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2022.05.23
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「第二十七回「神の日」記念礼拝」

一九九四年一月一日 午前十時~ 
ソウル・国際研修院


  最初の「神の日」宣布

 きょうは何の日ですか?(神の日です)。きょうは二七回目の「神の日」です。「神の日」という記念日は、全世界の数多くの国、数多くの宗派の中で、ただ統一教会だけが記念している日です。本来、堕落しなければ、アダムとエバが祝福される日、すなわち聖婚式をするその日が「神の日」であり、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」なのです。これが一日で設定されるべきでしたが、堕落によって逆になりました。

 真の父母が現れたのは一九六〇年です。その位置は、長成期完成級でアダムとエバが堕落した位置です。ですから、長成期完成級から完成期完成級までの七年間が残っているのです。したがって真の父母の名はありましたが、それが完成の段階に立っていなかったので、完成段階の基準を超えなければならないのです。それで、一九六〇年に聖婚式を行い、六八年の一月一日に「神の日」を定めました。その背後の複雑な蕩減復帰の路程が、二重、三重にからまっている事実は誰もほとんど分かりません。分からなかったその背後の内容、すなわちサタンと神様だけが知っていた秘密を、先生が初めて整理してまとめたのです。

 歴史路程において、蕩減復帰は、クリスチャンたちが信じているように空中でなされるのではありません。私たちの平面的な路程や、人間の歴史路程を通して蕩減するのです。その蕩減路程は、個人的な蕩減から、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の解放まで蕩減していかなければなりません。

 アダムとエバの堕落により、神様は恨み多き立場に立たれたのです。本来、神様は思いどおりにこの宇宙を創造され、思いどおりに主管することができるようになっているのです。人間始祖はこの地上で、神様の真の愛を中心として真の父母となり、真なる愛、真なる生命、真なる血統の関係を結ぶことにより初めて、神様が願われた最初の家庭をつくることができたのです。

  神様と人間との関係

 ここで問題になることがあります。それは人間と神様との関係です。今日、統一教会は堕落した人間社会の中で、復帰摂理の道を歩んでいます。そのすべての結論は、神様と人間の関係になるのです。

 神様はいったいどんなおかたで、人間は何者なのか。これを解明しなければなりません。神様が願われる理想世界と、私たち人間の願う理想世界の出発の起点は異なっています。出発が違えば、神様の理想は人間を通して地上に成就することができません。人間の行く道が神様のみ旨や理想と一致しない限り、神様が成そうとしておられるみ旨と一致する道はありません。結局、人間と神様の関係が何をもって定着し、何をもって一つになるかということが重要な問題なのです。

 これがはっきり定まらないと、哲学、思想や宗教の出発の確かな起源と、帰結を知ることはできません。歴史路程と神様の摂理とも関係を結ぶことができません。出発が明確で、過程、結果が明確でなければならないということです。私たちが生まれ育ち、結婚して暮らす、この一生の個人歴史は人類歴史全体を象徴した形態なのです。人類歴史をつくるのは、ほかならぬ人間自身です。私たちのような生涯を送る者が連結されて、歴史が形成されるのです。

 このようにつづられていく人生の流れは、数千代、数万代を連結して現れてくるので、歴史の発展過程において、自分の生きている時代が、その歴史発展段階のどの位置にあるかによって変わってくるのです。これはすべて神様とサタンが知っていますが、人間だけが知らずにいるのです。

 ですから、サタンを取り除くためには、神様とサタンが知っている内容について、人間も同じくらい知らなければなりません。それで、サタンが悪いという事実を、個人的な生活を通して、次には家庭、氏族、民族、国家、世界、と発展していく世界的な全体の歴史を通して証明するのです。そのことによってサタンを神様の前の法廷に引っ張りだして、天宙の大審判主であり、天宙の大いなる主であり、大王である、神様に善悪を決定していただかなければなりません。

 悪なる者は悪なる者として、善なる者は善なる者として決定しなければ、地上に永遠なる平和の世界は来ません。サタンが存在し、破壊行動をしている間は闘争の概念を超越できません。したがって闘争が介在する限り、平和の世界と通じることができないのです。


  収拾できない世界の現状

 私たち人間自体の歴史を世界的に見ると、いまだに戦争の余韻がたくさん残っています。これから民族間の闘争時代は、過去のものになっていきます。一つの民族主義国家時代も同じです。戦争もすべてブロック的な戦争です。第二次大戦を見ても、英・米・仏、日・独・伊、このようなブロック的な国家連合を形成して、世界をどちらが支配するかという、世界争奪戦争をしてきました。そしていまだにこの世界では戦争が続いています。このような観点から見る時、数多くの宗教、民族または人種、文化の背景が違うだけに、それらは融合しにくいということが分かります。

 それで、私たち人間一人ひとりが置かれている環境を見ると、アメリカのような国では、世界に散らばっている多くの民族が入ってきているのです。これらの民族を見ると、歴史が違い、文化や宗教的背景が違い、あらゆる習慣が違います。ですからこれらを融合させるのが難しいのです。

 ゆえに人間の間でできたすべての不和の起源が、いまだに地上にたくさん残っているのです。ですから、これらをすべて整備することのできる仕事をしなければなりません。それを誰がするのですか。

 人間は頭脳をもって、哲学とか宗教のような思想的基盤を中心として人類歴史をリードしてきました。そして、文化圏を中心として四大宗教圏になり、これが大きなブロックになりました。欧米はキリスト教文化圏、中東は回教文化圏、極東は儒、仏、仙の三道を中心とした文化圏にすべて分かれてしまったのです。仏教圏も分かれていかざるをえないのです。これらはみな文化の背景が違います。

 また宗教は、その地域的環境に従って、その地域を収拾するための神様の摂理の中で、多様な文化背景を吸収統一します。ですから地域によっていろいろな形で展開されるのです。そして、国もやはりいろいろな長い歴史を通して、戦争から離れられない環境で戦ってきたので、宗教を指導する国があれば、その宗教自体にも戦争的内容が入っているのです。

 このような複雑多岐な戦争、そして不和の要因がこの世界にぎっしりと詰まっているのです。主義、思想という観点から見た場合、今まで何主義、何主義といって、それらがすべて世界を理想世界へ導くべきだといってきました。そのような中で民主主義が出てきたのです。民主主義は思想体系ではなく政治体制のことですが、さらに共産主義という思想が出てきて、唯物論を中心として世界を統一すると大騒ぎになったのです。

 人間として考えられる最高の頂上まで登り、思想体制をつくって実践しましたが、全部失敗しました。宗教も同じです。宗教の出発は聖人たちが教祖になりました。宗教の主人になったのです。この人たちが精誠を尽くし、悟りを開き、神様の教訓を受ける立場から出発しましたが、さらに高い所に上がることができずだんだん世俗化してしまったのです。

 ですから、宗教の本質的で確実な内容をもって、今、世界のあらゆる混乱の渦中にいる人たちを正しい道へと指導することのできる宗教体制はありません。ブロック的体制はありますが、世界的に全体を収拾できる宗教がないのです。宗教も実験済みです。政治も思想も実験済みであり、すべてが限界にきています。進むに進めない限界線にぶつかっているのです。これから世界がどこへ行くかは誰も分かりません。多くの宗教がありますが、世界の終末時代を迎えて、どのように理想世界を建設するのかが分からずにいるのです。

 これを見ると、人間がつくった思想や、宗教的背後の因縁をもって関係してきたあらゆる社会、世界において、それを収拾できる宗教や哲学思想がないということです。最後に人間と神様を結びつけるためには、人間の思想を統合しなければなりません。神的思想を統合できる内容が提示されなければ、神様のみ旨をこの地上につなげることも、人間が神様と関係を結ぶこともできないというのです。それは理論的結果です。

  神人一体思想と関係世界

 このような観点から、統一教会は神人一体理想を掲げていかなければならないという結論に到達しました。神人一体思想は、神様と人間との関係をいかにして結ぶかということです。今の世の中はすべて関係を結んで生きている世界です。関係という哲学的な結びつきで世界は連結されています。父子の関係、夫婦の関係、子女の関係、師弟関係、政治関係、外交関係、事業関係、教育関係等、すべて何らかの関係で結ばれています。

