来ないと、何千年かかっても復帰はできないのです。

 完成したアダムはどこにいますか。(「ここにいます。お父様です。」)真の父母の名前で、今まで先生は苦労しています。真の父母の名がなかった場合には、先生はこんなに苦労しません。本当です。皆さんの父母たちは、「父母がいるのになんだ」と言いませんか。文先生という見たこともない者を真の父母というのであれば、そこに座っている実体の父母は偽りの父母ということに自動的になるのだから、「このやろう、なんだ。自分のことをさておいて、どこに真の父母か」と、このように反対するようになっているのです。だから、真の父母という名前は、先生にとって一番いいように見えますが、一番嫌いなのです。あの名前がなかったら、先生は迫害を受けなかったのです。

 今でも先生が必要ですか。この原理だけを必要と思って、お母様について行けばいいでしょう。お母様について行っても、真の愛と、真の子供の種はお母様にはないのです。ないから、先生から受け取らなければなりません。だから、それを受けるまでは、お母様は絶対、先生の命令に服従しなければならないのです。分かりましたか。再び生んであげなければなりません。

 堕落の一日がこんなに恐ろしい結果になり、何億の人を殉教させて殺したというのです。そういう恐ろしい版図の中から、ようやく解放された者が、再び堕落ということは死んでもできないのです。蕩減復帰は難しいことです。どのくらい難しいですか。あなたたちに先生が話しても、一回で分からないほど難しいのです。きちんと話しても分からないのに、それをやるのにどのくらい難しいか考えてみなさい。話してあげて、それを聞き取るのも難しいのに、それをやるのはどのくらい難しいか考えてみなさい。

  全世界の女性がお母様の分身に

 全世界の女性がお母様の分身になることが、統一教会よりももっと重要です。これを早くしないといけません。お母様を中心としてカイン・アベルが一つにならないといけないのです。
 イスラエル民族が出エジプトの時に、分かりながら通告しなかった場合には、大変なことになるのです。そのことをよく理解して、日本女性六千万人を訪ねて行って教えてあげるのです。五万人いたら、一人が一日十軒訪問すれば一年でできます。

 ラッパを吹きなさい。「真の父母と成約時代が来ました。血統転換と心情転換の時です」と、聞かなくてもいいから叫びなさい。街角に皆、広告板を出しなさいというのです。旗を揚げよというのです。今からそれをやるのです。家庭ごとに、女性のいる所に皆訪問しなければなりません。そうしないと、イスラエル民族が出エジプトという時に同じ行動ができません。分かった者がやる、それは同じく責任が追及されるのです。

 このことをはっきり教えてあげた以上は、あなたたちの先祖、氏族に対しては、あなたたち自身が責任を持つのです。氏族的メシヤは、メシヤというのは死んでも責任を果たさなければなりません。イエス様もメシヤとして生まれてきたのだから、地上で完成できないと天国に入ることはできません。楽園、待合室にいます。地上で完成しないと入ることができません。氏族的メシヤも同じで、大変なことです。あなたたちの先祖が呪うのです。後孫が呪うのです。周辺の親族たちは、痛哭しながら、涙を流しながら、これを進んで皆聞くようになるのです。

 統一教会を白い目で見て反対するような常識外れの男女は、いることができません。そういう旦那さんがいたら、正面から伝道しなさい。「何が悪いのですか。統一教会の文先生は何が悪いですか」と、このように聞いてみなさい。今からは、反対する者を見ながら、知りながら黙っている時代は過ぎ去りました。長子権復帰、父母権復帰、王権復帰をしなさい。なさなかったら、自分の先祖が大変です。逆にやられる、逆に蕩減されるのです。皆めちゃくちゃになっていきます。見てみなさい。

 母復帰です。エバ復帰です。エバが復帰されないと地獄はなくなりません。家庭において、エバはカイン・アベルを抱えて地獄に行ったのだから、その母を復帰して、カイン・アベルを中心として、真の旦那さんと真の神様のほうを中心として行かなければなりません。

 統一教会は七年間奉仕するようになっています。七年の奉仕期間において、十二人の弟子と七十二人の弟子、八十四人を立てるのです。七年でするには、一か月に一人伝道しなければならないという公式になっているのです。十二弟子と七十二門徒がいればイエス様は殺されません。それを蕩減復帰しなければならないのです。伝道しなさい。それが自分たちの生きる道です。そうすることによって女性完成した者は、男性や氏族に援助してもらえばいいのです。

 母復帰、絶対です。女性がいれば、皆生かして、皆引っ張って教育するようにするのです。そうすれば、男性と子供とお母さんが一つになります。お父さんはおいて行く、後でいいのです。まずもって母の胎で生まれるのです。分かりましたか。

 日本の代表の女性たち、全国の代表の女性たち、大砲になりなさい。世界復帰のため、女性たちを皆世界に送ります。国を復帰するのに援助した天使長は、今までいないのです。今まで悪なる反対をしました。国を復帰する、そのような責任を果たす天使長がいたら、これは堕落したアダムより以上です。いろいろ教えたのだから、援助する道が分かりましたね。

 あなたたちの奥さんから皆、宣教師として送らないといけません。世界を悪くしたのは天使長の行為です。あなたたちに祝福を与えて、それを先生が破壊すると思いますか。次元の高いところで祝福されるため、高い次元につなげるためであって、あなたたちを滅ぼすためではありません。

 済州島に連れて来たのは日本を滅ぼすためですか。その結果どうなりました。それをしなかったら、今ごろはぺちゃんこになって飛んでしまっているのです。世界的に大変なことです。その方策しかないので、そうしているのです。結局、先生の願い通りにしたので、今からは希望があるのです。あなたたちの思い通りにやったらどうなりますか。滅亡します。

 神様には、今まで女性がいなかったのです。その神様の苦しさを知ったとするならば、夜を通してでも、女性を引っ張って神様のほうにつなげてあげることが、娘としての使命であるというのです。女性と子供を抱えて神様に帰る、その道をつくるということは、それ以上幸福な道はありません。御飯を食べるより、もっと尊いのです。女性は、六千万の家庭の母を、そのように教えてあげなければなりません。

 考えてみなさい。先生は四十年間で四千年の歴史を蕩減したのです。食べることも忘れ、寝ることも忘れたのです。神様は援助しません。天下に一つしかない、秘密の一番尊いものを誰かに授けようとする時、援助した場合には、文先生をなぜ援助しますかというのです。最後までそういう立場に立っていて、文先生以外にいませんとサタンも分かるのです。

 一番最高の貴重なものを与えるには、十人の子がいた場合に、十人を競争させなければならないのです。競争すれば失脚する者が出ます。生命を懸ける者と懸けない者がいれば、生命を懸けない者は皆落ちてしまいます。生命を懸けるにも、どんな立場の生命を懸けるか。戦場の銃撃戦のまっただ中に立ち生命を懸けるか。苦しいどころか、即時に死んでしまうような危険なところに生命を懸けるか。最後の一人になった場合は、その一人に全権を神様は授けてくださるのです。誰も文句ないのです。

 だから、蕩減復帰路程において、最高に苦労したのが先生です。神様も、もうめちゃくちゃに先生をやっつけました。それを知っているのです。あなたたちは先生の話を聞いて、心が不満を言うかどうかやってみなさい。子供みたいに心が雀躍するのです。そういう世界があるのです。かわいそうな顔をしている娘たちを、まだ使おうとするそのお父さんはいかにかわいそうか。それを先生に待ち望みながら、地上天国完成を願う神様はいかにかわいそうか。それを知らないといけません。

 母復帰。あなたたちの兄弟のお母さん、お姉さん、妹です。公式的な行くべき道が残っています。兄弟のために夜を通し、親戚のために断食し、血を流すような苦労を好んでいくような家庭は繁栄するし、そのような氏族は国を治めるようになります。新しく決意ください。

  世界のために生きるべき日本

 教会集中時代は終わりました。分散時代です。九月一日で、氏族的メシヤを発表してから三年目です。三年間飛ばしてしまいました。その時、はっきり教えました。氏族的メシヤを一人でできなければ三位基台、三位基台でできなければ十二人が一つとなってやるのです。それができない場合には、百二十の氏族的メシヤが連合してやりなさい。そういう連合体をつくってやった場合には、一人も隠れることができません。

 外交的手腕を拡大して、摂理の方向にプラスになるように戦略を組まないといけません。それは座っていてできるものではありません。先生は、世界の学者たち、世界の科学者たちを集めるのに四十年間苦労してきました。それをつくらなければ、お母様の世界的な宣布ができません。誰も今まで手をつけられないような基盤を、誰も壊すことができないような基盤を今つくっているのです。

 これから日本に帰った場合には、教会は六十人基準に皆動かします。一か所に何千人も集まっていたら、遊ぶ者が出てきます。何百、何千人はだめです。六十人ずつに分けて、百二十人を早くつくりなさい。それで、百二十人以上になった場合には、再び二つに分けて、町村を中心として家庭まで行くのです。家庭まで相対基準をつくらないといけません。こういう恐ろしい原理を持って、百二十人は問題ではありません。それができなかった場合には、毎日伝道です。自分の親戚は連れてきてもいいですが、他の者を伝道してはいけません。分かりましたか。他の者を伝道しないで、自分の親戚を伝道するのです。
 今からは、反対する内容を理論的に正していくのです。弁明し、答えて転換していかなければなりません。座ってはく奪されるようなことは許されません。とにかく自分の親が反対するような者は、さっそく国へ帰って対処しなさい。一家が反対をすることになれば大変です。

 入籍する場合にどうするのですか。十代、二十代、百代、千代が怒ってしまうのです。その先祖の霊界の恨みがいかにひどいか考えてみなさい。先祖たちを、その地上の国につなぐことができるのです。過去、現在、未来は一つです。地上再臨して、地上定住することができるのです。長子権を復帰したのですから、皆自分より妹、弟です。先生なら、小さな日本列島を寝ないでも回ります。家族全部訪問して、喧嘩好きな旦那さんでも、水をぶっかけ合ってでもよく解決してあげるのです。考えれば伝道の道はいくらでもあります。仕事しながら伝道することもできます。

 先生がここまでくるのにやってきたことをあなたたちは知らないのです。統一教会の教祖の立場でやっていないのです。教祖なんか眼中にありません。若い青年時代はいつまでもあるのではないのです。この前、信仰歴が十八年にもなって、伝道を二人しかしていないという人がいました。それは罪です。罰せられなければなりません。そういうようなメンバーを抱える統一教会は罪の団体です。先生はそう思います。

 女性たち間違いなくやるのですね。(「はい!」)一九九四年の正月元旦に誓ったことは、天下一品のものになるのです。信じてもいいですか。(「はい!」)決意しないといけません。不可能なことはないのです。先生はいろいろ体験があります。神様は先生を愛していないといって、迫害しながらも、一番困った時には、きちんとみんな準備してくれているのです。

 八十のお祖父さんが、こんなに腹を減らしてやっているのに、やりますか、やりませんか。(「やります!」)必ずやるようにしないと、神様の計画がなされないのです。先生は手をつけた以上、きれいにしてしまうのです。中間のままにはしたくありません。先生の目を見てみなさい。小さいのです。神様の知恵が突き抜くのです。先生の鼻を見てみなさい。誰の話も聞かないのです。そういう男性であることを忘れないで、決意した場合には、堂々としないといけません。

 先生はあまり能力があってあなたたちが困るのです。困るけれど、獅子の子供は獅子にならなければなりません。獅子の子供は歩き方から、行動からすべて違います。吼える声もみんな違います。出発当時から異なった姿勢を取りなさい。今度帰った場合には、二倍、三倍以上異なった方法をとりなさい。そのままの方法ではできません。二倍以上の結果を出すような別の方法をとった場合には問題ありません。

 真の父母と一体化しないと何事もできません。皆が真の父母と一つにならなければなりません。真の父母と一つになることが、日本の責任者と一つになるよりも重大なのです。真の父母と一つになって、日本の責任者と一つになればいいのです。先生は分析会議が大嫌いです。アメリカでも、会議をするなといっています。分析した場合には大変なことになります。行動するのです。真の父母と一体化しないと統一ができないというのです。

 日本人は責任者の名目を持った場合には、お願いしますというけれど、人事になった場合にはきれいに他の人になってしまうのです。それではだめです。それは韓国人と違うところです。韓国人は因縁の情を最も貴重とするのです。日本人のそれは国民性からして女性の性格です。それは島国だから仕方ないのです。そうならざるを得ません。これをいかに変えていくか、それは重大な問題です。その問題解決には本格的教育が必要です。国内でできなければ、国外へ出してでもそういう訓練をしないと、大変なことになります。孤立してしまいます。立つ基盤がなくなってしまうのです。

 環境に適応しながら生活するということは、利口な生活ぶりです。しかし、環境というものは歴史性があるのです。真の父母と一体化しないといけません。お父様が何を考えているかということを貴重にしないといけません。それを貴重にしながら日本を考えないといけません。お父様は世界を考えているのです。あなたたちが日本を考えていた場合、いつもこれが問題になるのです。なぜお父様と一体化しないといけないか、それはお父様が世界を考えているからです。一体化することによって、日本の統一教会が将来順調に行く道があるのです。日本ばかり考えていた場合は大変なことになります。

 それから、重生問題を重要視しないといけません。自分たちが蕩減の道において、重生をなし得て、血統的転換をして、自分たちが新しく構成されていく過程というものは、このような蕩減再復活勝利圏をなしていくのです。それを確定したという自信を持たなければなりません。これは重要な問題です。

 一九九四年は、先生がずっと願ってきたすべての時が来ました。今から世界的な展開時代が来ます。それに相応して、日本がエバ国として、歩調を合わせられるようにしなければなりません。日本自体ではできないから、文先生がエバとしての教育をして、全世界へ派遣しようとするのですから、各氏族が宣教資金を援助しなければなりません。

 旦那さんと一つになって、氏族圏で援助する方向を考えないといけないのです。氏族圏でできない場合は、旦那さんが二重、三重の努力をして、氏族圏を動かして、それをやらなければなりません。自分の氏族の反対する環境を残して、今から行こうと思う人はだめです。一族みんな収拾しないといけません。では日本の未来の希望が、きょうから花が咲くようにお願いしつつ終わりにしましょう。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2022.05.26 01:38:19
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2022.05.25
カテゴリ:PeaceLinkTV



天の父母様聖会
第60回真の万物の日及び
世界平和統一家庭連合創立68周年記念特別集会(220530)





2022/05/30 (天一国10年天暦5月1日)09:00に公開予定 です。
言語は韓国語のみ、日本語訳は、現時点での情報はありません。






Last updated  2022.05.25 22:07:04
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2022.05.23



「第二十七回「神の日」記念礼拝」

一九九四年一月一日 午前十時~ 
ソウル・国際研修院


  最初の「神の日」宣布

 きょうは何の日ですか?(神の日です)。きょうは二七回目の「神の日」です。「神の日」という記念日は、全世界の数多くの国、数多くの宗派の中で、ただ統一教会だけが記念している日です。本来、堕落しなければ、アダムとエバが祝福される日、すなわち聖婚式をするその日が「神の日」であり、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」なのです。これが一日で設定されるべきでしたが、堕落によって逆になりました。

 真の父母が現れたのは一九六〇年です。その位置は、長成期完成級でアダムとエバが堕落した位置です。ですから、長成期完成級から完成期完成級までの七年間が残っているのです。したがって真の父母の名はありましたが、それが完成の段階に立っていなかったので、完成段階の基準を超えなければならないのです。それで、一九六〇年に聖婚式を行い、六八年の一月一日に「神の日」を定めました。その背後の複雑な蕩減復帰の路程が、二重、三重にからまっている事実は誰もほとんど分かりません。分からなかったその背後の内容、すなわちサタンと神様だけが知っていた秘密を、先生が初めて整理してまとめたのです。

 歴史路程において、蕩減復帰は、クリスチャンたちが信じているように空中でなされるのではありません。私たちの平面的な路程や、人間の歴史路程を通して蕩減するのです。その蕩減路程は、個人的な蕩減から、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の解放まで蕩減していかなければなりません。

 アダムとエバの堕落により、神様は恨み多き立場に立たれたのです。本来、神様は思いどおりにこの宇宙を創造され、思いどおりに主管することができるようになっているのです。人間始祖はこの地上で、神様の真の愛を中心として真の父母となり、真なる愛、真なる生命、真なる血統の関係を結ぶことにより初めて、神様が願われた最初の家庭をつくることができたのです。

  神様と人間との関係

 ここで問題になることがあります。それは人間と神様との関係です。今日、統一教会は堕落した人間社会の中で、復帰摂理の道を歩んでいます。そのすべての結論は、神様と人間の関係になるのです。

 神様はいったいどんなおかたで、人間は何者なのか。これを解明しなければなりません。神様が願われる理想世界と、私たち人間の願う理想世界の出発の起点は異なっています。出発が違えば、神様の理想は人間を通して地上に成就することができません。人間の行く道が神様のみ旨や理想と一致しない限り、神様が成そうとしておられるみ旨と一致する道はありません。結局、人間と神様の関係が何をもって定着し、何をもって一つになるかということが重要な問題なのです。

 これがはっきり定まらないと、哲学、思想や宗教の出発の確かな起源と、帰結を知ることはできません。歴史路程と神様の摂理とも関係を結ぶことができません。出発が明確で、過程、結果が明確でなければならないということです。私たちが生まれ育ち、結婚して暮らす、この一生の個人歴史は人類歴史全体を象徴した形態なのです。人類歴史をつくるのは、ほかならぬ人間自身です。私たちのような生涯を送る者が連結されて、歴史が形成されるのです。

 このようにつづられていく人生の流れは、数千代、数万代を連結して現れてくるので、歴史の発展過程において、自分の生きている時代が、その歴史発展段階のどの位置にあるかによって変わってくるのです。これはすべて神様とサタンが知っていますが、人間だけが知らずにいるのです。

 ですから、サタンを取り除くためには、神様とサタンが知っている内容について、人間も同じくらい知らなければなりません。それで、サタンが悪いという事実を、個人的な生活を通して、次には家庭、氏族、民族、国家、世界、と発展していく世界的な全体の歴史を通して証明するのです。そのことによってサタンを神様の前の法廷に引っ張りだして、天宙の大審判主であり、天宙の大いなる主であり、大王である、神様に善悪を決定していただかなければなりません。

 悪なる者は悪なる者として、善なる者は善なる者として決定しなければ、地上に永遠なる平和の世界は来ません。サタンが存在し、破壊行動をしている間は闘争の概念を超越できません。したがって闘争が介在する限り、平和の世界と通じることができないのです。


  収拾できない世界の現状

 私たち人間自体の歴史を世界的に見ると、いまだに戦争の余韻がたくさん残っています。これから民族間の闘争時代は、過去のものになっていきます。一つの民族主義国家時代も同じです。戦争もすべてブロック的な戦争です。第二次大戦を見ても、英・米・仏、日・独・伊、このようなブロック的な国家連合を形成して、世界をどちらが支配するかという、世界争奪戦争をしてきました。そしていまだにこの世界では戦争が続いています。このような観点から見る時、数多くの宗教、民族または人種、文化の背景が違うだけに、それらは融合しにくいということが分かります。

 それで、私たち人間一人ひとりが置かれている環境を見ると、アメリカのような国では、世界に散らばっている多くの民族が入ってきているのです。これらの民族を見ると、歴史が違い、文化や宗教的背景が違い、あらゆる習慣が違います。ですからこれらを融合させるのが難しいのです。

 ゆえに人間の間でできたすべての不和の起源が、いまだに地上にたくさん残っているのです。ですから、これらをすべて整備することのできる仕事をしなければなりません。それを誰がするのですか。

 人間は頭脳をもって、哲学とか宗教のような思想的基盤を中心として人類歴史をリードしてきました。そして、文化圏を中心として四大宗教圏になり、これが大きなブロックになりました。欧米はキリスト教文化圏、中東は回教文化圏、極東は儒、仏、仙の三道を中心とした文化圏にすべて分かれてしまったのです。仏教圏も分かれていかざるをえないのです。これらはみな文化の背景が違います。

 また宗教は、その地域的環境に従って、その地域を収拾するための神様の摂理の中で、多様な文化背景を吸収統一します。ですから地域によっていろいろな形で展開されるのです。そして、国もやはりいろいろな長い歴史を通して、戦争から離れられない環境で戦ってきたので、宗教を指導する国があれば、その宗教自体にも戦争的内容が入っているのです。

 このような複雑多岐な戦争、そして不和の要因がこの世界にぎっしりと詰まっているのです。主義、思想という観点から見た場合、今まで何主義、何主義といって、それらがすべて世界を理想世界へ導くべきだといってきました。そのような中で民主主義が出てきたのです。民主主義は思想体系ではなく政治体制のことですが、さらに共産主義という思想が出てきて、唯物論を中心として世界を統一すると大騒ぎになったのです。

 人間として考えられる最高の頂上まで登り、思想体制をつくって実践しましたが、全部失敗しました。宗教も同じです。宗教の出発は聖人たちが教祖になりました。宗教の主人になったのです。この人たちが精誠を尽くし、悟りを開き、神様の教訓を受ける立場から出発しましたが、さらに高い所に上がることができずだんだん世俗化してしまったのです。

 ですから、宗教の本質的で確実な内容をもって、今、世界のあらゆる混乱の渦中にいる人たちを正しい道へと指導することのできる宗教体制はありません。ブロック的体制はありますが、世界的に全体を収拾できる宗教がないのです。宗教も実験済みです。政治も思想も実験済みであり、すべてが限界にきています。進むに進めない限界線にぶつかっているのです。これから世界がどこへ行くかは誰も分かりません。多くの宗教がありますが、世界の終末時代を迎えて、どのように理想世界を建設するのかが分からずにいるのです。

 これを見ると、人間がつくった思想や、宗教的背後の因縁をもって関係してきたあらゆる社会、世界において、それを収拾できる宗教や哲学思想がないということです。最後に人間と神様を結びつけるためには、人間の思想を統合しなければなりません。神的思想を統合できる内容が提示されなければ、神様のみ旨をこの地上につなげることも、人間が神様と関係を結ぶこともできないというのです。それは理論的結果です。

  神人一体思想と関係世界

 このような観点から、統一教会は神人一体理想を掲げていかなければならないという結論に到達しました。神人一体思想は、神様と人間との関係をいかにして結ぶかということです。今の世の中はすべて関係を結んで生きている世界です。関係という哲学的な結びつきで世界は連結されています。父子の関係、夫婦の関係、子女の関係、師弟関係、政治関係、外交関係、事業関係、教育関係等、すべて何らかの関係で結ばれています。

 関係という言葉自体を総括的にいえば、主体と対象からつくられるということです。主体と対象という時、縦的な主体か縦的な対象、横的な主体か横的な対象の概念を中心としてつくられる、その結びつきを関係というのです。父子の関係、夫婦の関係、すべての関係は主体と対象の関係です。また、先進国家と発展途上国があります。先進国家が主体であれば、発展途上国は対象です。先進国家、発展途上国はすべて流通関係を結んでいます。

  今後の世界ビジョン

 現在、ウルグアイラウンドを中心として農産物はすべて流通化時代に入りました。私が問題視し、また提示していることは、物質自由流通時代よりまず人間自由流通時代をつくろうということです。国籍撤廃を私は叫んでいるのです。物質自由流通は、先進国家が弱小国家を搾取するための一つの計略にすぎません。だから、物質交流よりまず人間交流をすべきです。

 アフリカ人が先進国家のアメリカへ入っていけばどうなりますか。現在のことだけを考えて農産物を安くするといっています。農産物も勝手に作ってはいけません。農産物も機械農業でなければならないというのです。全部機械を使わなければいけなくなると、公害問題が起こります。これから、人間が何よりも急いで解決しなければならない問題は公害問題です。