 関係という言葉自体を総括的にいえば、主体と対象からつくられるということです。主体と対象という時、縦的な主体か縦的な対象、横的な主体か横的な対象の概念を中心としてつくられる、その結びつきを関係というのです。父子の関係、夫婦の関係、すべての関係は主体と対象の関係です。また、先進国家と発展途上国があります。先進国家が主体であれば、発展途上国は対象です。先進国家、発展途上国はすべて流通関係を結んでいます。

  今後の世界ビジョン

 現在、ウルグアイラウンドを中心として農産物はすべて流通化時代に入りました。私が問題視し、また提示していることは、物質自由流通時代よりまず人間自由流通時代をつくろうということです。国籍撤廃を私は叫んでいるのです。物質自由流通は、先進国家が弱小国家を搾取するための一つの計略にすぎません。だから、物質交流よりまず人間交流をすべきです。

 アフリカ人が先進国家のアメリカへ入っていけばどうなりますか。現在のことだけを考えて農産物を安くするといっています。農産物も勝手に作ってはいけません。農産物も機械農業でなければならないというのです。全部機械を使わなければいけなくなると、公害問題が起こります。これから、人間が何よりも急いで解決しなければならない問題は公害問題です。

 ではこの公害問題に誰が責任を持つのでしょうか。誰もいません。ロシアを見なさい。ロシアでは、日本海北部の、ウラジオストク北部地方に大量の原子力廃棄物を捨てています。日本もアメリカも同じようなことをやっています。全世界の海が汚染されているとは考えもしません。一国を中心とした物の見方、一つの国家を標準とする、このような考え方をする世界になると、公的な問題すなわち価値問題、空気問題、水問題が一番重要になるのです。

 私たちの命に直結する問題がすべて被害を受けます。世界はいや応なしに、早い時期に世界管理体制を備えていかなければなりません。まず、政治管理体制と経済管理体制です。経済管理体制は世界的にコントロールすべきです。

 農業であれば、一年間の農作物を別々の所で作る必要はありません。二〇億の飢えた人たちが食べて生きられるように農作をコントロールし、地域に分配して共同栽培し、平均的に配給しなければなりません。このような地域的管理時代を築いて、あとはどうすべきかといえば、生き残るためには自然へ戻っていかなければなりません。ウルグアイラウンドをそのまま受け入れれば、韓国人は絶対農業ができなくなるというのです。

 その次に来るのが何かといえば、自由流通時代なので、アメリカなどに行って農業をしなければなりません。農業をするのですが、それは趣味農業です。それは楽しみとしてやるのです。公害のない物を約二〇〇坪、一〇〇坪でもいいのです。自分で努力して自分の力で一年間食べる物を全部作っておけば、税金も要らない時代が来るのです。

 神様が万物を創造され、それが育つのを見て喜ばれたように、私たちも自然の環境の中で動物を育てながら趣味的生活をする時が来ます。それで、都市集中時代は近いうちに分散することになります。分散させる方法はほかにありません。趣味産業を開発しなければなりません。先生が今叫んでいることは趣味産業です。人間は趣味を中心として生きるようになっています。面白くて満足感がなければなりません。

 しかし、今は国家的体制に縛られて自由に往来できません。自由流通時代に入ると、国に税金を払わなくてもいい時代が来ます。こうなればいいですね。しかし、戦争が起きればできません。戦争のない世界をつくらなければなりません。戦争のない世界をつくって、税金を払わないようにしなければいけません。戦争のある世界のままで、税金を払わないでいると、今の強大国にすべて奪われてしまいます。ですから、今、国際的管理体制が要求される時なのです。

 一か国重点主義時代は終わって、ブロック的国家体制を形成する時代へ入ってきたので、ヨーロッパもECからEU(欧州連合)へと変わっていくのです。ヨーロッパが一つの国になり、南北アメリカも一つの国にならなければなりません。今現在アメリカを中心として、メキシコとカナダが関税撤廃、物質流通時代へと入ってきました。また、ウルグアイを中心として、パラグアイ、アルゼンチン、ブラジルが関税撤廃物質流通時代に入っています。これは避けられないことです。

 そして、これからのブロックはヨーロッパ・ブロック、南北アメリカ・ブロック、アジア・ブロック、アフリカ・ブロックの四大ブロックに統合されます。その四大ブロックをどのようにして一つにするのかが問題です。これは人間の力だけではできません。神様の介在が必要です。神様がおられるということを知らなければなりません。

  七年間の女性解放特権時代

 神様の存在を知らないので、根本に対しても不明確になります。根本が不明確なので、過程も結果もはっきりしなくなります。それで今の世界は混乱の渦中で呻吟しているのです。行く道が分からないのです。世界がどこへ行くべきかを知らないのです。それが分かるのは神様とサタンだけです。そして、来られる再臨主、メシヤ、真の父母以外は誰も知りません。

 ですから、サタンが一番憎むものが神様の願われるものであり、神様が一番嫌がられるものがサタンが願うものなのです。このような渦中に立っているのが文総裁です。自己宣伝をするわけではありませんが、このような渦中にいるのでサタンが一番憎むのが文総裁なのです。では、文総裁は神様が一番憎む人ですか、一番好きな人ですか?(好きな人です)。好きか嫌いかどうして分かるのですか。(笑い)

 サタン世界が四〇年間レバレンド・ムーンに最も悪い名前をつけて、あらゆる迫害をし、滅ぼそうとしたのですが、その反対にだんだん大きくなり、今はレバレンド・ムーンの上に立つ人は誰もいません。お母様以外にはいません。(笑い)女性たちが喜んでいるのを見なさい。おばさんたちが喜んでいますね。

 これからの七年間です。二〇〇〇年までの七年間です。分かりましたか。女性解放特権時代は七年間しかありません。女性の堕落から歴史が始まったので、その時再び堕落する可能性が大きいのです。ですから、非常に堅固な組織社会に入れて、身動きもできないようにするかもしれません。

 堕落によって被った受難が、神様の前にどれほどの恨みを残したか分かりますか。二度とそのようなことは見たくないというのです。お母様が女性解放を宣布しましたが、それは七年間です。分かりますか。七年間に世界を再び生み直さなければなりません。それで、新しく生み直すための七年間が必要なのです。

  堕落により招来された滅亡時代

 神様の息子であったアダムが、堕落したアダムとなり、サタンの先祖と関係した男性たちが、この世界を支配したので、サタンの好む世界の終着点をつくってしまいました。男性たちが世の中をめちゃくちゃにしたのです。堕落した天使長のサタンが、エバと一つになって台なしにしたのです。それで、女性は今まで利用されて、愛の問題でたくさんの涙を流してきました。いろんな男性が愛を蹂躙して、東西南北で浮気をしながら女性の心を傷つけ、血を流し、涙を流させ、生命までも奪ったのです。

 この恨みを解く代表的男性が文総裁です。分かりますか。ですから女性は文総裁を嫌がらないようになっています。みんなお母様がいなければ、お母様の代わりになりたいという泥棒根性を女性たちは持っています。そうですか。このようなあらゆる複雑多岐な問題があります。世界問題がいくら複雑だとしても、問題の解決は簡単です。

 女性と男性によってつくられた歴史的混乱時代なのです。分かりますか。女性と男性、この二人が世界を滅ぼし、戦争を起こしたのです。それは真の男性、真の女性になれなかったからです。神様が主管し、神様と関係を結ぶことのできる女性になれなかったので、このようになったのです。男性も女性も神様の怨讐と関係を結んだので、世の中はすべて滅びざるをえないのです。

 今は滅亡時代の壁にぶつかっています。どこに行くべきか道を知りません。それで、今まで男性を信じ、その男性がすべてのことを引っ張ってきたのです。しかし男たちは、みな泥棒です。歴史過程において残された悲惨なあらゆる問題は、男と女のために生じました。八〇パーセント以上がそうです。八〇パーセント以上の男と女の間違いが、世界の混乱をもたらしたという結論です。そして男と女が正常的な立場に立って、神様との関係が正常的になれば、平和の世界へと八〇パーセント近づけるようになるのです。分かりますか、分かりませんか?(分かります)。

  男と女の完全統一

 統一教会の文総裁は今何を主張し、何をなすべきですか。先生は平和の代表者として来たのです。先生は今朝も話しましたが、「世界平和家庭連合」、「世界平和連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和教授アカデミー」など、全部「世界平和」という言葉が入っています。分かりますか。先生は世界平和の魁首です。魁首という言葉は悪い言葉ですね。(笑い)その代表的魁首が誰かといえば文総裁しかいません。今は世界がそのように認めています。