 ではこの公害問題に誰が責任を持つのでしょうか。誰もいません。ロシアを見なさい。ロシアでは、日本海北部の、ウラジオストク北部地方に大量の原子力廃棄物を捨てています。日本もアメリカも同じようなことをやっています。全世界の海が汚染されているとは考えもしません。一国を中心とした物の見方、一つの国家を標準とする、このような考え方をする世界になると、公的な問題すなわち価値問題、空気問題、水問題が一番重要になるのです。

 私たちの命に直結する問題がすべて被害を受けます。世界はいや応なしに、早い時期に世界管理体制を備えていかなければなりません。まず、政治管理体制と経済管理体制です。経済管理体制は世界的にコントロールすべきです。

 農業であれば、一年間の農作物を別々の所で作る必要はありません。二〇億の飢えた人たちが食べて生きられるように農作をコントロールし、地域に分配して共同栽培し、平均的に配給しなければなりません。このような地域的管理時代を築いて、あとはどうすべきかといえば、生き残るためには自然へ戻っていかなければなりません。ウルグアイラウンドをそのまま受け入れれば、韓国人は絶対農業ができなくなるというのです。

 その次に来るのが何かといえば、自由流通時代なので、アメリカなどに行って農業をしなければなりません。農業をするのですが、それは趣味農業です。それは楽しみとしてやるのです。公害のない物を約二〇〇坪、一〇〇坪でもいいのです。自分で努力して自分の力で一年間食べる物を全部作っておけば、税金も要らない時代が来るのです。

 神様が万物を創造され、それが育つのを見て喜ばれたように、私たちも自然の環境の中で動物を育てながら趣味的生活をする時が来ます。それで、都市集中時代は近いうちに分散することになります。分散させる方法はほかにありません。趣味産業を開発しなければなりません。先生が今叫んでいることは趣味産業です。人間は趣味を中心として生きるようになっています。面白くて満足感がなければなりません。

 しかし、今は国家的体制に縛られて自由に往来できません。自由流通時代に入ると、国に税金を払わなくてもいい時代が来ます。こうなればいいですね。しかし、戦争が起きればできません。戦争のない世界をつくらなければなりません。戦争のない世界をつくって、税金を払わないようにしなければいけません。戦争のある世界のままで、税金を払わないでいると、今の強大国にすべて奪われてしまいます。ですから、今、国際的管理体制が要求される時なのです。

 一か国重点主義時代は終わって、ブロック的国家体制を形成する時代へ入ってきたので、ヨーロッパもECからEU(欧州連合)へと変わっていくのです。ヨーロッパが一つの国になり、南北アメリカも一つの国にならなければなりません。今現在アメリカを中心として、メキシコとカナダが関税撤廃、物質流通時代へと入ってきました。また、ウルグアイを中心として、パラグアイ、アルゼンチン、ブラジルが関税撤廃物質流通時代に入っています。これは避けられないことです。

 そして、これからのブロックはヨーロッパ・ブロック、南北アメリカ・ブロック、アジア・ブロック、アフリカ・ブロックの四大ブロックに統合されます。その四大ブロックをどのようにして一つにするのかが問題です。これは人間の力だけではできません。神様の介在が必要です。神様がおられるということを知らなければなりません。

  七年間の女性解放特権時代

 神様の存在を知らないので、根本に対しても不明確になります。根本が不明確なので、過程も結果もはっきりしなくなります。それで今の世界は混乱の渦中で呻吟しているのです。行く道が分からないのです。世界がどこへ行くべきかを知らないのです。それが分かるのは神様とサタンだけです。そして、来られる再臨主、メシヤ、真の父母以外は誰も知りません。

 ですから、サタンが一番憎むものが神様の願われるものであり、神様が一番嫌がられるものがサタンが願うものなのです。このような渦中に立っているのが文総裁です。自己宣伝をするわけではありませんが、このような渦中にいるのでサタンが一番憎むのが文総裁なのです。では、文総裁は神様が一番憎む人ですか、一番好きな人ですか?(好きな人です)。好きか嫌いかどうして分かるのですか。(笑い)

 サタン世界が四〇年間レバレンド・ムーンに最も悪い名前をつけて、あらゆる迫害をし、滅ぼそうとしたのですが、その反対にだんだん大きくなり、今はレバレンド・ムーンの上に立つ人は誰もいません。お母様以外にはいません。(笑い)女性たちが喜んでいるのを見なさい。おばさんたちが喜んでいますね。

 これからの七年間です。二〇〇〇年までの七年間です。分かりましたか。女性解放特権時代は七年間しかありません。女性の堕落から歴史が始まったので、その時再び堕落する可能性が大きいのです。ですから、非常に堅固な組織社会に入れて、身動きもできないようにするかもしれません。

 堕落によって被った受難が、神様の前にどれほどの恨みを残したか分かりますか。二度とそのようなことは見たくないというのです。お母様が女性解放を宣布しましたが、それは七年間です。分かりますか。七年間に世界を再び生み直さなければなりません。それで、新しく生み直すための七年間が必要なのです。

  堕落により招来された滅亡時代

 神様の息子であったアダムが、堕落したアダムとなり、サタンの先祖と関係した男性たちが、この世界を支配したので、サタンの好む世界の終着点をつくってしまいました。男性たちが世の中をめちゃくちゃにしたのです。堕落した天使長のサタンが、エバと一つになって台なしにしたのです。それで、女性は今まで利用されて、愛の問題でたくさんの涙を流してきました。いろんな男性が愛を蹂躙して、東西南北で浮気をしながら女性の心を傷つけ、血を流し、涙を流させ、生命までも奪ったのです。

 この恨みを解く代表的男性が文総裁です。分かりますか。ですから女性は文総裁を嫌がらないようになっています。みんなお母様がいなければ、お母様の代わりになりたいという泥棒根性を女性たちは持っています。そうですか。このようなあらゆる複雑多岐な問題があります。世界問題がいくら複雑だとしても、問題の解決は簡単です。

 女性と男性によってつくられた歴史的混乱時代なのです。分かりますか。女性と男性、この二人が世界を滅ぼし、戦争を起こしたのです。それは真の男性、真の女性になれなかったからです。神様が主管し、神様と関係を結ぶことのできる女性になれなかったので、このようになったのです。男性も女性も神様の怨讐と関係を結んだので、世の中はすべて滅びざるをえないのです。

 今は滅亡時代の壁にぶつかっています。どこに行くべきか道を知りません。それで、今まで男性を信じ、その男性がすべてのことを引っ張ってきたのです。しかし男たちは、みな泥棒です。歴史過程において残された悲惨なあらゆる問題は、男と女のために生じました。八〇パーセント以上がそうです。八〇パーセント以上の男と女の間違いが、世界の混乱をもたらしたという結論です。そして男と女が正常的な立場に立って、神様との関係が正常的になれば、平和の世界へと八〇パーセント近づけるようになるのです。分かりますか、分かりませんか?(分かります)。

  男と女の完全統一

 統一教会の文総裁は今何を主張し、何をなすべきですか。先生は平和の代表者として来たのです。先生は今朝も話しましたが、「世界平和家庭連合」、「世界平和連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和教授アカデミー」など、全部「世界平和」という言葉が入っています。分かりますか。先生は世界平和の魁首です。魁首という言葉は悪い言葉ですね。(笑い)その代表的魁首が誰かといえば文総裁しかいません。今は世界がそのように認めています。

 「世界平和については文総裁のところに行って聞いてみなさい。また絶対的価値問題についても文総裁に聞いてみなさい」というのです。今日まで終末の問題や、平和を主張してきた代表的人物が私です。絶対価値を叫ぶのも私です。数十年間行ってきたICUS(科学の統一に関する国際会議)から何十冊かの本が編纂されて、人々はこれを研究せざるをえなくなります。

 統一教会は「統一しよう」と言っています。何を統一しますか。男と女の統一です。男と女が完全に統一できれば、すべてが終わります。完全な家庭に完全な男性と、完全な女性、そして完全な夫婦が現れます。完全な父母が現れて、完全な子女、そして家庭、氏族、民族、国家、世界が自動的に現れてきます。

 皆さんは、完全な女性ですか。完全ではありませんか。完全でない女性たちは真の女性ですか、卑しい女性ですか、良い女性ですか。牧師が公の席上で「この卑しい女、悪い女」と言う人は世の中にはほかにいません。しかし、しかたありません。事実がそうですから。

 男性たちは、良い男ですか、悪い男ですか?(良い男です)。男たちは何者かといえば、体と心が闘い闘争の歴史をつくってきた、この人類歴史の中に同化された者たちです。体と心が闘うこの闘争を誰が収拾しますか。父も母も収拾できません。教師もできません。誰もできません。その闘いは永遠に続く可能性すら持っています。そのような中で生きてきたのです。これを革命したいという人に会ったことがありません。

 文総裁は良い人ですか、悪い人ですか?(良い人です)。サタン世界では文総裁は悪い人です。サタンの根源地を爆破する運動をして、完全になくすというからです。彼らに言わせると、文総裁はムーン・マフィアです。それほど怖いですか。生きたまま人間をのみ込みます。バリバリ。文先生の顔は怖く見えますか。優しく見えますか。おとなしく見えますか。ひどい顔に見えますか。全部当たっています。すべて言っても足りませんね。(笑い)

 先生はサタンも取って食べて、神様も取って食べるというのです。神様も取って食べるというのですから、本当に異端ですね?(いいえ)。取って食べると言いますが、ただ食べるというのではありません。愛で取って食べるのです。神様が私にほれたならそうなるのです。そうでしょう?

 文総裁がいないと生きられないというようになれば、死ねと言われれば死ぬまねでもやる以外ありません。そうでしょう。たとえ神様でも馬になれと言えば、馬になってくれて、その馬に乗って走ることができます。女性の前に体の大きい男性が「あなたがいなければ死んでしまいます。命令されれば馬にでも、熊にでもなります。何でも食べろと言われれば、何でも食べます。」と言います。この男性は良い男ですか、悪い男ですか。良い女ですか。悪い女ですか?(笑い)私も知りません。

  女性の立場

 この歴史時代に許されることのできない悪い女性たちです。では男性はどうですか。男性はもっと悪いのです。女性よりももっと悪いのです。女性がもっと悪いですか、どうですか?(男性がもっと悪いです)。(笑われる)原理では男は天使長の後継者です。サタンの後身です。

 しかし、女性は違います。サタンに振り回され、拉致されたのが女性だったのです。それで、真なる愛と真なる夫がどこにいるのかと、今まで涙を流しながら探し求めてきたのです。女性はかわいそうです。女性として生まれたことを喜んだ人がいますか。この世の中にはいません。いるとすればそれはうそです。どうせ生まれることなら男性として生まれるべきなのに、どうして女性に生まれたのか。このような恨みをもって生きてきませんでしたか。

 女性は、原理をよく分かってみると文総裁の妹の立場です。私の妹といえば、私とその妹が神様の息子、娘として、また神様の双生児として母の双胎から生まれたような、ちょうどそのような立場なのです。神様の息子、娘の中で、文総裁が息子なら自分は娘で、一つの家庭において、神様の家庭において文総裁が兄なら自分は妹で、夫なら自分は妻で、父なら母だということです。アダム、エバにそのような約束ができていたのです。

 夫婦になれば、次に父母になります。ですから妻とは妹のことであり、神様の前に同じ父の血肉を受け継いだ兄妹ということになるのです。そして妹の次が妻であり、妻の次は母になるのです。ところで、その妻は四大心情圏を代表した女性の代表です。神様の娘を代表しているのです。そして女性は、家庭においては妹の代表であり、妻と母の代表です。ですから女性を母のように愛さなければならないし、自分の妻や妹のように愛して、神様の娘、神様の王女と共に暮らす王子にならなければなりません。

  理想的夫婦と理想的兄弟過程

 この四大心情圏を完成した人たちが集まったところが愛の統一家庭です。そして、体と心が堕落しなければ、神様の愛を中心として体と心が完全に一つになれたのですが、サタンの血統を受け継いだのです。

 理想的家庭とは男性と女性が完成した家庭です。神様と天地が公認して、万事がすべて通じることのできる関係をもち、歴史を代表した本当の男性、本当の女性が離れようとしても離れられない関係をもつ、そのような夫婦がいるとすれば、その夫婦は理想的夫婦です。そのような理想的夫婦になるためには、理想的兄妹過程を経なければなりません。ですから、理想的夫婦になる前に理想的神の息子、娘にならなければならないのです。そして、大きくなって兄弟にならなければなりません。分かりましたか?

 理想的天の家庭において兄妹にならなければなりません。それで、息子、娘が大きくなって兄妹になりますが、学校へ行く前は幼児時代です。分かりますか。兄妹時代は学校へ行く時分かれます。分かれてまた合うのです。こうして、男性は男性の行く道、女性は女性の行く道を学んでいきます。そして、成熟した男性と女性になって、女性には男性が必要で、男性には女性が絶対必要だということが分かるまで教育を受けます。そして準備するのです。

  アダムとエバの理想的出会い

 それで時が来れば、男性と女性がお互いに別れて自分の道を行ったとしても、
「あ、これは間違った、大学院も博士も要らない。お嫁に行かなければならない」と言うのです。また男性も博士になって、出世して大統領になったとしてもそれで何をしますか。妻がいなければなりません。それで、このように伸びていくものが全部一か所に集まります。エデンの園のエバという妹は、いつも日当たりのいい所に座って休もうとばかりしています。「自分の兄が働くのは嫌だ」とぶつぶつ言ったり、「自分を一人にしておいて働く」と泣いたりしました。

 男性は山で跳ねているウサギを捕まえたり、鹿、狸、狐、鳥などを捕まえて腹を切ったり、いろんな実験をして主人の役を果たさなければなりませんが、女性はそのようなことには関心がないのです。「蛙をどうして捕らえてきたの。蛇はどのようにして捕まえるの。私はそんなもの大嫌い」とばかり言っていた女性が、あとでその男性が必要だということが分かるようになります。それで昔を思い出しながらも、好きではなかったその兄がすてきに見えてくるのです。

 「動物世界を見ると、雄と雌があのようにして子を生んで、みんな喜んでいるなあ……」と習うのです。そして、エバも「アダムあなたが必要です」と思い始めます。また、アダムはエバを泣きながら付きまとう甘えん坊だと思っていたのですが、「私もあなたが必要だ」と言って、お互いが会わなければなりません。会う所はどこですか。縦的な中心の所です。東西で分かれた者が「会いましょう」と言って男性と女性の目が合います。目が合ってその次は口が合って、胸が合って、あとはゴールインします。変に思うことはないです。教主はこんな話をしてはいけませんか。みんな愛しながら暮らしています。教主だといってそれをしませんか。みんなしています。変に思わなくていいのです。(笑い)教主だからこそ教えてあげなければなりません。

  真の愛を中心とした統一圏

 それで先日、私が日本女性五万名を七七日間で教育しました。教育の中で教えてあげるのが何かというと、結婚の芸術化、美術化です。一度話すと、女性たちが「私は夫の前に妻になる資格のない、どうしようもない女です」と言います。自ら結論を出すようになっています。その話を聞いたら大変です。分かりましたか。みんな抜けた者たちが集まっていますね。結婚の芸術化、結婚の美術化をすべて日本の女性に詳しく教えてあげました。韓国女性はまだ知りません。

 では、体と心を統一できる秘訣があれば大金を出しても買いますか。買いませんか?(買います)。その秘訣が先生にあります。先生にあるのです。ですから統一することができるのです。統一教会は体と心を統一するのが第一条です。その次は男性と女性を統一するのが第二条、第三条はその夫婦と神様が一つになることです。真の愛を中心として体と心が一つになることが第一統一圏で、第二統一圏は、真の愛を中心として夫婦一体理想を成すことです。第三統一圏は何かというと、人間と神様が離れようとしても離れられないように完全に一つになることです。

  男女問題の解決

 問題は男性と女性です。男性と女性の問題を解決すれば、天下に平和な世界が来るのです。男性と女性の個人的問題を解決しようとすれば、神様との関係を結んだ男性と女性にならなければなりません。そして、その二人が完全に一体化すれば、永遠に離れることができないのです。

 離婚という言葉は、堕落世界のゆえに生まれたものです。離婚は堕落の贈り物です。終わりの日には離婚するようになっています。離婚は神様の理想的家庭を破壊させる一番の原因です。悪魔の謀です。悪魔の膨張主義によって地上地獄が顕現し、終わりの日に現れたのが現在のような離婚なのです。

 フリーセックスは神様が一番嫌います。離婚、ホモセクシュアル、レスビアンも同じです。動物世界にはそのような戯れはありません。万物の霊長である人間の価値が、このように堕落したのです。これらは堕落の贈り物です。これを完全に整備しなければならないのが、統一教会の使命であり、文総裁の使命です。統一教会の人たちは、エイズと関係がありますか、ありませんか? (ありません)。これらを全部、清算してしまわなければなりません。それは、統一教会の文総裁でなければできないのです。

 堕落しなければ、神様の愛を中心として一体となり、神・人・愛一体の完成圏が、家庭を中心として成就したのです。そうなれば堕落することはなく、人間は神様と共に住むようになったのです。神様は王の中の王です。父親の中の父親であり、父親の中でも父親の王様です。また男性の中でも男性の王様です。息子を持つようになれば、息子の中でも息子の王様です。このように見ると男性の名前を持った者の中で、最高の名前を持たれた方が神様です。その神様とアダムが一つになります。一つになったその人を女性は夫として侍るのです。それは幸福ですか。不幸ですか? (幸福です)。どれほど幸福でしょうか。

  体と心の統一

 アダムは地上天国の王であり、神様は天上天国の王です。二つの王すなわち、縦的な王と横的な王になっているのです。それゆえにアダムとエバの結婚式は、縦的な神様の結婚式であると同時に、横的な人類の真なる父母の結婚式となるはずでした。

 それでは、どうしてそのようになるのでしょうか。愛の主人はアダムとエバではありません。愛を中心として見る時、愛の主人は神様です。

 それではアダムとエバは何でしょうか。神様の愛の前における第二の相対者です。神様が第一原因者であれば、人間は結果的存在です。原因と結果が一つにならなければ、神様と人間は一つになれないのです。そのようにしてこそ理想的家庭と理想的環境が展開されるのです。理論に合わなければいけません。すべてのことは原因にふさわしい結論を出して、そこに理想圏が生じ、安心地帯が生じるのです。そして統一圏が生じるというのです。

 それゆえに、統一教会という言葉は驚くべき言葉です。どうすれば一つになれるのかということを教えてくれる、という意味だからです。

 ところで、その統一に失敗したのが人間でした。歴史始まって以来、体と心の闘いが、休戦条約を結んだという噂を聞いたことがありますか。聞いたことがありませんね。戦争が終わったという話を聞いたことがありましたか。自分の骨肉の中でいま闘っているのに、体と心の闘いが終わったというのであれば、それは嘘です。しかし、統一教会では体と心の統一が可能なのです。

 体と心が一つになれば、宙に浮くような気持ちになります。そのようなことを知っていますか。皆さん、聖霊を受けてサタン世界をすべて追放して、体と心を統一することができるということが、どんなことか分かりますか。その喜びは言葉で表現できません。踊りを独りで踊るような境地が生じるのです。

 そのような世界は、堕落した人間にはなかなか体験することができませんが、そのような境地があるのです。その境地が真の愛の境地です。真の愛は体と心を統一します。そして、神様を中心とした真の愛と生命が、目に見えない神様の性相と形状として、初めて実体的に現れるのです。神様は心の側に立っており、アダムとエバは体の側であり、同じ個体の性相と形状です。この二つが一つになるのです。愛を中心として、一つにならなければならないのです。それが今まで一つになることができなかったのです。

  男性を無視できない女性

 今や、我々統一教会の教主の家庭は、お母様が王となり、私が僕となっています。(笑い)ところで、男性と女性のどちらが主体ですか。堕落した世界にあって、神様の真の愛を持ってくることのできる道が、女性にはありません。永遠にないのです。それを知らなければなりません。真の愛を中心とする真の生命の種は、堕落した世界における女性を通しては持ってくる道がないのです。

 完成すべき男性であるアダムの完成基準が残されています。完成したアダム以外には、神様の愛と一体となって、神様の中にある子供の種を受け継ぐことができないのです。アダム以外にはいないのです。女性には子供の種がありません。これはいわば空の巣です。いくら女性が素晴らしいといっても、主体性を主張することはできません。

 女性は誰のために生まれたのですか。女性の胸は誰のものですか。女性自身のものですか。誰のものですか。胸は誰のためにこのようにふくらんでいるのですか? (子供のためです)。子供のためです。お尻はどうして大きいのですか。誰のためですか? (子供のためです)。女性のためですか、子供のためですか? 子供のためです。女性の聖なるこの体の半分以上は、子供のためにあるということを知らなければなりません。

 男性を無視する女性たちは、天上世界に行けば、一番地獄の底に行くのです。たとえ夫が乞食でも、その夫を見て自分の父親を連想し、自分の兄、自分の息子、娘、自分の弟を連想しながら、彼らに対するのと同じように、夫に対さない女性は地獄に行くのです。女性は男性を無視することができないのです。男性は神様の代身なのです。神様の愛をもって神様の生命の種を伝授するために、訪ねてきた人が夫であるということを知らなければなりません。

 このことをはっきりと知れば、離婚はありません。百遍、千遍死んでも、離婚することはできません。離婚というのは、根本を切り、芽を切ってしまうことです。女性の顔は、男性のためにあるのですか。女性のためにあるのですか。女性の顔自体は女性のものではありません。

 では女性のそれ(生殖器)は男性のものですか、自分のものですか。体の縦的な中心にあるものは男性のものです。横的なものは子供のものです。自分のものはありません。そうでないという女性がいますか。女性は自分のものがなくて寂しく思うかもしれません。文総裁は男性として生まれて、そのように女性を公然と無視するのです。気分が悪いですか。気分が悪くてもいいのです。

  文総裁が通過された迫害の道

 文牧師は露骨です。率直は正義に通じるのです。女性たちの多くは売女ですか、よい女ですか。自分が売女ならば気分が悪いかもしれません。売女が多いですか。よい女性が多いですか? (売女が多いです)。女性を好むということは、卑しい者に成り下がることです。私は女性が一番嫌いです。私は女性のために悪口をどれほどたくさん言われたことでしょうか。文総裁は家庭を破壊する頭だ、捕らえて殺せというのです。そのような悪口を言わなかったですか。来るなと言っても明け方から勝手に、私の所に来るために、他人の家の塀を乗り越えてきたのです。

 夫の迫害で髪は刈られ、裸同然で先生の所に逃げてくるのです。その時、塀を乗り越えようとして滑り落ちたところを村の女性たちが見ていたのです。すると、なぜそのような姿でここにいるのか、となるのです。統一教会の文先生は、浮気をしている、となるのです。それで悪口を言われるようになったのです。そして世界的に私が悪口を言われるようになったのです。米国や日本の女性からもそうされたのです。

 私がキスをして、手を握ったといっていますが、お母様は先生を絶対的に信じています。今回五万名の日本女性、美女たちがきゃあきゃあ騒いでいる中で一人立っているのですが、私は何もしません。お母様が四〇か国巡回講演に行きましたが、世の中の女性たちで自分の夫が私のような男性であれば、夜も眠れないのです。胸を痛めて竹串のようになってやせて戻ってきたことでしょう。しかしお母様は私より太って帰ってきたのです。私は竹のようになり、お母様は太ったのです。そういう女性問題で先生は、日本をはじめ全世界に名前が売れているのです。

 統一教会は節操を守ること、また男女問題をきちんとすることが徹底しています。ところで、その中で一番悪いのが私だというのです。真の父母は息子・娘が多いのです。それなのに何で妾が多くて、その息子・娘も多いというのですか。そんな息子・娘などは影も形もないのです。

  統一の統は統べる「統」

 そうであれば、女性を一番好きな男性が誰ですか? 悪魔です! 女性を一番嫌う人は誰ですか? 文総裁です。(笑い)このように、男性と女性が問題です。それで宗教などは、この男女問題をくず扱いしてきたのです。

 思想も実験済みであり、政治、外交、学校も実験済みです。みな偽りの先生たちであり、偽りの学生たちです。男性と女性はみな偽り者たちです。この偽り者が多いこの世の中に、本物一人をつくってみようと、神様が私たちのような者を立てたのです。先生の言葉を聞けば、本物の男性と女性になることができると思いますか。思いませんか? (できると思います)。本当ですか? (はい)。

 統一という言葉は、一人で用いる言葉ではありません。二人以上が一つになることを指している言葉です。分かりますか。「統」という字は、統べるの「統」であり、支配を受けるのではありません。主体となって統一的な対象をつくることのできる「統」という字です。

 南北統一する時は、金日成主席は自分を中心として統一し、自分が主体になるのだといっています。統べる「統」という字ですから、統一であり、統一教会なのです。自分が主体者であるからこそアダムでしょう? そこで主体といった時に主体だけでは和合できません。主体といってもそれはすべて、主体と相対者の間に中間存在が入っていかなければ、プラス、マイナスが和合することができないのです。それが文総裁しかいないということを皆知っているのです。

 金日成主席も文総裁に橋渡しを頼まなければ、自由世界につながる道はありません。そして金日成主席は私に、どんな命令でもしてくださいというのです。韓国では目を丸くして、「ああ、文総裁が北韓と近づいた」と言っています。私が金日成主席に主管される男ですか。そのように考える人は、世界に一人もいないのです。朴普煕は私が金日成主席に主管されると思っているかもしれません。(笑い)

 今このようにして、真の父母と成約時代を宣布したことは、全権時代に入ったことを意味します。悪魔の世界は、私とは何らの関係もないのです。悪魔の世界はすべて崖から転がり落ちるようになっているのです。見なさい、米国もいま最後です。日本も韓国も同じです。

  天下が公認した文総裁

 次に誰が大統領になりますか。金日成主席も終わりです。これらの人たちも、世界の四大国家の指導者も、みな今後世界が行くべき道を知らない人たちです。ただ一人行くべき道を知っている人は、文総裁しかいません。ですから、米国も文総裁を必要としているのです。今になって「文総裁、米国からどうか離れないでください。私たちを助けてください」「お望みならば、イースト・ガーデンに守衛として米国の警察を配置いたします」と言ってきています。

 私が米国に行くと、CIA副局長が案内してくれました。世の中がそれくらい変わりました。世の中が変わりましたか、文総裁が変わりましたか? (世の中が変わりました)。文総裁は変わりません。ですから、私のことを悪いといっていた者たちや、自分が一番高い位置にいるといっていた者たちがみな落ちてきて、一番悪いといわれていた者が一番上がっていくのです。そして今は私を尊敬するようになったのです。

 今は、私のことを愛国者、我々の国の英雄という名称で呼ぶ人がいます。米国の英雄中の英雄はレバレンド・ムーンだというのです。滅びゆく国家を救うことのできるたった一つの希望は、レバレンド・ムーンしかいないといっているのです。そのようなことを知っていますか。米国から見れば、韓国人は田舎者です。それが近ごろは目を覚まして、「文総裁が世界的な人材であることを私たちは知らなかった」と言っています。物事の分からない者は、どうしようもありません。分からない時代に、分かって喜々としている人が称賛される人です。そうではありませんか。天下がみな公認するのです。

 世界がみな文総裁、文総裁といっているのに大韓民国の人が、私をつまらない人間として追放することができますか。それは自然にそのようになるのです。山に例えれば、山の中でも一番高い山が、自然にその山脈や山並みの中で中心的な位置を占めるようになります。樹木もそうです。いくら木が多いといっても、その中で一番高い木に鶴や渡り鳥が飛んでくるのです。そしてそこに休み、巣をつくり雛を生むのです。

  体と心の統一、夫婦の統一、神様と夫婦の統一

 統一、統一といってみなさい。(統一)。体と心の統一。(体と心の統一)。男女の理想的夫婦の統一。(男女の理想的夫婦の統一)。理想的夫婦と神様の統一。(理想的夫婦と神様の統一)。万事OK。(万事OK)。それが神様が願われる一番の喜びの日だというのです。それが神様の日です。(拍手)

 先ほど女性の話をしましたが、そのような話を聞いて女性たちは寂しいでしょう。女性は殻しかないというのです。空のかごです。この空のかご、空の桶は、入れるものによって価値が決まるのです。空の殻が悪いと考えるのは、その意味をよく分からないからです。このかごには、神様の息子、娘を一〇人、二〇人も入れることができます。多い人は三六人までも入れることができるそうです。

 世界記録だと思うのですが、私たちの知っている中東のある人が三六人の子供を生んだそうです。三六人のうちで、息子半分、娘半分であれば、何双になりますか? (一八双です)。その一八双と父親一人を交換できますか。母親と交換できますか。父親と母親を合わせても交換することができないというのです。ですから女性は、それほど価値のあるかごの値段になるというのです。(笑われる)

 女性は神様が一番最後に仕上げとしてつくったのです。神様は一番最後にアダムをつくられましたか、エバをつくられましたか? (エバをつくりました)。エバは神様がすべてを投入して、すべすべにつくり出したのです。それゆえに、ふっくらとしているのが女性の特徴です。肌を触ってみなさい。ふっくらとしていますか? (笑い)男性はゴツゴツしているのです。それが男性の特徴です。美人の女性が結婚する時、新郎が自分よりももっと美しい女性のような男性であれば、その花嫁は気分がよいですか、悪いですか? (悪いです)。どれほど悪いでしょうか。先生がこのように女性たちを憎んだために足でも折れたら「文総裁は、あまりにも女好きなので足が折れた」という噂にでもなりそうです。(笑われる)分かりますか? (はい)。

 統一できるかどうか見ていなさい。ここにいる女性たちの中で、私が夫を捨てて出てこいと命令しても、出てこないという女性は手を挙げてみなさい。(笑い)一人もいないではありませんか。(笑い)日本の五万名の女性は、先生の命令に従って、どんなことでもやります。それがどれほど恐ろしいことか分かりません。私がこれを間違えていたとすれば、逃げ出さなければなりません。(笑われる)本当に恐ろしいことです。そして、その人たちの信仰の証を聞くと、韓国は負けたように感じます。日本のメンバーは、日々の生活の報告を受けながら生活しているのです。そのような組織が世界のどこにあるでしょうか。

 聖書の奇跡の記事を見ても、それらを行った昔の聖者はみな田舎者です。皆さんと同じです。しかし今、この統一教会でそれ以上の何十倍、何百倍の奇跡が起きているのです。それが信じられますか、信じられませんか。(信じられます)。そこのおばさんたちは、信じるだけでよく分からないのですから、盲信者たちです。

  人間をつくり変える統一教会

 神様の理想とする世界まで行こうとすれば、数十年稲妻のように飛んでいかなければならないのですが、飛んでいく気運もありません。文総裁がきょうどこで、どんな話をするのか見物しに来たのでしょう。私を見れば、それは醜男です。しかし女性のために、あまりにも多くの苦難を受けてきたので、女性を憎むチャンピオンでもあります。

 米国の女性たちのことですが、私が何といいましたか? (売女)。売女という言葉はよい言葉です。なぜなら「お嫁ばいった」というその言葉だからです。(笑い)女性がお嫁に行くこと以上にうれしい福音がどこにありますか。先生が米国に初めて行った時、女性たちは先生にキスをしようとしたのです。ぎゅっと抱き締めてキスをするのですが、脚をこんなふうにしてきたのです。(笑い)気分がどれほど悪かったのかしれません。節義を守った男性がこのようになってはいけないのです。私はそれで女性の一メートル以内に接近しないのです。(笑い)それでお母様が安心するのです。

 母親が眠っている隣に来て、私も一緒に寝ましょうといって部屋に入ってくる男性たちがいます。また舅の部屋に嫁が入っていくのです。嫁の部屋に舅が入っていって寝るのです。それでしかたなく息子は出ていくのです。それが人間の姿ですか。犬畜生でもそんなことはしないというのです。

 そんな人間とは思えない人たちを人間としてつくり変えようとするので、私が悪口をいわれ、ありとあらゆる仕打ちをされるのです。ですから統一教会はいいところですね? (はい)。歓迎しますか、歓迎しませんか? (歓迎します)。どれくらい歓迎しますか? (大歓迎します)。

  体と心の統一基盤

 統一基盤の上でのみ、自由が保障されるのです。闘っている体と心が闘争するところに自由がありますか。自由が逃げていくのです。それを知らなければなりません。今日、若い者たちがそれを知らないでいるのです。体と心が闘うその基盤の上に自由がありますか。共産主義はそういうところをよく分からなかったのです。ですから私の手の中に共産主義が溶けていくのです。

 体と心が一つになった基盤の上に自由が定着するのです。幸福も闘う場所にはありません。不幸だけです。そこには理想もありません。破壊だけで、建設がないのです。たとえ建設されても壊れて、不合格になるのです。今日、若者たちはすべて、理想を探しています。しかし理想的男性がどこにいますか。体と心の闘いをやめようとすれば、自分自身が闘わない平準的な位置にあって、完全に主体なら主体になるとか、対象なら対象になるとか、完全になることのできるそのような自分を探していって、そこに理想的な自由か何かを探さなければならないのです。その基盤がなくなってしまい、全部みな無駄骨、空っぽです。理想的自由がなっても、自分とは関係ないのです。

 さあ、統一の道へ行こう! 言ってみなさい。(統一の道へ行こう)。どうやって? 自由を探して? 自由をどのようにして探すのですか。体と心が一つにならなければならないのです。そうしてこそ、その自由は永遠に定着するのだということを知らなければなりません。そうでなければ幸福がありません。

  主体の最高の理想は対象に無限の価値を探すこと

 夫婦同士が喧嘩して戦っているのに、その日会社に行って幸福ですか。一日中ストレスを感じます。夫も帰ってくる時、口をへの字に曲げて帰ってくるのです。また、夫が国を守るために兵隊として家を留守にしている間に、留守を守る妻がそれを快く思わないとしたら、それが幸福ですか。二人が一つにならなければなりません。

 一つになる秘訣は、簡単です。自分を中心とした人生ではいけません。相手のために生涯を送るのです。皆さんは、自分の相対者が自分より立派であることを願うでしょう? (はい)。例えば理想相対になろうとすれば、夫にとっては息子、娘がその理想相対です。夫は縦的基準です。息子娘は横的な基準です。

 父母は自分の息子娘が立派になることを願います。自分の持っているものが百である時に、その持てる百よりも立派なものを対象に投入して、また投入すれば、百以上に育つのであり、千だけのものの存在を願うならば、自分の持てる百だけのものを十回投入してもそれを忘れれば、千以上に育つことができるのです。最高の理想とは対象が何千万倍、何億倍にもなることを願うものなのです。ですから何千万倍投入しても忘れる、その立場から、最高の無限なる価値を持った相対を探すことができるというのです。

 神様も創造主として、百の創造の能力の中で百しか投入しなければ、百だけの価値的存在しか探すことができません。ところが最高の理想とは、一億倍、何億倍にもなろうとするのですから、自分の持つ力の何億倍、投入しては忘れ、忘れてはまた投入するところに、徐々に対象的価値が高くなるのは理論的なことなのです。

 女性は、自分のために生まれたのではありません。女性は夫のために生まれたのであり、息子娘のために生まれたのです。夫も同じです。肩が広いのはなぜですか。男性は女性を食べさせなければなりません。女性はお尻が大きいのに対し、男性はお尻が小さいので、三時間も座っていれば、出っ張った骨が痛くなります。女性は三〇時間座ってもクッションがよくて、びくともしません。そのように相対的になっているのです。

 女性の体を見ても、自分のためにあるというものは一つもありません。その女性が美人でも、自分のために存在しているのではありません。男性も同じです。自分は自分自身のものではありません。男性は女性のために、女性は男性のためにあります。この愛には特性があるのです。愛は男性と女性が一つになるところにその特性が発揮されます。愛の特性は女性と男性を一つにさせることです。でこぼこが一つになるのです。何を中心として一つになるかといえば、真の愛を中心として一つにならなければなりません。

 堕落した愛を中心として一つになったために、世を滅ぼす群れになったのです。一番卑しいものになったというのです。

  生殖器は愛と生命と血統の本宮地

 神様が一番精誠を尽くして、つくった所が生殖器です。生殖器は、生命の根源であり、理想的、感情的なものすべてが集まった所です。ですから、愛の本宮なのです。神様の愛の出発が、そこから生じたのでした。

 男性と女性が堕落したために、生殖器が最も悪い場所となってしまったのです。堕落しなければ、生殖器は生命の起源地であり、真の愛の本宮、真の生命の本宮、真の血統の本宮地であるというのです。

 子宮という言葉があるではありませんか。どこを通って子宮に子供が宿るのですか。男性の生命と女性の生命が、愛を通して一つになるのです。このようにして、一つになったその場所において男性の血統と女性の血統が合わさり、その中に二つの血統が混ざり合って渦を巻く、その中に生まれたのが息子娘です。息子娘は母親と父親の愛に同参することができる資格者です。父親の生命と母親の生命の二つの生命が交差することにより、息子は二つの性品を持つために、父親よりも素晴らしいのです。それゆえに、父母は子女のために犠牲にならなければならないという論理が成立するのです。

 それでは愛が先ですか、生命が先ですか? (愛が先です)。神様は全知全能であり、生命の根源です。神様において生命と愛のどちらがより根源ですか。神様も愛ゆえに生まれたのです。愛ゆえに存在しているのです。神様ご自身が被造世界を創造したのですが、神様が愛であるため、神様は被造世界のためにおられるのです。主体は対象のためにあります。絶対的な主体という存在は絶対的な対象のためにあるというのが、その要件であることを知らなければなりません。

 絶対的な主体は、絶対的な対象のために絶対的に存在する時、その対象から主体に認定されるのです。絶対的な対象の価値と対等な価値が主体に付与されるのです。男性の完成は女性によってなされるのであり、女性の完成も男性によってなされるのです。完成させることのでるその位置が結婚だというのです。それでも離婚することができますか。浮気することができますか。男性と女性の完成の鍵は、ひとえに男性と女性にゆだねられており、その鍵は一つしかありません。二つではありません。統一教会は、あくまでも理論的な基準の前に、神様の創造理想を中心として一体化できるように、明確に公式化されているのです。それに違反するものは、良心が苦痛を受けるのです。

  結婚は神様と人間の理想の出発地

 きょうは「神の日」です。すべての根源は「神の日」から始まるのです。その「神の日」に何をするのですか。堕落世界では「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」と分かれていますが、本来は「神の日」一つでよいのです。その「神の日」とは、神様が結婚する日です。誰と結婚するのですか。神様の愛の相対が誰かといえば、それはアダムとエバです。

 神様の結婚式とは、神様がアダムとエバと一つになることを意味します。神様の中の無形の男性と女性が分立され、実体として男性と女性に現れ、これが大きく成長して、一つになることができる位置です。このようになれば、神様の主体として、マイナスだろうが、一つになるようになっているのです。縦的に一つ(パンと手をたたかれる)横的に一つですから、アダムとエバの結婚の日には、縦、横が一つになって天の愛と、地の愛、そしてすべて人間関係、および神人関係が愛を中心として一体化されるのです。それが神様の理想的出発地であると同時に、我々人間始祖の出発地です。このように、アダムとエバの結婚式という一点からすべてが出発するのです。

 それゆえに、一点で出発したので、永遠に分かれても、一つの終着点で終わるのです。それゆえに、私は理論的な根源をどこで探すのかということを一番悩んだのです。神様は愛の主人ですから、人間も愛を探していくのですが、その愛がどこで結合するのか、結合点、終着点がどこであるかが一番問題なのです。

 人類の始まりが根源となって一つの点から出発したのですが、それがその過程で定着し、終着されたとするなら、理論的に合っていません。根源になることができないのです。

 根源と終着点が一致するようにならなければなりません。そうすれば、その過程は自動的にすべて原因と結果が合うようになっているのです。結果的にすべて合い、結果的なものは原因的なものに合わせて帰っていくのです。原因に帰っていくので、反対にしても合い、まっすぐにしても合うようになっているのです。逆さにして、男性と女性を交換した場合でも、男性が主体になったといくら言っても帰っていくのです。男性が主体になり、時には女性が主体になったりしながら一つになっていくのです。

 一つの不変の主体はセンターです。軸は不変です。その軸の位置で、神様に侍って永遠に回転して生きようというのです。それが宇宙と神様の秘密です。サタンがこれにすべて秘密のふろしきをかぶせて隠し、人間をだましてきたのです。

 それで、これが分かったがゆえに、これを理論的に知ったがゆえに、理論的に可能なものは何でもつくり出すことができるのです。なくてもつくり出すことができるのです。人間は理論的に理解してきたために、人間には既にみなそのようにすることのできる素質があります。皆さん、世界で一番最高の存在になりたいでしょう。皆さんの顔だちは決して良いとはいえませんが、欲心は地面の厚さよりももっと厚いのです。世界で一番の美人よりももっと美しい者になりたいという心をみんな持っています。持っていますか、持っていませんか? (持っています)。

  良心は第二の神様

 神様の愛を占領する全権を所有したので、神様ご自身が私のものなのです。神様の所有権が私のものになっているのです。人間は本来、神様が創造された時には、主人になることができるようになっていたのです。この主人になる権限を失ってしまったがゆえに、「このっ! 寝てばかりいないで私の本郷の道を探しにいけ」と良心が催促しているのです。催促されても行くことができず、この地上で活動することができないので、良心は苦痛を感じるのです。堕落ゆえにそのようになったのです。

 体と心が一つになることができる位置を見つけたという時、どれほど幸福か分かりますか。天下を獲得しても替えることのできない喜びを感じるのです。「ああ! こんな世界があったのか!」。文総裁はそのようなことを知っているので、世界の監獄に行ってもビクともしません。天下に悪口を言われて行き来しても、恥ずかしいことはありません。地が私の友であり、流れゆく波、風が私の友です。飛んでいく鳥までも私の友になってくれるのです。滅びゆくこのサタン世界で、地獄に行く群れの前で歓迎を受けても何の役にも立たないのです。分かりますか?(はい)。

 良心というものは、第二の神様です。自分にとって良心は何ですか? (第二の神様)。良心は第二の神様です。男性と女性を中心として見れば、男性が主体ならば、女性は皆その夫に対して絶対的な第一の神様のように信じなければなりません。

 夫は神様の代身です。夫に頼ることによって、その夫は神様の代わりに女性の不足なものを再創造、創造して、補強してあげるのです。打たれて倒れるようなことがあれば、夫が代わりに打たれてくれるのです。無念で恨めしいことを代わりに背負ってくれるのです。そのような存在が夫であり、それが主体であるというのです。主体は相対の前に責任を負うのです。主体は責任を負わなければなりません。

 統一教会の主体である中心者は責任を負わなければなりません。中心存在は責任を負わなければならないし、保護し育成してあげなければなりません。そうであってこそ主体なのです。また発展することができるように、プラスになるように育ててあげなければならないのです。利用してむさぼったり、思い煩わせてはなりません。

 自分の良心は何ですか? (第二の神様)。第二の神様です! 良心は平面組織です。良心は夫よりも行くべき道をよく知っています。ですから良心よりも先に夫に尋ねる必要がありません。良心は自分が行く道を皆知っているのです。良心が分からないことがどこにありますか。良心に教育が必要ですか? (必要ありません)。教育を受けなくてもすべて知っているのです! 八〇歳になっても、良心に背く時、「ああ、いけない」と、良心は命令するのです。

 良心が真の主人であることを忘れてはいけません。良心は神様の代わりに、私にすべて分かるように教えてくださる第二の神様です。そのような私の中心存在を知らなかったのです。ですから、良心に対して神様以上に侍れというのです。宗教の教祖に対する以上に、イエス様に対する以上に良心に侍らなければなりません。

 そうしてこそ、イエス様を信じた、それ以上の位置に行くことができるのです。ですから統一教会の文総裁を信じてはいけません。統一教会の文総裁の教えによって良心が神様と完全に一つになったならば、統一教会の文総裁について行かなくても天国に行くことができるのです。しかし教材を買って勉強しなければなりません。分かりますか。教材のお金は出さなければなりません。そうして、天国に入れば、収拾はすべて文総裁がしなければならないのです。そうしてこそ真の父母の血族になるのです。分かりますか?