 「世界平和については文総裁のところに行って聞いてみなさい。また絶対的価値問題についても文総裁に聞いてみなさい」というのです。今日まで終末の問題や、平和を主張してきた代表的人物が私です。絶対価値を叫ぶのも私です。数十年間行ってきたICUS(科学の統一に関する国際会議)から何十冊かの本が編纂されて、人々はこれを研究せざるをえなくなります。

 統一教会は「統一しよう」と言っています。何を統一しますか。男と女の統一です。男と女が完全に統一できれば、すべてが終わります。完全な家庭に完全な男性と、完全な女性、そして完全な夫婦が現れます。完全な父母が現れて、完全な子女、そして家庭、氏族、民族、国家、世界が自動的に現れてきます。

 皆さんは、完全な女性ですか。完全ではありませんか。完全でない女性たちは真の女性ですか、卑しい女性ですか、良い女性ですか。牧師が公の席上で「この卑しい女、悪い女」と言う人は世の中にはほかにいません。しかし、しかたありません。事実がそうですから。

 男性たちは、良い男ですか、悪い男ですか?(良い男です)。男たちは何者かといえば、体と心が闘い闘争の歴史をつくってきた、この人類歴史の中に同化された者たちです。体と心が闘うこの闘争を誰が収拾しますか。父も母も収拾できません。教師もできません。誰もできません。その闘いは永遠に続く可能性すら持っています。そのような中で生きてきたのです。これを革命したいという人に会ったことがありません。

 文総裁は良い人ですか、悪い人ですか?(良い人です)。サタン世界では文総裁は悪い人です。サタンの根源地を爆破する運動をして、完全になくすというからです。彼らに言わせると、文総裁はムーン・マフィアです。それほど怖いですか。生きたまま人間をのみ込みます。バリバリ。文先生の顔は怖く見えますか。優しく見えますか。おとなしく見えますか。ひどい顔に見えますか。全部当たっています。すべて言っても足りませんね。(笑い)

 先生はサタンも取って食べて、神様も取って食べるというのです。神様も取って食べるというのですから、本当に異端ですね?(いいえ)。取って食べると言いますが、ただ食べるというのではありません。愛で取って食べるのです。神様が私にほれたならそうなるのです。そうでしょう?

 文総裁がいないと生きられないというようになれば、死ねと言われれば死ぬまねでもやる以外ありません。そうでしょう。たとえ神様でも馬になれと言えば、馬になってくれて、その馬に乗って走ることができます。女性の前に体の大きい男性が「あなたがいなければ死んでしまいます。命令されれば馬にでも、熊にでもなります。何でも食べろと言われれば、何でも食べます。」と言います。この男性は良い男ですか、悪い男ですか。良い女ですか。悪い女ですか?(笑い)私も知りません。

  女性の立場

 この歴史時代に許されることのできない悪い女性たちです。では男性はどうですか。男性はもっと悪いのです。女性よりももっと悪いのです。女性がもっと悪いですか、どうですか?(男性がもっと悪いです)。(笑われる)原理では男は天使長の後継者です。サタンの後身です。

 しかし、女性は違います。サタンに振り回され、拉致されたのが女性だったのです。それで、真なる愛と真なる夫がどこにいるのかと、今まで涙を流しながら探し求めてきたのです。女性はかわいそうです。女性として生まれたことを喜んだ人がいますか。この世の中にはいません。いるとすればそれはうそです。どうせ生まれることなら男性として生まれるべきなのに、どうして女性に生まれたのか。このような恨みをもって生きてきませんでしたか。

 女性は、原理をよく分かってみると文総裁の妹の立場です。私の妹といえば、私とその妹が神様の息子、娘として、また神様の双生児として母の双胎から生まれたような、ちょうどそのような立場なのです。神様の息子、娘の中で、文総裁が息子なら自分は娘で、一つの家庭において、神様の家庭において文総裁が兄なら自分は妹で、夫なら自分は妻で、父なら母だということです。アダム、エバにそのような約束ができていたのです。

 夫婦になれば、次に父母になります。ですから妻とは妹のことであり、神様の前に同じ父の血肉を受け継いだ兄妹ということになるのです。そして妹の次が妻であり、妻の次は母になるのです。ところで、その妻は四大心情圏を代表した女性の代表です。神様の娘を代表しているのです。そして女性は、家庭においては妹の代表であり、妻と母の代表です。ですから女性を母のように愛さなければならないし、自分の妻や妹のように愛して、神様の娘、神様の王女と共に暮らす王子にならなければなりません。

  理想的夫婦と理想的兄弟過程

 この四大心情圏を完成した人たちが集まったところが愛の統一家庭です。そして、体と心が堕落しなければ、神様の愛を中心として体と心が完全に一つになれたのですが、サタンの血統を受け継いだのです。

 理想的家庭とは男性と女性が完成した家庭です。神様と天地が公認して、万事がすべて通じることのできる関係をもち、歴史を代表した本当の男性、本当の女性が離れようとしても離れられない関係をもつ、そのような夫婦がいるとすれば、その夫婦は理想的夫婦です。そのような理想的夫婦になるためには、理想的兄妹過程を経なければなりません。ですから、理想的夫婦になる前に理想的神の息子、娘にならなければならないのです。そして、大きくなって兄弟にならなければなりません。分かりましたか?

 理想的天の家庭において兄妹にならなければなりません。それで、息子、娘が大きくなって兄妹になりますが、学校へ行く前は幼児時代です。分かりますか。兄妹時代は学校へ行く時分かれます。分かれてまた合うのです。こうして、男性は男性の行く道、女性は女性の行く道を学んでいきます。そして、成熟した男性と女性になって、女性には男性が必要で、男性には女性が絶対必要だということが分かるまで教育を受けます。そして準備するのです。

  アダムとエバの理想的出会い

 それで時が来れば、男性と女性がお互いに別れて自分の道を行ったとしても、
「あ、これは間違った、大学院も博士も要らない。お嫁に行かなければならない」と言うのです。また男性も博士になって、出世して大統領になったとしてもそれで何をしますか。妻がいなければなりません。それで、このように伸びていくものが全部一か所に集まります。エデンの園のエバという妹は、いつも日当たりのいい所に座って休もうとばかりしています。「自分の兄が働くのは嫌だ」とぶつぶつ言ったり、「自分を一人にしておいて働く」と泣いたりしました。

 男性は山で跳ねているウサギを捕まえたり、鹿、狸、狐、鳥などを捕まえて腹を切ったり、いろんな実験をして主人の役を果たさなければなりませんが、女性はそのようなことには関心がないのです。「蛙をどうして捕らえてきたの。蛇はどのようにして捕まえるの。私はそんなもの大嫌い」とばかり言っていた女性が、あとでその男性が必要だということが分かるようになります。それで昔を思い出しながらも、好きではなかったその兄がすてきに見えてくるのです。

 「動物世界を見ると、雄と雌があのようにして子を生んで、みんな喜んでいるなあ……」と習うのです。そして、エバも「アダムあなたが必要です」と思い始めます。また、アダムはエバを泣きながら付きまとう甘えん坊だと思っていたのですが、「私もあなたが必要だ」と言って、お互いが会わなければなりません。会う所はどこですか。縦的な中心の所です。東西で分かれた者が「会いましょう」と言って男性と女性の目が合います。目が合ってその次は口が合って、胸が合って、あとはゴールインします。変に思うことはないです。教主はこんな話をしてはいけませんか。みんな愛しながら暮らしています。教主だといってそれをしませんか。みんなしています。変に思わなくていいのです。(笑い)教主だからこそ教えてあげなければなりません。

  真の愛を中心とした統一圏

 それで先日、私が日本女性五万名を七七日間で教育しました。教育の中で教えてあげるのが何かというと、結婚の芸術化、美術化です。一度話すと、女性たちが「私は夫の前に妻になる資格のない、どうしようもない女です」と言います。自ら結論を出すようになっています。その話を聞いたら大変です。分かりましたか。みんな抜けた者たちが集まっていますね。結婚の芸術化、結婚の美術化をすべて日本の女性に詳しく教えてあげました。韓国女性はまだ知りません。

 では、体と心を統一できる秘訣があれば大金を出しても買いますか。買いませんか?(買います)。その秘訣が先生にあります。先生にあるのです。ですから統一することができるのです。統一教会は体と心を統一するのが第一条です。その次は男性と女性を統一するのが第二条、第三条はその夫婦と神様が一つになることです。真の愛を中心として体と心が一つになることが第一統一圏で、第二統一圏は、真の愛を中心として夫婦一体理想を成すことです。第三統一圏は何かというと、人間と神様が離れようとしても離れられないように完全に一つになることです。