  宗教の目的は良心解放圏の拡大

 体と心を一つにするのです。堕落によって、サタンが偽りの生命の種をこの体にまいたのです。ですから、悪魔の愛がまたもう一つのプラスになったために、異質的なプラスと良心のプラスの二つが反発するのです。ですから、一つを除去しなければなりません。これが宗教の歴史です。犠牲になれ、奉仕しろ、苦行をしろというように、皆体を打つのが宗教の主な任務です。このようにして、良心解放圏を拡大させようとするのが、宗教を信じる信仰生活の目的です。それを知らなかったのです。クリスチャンは空中に持ち上げられて、天国に行くのだと思っています。そのような天国は必要ありません。

 良心を解放して、解放的な自我を確立させ、統一圏を持つことができない人は天国に行けないのです。天国のどこを探してみても、そのような人はいません。今も修養過程にある牧師や長老や立派な人たちは皆、反対に考えている人たちも多いというのです。文総裁は全部実験済みで、教えているのです。間違いないので、教えているのです。詐欺師ではありません。皆さんの心が知っています。文総裁と一度因縁を結べば、忘れることができません。どこに行っても、思い出されるのです。教えた内容は、どこに行ってもすべて立証されるのです。「後顧の憂いとなる者、行くべき道を行かずにどうするのだ」と忠告するのです。

 本来堕落しなかったならば、「神の日」ですべてが終わったのです。しかし、堕落したために「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」、そして「神の日」が一番最後の一九六八年一月一日に制定されたのです。どれほど気分が悪かったでしょうか。「神の日」を奉ろうとすれば、完全な男性にならなければなりません。体と心の闘いを終え、女性・男性が完全に理想的夫婦になって、神が訪ねてきて夫は右手に、妻は左手に置いて、「おまえたちがいなければ生きていけない」と言うことのできる、そんな家庭にならなければならないのです。皆さん、そのような家庭になりましたか。男性たちのせいで女性は、苦労と心配が多かったのです。

 それで神様と手をたたき合って喜ばなければなりません。私は神様の愛の対象です。私がいなければ神様も完成できないというのです。そのような人間の価値と絶対的な権限が、喪失してしまったことを良心は知っているので悲しむのです。神様から出発したので、神様に帰っていくのです。神様の友達となるのです。父親も一〇〇歳になって、息子娘が八〇歳にでもなれば、「おい、息子よ」と言うではありませんか。分かりますか。友達となるのです。神様から出発したので、神様に帰らなければなりません。

 そのようになろうとすれば、すべてが理論的原則に従い、神様の創造の原則にかなった合格証を、この地上で受けなければなりません。万物の霊長にふさわしい人格を完成させなければなりません。そしてすべての被造万物が、人間の愛を中心として創造理想を完成したという公証書を受けなければなりません。それは誰から受け取るのかといえば、悪魔から受け取るのです。

 一九九四年の標語が何ですか? 「真の父母と成約時代安着」です。どこに安着するのですか。体と心に安着しなければなりません。また地上に安着しなければなりません。妻と夫が毎日争っていてはだめだというのです。一生の間私たち祝福家庭は、子供に涙を見せてはいけないのです。争っているところを見せてはいけないのです。父母は子供から神様以上に尊敬されることのできる父母にならなければなりません。どこか他の人の所に行って誰かと相談するよりも、父母と共に親しく暮らすことが、幸福であるということを自覚できる環境をつくってあげなければならないのです。

 他人の妻になることが易しいことではなく、また他人の夫になることも易しいことではありません。世界人類は、いわば他人の息子です。しかしそれは天地に永遠に残される神様の国の、また人類の息子娘です。他人の息子娘の父母になることが簡単ではありません。神様の息子娘です。神様の代身者たちであるということを知らなければなりません。やたらにたたいたり、好き勝手に足で蹴り、うっぷん晴らしをしていませんか。保護しなければなりません。お互いに保護して、お互いが為に生きなければなりません。

 ですから、このようなすべてのみ旨を成すためには、統一教会の「原理」以外にはありません。神様が為に存在されるという、この内容の思想でなければなりません。この自由主義、色濃く染まった悪魔の破綻的膨張主義、地獄のようなありさま。この世界を救済することのできる道は、「原理」以外にないのです。

 日本のメンバー。(はい)。先生が語る内容が分かりますか。(はい)。分かる者は手を挙げてみなさい。本当にこんなにたくさんいますか? 通訳はやれますか? (はい)。韓国語を勉強しなければなりません。将来みんな氏族メシヤとして入籍した場合には、韓国語を知らないと父母様の近くに来て住むことができません。遠からずそういう時が来ます。入籍は、超国家的、超民族的にするのです。民族大移動の時が来るので、氏族メシヤの摂理を急がなければなりません。神山、それを知ってるの? (はい)。世の中がどうであろうと、先生の言うとおりになるようになっているのです。

 「神の日」を中心として一番神様が願っておられることは、私の体と心の統一の安全圏を成すことです。神様が来られて、永遠に住むことのできる家です。コリント人への第一の手紙三章一六節に「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」とあります。人間は神の宮(聖殿)です。神様の家です。これが安定しなければなりません。

 そうしながら、神様は新しいものを願われるのです。古いものを願われません。三回、三日続ければ嫌になるのです。先生の生活哲学は、毎日のように一つプラスさせることです。山に登っても、どこに行っても、他人は皆休んでも、私は登って、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、一〇、一一、一二。一歩でもさらに踏み締めて休みます。それが先生の生活哲学です。ご飯を食べても、他人より一さじ多く食べるというのではありません。少なく食べるのです。分かりますか。眠る時もより多く眠るのではなく、一分でも少なく眠るのです。それでこそ、新しいものになるのです。

 新しいものをプラスさせるのです。そのような時だけ、神様も発展していかれるのです。神様も成長するのです。停止は死亡に通じます。統一教会に入教した時、興奮して昼夜の別なく気が狂ったようだったのに、一〇年たてば一〇分の一にみるみる落ちていくのです。統一教会に入ってくる前よりももっと怠惰になり、より安心しているというのです。

 クリスチャンたちは、イエス様が雲に乗って再臨するというので、雷が鳴って大騒ぎになっても、飛んで出ていくことができるようになっているのです。ところが統一教会の人たちは雷が鳴っても、「主は既に来られているのに」と言うのです。しかも、その主が自分と関係を持っていると考えている狂った者たちです。知っているにもかかわらず責任を執れないで、何をするというのですか。学校の何学年を卒業してこれだけの知識があるとか、単位を何単位取って、どれだけの知識があるとかいっても、それだけで博士の学位を取ることができますか。知っているのとは関係がありません。パスしなければなりません。同じことなのです。それゆえに停止は死亡に通じるのです。停止は敗北と地獄に通じるというのです。生きているものは成長するようになっているのです。生きたものは繁栄と天国に通じるのです。

 それゆえに、統一教会の文先生は八〇歳の人です。今日、私が韓国の年で何歳ですか?(七五歳です)七五歳。それなら八〇歳になりますか、七〇歳になりますか?(七〇歳です)。七一にもなれば八〇に含まれるのです。

 八〇歳の老人を好きな男性、女性は手を挙げてみなさい。嘘です。いません。私のような人が一人しかいないので、あなたたちは手を挙げるのです。三〇代の青年と八〇歳になろうとする文先生が、同じ実力で、同じ内容を持っているという時は、八〇歳の先生についていくでしょうか。三〇代の青年についていくでしょうか? (三〇代についていきます)。そのとおりです。それが正直な答えです。率直は正義に通ずるのです。八〇歳の老人が好きな人がどこにいますか。私も嫌いです。それが事実です。しかたなくて良いというのでしょう。

 おべっかを言わないでください。嫌々でもしかたなく好きなのです。そのように言いなさい。八〇歳の私が好きですか?(好きです)。教えてあげても間違うのですか? 八〇歳の先生しかいないので好きなのです。こう言わなければならないのです。一度言ってみなさい。(嫌いですが、八〇歳の先生しかいないので好きです)。こうしてこそ、統一教会の文先生が正しい教育をしているというのです。

  先生の相対は一つもない

 明日、「愛勝日」は先生が話をしなければなりませんか、誰がしなければなりませんか。自分の息子娘が死んだ日を私が代表して話をするのがよいのですか。考えてみなさい! 郭錠煥! 朴普煕! 大人の役割を果たしたいと言ったではありませんか。私の言葉が合っていますか、合っていませんか? 郭錠煥、話してみなさい。(合っています)。合っているならどうしてそのようなことが分からないのですか。私が一度座って、明日からは聞いてみなければなりません。

 正月の元日に、私だけをこき使おうとしていますね。夜中から何回もです。今、また会議までしようとすれば、そんな苦痛はありません。いいかげんな者を集めても、それはみんな死んでも私と関係のない者たちです。私の所に来ることはできません。いくら努力しても私の所に来ることができません。私がサインしてあげる前には来ることができないのです。それでも門を開けてあげて、みんなが入ることができるようにしてあげなければなりません。しかたなくそうするのです。

 先生の相対は一つもありません。相談する人もいないのです。私が郭錠煥に相談しても、朴普煕に相談してもすべて、今まで私が世話を焼いてきたのであり、手助けにならないことがいくらでもあるのです。他人はみな、文総裁は福があり良い部下を持っていると考えるでしょう。何が良い部下というのでしょうか。私はその人たちの世話になりませんでした。

 今もそうです。私一人でも一日中走り回れば、これくらいの人を一年とか何か月以内にみな集めることができます。私が大学街を歩き回りながら講演するようになれば、学者や博士たちが、どれほど多く先生を尊敬することでしょうか。

 今度みんな日本に帰っていって、一生懸命口々に先生を称えるのを見れば、「いやあ、恐ろしいことが起こった。大変なことが起こった。革命だ、革命的日本の女たちである」となります。そうなれば世界全体が感化され、きれいに整理されてしまうのです。昔は皆、女性が男性の後ろへ行って男性たちをコントロールして邪魔したのですが、今は前に出て反対に男性たちを引っ張っているのです。

 女性が男性のバンドを持って引っ張って走るのです、男性が女性に引きずられていくようになっています。男としてそれを我慢できますか。それはたまりません。逆に女性を引っ張って喜びますか? 嫌がりますか? どっちですか?(嫌がります)。嫌がる! だったら、女性に負けますか、女性に負けたらどうしますか? 今男性は負けています。負けてしまってもいいのですか。 男性が負けたら大変なことです。ここに集まった男性たちは、女性に負けますか勝ちますか? (勝ちます)。

 日本から来た女性たちで、男性に負けたくない女性は、手を挙げてみなさい。(はーい)。負けるか、負けないか? (負けません)。負けるようになっています。(笑い)しかし、七年間は負けないと決心を固めなければなりません。先生のあとに続いて言ってみなさい、「七年間は絶対に負けません」。(七年間は絶対負けません)。本当ですか? (はい、笑い)。今から競争です。江利川いますか。今から六か月以降に何をやるつもりですか? (五万名をやります)。それは、新しい者たちですよ。(はい)。親戚を動員しなさい。長子権復帰をするのです!

  日本の使命

 長子権を復帰したら兄さんの立場になり、姉さんになった場合には弟を引っ張り出して、血を見るような行動をしても弟に原理を聞かせてあげれば、その弟を天国につなぐことができます。そして感謝するようになります。サタンは地獄へ連れていくのに殺しながらやってきました。そして自分の直系一族のカインの立場である婿とか、嫁の親戚も、みんなつなぐのです。そうすれば日本全国をつなぐことができます。分かりましたか? (はい)。一人が一二人を伝道するのは問題ありません。一か月に一人ずつやりなさい。氏族メシヤをやりなさい。やりますか?(やります)。それは死を覚悟すればできないことはありません。

 先生を見てみなさい。これからのことを考えると先生はもう大変です。これを完成しなかったならば、日本はペチャンコになります。間違いありません。先生がこのようなことをしなかったなら、皆どうなることでしょうか。日本に何らかの名目が残ると思いますか? そうはいきません。もう流れていってしまいました。今度から一心一体になって、救国基金をやらないといけません。日本を救うために、自分の一族を犠牲にする覚悟を持たなければなりません。今、先生の言うとおりにやりたいと決意する者は、男性も女性も、一緒に両手を挙げて!(はい)。

 まさしくそのように約束したとおりにすれば、神様が喜ぶでしょう。自分の一族がみんな自然屈伏して、「かしこまりました」と皆さんは、王様のように侍られるようになるでしょう。そうなれば日本は心配なくなります。分かりましたか? 解放されることを喜び、希望を持って日本に行って行動を開始すべきです。分かりましたか?(はい)。

 絶対に韓国に負けてはいけません。韓国(カンコク)は監獄、牢屋のことです。先生も牢屋は嫌いです。カンコクには、「還国」と「韓国」と「監獄」の三つがあります。国に帰る日を「還国の日」と決めました。一番悪いのは牢屋です。

  「神の日」に神様が一番願うこと

 「神の日」に一番神様が願うことは、真の父母と共に神様が皆さんの家庭に住むことです。神様が夫と妻を両手につかんで一緒に抱き、主体なる神様が相対である夫婦と愛において一体になることが神様の願いなのです。結婚とは、夫と妻を完成させるためのものです。また、夫婦が一つになったその位置において、神様を完成させるのです。

 それまでは、神様も愛の相対を見つけることができないのです。それは途方もないことです。それゆえにこの位置に入っていって、一つになることによって神様が私のものであり、神様の所有全体と、被造世界全体が私のものになるのです。それは間違いのない理論です。そのようなことを漠然と考えないで、皆さんの心と共に、その仕事をするように心を呼び起こして目覚めさせてあげ、教えてあげなければなりません。

 体は毎日のように反対の方向に引っ張っていくのです。この殻を脱がなければなりません。これが口であり、口は食べることと言葉を話す器官です。自分を高くすれば気分が良いのですが、それでは蕩減復帰とは反対です。そういうものを滅多打ちにしておかなければなりません。

 その次には何かといえば、男女関係の情欲が問題です。あなたたちは妻がいても、美人を見れば、その女性と暮らす男性は幸福だなあと考えるでしょう。考えませんか? そういう男性は卑しい男性です。ですからまだ訓練が必要です。それを知らなければいけません。私自身が未完成品であるということを知らなければなりません。先生が一番苦心したのはこのことです。

 それゆえに、神様は世の中の女性たちをみんな私に任せようとします。神様の娘として、神様の妹として、妻としての資格者として、母親になることのできる資格者として、私でなければその印を押す人がいません。その印を受けなければ、天国に入っていくことができません。四大心情圏と、三大王権を備えることができなかった人や、天国の王権を奉って、王国においての神人一体理想を中心に、心情的に生きることができなかった人は、天国に入っていくことができないようになっています。

 既成教会は、信じることで救われるというのですか。その人たちは、天国について何も知らないのです。ですから今まで、みんな掃き捨ててきたのです。みんな掃き捨てなければいけません。それを私が救ってあげようとするのです。それを見れば、神様の愛が本当にありがたいものであることが分かります。世界の国々もそうであり、キリスト教も今、文総裁のあとにくっつこうとして訪ねてきているのです。分かりますか?(はい)。

 「神の日」を一番お祝いすることが何かといえば、家庭的理想基盤を中心として統一天下の主役になることです。そして神様の友となり、神様の愛の主体、すなわち第一の神様の前に、第二の神様の対象的愛の主人になることです。そしてそれが神様が人間を創造された目的であり、人間自体が神様と一つになって統一的主人になることが人間の目的なのです。愛を中心として、一つになろうというのです。神・人・愛一体圏が、結婚の日の初夜に結ばれるのだということを分からなかったのです。

 そのような花嫁を持って神・人・愛一体感を感じることができますか。私が聞いているではないですか?(努力します)。(笑われる)それでも郭錠煥は烈男(死を顧みず妻に対して精誠と志操が堅い男性のこと)であるという噂があるそうです。文総裁が烈男であるという話は聞かないのに、郭錠煥は烈男であると言っている人が多いですね。それでいいのです。

  真の父母と成約時代安着

 「神の日」を祝うのですが、体と心の安全圏を安着させなければなりません。すべて今年の年頭標語と同じです。「真の父母と成約時代安着」です。体と心が一つになって、神様と真の父母が来られて、暮らすことのできる安着地帯になりなさい。まず個人のレベルで、そのような男性、女性になって、そしてそういう男女が一つになって、家庭的な位置が定まり、それが拡大されて地上天国、天上世界の天国になるのです。そして、その天国において我々は、家庭単位で生きるのです。天国での二人の起源地を、我々の家庭から出発させるのだと決意する人たちが神様の息子娘になるのです。

 神様が願われる愛の対象として創造された理想的対象存在、結果存在として公認されるのだということを知らなければなりません。そうすれば神様でさえも彼らの所有となり、神様の被造世界も彼らのものとして神様は伝授してあげるというのです。そして、それが神様から人間に与えられた神様の愛の主人公としての欲望であるということを知らなければなりません。(アーメン)。「神の日」にそのような基盤を成すことを一番神様は喜ばれるのです。そして私たちは、そのように「神の日」を記念することのできる主体的存在なのです。(アーメン)。アーメン。(アーメン)。



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そして、そんな地域の活動をもっと多くの方に知ってほしい!ということで、YSP中日本のオリジナルキャラの「ミライオーくん」が、これから毎月、各エリアで行われている様々な活動を紹介していきます!

5月は「YSP南愛知」の特集になります!お楽しみに!!!

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​​​​​​​​​​​​「現地の整備」(その2/2)

1993年12月21日
韓国・済州研修院


  繁栄と天国に通じる道

 先生は結婚生活の美術化、芸術化のことを言っているのです。「芸術的な結婚生活、美術的な結婚生活をしなさい」と言うのです。女が結婚するのは、愛を受けるためだというのですが、そうではありません。女は、家庭においては、愛の女王様です。この前は、女は空き箱だと言ったね。女は何も持っていないと聞いたでしょう? しかし、この正面のものは誰のものですか? その話もしたでしょう? 顔と、それから女のそのものは誰のものですか? 忘れたのですか?

 真剣な話です。これは旦那さんのもの、これは子供のものです。旦那さんと子供のためのものです。自分のためのものは一つもないのです。だから愛の相対者は、自分よりも立派な人を願うのです。それは、神様から来たものです。神様がそうだったのです。自分よりも立派な者になるように、一〇〇パーセントの神様が一〇〇パーセント投入しても、同じものしか生まれてきませんが、何億以上も立派なものを願うのだったら、何億回も忘れて投入しないと、そういう相対は生まれてきません。だから真の愛の道は、投入して忘れるような立場をとらないというと、そういう真の愛は生まれてきません。自分の生命を投入して忘れるところから、真の愛が出発するのです。分かりましたか? (はい)。

 真の旦那さんとは、奥さんのために命を捧げて、再び生まれ変わっても奥さんのために生きるという男でなければ、真の男ではありません。真の旦那さんではありません。女も同じことです。父母も、子供に対して自分の命を犠牲にしても、再び 蘇 っても、また子供を愛したいと思うところに、真の愛が出発するのです。これをはっきりとしないといけないのです。分かりましたか? (はい)。

 真の愛とは、平常ではないのです。自分の地上の父母より以上でなければなりません。父母として命を犠牲にし、蘇った場合にも、再び命を投入し得るような立場にならないと、真の父母として神様に似た父母の後につくことはできません。分かりますか? (はい)。真の愛という出発点は、そこです。だから聖書は、はっきりと教えているのです。「死なんとする者は生きるのです」。死の峠を越えることによって、真の愛を迎えることができるので生きるというのです。分かりましたか? (はい)。

 「死なんとする者は生きる」。生きるということは、真の愛によって生きるようになっているのだから、死を越えないというと真の愛は迎えられないのです。こういうことを原則的に、理論的に、整理しておかなければならないのです。だから末の時代には、後の者が先になり、先の者が後になるのです。それは何かというと、統一教会に、初期に入った者と今入った者とは、心霊基準が違っているということです。

 あなたたちも考えてみてください。最初に統一教会に入る時、原理を聞いて「いやー、これだったら自分も天下を統一できる」という自信を持つのです。それがだんだんだんだん消えていって、小さくなってしまうというと、出発より悪くなってしまうのです。いくら感動的な話を聞いても、感動しなくなるのです。いくら自分の昔の基準に帰ろうとしても帰れないのです。それは病人になったのと同じことです。それは死亡と地獄に通じます。しかしそれに比べて後から来た者は、よく興奮するのです。興奮する者は、時が違っているのです。

 昔は迫害が多かったのだけれど、今は迫害がないので、後の者が先になりやすい時代になりました。古くなった統一教会のメンバーは覚醒しなければなりません。だから先生がいつも考えることは、きのうよりもきょうと、一歩でも新しいことをプラスさせる発想です。それは成長することです。分かりましたか? (はい)。

 きのうやったことよりも、きょうは一つでもいいからプラスさせるのです。そうすれば、少しでも成長したことになるので、繁栄と天国に通じるのです。一歩落ちた場合には、後退と地獄に通じるのです。神様はいつも新しいものを願います。古いものが三日たまった場合には、神様は要らないのです。分かりましたか? (はい)。だから何かしないといけないのです。何か新しいものを開拓していくのです。先生もそういうふうにして、世界的な基盤をつくりました。秘訣はそこにあるのです。

 きのうよりもきょう、新しいものに向かって前進するのです。辛く難しいことでも、死亡圏に結ぶことはできないのです。命懸けです。真剣です。未来のために準備するのが、一番の後退しない秘訣です。分かりましたか? (はい)。未来のために準備することです。こういう修練会も、五年前はみんな気違いのように思ったかもしれないのです。しかし、きょう院長さんが言ったように、未来のために準備していたのでできたのです。だから参加した者は、五年、十年先に、自分が発展する条件になるのです。分かりましたか? (はい)。それが生き残る秘訣なのです。

 それでアメリカにおいて、先生は十年以上、二十年以上先のことを、みんな準備しているのです。だからお母様は、今まで国を動かしてきた全国家的最高の者たちの歓迎する中で、講演ができたのです。国を超えた全世界の人々のために、四十年前から準備してきたからです。

 そのように、一日の中で発展させたプラスの状況を残すことです。そうすることによって、繁栄の基盤をどこまでも残したことになるので、神様も関心を持たざるを得ないのです。理論的なことです。

 それで先生は、山に登っても必ず、「一、二、三」以上の数を足踏みしてから座るのです。そういう精神で、新しくプラスさせるのです。寝ることにしてもそうです。勉強をするにしても必ずそうするのです。何事においてもそういう伝統、そういう精神を生涯続けることによって、大きな実績が、普通の人にはできない実績が残るのです。ですから休む暇がないというのです。

 この周辺に神様が憂うる人がいた場合には、「誰か教えてください」と祈ると、さーっと教えてくださるのです。そうなれば「伝道するな」と言われても、伝道せざるを得ないのです。ただ生きていて、人生がそれでおしまいではないのです。生まれた価値以上の基準に立てるかどうか、それが自分の生涯を懸けた価値になるのです。その価値が、永遠の神の国を相続する基準になるのです。

 ですから、未来に向かってたくさんのことを準備した場合には、神様の思いが何十年も長く続くのです。そのために、自分が保護されるのです。未来を考えず準備しない者は、個人も国も滅んでいきます。流れていきます。先生は、この歴史とともに流れていく現状を考えて、世界を止めて引っ張り出そうとするのです。それは、未来の基準を持っているからです。アメリカもそうです。先生がアメリカの大統領まで指導するようになったので、問題なのです。一人で世界を指導し、国の運命を左右する見本をつくるのは簡単なことではないのです。四十年以上の歴史が必要だったのです。そこには、悲惨なことがたくさんあったのです。そういうことも過ぎ去った場合には、歴史になるのです。分かりますか? (はい)。真剣なのです。

 女さんたちも旦那さんを迎えて、十年、二十年が過ぎた場合には、旦那さんに対して二十年間プラスさせながらやってきた自分があるかというのです。もし、なかった場合には、この公式において落第です。どう思いますか?
 