  男女問題の解決

 問題は男性と女性です。男性と女性の問題を解決すれば、天下に平和な世界が来るのです。男性と女性の個人的問題を解決しようとすれば、神様との関係を結んだ男性と女性にならなければなりません。そして、その二人が完全に一体化すれば、永遠に離れることができないのです。

 離婚という言葉は、堕落世界のゆえに生まれたものです。離婚は堕落の贈り物です。終わりの日には離婚するようになっています。離婚は神様の理想的家庭を破壊させる一番の原因です。悪魔の謀です。悪魔の膨張主義によって地上地獄が顕現し、終わりの日に現れたのが現在のような離婚なのです。

 フリーセックスは神様が一番嫌います。離婚、ホモセクシュアル、レスビアンも同じです。動物世界にはそのような戯れはありません。万物の霊長である人間の価値が、このように堕落したのです。これらは堕落の贈り物です。これを完全に整備しなければならないのが、統一教会の使命であり、文総裁の使命です。統一教会の人たちは、エイズと関係がありますか、ありませんか? (ありません)。これらを全部、清算してしまわなければなりません。それは、統一教会の文総裁でなければできないのです。

 堕落しなければ、神様の愛を中心として一体となり、神・人・愛一体の完成圏が、家庭を中心として成就したのです。そうなれば堕落することはなく、人間は神様と共に住むようになったのです。神様は王の中の王です。父親の中の父親であり、父親の中でも父親の王様です。また男性の中でも男性の王様です。息子を持つようになれば、息子の中でも息子の王様です。このように見ると男性の名前を持った者の中で、最高の名前を持たれた方が神様です。その神様とアダムが一つになります。一つになったその人を女性は夫として侍るのです。それは幸福ですか。不幸ですか? (幸福です)。どれほど幸福でしょうか。

  体と心の統一

 アダムは地上天国の王であり、神様は天上天国の王です。二つの王すなわち、縦的な王と横的な王になっているのです。それゆえにアダムとエバの結婚式は、縦的な神様の結婚式であると同時に、横的な人類の真なる父母の結婚式となるはずでした。

 それでは、どうしてそのようになるのでしょうか。愛の主人はアダムとエバではありません。愛を中心として見る時、愛の主人は神様です。

 それではアダムとエバは何でしょうか。神様の愛の前における第二の相対者です。神様が第一原因者であれば、人間は結果的存在です。原因と結果が一つにならなければ、神様と人間は一つになれないのです。そのようにしてこそ理想的家庭と理想的環境が展開されるのです。理論に合わなければいけません。すべてのことは原因にふさわしい結論を出して、そこに理想圏が生じ、安心地帯が生じるのです。そして統一圏が生じるというのです。

 それゆえに、統一教会という言葉は驚くべき言葉です。どうすれば一つになれるのかということを教えてくれる、という意味だからです。

 ところで、その統一に失敗したのが人間でした。歴史始まって以来、体と心の闘いが、休戦条約を結んだという噂を聞いたことがありますか。聞いたことがありませんね。戦争が終わったという話を聞いたことがありましたか。自分の骨肉の中でいま闘っているのに、体と心の闘いが終わったというのであれば、それは嘘です。しかし、統一教会では体と心の統一が可能なのです。

 体と心が一つになれば、宙に浮くような気持ちになります。そのようなことを知っていますか。皆さん、聖霊を受けてサタン世界をすべて追放して、体と心を統一することができるということが、どんなことか分かりますか。その喜びは言葉で表現できません。踊りを独りで踊るような境地が生じるのです。

 そのような世界は、堕落した人間にはなかなか体験することができませんが、そのような境地があるのです。その境地が真の愛の境地です。真の愛は体と心を統一します。そして、神様を中心とした真の愛と生命が、目に見えない神様の性相と形状として、初めて実体的に現れるのです。神様は心の側に立っており、アダムとエバは体の側であり、同じ個体の性相と形状です。この二つが一つになるのです。愛を中心として、一つにならなければならないのです。それが今まで一つになることができなかったのです。

  男性を無視できない女性

 今や、我々統一教会の教主の家庭は、お母様が王となり、私が僕となっています。(笑い)ところで、男性と女性のどちらが主体ですか。堕落した世界にあって、神様の真の愛を持ってくることのできる道が、女性にはありません。永遠にないのです。それを知らなければなりません。真の愛を中心とする真の生命の種は、堕落した世界における女性を通しては持ってくる道がないのです。

 完成すべき男性であるアダムの完成基準が残されています。完成したアダム以外には、神様の愛と一体となって、神様の中にある子供の種を受け継ぐことができないのです。アダム以外にはいないのです。女性には子供の種がありません。これはいわば空の巣です。いくら女性が素晴らしいといっても、主体性を主張することはできません。

 女性は誰のために生まれたのですか。女性の胸は誰のものですか。女性自身のものですか。誰のものですか。胸は誰のためにこのようにふくらんでいるのですか? (子供のためです)。子供のためです。お尻はどうして大きいのですか。誰のためですか? (子供のためです)。女性のためですか、子供のためですか? 子供のためです。女性の聖なるこの体の半分以上は、子供のためにあるということを知らなければなりません。

 男性を無視する女性たちは、天上世界に行けば、一番地獄の底に行くのです。たとえ夫が乞食でも、その夫を見て自分の父親を連想し、自分の兄、自分の息子、娘、自分の弟を連想しながら、彼らに対するのと同じように、夫に対さない女性は地獄に行くのです。女性は男性を無視することができないのです。男性は神様の代身なのです。神様の愛をもって神様の生命の種を伝授するために、訪ねてきた人が夫であるということを知らなければなりません。

 このことをはっきりと知れば、離婚はありません。百遍、千遍死んでも、離婚することはできません。離婚というのは、根本を切り、芽を切ってしまうことです。女性の顔は、男性のためにあるのですか。女性のためにあるのですか。女性の顔自体は女性のものではありません。

 では女性のそれ(生殖器)は男性のものですか、自分のものですか。体の縦的な中心にあるものは男性のものです。横的なものは子供のものです。自分のものはありません。そうでないという女性がいますか。女性は自分のものがなくて寂しく思うかもしれません。文総裁は男性として生まれて、そのように女性を公然と無視するのです。気分が悪いですか。気分が悪くてもいいのです。

  文総裁が通過された迫害の道

 文牧師は露骨です。率直は正義に通じるのです。女性たちの多くは売女ですか、よい女ですか。自分が売女ならば気分が悪いかもしれません。売女が多いですか。よい女性が多いですか? (売女が多いです)。女性を好むということは、卑しい者に成り下がることです。私は女性が一番嫌いです。私は女性のために悪口をどれほどたくさん言われたことでしょうか。文総裁は家庭を破壊する頭だ、捕らえて殺せというのです。そのような悪口を言わなかったですか。来るなと言っても明け方から勝手に、私の所に来るために、他人の家の塀を乗り越えてきたのです。

 夫の迫害で髪は刈られ、裸同然で先生の所に逃げてくるのです。その時、塀を乗り越えようとして滑り落ちたところを村の女性たちが見ていたのです。すると、なぜそのような姿でここにいるのか、となるのです。統一教会の文先生は、浮気をしている、となるのです。それで悪口を言われるようになったのです。そして世界的に私が悪口を言われるようになったのです。米国や日本の女性からもそうされたのです。

 私がキスをして、手を握ったといっていますが、お母様は先生を絶対的に信じています。今回五万名の日本女性、美女たちがきゃあきゃあ騒いでいる中で一人立っているのですが、私は何もしません。お母様が四〇か国巡回講演に行きましたが、世の中の女性たちで自分の夫が私のような男性であれば、夜も眠れないのです。胸を痛めて竹串のようになってやせて戻ってきたことでしょう。しかしお母様は私より太って帰ってきたのです。私は竹のようになり、お母様は太ったのです。そういう女性問題で先生は、日本をはじめ全世界に名前が売れているのです。

 統一教会は節操を守ること、また男女問題をきちんとすることが徹底しています。ところで、その中で一番悪いのが私だというのです。真の父母は息子・娘が多いのです。それなのに何で妾が多くて、その息子・娘も多いというのですか。そんな息子・娘などは影も形もないのです。

  統一の統は統べる「統」

 そうであれば、女性を一番好きな男性が誰ですか? 悪魔です! 女性を一番嫌う人は誰ですか? 文総裁です。(笑い)このように、男性と女性が問題です。それで宗教などは、この男女問題をくず扱いしてきたのです。

 思想も実験済みであり、政治、外交、学校も実験済みです。みな偽りの先生たちであり、偽りの学生たちです。男性と女性はみな偽り者たちです。この偽り者が多いこの世の中に、本物一人をつくってみようと、神様が私たちのような者を立てたのです。先生の言葉を聞けば、本物の男性と女性になることができると思いますか。思いませんか? (できると思います)。本当ですか? (はい)。

 統一という言葉は、一人で用いる言葉ではありません。二人以上が一つになることを指している言葉です。分かりますか。「統」という字は、統べるの「統」であり、支配を受けるのではありません。主体となって統一的な対象をつくることのできる「統」という字です。

 南北統一する時は、金日成主席は自分を中心として統一し、自分が主体になるのだといっています。統べる「統」という字ですから、統一であり、統一教会なのです。自分が主体者であるからこそアダムでしょう? そこで主体といった時に主体だけでは和合できません。主体といってもそれはすべて、主体と相対者の間に中間存在が入っていかなければ、プラス、マイナスが和合することができないのです。それが文総裁しかいないということを皆知っているのです。

 金日成主席も文総裁に橋渡しを頼まなければ、自由世界につながる道はありません。そして金日成主席は私に、どんな命令でもしてくださいというのです。韓国では目を丸くして、「ああ、文総裁が北韓と近づいた」と言っています。私が金日成主席に主管される男ですか。そのように考える人は、世界に一人もいないのです。朴普煕は私が金日成主席に主管されると思っているかもしれません。(笑い)

 今このようにして、真の父母と成約時代を宣布したことは、全権時代に入ったことを意味します。悪魔の世界は、私とは何らの関係もないのです。悪魔の世界はすべて崖から転がり落ちるようになっているのです。見なさい、米国もいま最後です。日本も韓国も同じです。

  天下が公認した文総裁

 次に誰が大統領になりますか。金日成主席も終わりです。これらの人たちも、世界の四大国家の指導者も、みな今後世界が行くべき道を知らない人たちです。ただ一人行くべき道を知っている人は、文総裁しかいません。ですから、米国も文総裁を必要としているのです。今になって「文総裁、米国からどうか離れないでください。私たちを助けてください」「お望みならば、イースト・ガーデンに守衛として米国の警察を配置いたします」と言ってきています。

 私が米国に行くと、CIA副局長が案内してくれました。世の中がそれくらい変わりました。世の中が変わりましたか、文総裁が変わりましたか? (世の中が変わりました)。文総裁は変わりません。ですから、私のことを悪いといっていた者たちや、自分が一番高い位置にいるといっていた者たちがみな落ちてきて、一番悪いといわれていた者が一番上がっていくのです。そして今は私を尊敬するようになったのです。

 今は、私のことを愛国者、我々の国の英雄という名称で呼ぶ人がいます。米国の英雄中の英雄はレバレンド・ムーンだというのです。滅びゆく国家を救うことのできるたった一つの希望は、レバレンド・ムーンしかいないといっているのです。そのようなことを知っていますか。米国から見れば、韓国人は田舎者です。それが近ごろは目を覚まして、「文総裁が世界的な人材であることを私たちは知らなかった」と言っています。物事の分からない者は、どうしようもありません。分からない時代に、分かって喜々としている人が称賛される人です。そうではありませんか。天下がみな公認するのです。

 世界がみな文総裁、文総裁といっているのに大韓民国の人が、私をつまらない人間として追放することができますか。それは自然にそのようになるのです。山に例えれば、山の中でも一番高い山が、自然にその山脈や山並みの中で中心的な位置を占めるようになります。樹木もそうです。いくら木が多いといっても、その中で一番高い木に鶴や渡り鳥が飛んでくるのです。そしてそこに休み、巣をつくり雛を生むのです。

  体と心の統一、夫婦の統一、神様と夫婦の統一

 統一、統一といってみなさい。(統一)。体と心の統一。(体と心の統一)。男女の理想的夫婦の統一。(男女の理想的夫婦の統一)。理想的夫婦と神様の統一。(理想的夫婦と神様の統一)。万事OK。(万事OK)。それが神様が願われる一番の喜びの日だというのです。それが神様の日です。(拍手)

 先ほど女性の話をしましたが、そのような話を聞いて女性たちは寂しいでしょう。女性は殻しかないというのです。空のかごです。この空のかご、空の桶は、入れるものによって価値が決まるのです。空の殻が悪いと考えるのは、その意味をよく分からないからです。このかごには、神様の息子、娘を一〇人、二〇人も入れることができます。多い人は三六人までも入れることができるそうです。

 世界記録だと思うのですが、私たちの知っている中東のある人が三六人の子供を生んだそうです。三六人のうちで、息子半分、娘半分であれば、何双になりますか? (一八双です)。その一八双と父親一人を交換できますか。母親と交換できますか。父親と母親を合わせても交換することができないというのです。ですから女性は、それほど価値のあるかごの値段になるというのです。(笑われる)

 女性は神様が一番最後に仕上げとしてつくったのです。神様は一番最後にアダムをつくられましたか、エバをつくられましたか? (エバをつくりました)。エバは神様がすべてを投入して、すべすべにつくり出したのです。それゆえに、ふっくらとしているのが女性の特徴です。肌を触ってみなさい。ふっくらとしていますか? (笑い)男性はゴツゴツしているのです。それが男性の特徴です。美人の女性が結婚する時、新郎が自分よりももっと美しい女性のような男性であれば、その花嫁は気分がよいですか、悪いですか? (悪いです)。どれほど悪いでしょうか。先生がこのように女性たちを憎んだために足でも折れたら「文総裁は、あまりにも女好きなので足が折れた」という噂にでもなりそうです。(笑われる)分かりますか? (はい)。

 統一できるかどうか見ていなさい。ここにいる女性たちの中で、私が夫を捨てて出てこいと命令しても、出てこないという女性は手を挙げてみなさい。(笑い)一人もいないではありませんか。(笑い)日本の五万名の女性は、先生の命令に従って、どんなことでもやります。それがどれほど恐ろしいことか分かりません。私がこれを間違えていたとすれば、逃げ出さなければなりません。(笑われる)本当に恐ろしいことです。そして、その人たちの信仰の証を聞くと、韓国は負けたように感じます。日本のメンバーは、日々の生活の報告を受けながら生活しているのです。そのような組織が世界のどこにあるでしょうか。

 聖書の奇跡の記事を見ても、それらを行った昔の聖者はみな田舎者です。皆さんと同じです。しかし今、この統一教会でそれ以上の何十倍、何百倍の奇跡が起きているのです。それが信じられますか、信じられませんか。(信じられます)。そこのおばさんたちは、信じるだけでよく分からないのですから、盲信者たちです。

  人間をつくり変える統一教会

 神様の理想とする世界まで行こうとすれば、数十年稲妻のように飛んでいかなければならないのですが、飛んでいく気運もありません。文総裁がきょうどこで、どんな話をするのか見物しに来たのでしょう。私を見れば、それは醜男です。しかし女性のために、あまりにも多くの苦難を受けてきたので、女性を憎むチャンピオンでもあります。

 米国の女性たちのことですが、私が何といいましたか? (売女)。売女という言葉はよい言葉です。なぜなら「お嫁ばいった」というその言葉だからです。(笑い)女性がお嫁に行くこと以上にうれしい福音がどこにありますか。先生が米国に初めて行った時、女性たちは先生にキスをしようとしたのです。ぎゅっと抱き締めてキスをするのですが、脚をこんなふうにしてきたのです。(笑い)気分がどれほど悪かったのかしれません。節義を守った男性がこのようになってはいけないのです。私はそれで女性の一メートル以内に接近しないのです。(笑い)それでお母様が安心するのです。

 母親が眠っている隣に来て、私も一緒に寝ましょうといって部屋に入ってくる男性たちがいます。また舅の部屋に嫁が入っていくのです。嫁の部屋に舅が入っていって寝るのです。それでしかたなく息子は出ていくのです。それが人間の姿ですか。犬畜生でもそんなことはしないというのです。