  真の父母と完全に一つとなって良心の本然の基準を回復する

 もう帰る時間の十二時が一時になりました。現地の整備の話として、旦那さんをどういうふうに処理するのですか? ただ座っていて殴られたり、叱りとばされたりするようになってはなりません。先生は大嫌いです。主張すれば必ず勝つようになるのです。「先生の言うとおりにやれば、大変です。今は週刊誌でやられます。周辺が大変です」と。周辺には何もありません。分からないことを吹っかけてくるのです。証言しなさい。証を立てなさい。裁判所でも、証言がなかった場合には判決が出ないのです。

 「君は、何でそんなことをやるのか 一方的に悪いと誰が決めたのか。裁判所でもない」。裁判所には検事がいて、弁護士がいて、互いに弁論し合って、そこで証人と証拠物を比べて判断するのです。新聞の噂は、人間がいくらでもつくることができるのです。野党は与党をいくらでも攻撃することができるのです。サタンは神様のほうをいくらでも犠牲にさせることができるのです。何を言っているのですか 証を立てなさい。分かりましたか? (はい)。それに、今は時が違うのです。向こうは天使長であり、こちらはエバの立場です。今から引っ張り合いになった場合には、価値が逆転するのです。

 この前も話したように、神様を信じる女たちを助けるために結婚を自由化したのです。この話は、もう聞いたでしょう。真剣に考えないといけません。それが神様の法則なのです。結婚していても、そんな男は相手にしなくていいのです。先生がもっと立派な旦那さんを紹介してあげます。本当です。霊界には、たくさんの旦那さんが待っています。

 それはそうとして、男は天使長です。間違いないのです。だから男たちが今まで世界を支配してきたのです。天使長が支配しているのです。それは失敗者であり、失敗せざるを得ないのです。天使長は、神様の前に復帰されていく世界をめちゃくちゃにしてしまったのです。しかし神様は、めちゃくちゃにされても、その破壊されたものを再建設します。先生がきれいに建設していきます。

 君たちも、過去にやってきたことが、サタン世界のことであるとはっきり分かった場合には、先生の話を聞かざるを得ません。高次元な人間の価値が明らかに分かるようになるのですから、これを聞かなければなりません。「良心は両親に優る、良心は先生に優る、良心は神様に優る」と訴えたでしょう。それが大切なのです。それを体恤して一つにならないというと、四大心情圏につなぐ道がありません。心身を一体にさせなければ、四大心情圏に通じる道がありません。分かりましたか? (はい)。

 四大心情圏を知らないと、堕落したということが分からないのです。堕落したことによって、良心を失ってしまったし、良心が無力になってしまったのです。それで再臨主が、長成期完成級基準まで下がってきて、現状まで解決して梯子をつくったのです。ですから真の父母と絶対に一つになった場合には、真の父母の代わりに、どこにでも上がったり下がったりできるというのです。アダムは、分からなくて堕落したのですが、先生は分かっているのです。分かっているのだから「君、何だ、これは」と、堕落した基準に下がって讒訴することができるのです。

 ですから、真の父母と完全に一つになると、良心はもっと神様と一体となるような道が近寄ってくるので、だんだんと力が強くなって、肉身の主管は問題ないのです。そうして、肉身と一つになることによって四大心情圏の因縁を結び始めるのです。四大心情圏は、良心の本然の基準を回復しないとできないのです。分かりましたか? (はい)。

 旦那さんを、そういうふうに正していきなさい。一方的に反対する父母がいた場合には、談判しなさい。「お父さんお母さん、なぜ統一教会に反対しますか 自分の娘が、自分の息子夫婦が信仰するのに、新聞社の新聞紙より娘をなぜ信じないのですか?」と。「いっぺんも調べないで、こんなむちゃな暴力的なことがありますか? それがお父さんの使命ですか そんなことはできません。さあ、お父さんお母さん行きましょう。その噂が本当だとすれば証明してください。でなければ娘の話を聞いて、修練所で統一教会の原理を聞いてみてください」と。

(両親は)娘の話を聞くべきですか、新聞社の話を聞くべきですか? 新聞社が今やっているように、野党は与党をいくらでも攻撃することができます。事件はいくらでもつくることができます。今や、みんな何十回、何百回とお金をやって噂を流して、それで三人以上が証言をすれば、裁判所で勝つというような世界になっているのです。文先生は黙っているのですが、悪い人ではないのです。偉大だからです。偉大だから、黙っているのです。分かりましたか? (はい)。

 そういうふうに正していきなさい。「お母様とか、統一教会の話を聞いてみなさい。それも聞かないで何ですか」と。弁護士の話は裁判所でも聞くのです。「娘が弁護士みたいになっているのに、なぜ話を聞かないのですか? 文先生は悪くないと言っていることを聞いてみてください」と、談判するのです。
 先生は十二歳の時に、おじいさんから父母まで、みんな教育してきたのです。朝も挨拶に行くのです。ちょっと遅くなったら、「なぜ遅くなったのですか?」「ちょっと用がありました」。「おじいさんは早く来るのがいいですか?」「はい」。そう言って、入っていくのです。

 それで、夜十二時過ぎに門を叩いて、「ああ、おじいさん」「何だ?」。「私です」「なぜ来た?」。「入ります」と、門ごしに入るのです。たいがい田舎は門を閉めないのです。入ると、もうびっくりして起きるのです。そこで、先生が「おじいさんとおばあさんは、寝たまま挨拶するのですか?」と言うので、びっくりするのです。そうして「上がりなさい」と言うのです。「何時に来たらいいですか?」「昼の十二時過ぎに来なさい」ということで、とうとう、おじいさんも、先生を迎えるようになりました。

 それからお母さんも、みんな十二歳で集めてしまったのです。そういう作戦をしなさい。先生も子供の時に、そういう作戦をしたのです。そのようなたくさんのことがあるのです。先生には謎が多いのです。十五、六歳の時は、みんな家まで引っ越しさせたのです。先生が裁判所へ行きながら、みんな取っていったのです。悪い者は放ってはおかないのです。分かりましたか? (はい)。

 今からは、自分が一家を治める整理をしないといけないのです。今からは国を整理しないといけないのです。そういうためにも、こういう運動が必要なのです。誰もできないことを、どんどんやるのです。先生が何回もやってみて言うのだから、信じてやりなさい。分かりましたか? (はい)。

 ちゃーんと周辺をまとめて、堂々たる生活をする奥さんになりなさいというのです。そのようになりたいですか? (はい)。なりたいのですか、なりたくないのですか? (なります)。やりなさい。(やります)。はい、ありがとう。(拍手)

  立派な旦那さんをつくる道

 そうなったら、旦那さんが問題ですね。旦那さんは、簡単です。今まであなたたちは、旦那さんを知らなかったのです。男を知らなかったのです。男を知らないからそうなるのです。女と男は違うのです。まるで正反対なのです。女の 懐 に男を巻き込んでいくようなことを考えてはいけません。男の懐に女がジャンピングして飛び込まないといけないのです。方向が間違ったからそうなるのです。分かりましたか? (はい)。

 女は自分の旦那さんを、立派な旦那さんにしなければなりません。立派なお母さんは何も持っていませんが、愛の心でもって立派な子供を養育することができるのです。分かりますか?(はい)。それ以上は必要ありません。愛の心でもって子供を養育していくのです。子供は一〇〇パーセントお母さんを真似るのです。それで夫婦生活も、自分の兄弟と同じにするのです。夫婦生活をする時に、兄弟の中に自分たち夫婦と同じような者がいたら、みんな比べ合うのです。

 お母さんは、娘の旦那さんとお父さんと比べてみるのです。娘は自分の旦那さんを兄さんと比べてみるのです。それでお母さんが毎日、何かと言いつけた場合には、娘が自分の兄さんに何かと言いつけるのです。本当です。子供は親を真似るのです。子供は真似して習うのです。誰も横で教育する者がいないのです。お母さんを八〇パーセント習うのです。これは大変なことです。ですから親不孝なお母さんは、不孝者をつくるというのです。

 それで、自分の旦那さんに対して、相対的な立場に立ってはだめです。天は高いし、地は低いのです。愛を絞り出すようにしなければなりません。女が高い所に立てば、愛は下に流れるものであって、上に上がるものではありません。女が垂直に立てば、完全に愛のパッケージがそのままになるのです。角度があればあるほど、流れが多くなるのです。だから女は、男のために完全に奉仕しなさいと言うのです。

 お母さんが本当に、自分の子供を養育する秘訣は、子供に奉仕することです。そのことによって立派な子供に成長していくのです。奉仕しなければ、めちゃくちゃになるのです。奉仕しかないのです。旦那さんもそうです。

 結婚生活は、すべてが初めてです。自分の主張を奥さんと共に分けあったり、自分の主張を譲るような立場になってはいけません。ぶつかる立場なのですから、自分も共に高くなると思うとだめです。誰かが低くならなければなりません。そうなった場合には、殴ろうとしても、低いから殴るのが大変です。殴る時には、こういうふうに殴りたいのです。高いから殴られるのです。下を向いている女を殴る者はいないのです。

 君たちはたくさん殴られたでしょう? 殴るのは口数が多いからです。口のためにそうなったのです。だから、口を閉めよと言うのです。だから堕落した女たちは口を恥ずかしがるのです。堕落は口からきたのです。口を慎めと言うのです。それを「ちょっこく」というのです。(直告=事実をありのままに告げるという意味)良心が「ちょっこく」しないというと、寿命を延長させられないのです。一瞬でも延長してもらうことによって、復帰の時間を得ることができるのです。

 ですから良心は、自分の知らないうちに悪いことをした場合には、夢の中でも発表します。それを「ちょっこく」というのです。そのように発表するようになっているのです。女は口に注意しなければなりません。聖人とは、口と耳の王様です。人間は口と耳を守れば聖人に近くなるのです。「成長して、正常になるには、口と耳を守れ」と言うのです。王様は、なかなか発表しない人です。みんな聞いて発表した場合には、それが法律の代わりになるからです。一言で、国が行ったり来たりするのです。だから、慎重になるのです。

 旦那さんは天です。愛する時には旦那さんが上にいくのですか、女が上にいくのですか? 男でしょう。愛という尊いものを中心として関係する時には、男は上、女は下です。だから愛を中心としてみれば、夫婦生活は、女が下になったほうが安全なのです。上になると転覆するのです。基本的に、男から愛を貰おうとする時、愛は一番下へ流れていくのです。空気と同じです。だから旦那さんも、愛を貰うには奥さんに頭を下げないといけないのです。その愛がぐにゃぐにゃ曲がれば、死んでも大変です。死んでも求めなければならないのが愛です。死んででも愛を曲げてはだめです。愛を失うようにしては駄目です。夫婦がぶつかって、「あなたみたいな男は駄目だ」とか、「結婚すべきじゃなかった」とか、「運が悪い」などと言うのは、めちゃくちゃにならざるを得ないのです。そういう天下はないのです。分かりましたか? (はい)。
 
  旦那さんは男の子が大きくなったものである

 女は愛の空箱だから、いくら愛を貰っても足りないのです。女を満足させる宝物はないのです。それ知っていますか? 小さな一カラットのダイヤモンドを貰った場合には三カラットが欲しくなり、三カラットを貰った場合には五カラットが欲しくなります。限界がないのです。分かりましたか? (はい)。だから、エデンの園で堕落が始まったのです。基準を越えていく行動を取ったので脱線したのです。

 女を満足させる宝物はないということが分かりましたか? (はい)。そういうことを考えて行動しないといけないのです。いくらよい物をやっても、さらによい物を持ちたがるのです。いくら愛しても、もっと愛されたいのだから限りがないのです。だから、それをコントロールするには、いつも旦那さんの下にいることを考えれば、それで治まるのです。簡単なことです。

 ですから愛する時も、上に上がらないで下に降りるのです。それが原則です。水は凹んだ所で貰うのと同じです。水がいっぱいになったら、コップを越えてしまうのです。それは、天下に合わない行動です。分かりましたか? (はい)。女さんたち、分かりましたか? (はい)。女はコップみたいです。水がいっぱい入ったのに、まだ貰いたいと思うので、最後にはコップが割れてしまうのです。コップを投げ出して割れてしまうのです。本当です。女は器になっているから、貰う立場なのです。ですから、下にいる場合が安全です。これで、離婚したいという女たちも、半分ぐらいは収まるでしょう。(笑い)

 それから旦那さんを育てて、立派な旦那さんをつくるのは簡単です。あなたたちも男の子を生んで育てていることでしょうが、男の子は腕白ですね。でたらめで、朝きれいな着物を着せたのに、一時間もたたないうちに泥水ですべっているのです。そんなにしていても、「お母さん」と言って走ってきたらどうしますか? け飛ばすのですか。

 それを、「この子は大変だったね」と、独り言をいいながら抱擁してやるのです。何も恥ずかしがらずに、お母さんを信頼して、そのように飛び込んで抱かれる姿にみんな感動するのです。そいうふうにして、旦那さんもいろいろと教育していくのです。強制では効かないのです。優しい姿勢でもって、甘い愛の言葉をかけて、子供をなだめることと同じようにするのです。男というのは、別の生き物ではないのです。子供がちょっと大きくなったものです。

 そのような男の世界を、君たちは知らないのです。先生が今でも忘れることができないのは、お母さんのことです。幼い時、乳を飲んで、お母さんの胸に抱擁されて愛されたことは、一生涯忘れられないのです。男はそういうような気持ちだから、奥さんに対して、お母さんの代わりになってくれればいいと思っているのです。ですから皆さんが、お母さんの代わりになって、よい奥さんになれるようだったら、それ以上効果的なことはないのです。分かりましたか? (はい)。

 酒を飲んできたからといって、「もう酔っぱらってきた この野郎 いつからこんなになったのか」と言うのではなく、めちゃくちゃになって帰ってきた場合にも、自分の旦那さんだと思う心ではなく、お母さんの心で、自分の子供が一家を支えるために悩みながら、いろいろの複雑な外交の舞台において、酒も飲まざるを得ないような思いであることを知って、帰ってきた子供を抱くようにして、ずーっと寝かしてキスをしてあげるのです。お母さんはそうするのです。そっくり、そのようにやりなさいというのです。

 そういうことを二回、三回とやってあげると、旦那さんはみんな分かるのです。寝たふりをしながら、「いやー、ありがたい奥さんだ。昔のお母さんよりもいいな」と思うようになれば、もう永遠に別れることができないのです。それが男性の弱点なのです。先生は男性のことをよく知っているのです。旦那さんに妻として対すれば、喧嘩ばかりするのです。旦那さんに対しては、親の心でもって、お母さんの代わりに対した場合には満点なのです。

 しかし、お母さんの 懐 はよいのですが、お母さんとは愛の関係ができません。ですから、お母さんみたいな妻と夫婦生活をする以上のものはないのです。男として、それ以上に望むことはないのです。先生もそうです。ずーっと学校に行っていて、帰ってきたのは二十代も過ぎていたのです。それでも、必ずお母さんの横に寝るのです。寝ながら、昔みたいにお母さんの乳房に触るのです。その思い出が非常に幸福なのです。その感動は一生涯、忘れられないのです。

 それから、いろいろ自分のために犠牲になったことがたくさんあるのです。そのお母さんに、こんなにも親不孝して、悪い立場に立たせるとは夢にも思いませんでした。分かりますか? それと同じです。お母さんみたいに、立派な母の心情で抱擁してあげて、その基台の上で、奥さんとして夫婦生活をすれば、それ以上の幸福はないのです。だから、夫も子供を持ったお母さんに対して「お母さん」と言うのです。自分が昔呼んだお母さんのことを連想したいのだから、自分でも知らずに「お母さん」と言うのです。分かりましたか? (はい)。

 でたらめな男の子を、立派な愛でもって育てるように、お母さんの代わりになって旦那さんを抱擁しつつ、父母の心情で看病しながら大きな子供みたいに、大きな子供の兄さんみたいに、大きな子供の王様みたいに扱いなさい。そうすれば、女として一〇〇点満点以上になります。これを今から実践するのです。練習ではなく実践するのです。

 そして旦那さんが帰ってきた場合には、会社から帰ってきた場合には、奥の間にいないで、玄関の近くにいて「あなたさま」と、言ってみなさい。そういう言葉を誰でも三回は聞いてみたいのです。

 旦那さんが疲れ切って、しおれきった格好でもって、子供と奥さんに会って何とか慰めてほしいという思いで帰ってきたのに、奥さんが奥の間から「誰ですか」と、旦那さんが苦しいのも知らないで、三回言ってみなさい。今までの感情がみんななくなってしまうのです。だから、そういうことをよく考えて、ちゃーんと時間になった場合には、旦那さんを待ちながら、「あなたさまー」と言った場合には、もうそれ以上にうれしいことはないのです。元気が出るのです。そして、「やっぱり、家は天国の続きだ」と思うのです。

  お母さんと妻を合わせたような奥さんになる

 日本の女は、きれいに掃除することにおいてチャンピオンです。日本の女は、旦那さんが帰ってきた場合、すぐに「あなた、風呂に入りなさい」と、それは大変です。(笑い)女は一日中、昼寝をしていて、旦那さんが帰ってくると、御飯もつくらないで、「お風呂に入りなさい」と言うのです。

 旦那さんがストレスいっぱいで、倒れるような心情も知らないで、そう言うのです。「風呂に入りなさい」と。それは、先生も嫌がることです。ですから、「ああ、風呂は後でもいいです」と言って、疲れている場合には食事のおぜんを準備して「食べてください」、「休んでください」と、自分の膝の上に子供のように寝かせてあげるのです。寝かせてあげて、耳のアカを取ってあげるのです。(笑い)

 先生の言うとおりにするのです。その時間が、五時前だったら、夏ならまだ明るいので爪を見て、伸びていたら、きれいに摘んであげるのです。それだけの奉仕をしないと、男から愛を受ける資格がないのです。分かりましたか? (はい)。それを一か月に二回ぐらい必ずやってあげるのです。先生の言うとおりにやりなさい。それから靴下を脱がせてあげるのです。汚い汗のにおいがするからといって、それを投げ捨てるのではなく、ちゃーんと丁寧に横に置いて汗もみんなきれいに拭いてあげるのです。そういうふうにした場合には、旦那さんが「風呂に入ってもいいよ」と言うのです。その順序が逆さまになったら、転覆して駄目になるのです。分かりましたか? (はい)。

 お母様は、先生の髪もみんな切ってくれるのです。先生のお母様は、利口な奥さんです。(拍手)なぜかというと、先生は普通の人間ではないのです。先生を狙っている者がたくさんいるのです。だから床屋ほど危ない所はないのです。それで「私がやってあげます」と言って、お母様が先生の髪を切ってくれるのです。そうすると、どういうことが起こるかというと、子供たちが「お母様は、お父様ばっかり髪を切ってあげて」と言って泣くのです。それで、お父様の次に、ちゃーんと待っているのです。待っているのですから、切ってあげざるを得ないのです。それでみんな髪が長くなってくると、「お母様が髪を切ってくれる日は何日か?」と言って、待っているのです。それは、非常に平和な郷です。お母様を中心として、みんな周りの男たちがそうなった場合には、美しい環境です。分かりましたか? (はい)。

 そういうような雰囲気を女がつくるのです。男にはそういう暇がないのです。一日中大変です。社会に出れば、上から、下から、横から、みんなが狙っているのです。自分の足元を掘り下げてしまうような、たくさんの謀略を重ねる世界なのです。それは、女の世界では分からないことです。女は、旦那さんだけを収めれば、万事無事通過なのです。男はそうはいきません。会社全体を収めないというと、自分の立つ所がないのです。そのように神経を使っている、旦那さんはかわいそうです。だから、お母さんみたいに、子供を養育するように面倒見てあげるのです。そうすれば、立派な旦那さんになることは間違いありません。分かりましたか? (はい)。

 そういうふうにやったにもかかわらず悪くする人には、相手が離婚してくれと言えば、すぐにハンコを押してやるのです。そんな男はいらないのです。

 お母さんと妻とを併せたような奥さんになることです。それが理想の旦那さんの願うところです。それが秘密です。それで旦那さんの問題は解決するのです。

 それから愛の生活においての芸術化というのは、みんな日記に書いておくのです。「何年何月にはどういうことがあって……」と。みんな昔の思い出を大切にするのです。ですから、できるならば、昔の思い出のコースを繰り返して、印象を回復してやるのです。そういう生活をするのです。それで信頼の度が高まるのです。だから、故郷というものは大切です。故郷の月夜を旦那さんと共に散歩するのです。そして、どこかに座って、二人が会った昔を思い出しながら語り合うのです。そういうようにしながら、奥さんとしては、いかに旦那さんによく見られるか、いかにして尊ばれるようになるかを注意深く考えていくのです。その姿勢を忘れないようにするのです。二人が会った三か月間の生活を基準として、三年間生活すれば問題はないのです。

 三年間が問題です。子供を一人、二人と生めば、ちゃーんと定着していくのです。だから、いつも結婚初夜の思い出を旦那さんは思うのです。変わっていくか、もっと高まっていくか、深くなっていくか、年を取れば取るほど、自分を中心としてもっと考えようか、旦那さんを中心としてもっと考えようか、子供を中心としてもっと考えようか、というようになるのです。

 そういうことを予備知識として、あらかじめ準備しないといけないのです。だから家に帰るにしても、万年同じ着物ではいけません。女として考えてみなさい。女の持っている財産は、目と鼻と口しかないのです。その顔を一生涯見て、かわいがってくれればいいと思うのですが、君たちは自分の顔を見て、自分の目と鼻と口を見て喜ぶような男がいったい何人ぐらいいると考えますか?

 すぐに、飽きるのです。本当です。だから顔のスタイルも大切なのです。「今月の私のスタイルは、春のタイプだ」と、いろいろのスタイルが必要です。冬の気持ちの時に、朝、旦那さんが出かけた場合には、春の陽気の色とりどりの香りの花が咲くような姿で部屋を明るくして待つのです。

  夫婦生活の芸術化、美術化

 また、白いテーブルを黄色にすることもできるのです。いくらでも変えるのです。昼食を一食、二食食べなくても、それは変えることができるのです。それができないという人は、女としての資格がありません。妻になる資格がありません。ですから環境を変えていくことです。万年タンスを死ぬまで置いておくのではなく、一年くらいで色とりどりのタンスに変えて芸術化するのです。また、旦那さんが好きな写真はどういうものか、一緒に店に連れていくのです。壺を売る商店などで、「あなたはどれが好きですか?」と聞けば、すぐに好みが分かるのです。それを買ってきて飾っておくのです。それで、自分の好きなものも買ってきて飾っておいた場合「あー、そうか」と、旦那さんはそれを見て、自分の奥さんの好みを知るのです。

 そういうふうに美術化させていくのです。その中で、夫婦が主体となって周囲をハーモナイズさせていく関係をつくっていくのです。ですから、女が色盲だったら大変です。(笑い)。本当です。それで、奥さんは着物なんかを買ってもらうのに、春夏秋冬の四回だけ連れていってもらえば、その時に買ってもらえなくても旦那さんの好みのカラーが分かるのです。「あー、彼は、春はあんなカラー、夏はあんなカラー、秋はあんなカラー、冬はあんなカラーが好きなんだ」と。そうしたら、そのカラーの高くない着物を自分で選んで買って、それを着て現れるのです。そうすると旦那さんが喜ぶのです。

 そのように、みんな周辺の芸術品を美術化して、旦那さんの喜びの心情をいかに引き出すかということです。そうなると話も、話題が笑いとなって、旦那さんも喜ぶのです。そして一回、二回とキスし合って、二人の芸術的キスになるのです。それが必要です。万年同じように、木でもって作ったような木石みたいな女では駄目です。だから下着なんかもいつも研究するのです。万年同じ下着には、しらみがついているかもしれないのです。(笑い)本当です。

 そういうふうにして、芸術的な環境にするのです、花も色とりどりの花を飾って、旦那さんが好きだったら、その花を八〇パーセント、自分の好きな花を二〇パーセントにすれば、「いやー、こんなにたくさんの花を」と。それで、「奥さんは家庭の女王様だ」と尊敬するようになるのです。夫婦生活の芸術化が何か分かりましたか?(はい)。

 そして、内的な夫婦関係の生活においては、女と男は時間が違うのです。男より女が五倍も遅いのです。遅い人は二倍から五倍以上にもなるのです。だから、夫婦関係においても、夫婦関係の味を知らないで一生涯を終えて死んでいく女がいるのです。それは男の罪です。夫婦関係が満足しなかった場合には、一日中、一か月、その余波が続くのです。絶対に女の健康のため、生理的にも絶対に必要なことです。分かりましたか、奥さんたち? (はい)。

 それをみんな教育をしないといけないのです。お父さんは自分の息子に、お母さんは自分の娘に教育しないといけないのです。みんな知らないで嫁に行くのだから大変です。分かりますか? それで、みんなを立派に教育するのです。「あなたは、それをどういうふうにするの?」と相談するのです。自分はそういう感じがまだだから、旦那さんに時間を延長してもらいたいとすれば予備運動をたくさんするのです。
 この話は堕落以降の環境ではなく、堕落前の世界でのことをいっているのです。分かりましたか? 重大な話です。
 
  フィーリングが最も重要である

 きのうも話したことですが、稲妻と共に雷が鳴るのは、自然のキスと結婚式だというのです。それと同じことです。そういうふうに一つになる夫婦関係の愛の美しさは、一身の細胞がすべて目覚めて拍子を合わせていくようなものです。みんな、そういうふうになっているのです。五感が一つになるのです。それは尊いものです。もし、それが合わなかった場合には離婚問題とか、一生不満が残るのです。それがぴったり合うようになれば、奥さんと離れることはできません。顔がきれいということは後の問題です。

 フィーリングがいいということは、良心を見ることができないように愛も見ることができないのですが、すべてがフィーリングで分かるのです。フィーリングが最も重要です。一〇〇パーセントのフィーリングが爆発して一〇〇〇パーセントになった場合には、女として生まれたことの栄光と価値を抱くようになります。だから、そういうことを体験することによって、男の尊さが分かるのです。反対に、男がそれを体験すると女の尊さが分かるのです。分かりましたか? (はい)。立派な旦那さんをつくり、立派な夫婦になる方法が分かりましたね? 生活を美術化するのです。

 旦那さんの靴も、万年一足きりではだめです。芸術化させるということは、白い靴を買ってあげたり、黄色い靴を買ってあげたり、赤い靴を買ってあげたりするのです。それは、いくらもしないことです。君たちは、結婚生活が長くなるほど旦那さんのお小遣いをだんだん減らしていくのですか、増やしていくのですか? (増やしていきます)。本当ですか? 初めて聞く話です。今回のグループはどうにかなっているんじゃないですか? 今までは、みんな「減らしていく」と言うのが続いたのに、「増やしていく」と言うのですか? (笑い)。