 そんな人間とは思えない人たちを人間としてつくり変えようとするので、私が悪口をいわれ、ありとあらゆる仕打ちをされるのです。ですから統一教会はいいところですね? (はい)。歓迎しますか、歓迎しませんか? (歓迎します)。どれくらい歓迎しますか? (大歓迎します)。

  体と心の統一基盤

 統一基盤の上でのみ、自由が保障されるのです。闘っている体と心が闘争するところに自由がありますか。自由が逃げていくのです。それを知らなければなりません。今日、若い者たちがそれを知らないでいるのです。体と心が闘うその基盤の上に自由がありますか。共産主義はそういうところをよく分からなかったのです。ですから私の手の中に共産主義が溶けていくのです。

 体と心が一つになった基盤の上に自由が定着するのです。幸福も闘う場所にはありません。不幸だけです。そこには理想もありません。破壊だけで、建設がないのです。たとえ建設されても壊れて、不合格になるのです。今日、若者たちはすべて、理想を探しています。しかし理想的男性がどこにいますか。体と心の闘いをやめようとすれば、自分自身が闘わない平準的な位置にあって、完全に主体なら主体になるとか、対象なら対象になるとか、完全になることのできるそのような自分を探していって、そこに理想的な自由か何かを探さなければならないのです。その基盤がなくなってしまい、全部みな無駄骨、空っぽです。理想的自由がなっても、自分とは関係ないのです。

 さあ、統一の道へ行こう! 言ってみなさい。(統一の道へ行こう)。どうやって? 自由を探して? 自由をどのようにして探すのですか。体と心が一つにならなければならないのです。そうしてこそ、その自由は永遠に定着するのだということを知らなければなりません。そうでなければ幸福がありません。

  主体の最高の理想は対象に無限の価値を探すこと

 夫婦同士が喧嘩して戦っているのに、その日会社に行って幸福ですか。一日中ストレスを感じます。夫も帰ってくる時、口をへの字に曲げて帰ってくるのです。また、夫が国を守るために兵隊として家を留守にしている間に、留守を守る妻がそれを快く思わないとしたら、それが幸福ですか。二人が一つにならなければなりません。

 一つになる秘訣は、簡単です。自分を中心とした人生ではいけません。相手のために生涯を送るのです。皆さんは、自分の相対者が自分より立派であることを願うでしょう? (はい)。例えば理想相対になろうとすれば、夫にとっては息子、娘がその理想相対です。夫は縦的基準です。息子娘は横的な基準です。

 父母は自分の息子娘が立派になることを願います。自分の持っているものが百である時に、その持てる百よりも立派なものを対象に投入して、また投入すれば、百以上に育つのであり、千だけのものの存在を願うならば、自分の持てる百だけのものを十回投入してもそれを忘れれば、千以上に育つことができるのです。最高の理想とは対象が何千万倍、何億倍にもなることを願うものなのです。ですから何千万倍投入しても忘れる、その立場から、最高の無限なる価値を持った相対を探すことができるというのです。

 神様も創造主として、百の創造の能力の中で百しか投入しなければ、百だけの価値的存在しか探すことができません。ところが最高の理想とは、一億倍、何億倍にもなろうとするのですから、自分の持つ力の何億倍、投入しては忘れ、忘れてはまた投入するところに、徐々に対象的価値が高くなるのは理論的なことなのです。

 女性は、自分のために生まれたのではありません。女性は夫のために生まれたのであり、息子娘のために生まれたのです。夫も同じです。肩が広いのはなぜですか。男性は女性を食べさせなければなりません。女性はお尻が大きいのに対し、男性はお尻が小さいので、三時間も座っていれば、出っ張った骨が痛くなります。女性は三〇時間座ってもクッションがよくて、びくともしません。そのように相対的になっているのです。

 女性の体を見ても、自分のためにあるというものは一つもありません。その女性が美人でも、自分のために存在しているのではありません。男性も同じです。自分は自分自身のものではありません。男性は女性のために、女性は男性のためにあります。この愛には特性があるのです。愛は男性と女性が一つになるところにその特性が発揮されます。愛の特性は女性と男性を一つにさせることです。でこぼこが一つになるのです。何を中心として一つになるかといえば、真の愛を中心として一つにならなければなりません。

 堕落した愛を中心として一つになったために、世を滅ぼす群れになったのです。一番卑しいものになったというのです。

  生殖器は愛と生命と血統の本宮地

 神様が一番精誠を尽くして、つくった所が生殖器です。生殖器は、生命の根源であり、理想的、感情的なものすべてが集まった所です。ですから、愛の本宮なのです。神様の愛の出発が、そこから生じたのでした。

 男性と女性が堕落したために、生殖器が最も悪い場所となってしまったのです。堕落しなければ、生殖器は生命の起源地であり、真の愛の本宮、真の生命の本宮、真の血統の本宮地であるというのです。

 子宮という言葉があるではありませんか。どこを通って子宮に子供が宿るのですか。男性の生命と女性の生命が、愛を通して一つになるのです。このようにして、一つになったその場所において男性の血統と女性の血統が合わさり、その中に二つの血統が混ざり合って渦を巻く、その中に生まれたのが息子娘です。息子娘は母親と父親の愛に同参することができる資格者です。父親の生命と母親の生命の二つの生命が交差することにより、息子は二つの性品を持つために、父親よりも素晴らしいのです。それゆえに、父母は子女のために犠牲にならなければならないという論理が成立するのです。

 それでは愛が先ですか、生命が先ですか? (愛が先です)。神様は全知全能であり、生命の根源です。神様において生命と愛のどちらがより根源ですか。神様も愛ゆえに生まれたのです。愛ゆえに存在しているのです。神様ご自身が被造世界を創造したのですが、神様が愛であるため、神様は被造世界のためにおられるのです。主体は対象のためにあります。絶対的な主体という存在は絶対的な対象のためにあるというのが、その要件であることを知らなければなりません。

 絶対的な主体は、絶対的な対象のために絶対的に存在する時、その対象から主体に認定されるのです。絶対的な対象の価値と対等な価値が主体に付与されるのです。男性の完成は女性によってなされるのであり、女性の完成も男性によってなされるのです。完成させることのでるその位置が結婚だというのです。それでも離婚することができますか。浮気することができますか。男性と女性の完成の鍵は、ひとえに男性と女性にゆだねられており、その鍵は一つしかありません。二つではありません。統一教会は、あくまでも理論的な基準の前に、神様の創造理想を中心として一体化できるように、明確に公式化されているのです。それに違反するものは、良心が苦痛を受けるのです。

  結婚は神様と人間の理想の出発地

 きょうは「神の日」です。すべての根源は「神の日」から始まるのです。その「神の日」に何をするのですか。堕落世界では「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」と分かれていますが、本来は「神の日」一つでよいのです。その「神の日」とは、神様が結婚する日です。誰と結婚するのですか。神様の愛の相対が誰かといえば、それはアダムとエバです。

 神様の結婚式とは、神様がアダムとエバと一つになることを意味します。神様の中の無形の男性と女性が分立され、実体として男性と女性に現れ、これが大きく成長して、一つになることができる位置です。このようになれば、神様の主体として、マイナスだろうが、一つになるようになっているのです。縦的に一つ(パンと手をたたかれる)横的に一つですから、アダムとエバの結婚の日には、縦、横が一つになって天の愛と、地の愛、そしてすべて人間関係、および神人関係が愛を中心として一体化されるのです。それが神様の理想的出発地であると同時に、我々人間始祖の出発地です。このように、アダムとエバの結婚式という一点からすべてが出発するのです。

 それゆえに、一点で出発したので、永遠に分かれても、一つの終着点で終わるのです。それゆえに、私は理論的な根源をどこで探すのかということを一番悩んだのです。神様は愛の主人ですから、人間も愛を探していくのですが、その愛がどこで結合するのか、結合点、終着点がどこであるかが一番問題なのです。

 人類の始まりが根源となって一つの点から出発したのですが、それがその過程で定着し、終着されたとするなら、理論的に合っていません。根源になることができないのです。

 根源と終着点が一致するようにならなければなりません。そうすれば、その過程は自動的にすべて原因と結果が合うようになっているのです。結果的にすべて合い、結果的なものは原因的なものに合わせて帰っていくのです。原因に帰っていくので、反対にしても合い、まっすぐにしても合うようになっているのです。逆さにして、男性と女性を交換した場合でも、男性が主体になったといくら言っても帰っていくのです。男性が主体になり、時には女性が主体になったりしながら一つになっていくのです。