 それは、減らすようになるのです。子供も大きくなると学費などが嵩んでくるのです。また女というものは、時々映画を見たり、中国料理店などに行ったり、何かを買ってきたりして、旦那さんや子供よりも、自分の小遣いをつくるのです。大半の女がそうです。そうですか、そうではないですか? それはいい女ですか、悪い女ですか? (悪い女です)。

 もし係長から部長になった場合には、多くのお金が入るのです。しかし、外交をしないと出世できません。上司や部下を顧みないと出世しないのです。それをしないで、ただ仕事だけをしていたのでは万年係長です。「金を稼ぐように」と、いくらラッパを吹いて太鼓を叩いても、それは通じません。女は、家庭生活がそう豊かでなくても、旦那さんが外交できるような資金を補給してやらなければなりません。分かりましたか? (はい)。そうすると、旦那さんが「いやー、済州島には二人で行け、その時はいくらでも出していいよ」と言うのです。立派な旦那さんをつくることは、もう問題ありませんね。殴られるようなことは絶対ありませんね。こういうことをやって、殴られた場合には、もうその家にいる必要はありません。風呂敷を包んで先生の所へ来なさい。もっといい旦那さんを紹介してあげます。これで、旦那さんはもう勝利できますね? (はい)。
 
  家庭の伝統を立てる

 それから、次は子供です。子供を立派に教育することです。それは、八〇パーセントが母親によるのです。分かりますか? だから、お母さんが外へ行って帰ってくると、子供たちがみんな「お母さん」と言って、走って迎えに出るのです。そうした場合、男の子が右、女の子が左で、礼の仕方を教えるのです。「お父さんに礼をしなさい。共にしましょう」と、教えてあげるのです。

 「お父様に挨拶しましたか」と言って、もししていなかったならば、共に旦那さんの前に行って、服装を正して、丁寧に教えてあげるのです。そんなことをしたことのある女は手を挙げてみなさい? (「おはようございます」と言います)。「おはよう」と言うのは、隣の組の人に言うことです。「おはようございます」ではないのです。それは、家庭の伝統を正すために、仕方がないことです。家には中心が必要なのです。

 もし、山に虎がいなかったら大変です。虎の食事の時間は、一時から三時、真っ暗な夜中です。朝なんかに食べ物を取って食べていた場合には、小さい動物がみんなぺちゃんこになるのです。神様はそのように、系列をちゃーんと安全地帯につくっているのです。だから、虎なんかは一晩中獲物を求めて四十里も走り回らなければならないのです。四十里は大変です。そういう活動をするのだから、昼間は寝るのです。寝るにしても山の高い所に寝るのだから、小さい獣たちは乱暴できません。勝手なことをすることはできないのです。だから注意しながら、静かにしてやっているのです。それと同じように、家庭には虎みたいな男が必要なのです。奥さんが虎みたいに構えて、ポーズをとっても似合わないのです。それは男以外にはないのです。分かりましたか? (はい)。

 家庭の伝統をつくるには、祖先伝来の伝統を中心として、「あなたのお父さんも偉いのだけれど、おじいさんはもっと偉いのです。そのまたおじいさんは、もっともっと偉いのですよ」と教育しながら、新しく家系をつくっていくための伝統的な内容をお母さんがつくってやらなければ、将来、子供の立つ所がないのです。分かりましたか? (はい)。

 もし旦那さんが、学力や出身からして、自分より下であっても、家というものは、家系というものは、個人よりも尊いものだから、一家を正していくには、そのようにちゃーんと敬礼をして、旦那さんを中心に虎みたいな主体をつくっておかなければなりません。そんなことを考えたことがありますか? 「あの男は死ねばいい」と思ういろんな女がいるのです。今の世界はそうです。旦那さんが死んでも、「かえって便利だ。お金儲けもしないで、女に頼って」と、めちゃくちゃにあつかう女がたくさんいるのです。そういうことをしては駄目です。(男は)女の主体なのです。分かりましたか? (はい)。

 なぜ、男が主体ですか? 女が主体ではないのです。女は空箱です。男は子供の種を持っているのです。その種を空箱に移して育てるのです。だから、男を無視する女は、将来がだんだん狭くなっていくのです。通りすぎる気違いの男に対しても悪いことは言えないのです。尊敬語を使わなくてはいけないのです。その人が将来、どのような後孫を残すか分からないからです。先生も乞食みたいな生活をたくさんしてきた男です。だから、出家した坊さんたちは六か月、乞食の生活をするようになっているのです。

 女にとっては、子供の種は天宙よりも尊い神様の代わりなのです。それを無視するという女は、後孫が縮まっていくのです。分かりますか? (はい)。だから、男に対して尊敬する姿勢は、自分が祝福されることです。その籠の中に、いっぱい尊い物を入れるのが女の本性なのだから、そういう女は天運が保護するのです。籠いっぱいに立派な旦那さんを迎えるようにしなければなりません。立派な旦那さんになれば、立派な子供を中心として、その一家を褒めて余るような関係であることが判明するのです。女はそういうような重大な立場に立っているのです。分かりましたか? (はい)。

 子供たちには、父母として一生涯、喧嘩する姿を見せてはなりません。子供はそれを見習うからです。何の罪もない愛すべき子供たちなのです。夫婦が喧嘩して、子供たちが横に立って「お母さん、お父さん、やめなさい」「エーン、エーン」。そういう家庭がたくさんあります。それは普通ではありません。破壊的な父母です。そうなった場合には、その子供たちが、それを見習うのです。絶対にそういうことを見せてはなりません。一生涯見せてはいけないのです。子供は父母を慕い、父母のやることを全部相続するのです。分かりましたか? (はい)。

 それから、男と女を見れば、涙もろいのは女です。夫婦共々に口喧嘩をすることは、なきにしもあらずですが、もし、そうなっても子供の前では絶対に涙を流したら駄目です。分かりましたか? (はい)。
 いつも朝になると子供が挨拶しようとして、走ってきます。トントントンと走って来て「お母さん」と、もう抱かれたくて飛んでくるのです。そこでキスするのです。ですから夫婦喧嘩をした場合、すぐにフィーリングで分かるのです。フィーリングで分からないように、その訓練をしないといけないのです。
 夫婦共に約束して、絶対に涙を見せることのないように、常にゼロに帰る訓練をしないといけないのです。涙を流しても、即時に笑えるように、急激な変化に合わせられるような準備をしないといけないのです。子供たちは天才的な分析力を持っているので、すぐに分かるのです。それを分からせないような母の態度が重要です。

 それで、ちゃーんとキスをして、旦那さんが横に座っていても、今まで口喧嘩していても気持ちが悪いと思ってはだめです。お母さんとお父さんが笑いながら、キスをするようなポーズを取らないといけません。そして、子供が無事通過していった場合に、もう二人は喧嘩しようとしてもできないのです。それで笑いながら、「やー、立派な子供たちが、先生になりました」と言うのです。そういうことがいくらでもあるというのです。分かりましたか? 涙を見せないように注意しなければなりません。

 そうなると、子供たちはどうなるかというと、お母さんとお父さんが一緒にいなければ全部、家庭の雰囲気が合わないと思うのです。二人が共にいる姿を見習うのです。それで、学校から帰ってきて、家にお母さんしかいないと、すぐに「お父さんはどこへ行ったの?」「外で何か仕事しています」と言うと、その子供たちが、「お母さんが一人でいます。お父さん」と呼びに来るのです。そのことは、ありがたいことです。未来の一家は繁栄のうちにあるというのです。夫婦共々に二人でいるのを喜ぶ子供たち、それを正義として考える子供たちは、自分たちも結婚してそういうような夫婦になるのです。分かりましたか? (はい)。

 先生の子供たちは、父母に対して十以上のことを考えているのです。お母さんお父さんのキスも、先を競って「自分がやる。自分がやる」と言うのです。そのような姿を見れば、そういう家は素晴らしいのです。今回ニューヨークに行った時、先生とお母様が講演するのがいかに難しいことかを体験するために、子供たちが四十か所くらいみんなで分けてやったのです。きのうでみんな終わりましたが、もう大変な噂です。

 アメリカの家庭には、そういう子女はいないのです。一人、二人がやっても、全部が反対するのです。しかし先生の家庭は、すべての子供が、十四歳の子供までもが、一〇〇〇名以上の大衆の前で、先生とお母様の講演をそのまま真似て行うのです。ですから感動するのです。また父母に反対する地では、痛哭しながら訴えるのです。「私の父母は悪い人ではない」と。それで聴衆はみんな感動するのです。そういうような立派な子供たちです。だから、お母様と共に六人の立派な美男子の子供たちがずらりと並んだ場合、いやー、それはもう大変です。お母様もそれを見た場合、「自分が生んだ子供たちとは思えない」と言うほどです。立派で、それ以上の宝はないのです。ですから、女は空箱ではないのです。

 それで、女は優秀なのです。みんな優秀なのです。天才的な頭なのです。そのように、お母さんの籠いっぱいに詰めるのです。お母さんの体の九九パーセント以上は、お父さんから分かれてきたのです。それは、第二の尊い存在です。お母さん一人とお父さん一人を代えることはできないのです。それを持ったお母さんは金持ちです。宝物です。籠だけ残してもらっても不幸ではありません。最後の仕上げをよくやって、そこに天下一品の尊いものを入れることによって平等な価値を持つのです。神様に感謝しなければなりません。分かりましたか? (はい)。

 それを成せば、立派な父母になります。ここで、どうこう言う必要はありません。先生も、子供には申し訳ないと思うのです。いつも公的な活動をしているので、見守ってあげられない父母なのです。しかし、父母と共に築いてきた心情が子供たちの安息の基台になっているので、父母を愛さざるを得ないのです。たくさんの言葉よりも、心情の基本的な態度が最も貴重だということを忘れてはなりません。分かりましたか? (はい)。

 これから帰った場合には、「喧嘩をよくしたお母さんが、済州島で修練を受けて、喧嘩の好きなお母さんではなく、喧嘩の嫌いなお母さんになりました」と言って、旗を揚げて万歳する証の聞けるようなお母さんになってもらいたいのです。約束しますか? (はい)。
 
​  実の親子以上に近くなれる 姑 との関係​

 それから、問題は 姑 さんです。旦那さんの問題、子供の問題は解決したので、後は姑さんの問題です。お嫁に行った場合は、自分の実家のお母さんと同じような考えを持つことです。だから、何か難しいことがあった場合には、直ちに相談することです。

 結婚してお嫁に行った場合、若い嫁さんを迎える姑さんは、自分のお母さんと同じです。旦那さんが出かけた後は、お嫁さんは誰にも相談できる人がいないのです。それで何でも聞くのです。姑さんに会って「お母さん」「何ですか?」。最初は、みんな関心もって立派なお嫁さんになるように、姑さんは心から歓迎するのです。ですから優しく言い出した場合は、喜んで「何ですか?」と答えます。そこで、率直に言うのです。「私は結婚して、初めて男性を迎えました。夫婦関係はどういうふうにやればいいのでしょうか? ただ一方的に、やっていいのでしょうか?」と言うと、姑さんは笑うのです。(笑い)
「キスもこんなにやったらいいのでしょうか?」と、みんな率直に言うのです。姑さんは笑いながらも、「そうか、こんなにやってみなさい」と言ったら、すぐに、三日以内に実験して必ず報告するのです。「お母さん、ありがとうございます。昨晩、その実験しまして、女としてこれ以上の幸福感を感じたことはありません」。そう言うのです。そうすると、姑さんは何でも教えてくれるのです。自分の知っていることをみんな教えてくれるのです。

 そういうようにして、自分の夫婦関係の内容を語り合うのです。それで、みんな学校を出ているので、雑誌なんかをたくさん読んだ場合には、「お母さん、こんなことも、こんなこともあるのですね。お母さんは知っていましたか? こういうことも書いてありましたよ」と、説明してあげるのです。「こうやったら、もう傑作だというようなことが書いてありましたけど、お母さんは、どう思いますか?」。「あー、そうか」と言って、姑さんは、二、三日たった後、自分たちで試してみて、「あなたはいいことを教えてくれたね」と、自分たちの夫婦関係まで話すようになったら、完全に姑問題は万事「オーケー」です。分かりましたか? (はい)。

 そういうふうに語り合い、教育し合い、指導し合うようになった場合には、実の親子以上に近い関係になります。分かりましたか? だから、今から帰った場合には、年を取った女は、そんなことを姑さんに言えなかったのでしょうが、率直に言うのです。「今まで、こうこうやってきたのですが、どうでしょうか?」と、姑さんに言うのです。そのように夫婦生活を共に相談し合えるような関係になれば、立派です。

 若い嫁が帰っていった場合には、そういうことで励まし合い、教えてもらえるように、悩みを相談し合った場合には、それ以上の近道はありません。それは友達同士でも話さないことなのです。今まで、自分の夫のことで、子供を奪われた狐みたいに思ったこともあったでしょうが、「そんなことはありません。何でも不便なことがあればいくらでも言ってください。夫と相談してお母さんの満足するように何でもしてあげます」と、一か月に一回ぐらいは食堂に連れて行って中国料理をごちそうしたり、一年に二度くらい着物を買ってあげれば、それですべてが「オーケー」です。

 そのようになった場合には、その 姑 さんは部落中を回って、「いやー、うちの嫁さんは変わりました」と、みんな口づてに宣伝するのです。そうなれば、それを聞いたおばあさんたちを連れてきた時、立派に昼食を作ってごちそうするのです。すると、その人たちが、また部落中を回って、宣伝して歩くのです。それがまた話題となって、どんどんどんどん広がって、町中で有名になるのです。そういうふうになったならば、「あの嫁さんの話を聞きたい」ということになり、そこで済州島の修練で習ったことを先生の話としてではなく、自分が生活した内容として紹介するのです。すると、みんなが感動します。

 それで、どんどんどんどん日本中、津々浦々、山を越えて、谷を越えて、川を越えて、北海道から鹿児島まで、鹿児島から北海道まで行ったり来たりすれば、みんなが関心を持つのです。そして、そのとおりやってみて、効果が良かったならば、一生涯死ぬまでやってもいいのです。こういうような現地の整備を完成して、統一教会の偉大さを部落ごとに、町ごとに、国中を風靡させるように努力するのが修練を終えて帰った者の任務であり、使命であると思いますが、どうですか? (はい、そうです)。
 そのように思う者は手を挙げてください。それを成すと決意しましょう 両手を挙げて立ってください。記念として、忘れないようにみんな先生のするとおりにしてください。(拍手)回って、回って、回って、三回回って、一、二、三、四、五、六、七、八。反対に回って。(拍手)次は、横の人の手を取ってください。

 それから、横の人と手を組んでください。手を合わせて、手を挙げて、前の人の肩に手を乗せて、こういうふうに握って、それを離さないで、こういうふうに曲げてください。反対に曲げてください。では「万歳 万歳 万歳」。

 きょうの話を忘れないようにしてください。これで、みんなお別れいたしましょう、さようなら。「左様なら」は、左の人のように並んで行きなさいということが「左様なら」です。そういうふうにきれいに並んで日本に帰るのです。涙を流さないで、さようならです。分かりましたか? (はい)。

​  第二十五回の修練会を終えて、代表者による感謝の祈祷​

 愛するお父様。きょうは、一九九三年十二月二十二日です。八月よりアラスカのコディアックにおいて始まり、さらに十月六日から済州島において始まりましたこの修練会によって、五万一千八百名の姉妹たちが重生、復活し、真の父母様の限りない愛によって無事に終えることができましたことを感謝申し上げます。

 歴史上にかつてなく、また今後もないような、たった一回きりの、たった一人しか宇宙におられない真の父母様を通して得られたこの内容こそ、我々の生涯にとって忘れないばかりか、我が民族にとっても、この人類の歴史上においても、このような修練を受けた例がないことを知るものでございます。
 お父様。このようにして、真のお父様と結んだ因縁、双子の子女としての因縁、真の兄と妹としての因縁、真の夫と妻としての因縁、真の父と母としての因縁という、神様が人間を創造するその最初の出発から考えておられた四大心情圏を、このようにして時間を惜しみ、昼夜を分かたず与えてくださったということを我々は生涯忘れないばかりか、子々孫々に至るまで永久にこれを伝えていきたいと思う次第でございます。
 二十五回、五万一千八百名にわたる姉妹たちが、このようにして愛を受けまして、きょうは特別に、その最終日に特別の愛と恵みを受けた、この瞬間を心から感謝申し上げます。

 そして霊界が真の父母様を通して、このように日本の六千万の女性を代表し、二十五億の女性を代表して、受けた恩であることを知るものでございます。

 ですから、これを我々一人にとどめてはならないし、必ず日本の地から世界の果てまで、お母様の分身となっていくことを誓い、真のお父様が神と人類のために流してきた血と汗と涙を、我々はこのような喜びの収穫をもって、あなたの前に栄光として返していきたいと思う次第でございます。

 きょう、このように別れて、我々は日本の地に帰っても、世界の果てにまで行くために再び、この地にやってまいりますから、どうぞその間、ご父様のご苦労、そしてお母様のご苦労、子女様たちのご苦労に報いることができるような我々になっていきたいと思いますので、どうぞ我々の今後の行く道を守り導きください。
 そして、ご父母様の健康と永遠なる恩恵の上に、あなたの恵みがあらんことを切に切に乞い願いつつ、今までの五万一千八百名の姉妹たちの祈りとともに、感謝とともに、尊き真の父母様の御名によって、御前にお祈り捧げ申し上げます。アーメン。(アーメン)。





一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
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[22.05.22] 世界平和統一家庭連合 世界本部教会 平和ヌリ



2022/05/22 09:30に公開予定です。



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2022.05.20




「現地の整備」(その1/2)

1993年12月21日
韓国・済州研修院


  絶対信念、絶対信仰に立つ

 きょうで最後ですから、こういうような仕上げをしておかないと霊界も整頓されないのです。地上の事情を整理しなければならないのです。

 結論として先生が一言残したいことは、精誠を尽くして、真なるものを植えた場合には、その結果がどうなるかというと、それは間違いなく世界中のどこででも、その収穫が得られるのです。君たちは日本国内で精誠を尽くしてきたのですが、周辺では誰も知らないし、日本の国も知らないし、誰も分かってくれなくても、真なるものを植えた場合には、世界のどこででも収穫されるのです。分かりますか? (はい)。ですから、心配する必要がないというのです。

 先生が修練会において、そのような一念で精誠を尽くし、真を尽くした場合には、その収穫は日本の国を越えて収穫されるのです。先生のアメリカでの三十四年間の活動も、すべての精誠を尽くして、真なる実を植えたので、アメリカが歓迎しなかった場合は、必ず他の国々で収穫できるのです。それは南米とか、ソ連とかです。ですから天に向けた自分の忠誠心は、永遠に実るものであるという信念を持たなければなりません。分かりましたか?(はい)。

 あすは、ここに二〇〇〇人の済州島の人々が集まるのです。それからあさっては、お母様がこちらに帰ってきます。それで一九九四年の一月一日には、お母様の世界的な講演の成功を祝う祝賀会とともに、五万人修練会成功の大歓迎会を準備しているのです。ですから君たちは、今から何をしましょうか? 一時四十分まで(時間が)あります。

(先生が黒板に題目を書かれる)これは何ですか? (現地の整備)。現地の整備です。今、日本に帰れば、すぐにも問題になることがいろいろあるのですね。それは、旦那さんの問題とか、 姑 さんの問題とかです。真剣な目で(皆さんの)周辺では、「ああ、あの奥さんは頭がおかしくなってしまった」とか、行く先々でいろいろな噂をされているのです。町ならば町なりに、部落ならば部落なりに、いろいろな噂をされているのです。五万人が済州島に行って、そこでレバレンド・ムーンに教育されたということが、全国的に知れわたっているのです。政府のほうでも、「みんな修練に行って感化された者たちが、日本の地に帰ってきて、自分の親近の者に涙を流しながら済州島の修練会に参加させる競争をするので、韓国の政府に働きかけて、何とかそれを防ぐ方法として文先生に働きかけて、制御することができないでしょうか?」と言うのです。しかし、政治と宗教は分離しているのです。

 ですから、みんなが知っているように、政治の力が宗教に加わったら大変なことになるのです。そういうことはできないことです。そういう検討をして方針を出したので、日本全体が問題になっているのです。分かりましたか? (はい)。このような噂には、絶対に流されてはいけないのです。それは宗教を知らない者たちの考えです。

 君たちも体験して知っているように、宗教というものは、一般の団体の結合体とは違うのです。お金を中心として結合した組織とは違うのです。統一教会は、霊的現象を中心としてつながっているのです。人間の力以上の縦的な力でつながっているのですから、人間がいくら切っても切っても、流れる水道の水と同じなのです。パイプを切ってしまったからといって、それで止まるものではないのです。水が下に流れるのと同じように、霊界が強く干渉するのです。それ以上の力でもって援助するのです。ですから、宗教は迫害の時に発展するようになっているのです。それは歴史的なことなのです。宗教は迫害があればあるほど発展するのです。

 そのように見た場合、日本の全国的な反対は悪いことではないというのです。本当に信じる者は、本当にかたくななのです。深い根を下ろすためには、いいチャンスなのです。深い根を下ろして、周辺の反対圏をずーっと押しのけて膨張拡大していった場合には、すべてを乗り越える力が、そこから生まれてくるのです。

 ですから、宗教の分からない人は、迫害すればそれで終わると思うのですが、そうはいきません。宗教は迫害されることによって、逆に発展していくのです。なぜかというと、サタンが攻撃する以上に霊界が援助するからです。信者たちの信仰が固くなるし、強くなるのです。今まで以上の絶対信念に立つというと、神様が力を尽くして環境を押し出すのです。絶対信仰という、いくら反対されても問題にしないところには、神様が本当に背後から援助して、勝利の道を行くように押し出すのです。そういう信念を持って、今の日本の現状、噂の(悪い)台風が吹き寄せるようなことを、もっと(逆の)台風になるように、全国的にいかに転換するかということです。それは口で言うとともに、文章でもって連結させなければなりません。
 
  全国的な御言のブームを起こす

 ですから、お母様の演説文を各家庭ごとに分配するのです。また原理(講論)の本を三十冊以上、毎日一冊ずつ貸し出すのです。それに、ビデオテープとか、いろいろなカセットテープなど、材料はいくらでもあるのです。それらを活用して、各自が周辺に配るのです。

 五万人がそういう材料を持って十人ずつ伝道すれば、一日に五十万人になるのです。一日に五十万人だったら、五十万人の百倍は何人ですか? 十倍で五百万人、百倍で五千万人です。それが、三年たてば、一億人を超えるのです。そう考えると、簡単なことです。

 それで、一人がビデオテープを持って周辺の村々を十軒ずつ巡回しながら、見せていけば感動するのです。ソ連の学生の運動や合同結婚式の映画などを見せた場合には大変です。そういうものを親近関係にずーっと回して、一人が毎日十人ずつ伝道して見せてあげるというと、一年以内に、日本一億二千万人は復帰され、一年三六〇日がたったら、大変なものです。八か月で、みんな終わってしまうのです。ですから、五万人が結束するということは大変なことです。

 それで一年間、そういう決心をすれば、できないことは何もないのです。十人ずつ、そうすれば、ある所には何百人、ある所には何千人も集まるのです。ですから、そういう数字を中心として、みんなが感動するような結果をつくっていくということを考えれば、それは問題ないことです。それから、君たちが原理の内容を語る力を持った時には、恐ろしいことです。このような者たちが動き出した場合には、いっぺんで日本は落ち着くのです。分かりましたか?(はい)。