 一つの不変の主体はセンターです。軸は不変です。その軸の位置で、神様に侍って永遠に回転して生きようというのです。それが宇宙と神様の秘密です。サタンがこれにすべて秘密のふろしきをかぶせて隠し、人間をだましてきたのです。

 それで、これが分かったがゆえに、これを理論的に知ったがゆえに、理論的に可能なものは何でもつくり出すことができるのです。なくてもつくり出すことができるのです。人間は理論的に理解してきたために、人間には既にみなそのようにすることのできる素質があります。皆さん、世界で一番最高の存在になりたいでしょう。皆さんの顔だちは決して良いとはいえませんが、欲心は地面の厚さよりももっと厚いのです。世界で一番の美人よりももっと美しい者になりたいという心をみんな持っています。持っていますか、持っていませんか? (持っています)。

  良心は第二の神様

 神様の愛を占領する全権を所有したので、神様ご自身が私のものなのです。神様の所有権が私のものになっているのです。人間は本来、神様が創造された時には、主人になることができるようになっていたのです。この主人になる権限を失ってしまったがゆえに、「このっ! 寝てばかりいないで私の本郷の道を探しにいけ」と良心が催促しているのです。催促されても行くことができず、この地上で活動することができないので、良心は苦痛を感じるのです。堕落ゆえにそのようになったのです。

 体と心が一つになることができる位置を見つけたという時、どれほど幸福か分かりますか。天下を獲得しても替えることのできない喜びを感じるのです。「ああ! こんな世界があったのか!」。文総裁はそのようなことを知っているので、世界の監獄に行ってもビクともしません。天下に悪口を言われて行き来しても、恥ずかしいことはありません。地が私の友であり、流れゆく波、風が私の友です。飛んでいく鳥までも私の友になってくれるのです。滅びゆくこのサタン世界で、地獄に行く群れの前で歓迎を受けても何の役にも立たないのです。分かりますか?(はい)。

 良心というものは、第二の神様です。自分にとって良心は何ですか? (第二の神様)。良心は第二の神様です。男性と女性を中心として見れば、男性が主体ならば、女性は皆その夫に対して絶対的な第一の神様のように信じなければなりません。

 夫は神様の代身です。夫に頼ることによって、その夫は神様の代わりに女性の不足なものを再創造、創造して、補強してあげるのです。打たれて倒れるようなことがあれば、夫が代わりに打たれてくれるのです。無念で恨めしいことを代わりに背負ってくれるのです。そのような存在が夫であり、それが主体であるというのです。主体は相対の前に責任を負うのです。主体は責任を負わなければなりません。

 統一教会の主体である中心者は責任を負わなければなりません。中心存在は責任を負わなければならないし、保護し育成してあげなければなりません。そうであってこそ主体なのです。また発展することができるように、プラスになるように育ててあげなければならないのです。利用してむさぼったり、思い煩わせてはなりません。

 自分の良心は何ですか? (第二の神様)。第二の神様です! 良心は平面組織です。良心は夫よりも行くべき道をよく知っています。ですから良心よりも先に夫に尋ねる必要がありません。良心は自分が行く道を皆知っているのです。良心が分からないことがどこにありますか。良心に教育が必要ですか? (必要ありません)。教育を受けなくてもすべて知っているのです! 八〇歳になっても、良心に背く時、「ああ、いけない」と、良心は命令するのです。

 良心が真の主人であることを忘れてはいけません。良心は神様の代わりに、私にすべて分かるように教えてくださる第二の神様です。そのような私の中心存在を知らなかったのです。ですから、良心に対して神様以上に侍れというのです。宗教の教祖に対する以上に、イエス様に対する以上に良心に侍らなければなりません。

 そうしてこそ、イエス様を信じた、それ以上の位置に行くことができるのです。ですから統一教会の文総裁を信じてはいけません。統一教会の文総裁の教えによって良心が神様と完全に一つになったならば、統一教会の文総裁について行かなくても天国に行くことができるのです。しかし教材を買って勉強しなければなりません。分かりますか。教材のお金は出さなければなりません。そうして、天国に入れば、収拾はすべて文総裁がしなければならないのです。そうしてこそ真の父母の血族になるのです。分かりますか?

  宗教の目的は良心解放圏の拡大

 体と心を一つにするのです。堕落によって、サタンが偽りの生命の種をこの体にまいたのです。ですから、悪魔の愛がまたもう一つのプラスになったために、異質的なプラスと良心のプラスの二つが反発するのです。ですから、一つを除去しなければなりません。これが宗教の歴史です。犠牲になれ、奉仕しろ、苦行をしろというように、皆体を打つのが宗教の主な任務です。このようにして、良心解放圏を拡大させようとするのが、宗教を信じる信仰生活の目的です。それを知らなかったのです。クリスチャンは空中に持ち上げられて、天国に行くのだと思っています。そのような天国は必要ありません。

 良心を解放して、解放的な自我を確立させ、統一圏を持つことができない人は天国に行けないのです。天国のどこを探してみても、そのような人はいません。今も修養過程にある牧師や長老や立派な人たちは皆、反対に考えている人たちも多いというのです。文総裁は全部実験済みで、教えているのです。間違いないので、教えているのです。詐欺師ではありません。皆さんの心が知っています。文総裁と一度因縁を結べば、忘れることができません。どこに行っても、思い出されるのです。教えた内容は、どこに行ってもすべて立証されるのです。「後顧の憂いとなる者、行くべき道を行かずにどうするのだ」と忠告するのです。

 本来堕落しなかったならば、「神の日」ですべてが終わったのです。しかし、堕落したために「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」、そして「神の日」が一番最後の一九六八年一月一日に制定されたのです。どれほど気分が悪かったでしょうか。「神の日」を奉ろうとすれば、完全な男性にならなければなりません。体と心の闘いを終え、女性・男性が完全に理想的夫婦になって、神が訪ねてきて夫は右手に、妻は左手に置いて、「おまえたちがいなければ生きていけない」と言うことのできる、そんな家庭にならなければならないのです。皆さん、そのような家庭になりましたか。男性たちのせいで女性は、苦労と心配が多かったのです。

 それで神様と手をたたき合って喜ばなければなりません。私は神様の愛の対象です。私がいなければ神様も完成できないというのです。そのような人間の価値と絶対的な権限が、喪失してしまったことを良心は知っているので悲しむのです。神様から出発したので、神様に帰っていくのです。神様の友達となるのです。父親も一〇〇歳になって、息子娘が八〇歳にでもなれば、「おい、息子よ」と言うではありませんか。分かりますか。友達となるのです。神様から出発したので、神様に帰らなければなりません。

 そのようになろうとすれば、すべてが理論的原則に従い、神様の創造の原則にかなった合格証を、この地上で受けなければなりません。万物の霊長にふさわしい人格を完成させなければなりません。そしてすべての被造万物が、人間の愛を中心として創造理想を完成したという公証書を受けなければなりません。それは誰から受け取るのかといえば、悪魔から受け取るのです。

 一九九四年の標語が何ですか? 「真の父母と成約時代安着」です。どこに安着するのですか。体と心に安着しなければなりません。また地上に安着しなければなりません。妻と夫が毎日争っていてはだめだというのです。一生の間私たち祝福家庭は、子供に涙を見せてはいけないのです。争っているところを見せてはいけないのです。父母は子供から神様以上に尊敬されることのできる父母にならなければなりません。どこか他の人の所に行って誰かと相談するよりも、父母と共に親しく暮らすことが、幸福であるということを自覚できる環境をつくってあげなければならないのです。

 他人の妻になることが易しいことではなく、また他人の夫になることも易しいことではありません。世界人類は、いわば他人の息子です。しかしそれは天地に永遠に残される神様の国の、また人類の息子娘です。他人の息子娘の父母になることが簡単ではありません。神様の息子娘です。神様の代身者たちであるということを知らなければなりません。やたらにたたいたり、好き勝手に足で蹴り、うっぷん晴らしをしていませんか。保護しなければなりません。お互いに保護して、お互いが為に生きなければなりません。

 ですから、このようなすべてのみ旨を成すためには、統一教会の「原理」以外にはありません。神様が為に存在されるという、この内容の思想でなければなりません。この自由主義、色濃く染まった悪魔の破綻的膨張主義、地獄のようなありさま。この世界を救済することのできる道は、「原理」以外にないのです。