 それを、今から男たちまでもがやったと考えてみてください。夫と共にそうやった場合には、自分の親近の家族の中には、父母がいるし、兄弟がいるので、その三人を復帰したと考えてみてください。三人を復帰した場合には、問題は何もありません。三人から援助してもらうとすれば、一〇〇日間に日本全国民はみな、私たちの本や講義など、いろいろなものを見ることができるのです。そうなれば「反対せよ」と言っても反対できないのです。

 反対するのは分からないからです。ですから、五万人が結束して、全国的なブームを起こして、北海道から鹿児島まで往来して、上がったり下がったりした場合には、日本はみんなきれいになってしまうというのです。それは難しいことではありません。一人一人が全体を考えれば大変だけれど、分配すれば大変なことではないのです。分かりましたか?(はい)。

 何人を感化させることができるか、自分みたいな人を使った場合、もし一〇〇人の友達があるとするならば、一日でいいのです。夫婦共々に決意した場合には、一〇〇人が問題ではないのです。

 これを原理から見た場合に、今は長子権が復帰されているのですから、成約時代は絶対的な可能圏の始まりなのです。それで、自分よりも年下の弟や妹を引っ張りだこにして、「何が悪いのか 聞かないで、この者 聞くだけでも聞いて、調べもしないで反対するとは動物よりも悪い」と言うのです。万物の霊長として、人間として、自分の兄さんや姉さんのやっていることを聞いてみないで、調べもしないで反対するとは、そんな常識外れのことはないのです。そんな態度は、この世界では通じません。自分の兄さんや姉さんに対して、誤解してきたことを悔い改めさせなければなりません。「あなたよりも、社会的にも豊かな経験でもって、この道を求めて献身してきたのに、何も知らないで、座っていて何だ」と、談判するのです。分かりましたか? (はい)。

 お母さんやお父さんにも談判するのです。旦那さんにも談判するのです。(正しいことを)証明しなければなりません。「誰から聞いたのか?」と、言った者を連れてくるのです。第一人者、第二人者、第三人者まで、どんどんどんどん連れてくるのです。そうなった場合には、二人、三人と詰めていかないうちに「自分が悪い」と言い出すのです。それは、間違いないことです。

 これまではずーっと黙っていたのですが、黙っているのは愛でも何でもないのです。自分の威信、兄としての威信を固めて、周辺の妹や弟を愛する時にこそ、その愛が成立するのです。何の威信も権威もないところで、いくらやってもそれは実りません。

 サタンもそうです。悪魔というものは力があればいつも攻めてくるのです。それを知った以上、力がついた場合には、もっと攻撃してくるのです。そうすれば、完全にこれはもう弱くなってしまうのです。分かりますか? 戦略を組むのです。五万人の一人一人が、そういう決意をするのです。自分一人で難しい場合には、二人でやるのです。二人でやった場合には、それは二分の一です。四人でやったら四分の一で、十人でやった場合には、それはどんどんどんどん減っていくのです。

 これまで語ったように、一人が一〇〇人を集めて、友達や親近者の組織体系をつくって、いろいろな催しをするのです。そのようにして一〇〇人のグループを組んだとすれば、一年で復帰できるのです。そのように分化して、細分化して、責任分担を分けてやれば、全国はそう難しいことではないのです。分かりましたか?(はい)。
 成約(時代)の三年以内に、完全に都市のすべての家庭を訪問するのです。全家庭を訪ねると、その中で歓迎するのが何パーセントかすぐに分かるのです。第一回、第二回と、半年ごとに回った場合には、統一教会に対するパーセントもはっきり分析することができるのです。そういう現状と環境を、はっきりと知らなければなりません。

 今からは、そういうふうにして、あなたたちの基盤をつくれば何でもできるのです。この済州島もそうなっているのです。県には県の議会があるのです。それは、国会と同じなのです。中央政府の直轄下にあるとしても、県は県なりにすべてを計画してやっていくようになっているのです。ですから、その県の議会に入るのです。「自分はこういうような素晴らしい統一教会である」と言ってです。

 統一教会は、素晴らしい武器を持っているのです。原理以上の武器はありません。それで打てば、打たれない者はいないという、強大な力を持っているのです。考えてみなさい。共産党は、共産主義理論を中心として、一九七三年には世界を風靡して、自分の執権下に世界をまとめてきたのですが、そのソビエトも四泊五日の修練会で、共産主義を捨てて神様を信じるようになったのです。(原理は)そういう恐ろしい力を持っているのです。
 
  原理の本をマスターする

 君たちは原理の価値を知らないのです。今でも、そのことを先生は言い続けているのです。壇上で原理の内容を講義することを誇ってはなりません。読んであげるのです。それが立派な講義なのです。何の話か分かりますか?(はい)。十人でも五十人でもいいから、部落全体の人々を集めて、堕落論だったら堕落論をずーっと読んであげるのです。

 自分が講義できないということを嘆く必要は全くありません。本を読んであげるのです。本を一〇〇〇人に貸し出したとするならば、その一〇〇〇人を集めれば、何でも本でもって教育できるのです。それから、先生の説教集もあるのです。日本も翻訳をしていますか?(はい)。その題目を中心として、「自分は、御言のどこまで読みました」と言うようにするのです。また、そのような題目だけをまとめた本(文鮮明先生御言選集総目録Ⅰ~Ⅲ)もあるのです。その本を見て、適当な題目を選んで読んであげればいいのです。それで全体を解説していくのです。そういうようにして、本でもって教育していくのです。

 小学校にも中学校にも教科書があるように、教科書を中心として、それに関係のある参考書を用いてやった場合には、一人でも勉強することができるのです。みんな人でもって教育して、全世界の要員をつくることはできません。共産党は本でもって世界を七十年間もリードしてきたのです。私たちもそれを考えなければなりません。

 ですから、高等学校以上を卒業した者は、みな問題ありません。本を読みながら、質問に応じて内容を解説してあげれば、それが立派な講義になるのです。そうなれば、五万人がみな講師なのです。この前、先生がチェックしたところ、日本で二十一修の講義に責任を持てる者は何人かというと、四十七人でした。それは、罪悪です。罪です。そんなことでもって、日本が発展すると思うのですか 原理の本を棚に置いて、ちりに染まるようにしておいて、二十一修の修練を終えたからといっても統一教会の正式の信者ではありません。四十修が終わればおしまいなどと、そんな馬鹿なことはないのです。それは、原理の本を解読し初歩の知識を紹介することなのです。問題は原理の本をマスターしないといけないのです。ですから、みんなが講師にならなければなりません。五万人がそういうようにやらないといけないのです。分かりましたか?(はい)。

 最初は読んであげればいいのです。十回、二十回、三十回と読んであげれば、立派な講師になります。そういうふうにして、模範講義をするのです。二十一修の講義も、そのような、原理の本を読んだ実力の上でやった場合には、一、二回でもって、すぐにその内容をキャッチして、堂々と壇上で講義するのも問題ありません。分かりましたか?(はい)。

 これから、あなたたちが集まって大衆を指導するようになると、噂になります。「いやー、この本がそんな内容とは知らなかった」と。それを聞いた者がみな感動するようになっているのです。(この)世界にはない言葉なのです。すべてが、神学界にあった内容ではありません。全部が新しいものなのです。図書館にもない内容なのです。分かりましたか?(はい)。

 ですから、今からは本を中心としてやらなければなりません。みんな三十冊を持つようになったのですから、三十冊を貸し出した者に、みんな電話して来るようにするのです。三分の一が来たとしても、十二人が集まるのです。そのようにして、一か月間貸し出しても読まない者は、本を回収していくのです。一日に一冊ずつやれば、三十日間で三十冊できるのです。周辺からずーっとやるのです。電話して、その内容や感想を聞きながら、難しいところはさらに読んであげて指導していけば、自動的にだんだんだんだん増えていくのです。分かりましたか?(はい)。

 そういうふうにすれば、立って講義するよりも座って読んであげるのがもっと効果的です。共に読みながら勉強するのです。そのようにして、十人、二十人とやった場合には、その中に優秀な大学を卒業した人、あるいは有名な博士がいた場合、すぐに理解する範囲が大きくなるのです。そうなれば、その人を中心として、その人が責任を持つように、解説をするように指名するのです。どこどこを読んで、その内容を話すようにするのです。そのようにすれば、日曜日の礼拝の代わりに、それが説教になるのです。

 そのような形式をとって教会体制を早く、全国に二万か所以上準備しなければならないのです。それが先生の計画です。だから、短大以上の卒業者を緊急に、再び八日から教育するようになっているのです。その人を、二万か所の教会の責任者として立てて、先生のいうとおりに講義できる力があった場合には、本を読んであげながら指導するので、各自が本を三十冊買うようになっていくのです。そして、貸した本をみんなが持って集まるようにして、そこで読んであげるのです。そのように読んでもらうことによって、関心を持つようになるのです。そのような人は、絶対に落ちません。

 本でもって理解した人は、一人になっても絶対に落ちません。いくら原理を聞いても、本を読まない者はみな忘れてしまうのです。自分が、だんだんだんだん世俗化された環境に入った場合には、昔と同じになってしまうのです。環境を主管して引っ張っていく中心性を持たないので、自動的に周辺に吸い込まれてしまうのです。分かりますか?(はい)。

  女性時代の到来

 五万人がみ言を中心として、ぶっかけ合う(討議し合う)運動をしないといけません。それとともに、本でもって拡大しなければなりません。話をするだけでは、その人を絶対に信じることができないのです。本でもって統一教会の本質的内容を伝達することによって、その内容に(その人の話が)もっとも近い場合には、「いやー、あの人は正直な人だ。正しい人だ」と、信頼度が深まってくるのです。それがなかったならば信頼されません。分かりましたか?(はい)。

 話をするとともに、それを文章でもって勉強させるのです。それは先生や、お母様の演説文などによってです。そこには旧約、新約の聖書がみんな入っているのです。すべての歴史観が入っているのです。今まで誰も知らなかった内容の新しい世界観が入っているのです。そのことは、ちょっと世界を考える者にはすぐに気づくのです。今からは、世界を感じるような観を持たない人は、いくら日本の統一教会に入ったとしても、必要ないのです。我々が必要なのは、世界を指導するようになれる人です。分かりましたか?(はい)。

 今からは、みんな四〇〇〇人以上のメンバーが同時に出発するとしても、同じレベルの者が、この内容をいかに活用して、いかに早く周辺に拡大するかということが、社会的にも出世し、成功する基盤になります。現実問題に直結するようになっているのです。このような内容をすべて準備して、周辺を教育した場合には、その村や町を全部カバーするような時が来るのです。それで、今からは女性時代が来るのです。先生がそう考えるから、そうなるのです。そういう戦略を組んでいかなければなりません。分かりましたか?(はい)。

 そのように、組織体制をつくっていくのです。ですから、たくさんの催しをしなさい。たくさんの組織体制をつくるのです。世界文学書を読む運動などをしながら、その中で原理を読むのです。それをやらないから伝道ができないのです。いろいろ何でもやってみて、その内容を中心として原理のほうにつなげるのです。何も、問題ありません。分かりましたか?(はい)。

 いろいろ自分の特技や技術があったとすれば、それを中心として、いろいろなクラブをつくって、組織化するのです。文学の好きな人々を集めて、文学雑誌を読むクラブもつくるのです。韓国には「契」というものがあるのです。お金を出し合うのです。十人から二十人くらいで、何百万円、何千万円と決めて毎月、払い込みながら、それをいっぺんに一人が持つようにするのです。それから、その次の者が持つようにして、十人から二十人が順番でもって分け合うようにするのです。毎月払った者がそうするのです。みんなが配当を受けるのです。日本でもやっていますか? こちらでは大変です。たくさんのグループがあるのです。

 ですから、それを、女たちが中心としてやるのです。アメリカ行きの旅費が必要になるので、二十人、三十人、五十人と募集して集めるのです。そのようにして集めておいた場合には、いっぺんでアメリカにも行けるのです。そういうグループがあった場合には、それを五十人ずつで分けるのです。こういう運動を展開して、旅行に行くにしても一人で行くのではなく、団体で募金をしながら準備していくのです。大変なことです。それを部落全体、町全体に適用させるのです。

 私たちには「世界平和女性連合」の組織があるので、これからは引っ張りだこです。各自がみんな世界平和女性連合の会員になるのです。分かりましたか?(はい)。今から強調しなければならないことは、世界平和女性連合です。日本ばかりでなく、この組織は世界に通じるのです。そして大移動するのです。もし、イギリスの世界平和女性連合と日本の世界平和女性連合で、同じクラス、同じレベルの係長だったら係長と、文化部の担当者であれば文化部の担当者と、宣伝部の担当者はやはり宣伝部の担当者と交代することもできます。そういう世界的交流が可能になるのです。なぜかというと、思想的な基調が同じ食口のようになれば可能なのです。

 そうすると、「誰々の奥さんはイギリスに何か月行って住んでいた。それからアメリカに行った。ドイツに行った。フランスに行った。四か国を回ってきた」と、有名になるのです。有名人になると、友達を連れてきて、みんなを集めて紹介するのです。「この人は、こういうことをやってきました」と。そして、大会をたくさんやっていくのです。そういうふうにして環境を動かすのです。そういう催しをいかに拡大するかということと、反対する環境をいかにまとめるかということが絶対に必要です。

 共産党はデモを行って、自分たちの発展の基盤をつくってきたのですが、統一教会は大会を行うのです。小さなグループの集会をたくさんやるのです。一つの町でも十人ぐらいまとまれば、一〇〇人を集めるのは問題ありません。そして、有名人を呼んできて話をさせるのです。その中に三人くらいメンバーを入れるのです。その話の内容を聞けば、いくら有名人でもメンバーの話の内容に負けるのです。

 そういう環境をつくって、宗教界、政治界をまとめるのです。そうすれば国会議員なんかは命を懸けてでもついて来るのです。それを教育してあげながら、自分の基台のほうに発展させるのです。彼らは教育しても、人脈を結ぶことはできないのですが、私たちは素晴らしい教育の思想と内容を持っているので、人脈をつなげていけるのです。ですから国会議員の組織を、私たちのほうに向けさせることは問題ありません。既成基盤をいかに自分の活動基台につなぐことができるか、それを考えなければ世界を救済することはできません。

 ですから外交的能力が必要なのです。また、いくら外交的能力があったとしても、説得能力がなければなりません。統一教会の指導者になるには、第一は説得能力です。実力がなければならないということです。それから経済自立能力です。責任者はいつも世話になっていてはだめです。その団体で使うお金の三分の一は、いつでも責任を持つような信念を持たないと、みんなを引っ張っていけないのです。そうすれば、集まった者が十分の一を出す時、三分の一を出す者が経済的な指導者になるのです。

 経済的自立能力があり、外交能力があり、説得力があった場合には、その団体は、自分に消化されるなといっても消化されていきます。みんな偉くなりたい、みんな成功したいと思うのだったら、今はそういう徹底した内容を持っているし、その武器を持っているのです。先生が一人で、これだけの世界的な基盤をつくった要因は何かというと、こぶしの力ではないのです。原理の力です。分かりましたか?(はい)。

 ですから、まず本を読むのです。何回もすらすらと読めるようになるまで読むのです。それを十回やり、一〇〇回ぐらいやれば、みんな覚えるのです。分かりますか?(はい)。四〇〇〇人以上の者がみんな原理の本でもって伝道するブームを起こすのです。原理の本を中心として全国に連結させれば、ブーム台風になるのです。言葉で起こした台風は消えていくのですが、原理の本で起こした台風は絶対に消えないのです。だんだんだんだんと大きくなるのです。分かりましたか?(はい)。

  先生の精神を相続して全体を救済する

 それで今からは、『原理講論』は講師だけが講義するのではないのです。講義を撤廃させるのです。全世界は本を見て教育し、講義をするのです。そういう命令を出しているのです。ですから、全世界の統一教会のメンバーは、三十冊の原理を、訪問して、毎日一冊ずつ貸し出しするようになっているのです。そうすれば、一年に何冊かというと、三六〇軒で三六〇人が読むようになるのです。その十分の一でも三十六人です。読んで感動した者には、訪問して質問しながら説明してあげるのです。「感動されたところはどこですか?」と聞いて、そこを再び読んであげながら、その内容を説明するのです。

 こういうように原理の本を中心として伝道された者は、噂によって決して消えてはいきません。もし、父親が読まなかったならば子供が読みます。自分が読めなかった場合には、親戚の者に「この内容はちょっと何ですか?」と、読んでもらうのです。また旦那さんでも読む時間がないとするならば、自分の弟とか、妹とか親戚の者に読んでもらうのです。そして良かったという場合には、自分が読むようになるのです。決着していく道は素晴らしいのです。分かりましたか?(はい)。

 このように見た場合、一人が十人ずつやった場合には、今までの六〇〇〇人の女たちが、みんなやるとすれば六千万人は問題ないのです。一人が十二人ですから、一二〇〇人は、一人十二人ずつで一〇〇回です。本を三冊ずつ持ってやった場合には、一〇〇回ですから三十回です。それは大したことではないのですが、一生懸命にやれば感動するのです。読んで感動した者に、「どこに感動したのですか?」とチェックして、多くの人々を連れてくるようにして、もう一回、集会をしながら、自分が直接関係持って読んでやった場合には、すぐに高まるのです。そういうような関係でもってやれば、一二〇〇人を超えるのは問題ありません。分かりましたか? (はい)。

 ですから、遠い所でやる必要はないのです。今から先生の言うことは、教育することにおいても、本部はなく、地方から東京へ何千人を連れてきても、一つの郡からは一人か二人しか来れないのです。郡を中心としてやれば、一〇〇人を集めるのは問題ではありません。地方から移動して本部まで来るのは大変なことです。経費の問題なども大変です。みんなが異郷の地に行くのですから大変です。周辺だったら何でもないことです。部落だったら、町だったら、「どこどこに集まれ」と言えば、食堂であれば、すぐに一〇〇人、二〇〇人は問題ないことです。昼食代も助かるしね。(笑い)。そのようにするのです。話をしたり、証をしたりして、原理の内容を伝え合うのです。

 それで、お金が必要になったらファンダレイジングをしなさい。いろいろな方法を研究するのです。当然、人間として経済問題を逃れることはできないのですから、自立体制をつくらないというと、いつどうなるか分からないのです。この複雑な世の中では、自動車事故もたくさんあるのです。だから、女は女なりに十人の子供がいた場合には、十人を(育てる)訓練が必要です。ですからファンダレイジングをするのです。今、アメリカに行っている宣教師もそうです。自給自足なのです。

 ですから、ここに来た者たちは、奥さんから子供たちまでみんなファンダレイジングをしなさい。一週間に二回やりなさい。女は、自分の旦那さんが会社に出勤しないと生活できないようではいけません。そういう方策を変えたのが先生です。一週間に二日やれば、もう問題はありません。一週間の他の日々は、公的な伝道活動ができるのです。週に二回やれば、十か月で八十日です。そういう訓練をしないといけないのです。そのように、週に二回、八十日間、公的な時間を天に捧げるのです。

 今、韓国の神学生も、学費は自分でつくるのです。夏休みはみんな勤めるのです。働いて自分の学費をつくるのです。ブリッジポート大学も、統一教会のメンバーは自分で学費はつくるようにするのです。国家的なチームをつくって、先生は訓練しようと思っているのです。経済問題を解決し得ないで卒業しても、社会的な寄生虫になるのみです。分かりましたか?(はい)。

 これから君たちが日本に帰った時も、先生はそのまま放ってはおきません。このように訓練された者がみんな全国に散らばって、そのようにやるのです。分かりましたね。(はい)。それは、統一教会の特別なやり方です。国を超えて、そういうことを考えています。それでドイツの半分をフランスに、フランスの半分をイタリアに分けて、他の国に本部をつくってやるのです。そうすると両方の言葉を勉強できるのです。活動も同じくするのです。日本と韓国もビザの問題が解決すれば、問題はありません。その時は、韓日交差結婚した者がみんな責任者になるのです。韓国の責任者になるし、日本の責任者になるのです。その準備をするのです。分かりましたか?(はい)。

 これからは、十八歳、二十歳以上の者はみんな交差結婚をして、日韓・韓日は一つになって、アダムとエバの一つになって、一つの家庭に住むようにしないといけないのです。そういうふうにすることで、世界が一つになるのです。先生以外に、そういうことをやれる人はいないのです。先生以外に、交差結婚とか、国際結婚を三十六万双もやれる人はいないのです。今や白系ロシアの国が、先生の結婚式に対して相当の関心を持っているのです。この前、大統領が参席して、「自分の国でやるのでしたら、三十六万双は自分の国の青年たちを出します」と言うのです。そうなれば、その国がアダム・エバを超えた価値の国になってしまうのです。そういう時代になりました。

 アメリカも、今やそのように動くようになっているのです。先生は来年の正月にある大物に会うようになっているのです。それで世界はびっくりすることでしょう。いつ、どういうことが起こるか分からないのです。アメリカ人も太平洋を越えて、五万人ぐらい移動して教育するとしたらどうですか? それは、問題ありません。韓国はその台風に吹かれてみんな飛んでいってしまうのです。日本もそうです。「あんなことのやれる男は、歴史上に文先生以外にいない」ということは、みんなもう既に分かっているのです。レバレンド・ムーンとミセス・ムーンを知らない者はいないのです。家庭を中心として、いかに周辺を自分のほうに引きつけるかということです。分かりましたか?(はい)。

 ですから、自分の家は小さい部屋でもいいのです。そこに人が来た場合、狭い所に缶詰みたいに詰め込んで座って話し合うのがいいのです。鳥の雛もそういう巣の中で育って、だんだん大きくなってきた場合に、巣の中にはとどまらなくなるのです。みんな大きくなって出ていくのです。そういうふうにして発展していくのです。大きな所から小さくなるのではなく、小さな所から大きくなっていくのです。分かりましたか?(はい)。

 そういうふうにして、自分なりの決意をして、先生が一人で世界に向かって発展してきたと同じように、皆さんが先生の精神を相続して、自分自身を中心としていかに大きい波動をつくるかということの競争です。自分一人のための真理ではないのです。全体を救済するためのみ言だから、全体に分けてやるのです。分かりましたか?(はい)。

  長子権の顕現

 ところで、旦那さんの問題のある人は手を挙げてみてください。ちょっとでも(問題のある人は)手を挙げてみてください。霊界が援助するかもしれないのです。ああ、騒がないで、旦那さんの問題のある者は手を挙げてみなさい。相当いますね。かわいそうだね。帰るのが心配だね。心配無用ですか?(はい)。今度帰れば引っ張りだこにされるような態度をとってはなりません。堂々と一対一で弁明しなさい。「聞いてください そんな話が本当だと思いますか、誰がそんな失礼なことを言ったのですか、その友達はどこにいるのですか?」と、三人ぐらい旦那さんの所に連れていって、「何だ 奥さんを人間扱いしてないじゃないか 豚みたいに動物扱いをして何だ 引っ張りだこにして何だ」と。アメリカでは、すぐに告訴されるのです。分かりましたか?(はい)。

 そのままであった場合には、先生が放っておきません。今までは、時がそうではなかったのですが、いよいよ長子権復帰です。今までは、ずーっと神様がやられてきたけれど、今からは、そうはいきません。主人として堂々たる権限を持つのです。そういう時代になりました。僕にやられるようなことは、神様は大嫌いです 分かりますか?(はい)。

 ですから長子権を中心として、数千万年の歴史を通して、人類創世以来今まで戦ってきたのです。長子権を復帰して勝利した者が、天使長より以上の能力を持たなければならないのです。堕落したアダムではなく、完成したアダムは天使長に命令をするようになっているのです。今までは、それを果たせるような男がいなかったのです。神様の秘密とサタンの秘密を凌駕するような者が生まれなかったのですから、長子権が復帰されなかったのです。いつもやられてきたのですが、今からそうではありません。

 先生は一人でもって、全世界の反対の境地を凌駕しているのです。日本もいくら反対してもだめです。このごろでは、もう静まってきているのでしょう。いかなる者を出してきたとしても、みんな過去の新聞に出た者たちであり、みんな分かっているのです。文先生はびくともしません。それは今に始まったことではないのです。みんな新聞に出た輩が集まって、それでもって金でも儲けようという態度でやっているのです。日本の言論界を利用して、金を儲けようと考えているのです。彼らが分からないのではないのです。ちゃーんと韓国の新聞に掲載されているのです。彼らが先生の前に来たら屈伏させてしまうのです。

 しかし、先生の名前で神様の前に誓ったことがあるので、彼らを全部救ってやるために黙っているのです。本当は堂々と訪問して処分してしまいたいのです。先生の性格からして、放ってはおかないのです。神様の心情が分かるから、こういうような先生の性格であっても忍耐するのです。み旨を成し遂げるまで忍んでいるのです。先生は何の過ちもない立場ですから、一発でも打たれたら、もう眠れないのです。それは、幼い時から有名なことです。流されていくような男ではありません。徹底してやるのです。「イエス」か「ノー」か、はっきりしているのです。女たちもそのように、ただ殴られて悲惨な影の女になることを願いません。分かりましたか?(はい)。

 先生は、無力な男ではありません。今までは放っておいたのですが、今からそうはいきません。日本もそういうことをした場合は、大使館を攻撃するのです。先生には、百数十か国がついているのです。大使も困るようになる力を持っているのです。公言しなさい。分かりましたか?(はい)。宣布しなさい。「何が悪いのですか 何か悪いことしているのを見たことがあるのですか 君たちは何か悪いことをしましたか」と。 男女関係は徹底しているのです。それは世界中が知っていることです。いろんな宗教団体が、悪いことをみんな統一教会にかぶせてやっているだけなのです。

  血統転換

 血統転換とは、サタンと神様の前で決闘することであり、殺し合いなのです。血統転換は、決闘して探してきたものです。分かりますか? 一九四五年から六〇年までの十四年間、先生は一人でした。一人でいたので、たくさんの女たちがやってきたのです。みんなお母様の候補者としてです。大統領選挙と同じように、みんな候補者なのです。三代が一つになって、おばあさんから孫娘までの三代が一つになって、みんな先生を婿にしようとして秘密に準備するのです。それは霊界が教えてくれるからです。

 先生の着物の寸法がいくらいくらだと、みんな霊界が教えてくれるのです。それで準備するのです。国家的最高の準備をするのです。それが一軒だけではないのです。数十軒もあるので、みんな大変です。宇宙のお母様、真の母を自分の家から出そうとするのです。霊界では、全先祖が動員して、みんな教えてくれるのです。大変です。それが十二歳から八十代のおばあさんまでです。八十代のおばあさんが二十代の先生を呼んできて、「自分は十人の子供を生むように万全の準備をしているから、いつでもおいでください」と言うのです。それを考えてみてください。それでも、仕方がないのです。

 そうでもしないと、世界中を代表したお母様になれないのです。そのようなおばあさんたちですから大変です。みんな伝道されて集まった者たちではないのです。啓示によってみんな集まってきているのですから、説明の必要がありません。先生の使命が何か教えなくても、ちゃーんと知っているのです。先生がどこかの地方巡回に行くと、ちゃーんと前夜、既に夜通しでそこに行って待っているのです。
 
 そして、「私は、ここに来ました」と。「この者、何で顔を出すのか」と叱り飛ばしても仕方がないのです。「ここに来ざるを得なかったのです。霊界が勧めるのだから仕方がないのです」と言うのです。いやー、大変です。ですから部屋には、鍵を二つかけて寝るのです。本当です。そういうことは誰も知らないのです。それで聖別生活をするのです。お母様を選定していないので、絶対祝福されることはないのですから、みんなが聖別生活です。夫婦関係は絶対に禁止するのです。先生が教えなくても、霊界が教えてくれるのです。「聖別生活をしなさい」と。

 それから、旦那さんが二つ頭の蛇に見えるのです。頭が二つ、尾が二つです。旦那さんが会社に行く時、門を開ける前は自分の旦那さんなのですが、門の外に出た場合には二つ頭の蛇が現れるのです。また帰ってきた時も、門の前に蛇が現れるのです。そして門の内に入ると旦那さんになるのですが、寝る時はちゃーんと蛇の格好をしているのです。ですから夫婦関係した場合、間違いなく出血するのです。

 そういうことを誰に話せますか? 自分の旦那さんも分からないことなのです。旦那さんが蛇になるのですから、どうしますか? 分かるのは先生しかいないのです。自分の父母も知らないし、自分の旦那さんも知らないのです。だから聖別するなと言われなくても、聖別せざるを得ないのです。なぜかというと、お母様を選抜中なので、夫婦関係すると、そのレースから外れるのです。
 
  真のお母様の選定

 そこで、みんなが先生を婿として引き込もうとするのです。先生は、そんな話は聞かないのです。エバがアダムを選択するということになるからです。みんな原理の反対になるので、それを収拾しないといけないのです。先生が、主管性転倒したことをみんな正してやらないといけないのです。だから、そういうことが八十代から七十代に移行するのです。神様の蒔いた恩恵なのです。全世界に、みんなが新婦の結実体になることを願って蒔いたのだから、収穫の時代の主人の立場の人が現れたので、主人の前にそういう態度を取らざるを得ないのです。

 それらをみんな収穫する責任を先生が持って、まとめないといけないのです。ティーンエイジャーの十代から三十代へと発展してきたのだから、それを逆に収拾しないといけないのです。八十代のおばあさんを中心としてです。このことは、原理として知っているのですが、決定は先生がすることです。
 それで、「こうこう、こういうことだから」と先生に言われて、「分かりました」と手を挙げて誓った後であっても、その次の日には、「先生、そういうふうに決めても、自分にはどうにもなりません」と言ってきて、また元に返ってしまうのです。それを何回も繰り返すのです。何回もなだめて帰すのです。それを追い出してしまったら大変なことになるのです。死んでしまうのです。

 「私は、統一教会の文先生のために死んだ」と、噂されると大変なことになるのです。誰にも言うことはできないのです。こんな話のできる者は誰もいないのです。先生以外にはいないのです。だから、それをなだめながら自分の姉さんみたいに、自分のお母さんみたいに慰めながら、なだめていくのです。そういうふうにして、八十代から七十代、七十代から六十代、五十代、四十代と大変です。三十代、四十代の女は、みんなあの当時の印象があるので大変です。

 本当に気持ちがよくないのです。女は嫉妬するのです。「女がいい」と言う男は、ちょっと変わっているのです。本当です。みんな命を懸けて、先生を飲み込もうとするのです。それをずーっと四十代、三十代、二十代まで来るのです。ティーンエイジャー前後まで縮小して、まとめないといけないのです。

 そういうふうにして、お母様を選抜して、お母様に伝授してあげないといけないのです。しかし、肉的に霊的に伝授された内容は伝わっても実体としては、その女性のために、おばあさんとお母さんと孫娘三代が、みんな乗っ取られてしまったと思うのです。それをなだめるために、三年半はお母様を迎えて一緒に暮らすことをしなかったのです。三年半は、お母様を他の所に置いて、電話で連絡しながらやってきたのです。

 ですから、お母様のお母さん(洪順愛大母様)が霊界から詳細に教えられて、先生が何をするかという一日のプログラムを、霊界で見せられるのです。それをお母様に報告するのです。お母さんが教えることは間違いないのです。そういうふうにして、お母様のお母さんが正門で自分の娘に文を手渡したら、みんなおばあさんたちがにらみつけるのです。「うー、悪いおばあさんだ あの女が先生を誘惑して、自分の娘を奥さんにしてしまった」と思うのです。間違いなく、そう信じているのです。そういう環境を三年半通過しながら、それでどういうことが起きるかというと、青少年たちが、中高等学生たちが、そのことが分かると反対するようになるのです。

 それは、娘や孫娘のような者たちなのです。周辺の若者たちが、若い女の子たちがみんな励まして、逆のほうに影響を及ぼすのです。「何だ 若いお母様をお迎えしたのに、共にいられないようにしたのは、あなたたちが悪いからだ」と。そういう噂をされて、それをずーっと、孫娘を通じてなだめさせることに三年半かかりました。もし、そういう環境を無視して一緒に暮らしたとすれば、薬を飲ませて殺されてしまうのです。それは気違いみたいなものです。だから女は恐ろしいのです。自分の知らない霊的現象で、先祖がそうするのです。「薬を入れよ」と言えば、薬を入れるのです。それはどれぐらい真剣になるかというと、目玉が一方向しか見えないのです。

 それで、いつも先生がどこに行っているかと目を見開いて見ているのです。距離が問題ではないのです。先生が何をしているか、ちゃーんと知っているのです。みんながそうです。だから市内に出かけた場合には、「先生が出かけられた。早く行け」と、みんながいっぺんに、二、三人が集まってくるのです。まるで嘘みたいな話です。聖書でもいろいろ啓示なんか書いてあるけれど、それは何でもないことです。いろいろな奇跡があるのですが、そういうことは、先生は言わないのです。言ったって誰も信じる者はいないのです。これはもう嘘みたいな話なのです。そういうふうにして、もう大変です。

 そういう人々の中で、今も一人で結婚しないでいる女性もいるのです。「祝福を受けるように」と言っても、祝福を受けないのです。「自分は先生を慕った者です。誰と結婚するのですか」と言って、大変なことです。もし、先生がキスでも握手でもやってあげたら大変なことです。これはもう間違いなく「関係した」と言う人が出てくるのです。そういう女の乱れ切った環境を泳いで、よくも女に引っかからないでここまで来たものです。

 それで、女はどれぐらい真剣になるかというと、食べることも寝ることも忘れるのです。だから他の女とつき合ったとなると大変です。すぐに分かるのです。聖別生活を二十年続けて、祝福されないで亡くなった食口もいるのです。君たちは、このごろでは一週間だけ講義を聞いて、祝福を受けられる恵沢時代が来たのですが、みんな先輩が蕩減し犠牲になった基台の上にあるのです。簡単に、そういうふうになったのではありません。分かりましたか? (はい)。

 それで女たちがどうなるかというと、先生を慕う時には、何も考えないのです。何も考えないのです。今から十年前までは、お母様の部屋に来て「この部屋は自分がいるべきであって、あなたがいるべきではない。部屋を出なさい」と、喧嘩みたいに騒ぐ女もいたのです。間違いなく啓示を受けたのに、そうならなかったのだから、考えても考えても不思議なのです。それで、みんな乗っ取ろうとするのです。だから、もし先生がキスでもしてやったら大変です。手で握手でもしてやったら、それを条件としてどんなことでも引っかけてくるのです。

 ですからお母さんは、お母様がお母様として立つまでには、相当の心的な苦労があったということを知らなければなりません。みんなそういう女ですから、お母様が死ぬように内緒で考えているのです。それで、「死んだら自分の娘が入る」と言うのです。いろいろと噂をするのです。「先生は結婚を間違った」とか、「今のお母様はお母様ではない」とか、「蘇生、長成、完成で、三人いる」とか、いろいろ噂するその中で、先生を巻き込んでしまおうとするのです。ですから、原理を知らなければ大変なことになるのです。

 統一教会という存在もなくなってしまうのです。正しく原理を知っているから、そういうことをコントロールしてきたのであって、たくさんの霊的な競争を通過して勝利基盤に立って、こういう無理のない立場で無事に通行できる基盤をつくったということを、君たちは知らないのです。でなければ、こういう集会などできないのです。そういう女自体が反対するのです。
 
  四大心情圏の蕩減復帰

 女は自分が悪くても、「先生が悪い」と言うのです。「いやー、先生が悪い。先生のせいだ」と言うのだから、みんな先生が悪いように思うのです。何か関係があるように言うのです。それを、いちいち弁解する必要はないのです。それで、いろいろな絡み合いの噂が流れて、それに巻き込まれていろいろなことが起こるようになったのです。そういうふうにして、一般の女たちも、先生を慕って教会に行かざるを得なくなったのです。

 市場に行こうとして買い物籠を持って出た者が、自分でも知らないうちに教会へ向かって歩いているのです。だから、自分の精神ではないのです。そうなると、先生を見ないと一日中が大変なのです。一日に一回は必ず教会に来て先生に挨拶しないと、御飯も食べられないし、自分が霊的に責められるのです。しかし自分の環境の中で、旦那さんとか子供たちは、それが理解できないのです。

 「統一教会に行くな」と言っても行くのだから、いろいろなことが起こるのです。女の髪を刈ってしまって、パンツだけをはかせて柱にロープで縛っておいても、霊界が「こうやれ、こうやれ」と言って、ロープを解いて出てくるのですが、パンツしかはいていないのです。誰かに見つかると大変です。もう「捕まる」と言って、町を走ってくるのです。それは夜だから、(当時の韓国は夜間外出禁止で交通止め)四時ごろの冬の夜の真っ暗い中を一人で走ってくるのです。

 そのようにして、先生の所にみんなやって来るのだから問題になるのです。垣根をよじ登って越えてくるのですが、女は尻が重いので、手がすべって落ちた場合には、周りの犬が、「ワン、ワン、ワン」と吠えるのです。それで表に出てみると、裸の女が転がっているのです。それを考えてみなさい。そういう噂が一人だけではないのです。ですから、周辺では「あの文先生によって、みんなが気違いになった」と言って、いろいろな噂がたったのです。

 ですから、みんな「文先生が悪い」と言うのです。そういうふうにして、女たちによってたくさん被害を被ったのが、ここに立っている文先生なのです。「この女たち」。アメリカでも女を見たら、そういうふうにするのです。

 なぜ、そういうふうになるかというと、それは仕方がないのです。蕩減復帰をしなければならないからです。蕩減復帰です。堕落した時に、エバが四大心情圏を一人の男のために、みんな破ってしまったのです。それを復帰するには、この世の中で、そういう心情圏をいっぺんで体恤できるような男を迎えないと、越える道がないのです。父母として、お母様の立つ道が生まれてきません。ですから、そういう四大心情圏をいっぺんに体恤させるためなのです。分かりますか? (はい)。

 ですから、先生を見た場合には、息子の王様であり、それから兄さんの王様、旦那さんの王様なのです。そして、お父さんの王様です。四大心情圏は、子女と兄弟と夫婦と父母です。(先生は)四大心情圏を勝利した結実体の中心なのです。だから女としては、先生が自分の旦那さんそっくりなのです。

 自分の心では思わないのですが、抱擁してあげるのです。そういう心情を、子供の心情から、兄弟の心情から、父母の心情から、お母さんの心情を通過した条件を立てさせないと、それが収まらないのです。蕩減復帰ですから仕方がないのです。蕩減復帰というのは、そういう同じ状況をもって、サタンのほうへ越えて地獄へ行ったのだから、同じ立場を越えて転覆するのです。一八〇度違うのです。だから、そういう心情圏に立った女が、それを反対の方向に行くのは大変なことです。それで、たくさんの霊的な女たちが落ちていったのです。「自分は、こういうふうに霊界と直接関係をもって、先生を見つけてきたのに、先生は無慈悲であった」と言ってです。

 ある程度までは、霊的にみんなコントロールされていくのです。こういうふうに妹として、それから姉として、相対関係でもって、約婚段階で堕落したのだから、そこまでずーっと霊的に教えてくれるのです。

 それで、いろんな所を歩きながら、花の首飾りをかけてやったり、結婚式の準備まで、みんな霊的にコントロールされるのです。だから一〇〇パーセント自分の旦那さんだと思うのです。みんなが、そうなのです。ですから、今までの自分の旦那さんや父母は見たくもなくなるのです。統一教会の原理は、否定することができないのです。堕落したということは、否定することができないのです。

 四大心情圏の体恤を通過して反対の方向に行かないと、天国に入る道がありません。そういう原則があるから、君たちも女として、先生に会った場合には、先生が嫌ではないのです。みんな先生と双子の兄さんみたいになっているのです。それから自分の旦那さんみたいなのです。だから、お母様は姉さんであり、君たちは妹なのです。お母様の分身にならなければなりません。お母様が、そういう四大心情圏を体恤し勝利した代表として立っているのだから、そのお母様の分身にならなければ復帰ができません。

 それで「一体になりなさい」と言うのです。そういう内容が背後で絡んでいるということは話さなくても、そういう意味において一つになるのです。だから先生を、そっくりそのように思うのです。女たちは自分の相対として、先生のような男を夫にできればいいと思うのです。だから女たる者は、先生に惹かれない者がいないというのです。本当ですか? 先生が殴っても皆さんは痛くないのですか? これは、牧師が一般の教会でやったら大変です。いくらそうやっても、心の柵に先生がいじめたという思いが残らないように、水が流れていくように流れていくのです。流れても大きくなっていくのだから大変です。日本全国に台風が吹くのです。春の台風を先生が起こすのです。春風を起こしているのです。そうなると、一度でも先生に会うと、先生のことを忘れられなくなるのです。

 春風が吹くのです。「ずーっと先生の所にいたい」と。本当は、先生の所に来て話を聞くよりも、子供のように先生と遊ぶことのほうが印象に残るというのです。そういうような原理原則を中心とした蕩減の道があるから、そういうふうにならざるを得ないのです。だから、たくさんの女たちが先生のために涙を流してきました。あなたたちは、そういう時代に先生に会っていないから幸福なのです。

 みんな初めて会ったのですね? 半分以上が初めて二日ばかり前に会ったのですね? だから、それは一般には分からないのです。霊的に、みんな先生が教えるようになっているのです。一〇〇パーセント教えるようになっているのです。だから、このような組織や団体は世の中にはないというのです。とても一般の人々には理解できません。統一教会は、いくら研究しても分からないのです。
 
  お母様の基盤をつくるための苦労

 四大心情圏の内容が分かりましたか? (はい)。こういう現象の根本的転換をなさないと、韓国に帰れないのです。そういう深い内容を一般の人は知らないのです。先生が誰かというと、皆さんが神様の娘だったら先生は神様の息子です。双子の息子であり、兄さんなのです。旦那さんの中の旦那さんです。もっと高い次元において、自分の心霊的な相対関係であり、話より事実が先に立つのだから、先生について来ざるを得ないのです。おばさん、分かりますか? (はい)。こういうことは初めて聞く話ですね。
 ですから、復帰の道がいかに難しいか、先生はよく知っているのです。普通の人では行けないのです。四十年以上の信仰歴がないと行けないのです。そのような一家に、そういう現象が起きてくるのです。神様は公平です。先生はそれを無視することができないのです。

 先生は、若い時には美男子でした。本当にみんなが、「美男子だ」と言ったのです。先生は、そうは思わないのですが二十代、二十五、六歳はもう、若い先生に対して八十代のおばあさんが、行く先々で足を抱えて離さないのです。まるで子供みたいにです。先生は女のために十字架にかかったのです。一生涯、女のために先生は苦労したのです。今はお母様がいるので、誰もそういう心配はないのです。それで統一教会は、男女問題が徹底していることで世界中に知られているのです。アメリカに行っても、「統一教会は、模範的に男女関係が徹底している」と噂になっているのです。

 お母様の基盤をつくるために、女の世界の悪辣なすべての過程を通過したのです。蕩減として仕方がないことです。反対現象として、逆にいくのだから、お母様を殺したかった女がたくさんいたのです。だから先生は謎の男なのです。

 アメリカへ行ってもそうです。アメリカの女たちも先生を慕ってくるのです。アメリカの女は露骨です。好きになったら「アイ・ラヴ・ユー」と、走ってくるのです。だから、一メートル以内に入らないように命令しているのです。それは、蕩減の原則で仕方がないのです。そういうことは、誰も知らないのです。

 そういうふうにして、お母様は女世界の過程を通過しながら訓練されてきたのです。だから先生は一〇〇パーセント信じています。共にプログラムを越えてきたのです。それがいかに難しい路程であったかしれません。だから君たちを妹みたいに思い、立派な奥さんに育て、立派な旦那さんと組んであげようという思いがあるのです。分かりましたか? (はい)。

 ですから、女たちは先生に感謝する者がたくさんいるのです。先生はそんなに近い男なのです。兄さんであり、旦那さんよりももっと近い、お母さんよりももっと近いのです。そうでなければ嘘です。サタンの血統を受け継いだその基準から抜け出すには、先生に帰る心情がなくては抜け出すことができません。父母が反対し、旦那さんが反対し、三代が反対するのですが、何の未練もないことです。それが、皆さんたちの救われる最も近道なのです。それを乗り越える力をどこかで得なければなりません。分かりましたか? (はい)。

 そこから違った国、違った世界に分かれていくのです。だから、全世界の男たちは、みんな先生を怨讐だと思うのです。「自分の娘を乗っ取っていった、自分の奥さんを乗っ取っていった、自分のお母さんを全部悪くしてしまった」と思うのです。夜考えても、昼考えても、「自分の娘と、自分の奥さんと、自分のお母さんと、三代をめちゃくちゃにした」と思うのです。三代の女が引っかかるのです。

 第一代のアダムを殺したのはエバです。第二代のイエス様を殺したのもエバです。第三代の再臨主まで、四十年間苦労させたのもエバです。そのように三代の男を殺したのです。そういう女を、愛でもって本妻として迎えなければならないのが再臨の主なのです。だから蘇生、長成、完成の三代を通過してきたのです。それで、みんなが先生を利用しようとするのです。みんなが何とか先生を幽閉してもいいから、自分の孫娘と一緒にしようと大変です。しかし、そのような戦略に先生は巻き込まれないのです。それは原理を知っているからです。そういう困難な戦場を通過して、原理の内容を勝利した先生なのです。ですから先生をつかんで、先生の指導どおりに生きれば間違いなく、目的地に到達することができるのです。

 あなたたちも、先生をそういうふうに思いながら、真剣に先生の代わりを果たしたならば、霊界が同じように活動してくれます。だから、それが恐ろしいのです。「お父様の言うことは間違いない」と信じてやった場合には、何でもできます。病気した者をかわいそうだと思って、涙ながらに祈祷した場合には、すぐに治ります。そのように先生が祈祷して治した場合には、イエス様の奇跡のようなことはたくさん起きるのですが、そういうことをするのは良くないのです。蕩減条件に引っかかるのです。

 病気になったことは、先祖の悪い条件に引っかかっているのです。それをみんな治してやった場合には、治してやった誰かが、その何十分の一でも蕩減をしないといけないのです。それをしないので、イエス様も殺されたのです。奇跡を起こさなかったならば、十字架はなかったのです。病気をしても、自分が責任を持つことによって、すぐに病気も引っ越していくのです。先祖の病気は、蕩減しなければならないことです。

 ですから教会内で病気をした場合には、誰かが教会内で犠牲になって、病気が治るのです。分かりますか? (はい)。十人ぐらいの人々の病気を治した場合には、十人以上の善なる人が犠牲になるのです。それで、統一教会のハイクラスのメンバーたちが、そういう条件でたくさん霊界に行ったのです。だから先生は、病人に対して祈祷などしないように言っているのです。

 このようにして、先生が涙を流して痛哭しながら、激烈な話をした場合には、病気がたくさん治るのですが、今はそんなことをしたくないのです。今は涙で感動する時代は過ぎ去りました。真理でもってやるのです。先生と君たちとの因縁が、そんなにも近いということが分かりましたか? (はい)。あなたたちの心も、そう近く感じますか? (はい)。本当ですか? (はい)。霊界の心情圏がそうなのです。みんな神様を中心としていく所に、心情がみんなつながるようになっているのです。接ぎ木は、一人では大変です。そのような真剣な顔で見なくてもいいのです。「現地の整備」が何か分かりましたか? (はい)。戦略戦術を組みなさい。男の性格をよく知ることです。分かりましたか? (はい)。

<その2に続く>



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2022.05.20 23:32:18
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