 日本のメンバー。(はい)。先生が語る内容が分かりますか。(はい)。分かる者は手を挙げてみなさい。本当にこんなにたくさんいますか? 通訳はやれますか? (はい)。韓国語を勉強しなければなりません。将来みんな氏族メシヤとして入籍した場合には、韓国語を知らないと父母様の近くに来て住むことができません。遠からずそういう時が来ます。入籍は、超国家的、超民族的にするのです。民族大移動の時が来るので、氏族メシヤの摂理を急がなければなりません。神山、それを知ってるの? (はい)。世の中がどうであろうと、先生の言うとおりになるようになっているのです。

 「神の日」を中心として一番神様が願っておられることは、私の体と心の統一の安全圏を成すことです。神様が来られて、永遠に住むことのできる家です。コリント人への第一の手紙三章一六節に「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」とあります。人間は神の宮(聖殿)です。神様の家です。これが安定しなければなりません。

 そうしながら、神様は新しいものを願われるのです。古いものを願われません。三回、三日続ければ嫌になるのです。先生の生活哲学は、毎日のように一つプラスさせることです。山に登っても、どこに行っても、他人は皆休んでも、私は登って、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、一〇、一一、一二。一歩でもさらに踏み締めて休みます。それが先生の生活哲学です。ご飯を食べても、他人より一さじ多く食べるというのではありません。少なく食べるのです。分かりますか。眠る時もより多く眠るのではなく、一分でも少なく眠るのです。それでこそ、新しいものになるのです。

 新しいものをプラスさせるのです。そのような時だけ、神様も発展していかれるのです。神様も成長するのです。停止は死亡に通じます。統一教会に入教した時、興奮して昼夜の別なく気が狂ったようだったのに、一〇年たてば一〇分の一にみるみる落ちていくのです。統一教会に入ってくる前よりももっと怠惰になり、より安心しているというのです。

 クリスチャンたちは、イエス様が雲に乗って再臨するというので、雷が鳴って大騒ぎになっても、飛んで出ていくことができるようになっているのです。ところが統一教会の人たちは雷が鳴っても、「主は既に来られているのに」と言うのです。しかも、その主が自分と関係を持っていると考えている狂った者たちです。知っているにもかかわらず責任を執れないで、何をするというのですか。学校の何学年を卒業してこれだけの知識があるとか、単位を何単位取って、どれだけの知識があるとかいっても、それだけで博士の学位を取ることができますか。知っているのとは関係がありません。パスしなければなりません。同じことなのです。それゆえに停止は死亡に通じるのです。停止は敗北と地獄に通じるというのです。生きているものは成長するようになっているのです。生きたものは繁栄と天国に通じるのです。

 それゆえに、統一教会の文先生は八〇歳の人です。今日、私が韓国の年で何歳ですか?(七五歳です)七五歳。それなら八〇歳になりますか、七〇歳になりますか?(七〇歳です)。七一にもなれば八〇に含まれるのです。

 八〇歳の老人を好きな男性、女性は手を挙げてみなさい。嘘です。いません。私のような人が一人しかいないので、あなたたちは手を挙げるのです。三〇代の青年と八〇歳になろうとする文先生が、同じ実力で、同じ内容を持っているという時は、八〇歳の先生についていくでしょうか。三〇代の青年についていくでしょうか? (三〇代についていきます)。そのとおりです。それが正直な答えです。率直は正義に通ずるのです。八〇歳の老人が好きな人がどこにいますか。私も嫌いです。それが事実です。しかたなくて良いというのでしょう。

 おべっかを言わないでください。嫌々でもしかたなく好きなのです。そのように言いなさい。八〇歳の私が好きですか?(好きです)。教えてあげても間違うのですか? 八〇歳の先生しかいないので好きなのです。こう言わなければならないのです。一度言ってみなさい。(嫌いですが、八〇歳の先生しかいないので好きです)。こうしてこそ、統一教会の文先生が正しい教育をしているというのです。

  先生の相対は一つもない

 明日、「愛勝日」は先生が話をしなければなりませんか、誰がしなければなりませんか。自分の息子娘が死んだ日を私が代表して話をするのがよいのですか。考えてみなさい! 郭錠煥! 朴普煕! 大人の役割を果たしたいと言ったではありませんか。私の言葉が合っていますか、合っていませんか? 郭錠煥、話してみなさい。(合っています)。合っているならどうしてそのようなことが分からないのですか。私が一度座って、明日からは聞いてみなければなりません。

 正月の元日に、私だけをこき使おうとしていますね。夜中から何回もです。今、また会議までしようとすれば、そんな苦痛はありません。いいかげんな者を集めても、それはみんな死んでも私と関係のない者たちです。私の所に来ることはできません。いくら努力しても私の所に来ることができません。私がサインしてあげる前には来ることができないのです。それでも門を開けてあげて、みんなが入ることができるようにしてあげなければなりません。しかたなくそうするのです。

 先生の相対は一つもありません。相談する人もいないのです。私が郭錠煥に相談しても、朴普煕に相談してもすべて、今まで私が世話を焼いてきたのであり、手助けにならないことがいくらでもあるのです。他人はみな、文総裁は福があり良い部下を持っていると考えるでしょう。何が良い部下というのでしょうか。私はその人たちの世話になりませんでした。

 今もそうです。私一人でも一日中走り回れば、これくらいの人を一年とか何か月以内にみな集めることができます。私が大学街を歩き回りながら講演するようになれば、学者や博士たちが、どれほど多く先生を尊敬することでしょうか。

 今度みんな日本に帰っていって、一生懸命口々に先生を称えるのを見れば、「いやあ、恐ろしいことが起こった。大変なことが起こった。革命だ、革命的日本の女たちである」となります。そうなれば世界全体が感化され、きれいに整理されてしまうのです。昔は皆、女性が男性の後ろへ行って男性たちをコントロールして邪魔したのですが、今は前に出て反対に男性たちを引っ張っているのです。

 女性が男性のバンドを持って引っ張って走るのです、男性が女性に引きずられていくようになっています。男としてそれを我慢できますか。それはたまりません。逆に女性を引っ張って喜びますか? 嫌がりますか? どっちですか?(嫌がります)。嫌がる! だったら、女性に負けますか、女性に負けたらどうしますか? 今男性は負けています。負けてしまってもいいのですか。 男性が負けたら大変なことです。ここに集まった男性たちは、女性に負けますか勝ちますか? (勝ちます)。

 日本から来た女性たちで、男性に負けたくない女性は、手を挙げてみなさい。(はーい)。負けるか、負けないか? (負けません)。負けるようになっています。(笑い)しかし、七年間は負けないと決心を固めなければなりません。先生のあとに続いて言ってみなさい、「七年間は絶対に負けません」。(七年間は絶対負けません)。本当ですか? (はい、笑い)。今から競争です。江利川いますか。今から六か月以降に何をやるつもりですか? (五万名をやります)。それは、新しい者たちですよ。(はい)。親戚を動員しなさい。長子権復帰をするのです!

  日本の使命

 長子権を復帰したら兄さんの立場になり、姉さんになった場合には弟を引っ張り出して、血を見るような行動をしても弟に原理を聞かせてあげれば、その弟を天国につなぐことができます。そして感謝するようになります。サタンは地獄へ連れていくのに殺しながらやってきました。そして自分の直系一族のカインの立場である婿とか、嫁の親戚も、みんなつなぐのです。そうすれば日本全国をつなぐことができます。分かりましたか? (はい)。一人が一二人を伝道するのは問題ありません。一か月に一人ずつやりなさい。氏族メシヤをやりなさい。やりますか?(やります)。それは死を覚悟すればできないことはありません。

 先生を見てみなさい。これからのことを考えると先生はもう大変です。これを完成しなかったならば、日本はペチャンコになります。間違いありません。先生がこのようなことをしなかったなら、皆どうなることでしょうか。日本に何らかの名目が残ると思いますか? そうはいきません。もう流れていってしまいました。今度から一心一体になって、救国基金をやらないといけません。日本を救うために、自分の一族を犠牲にする覚悟を持たなければなりません。今、先生の言うとおりにやりたいと決意する者は、男性も女性も、一緒に両手を挙げて!(はい)。

 まさしくそのように約束したとおりにすれば、神様が喜ぶでしょう。自分の一族がみんな自然屈伏して、「かしこまりました」と皆さんは、王様のように侍られるようになるでしょう。そうなれば日本は心配なくなります。分かりましたか? 解放されることを喜び、希望を持って日本に行って行動を開始すべきです。分かりましたか?(はい)。

 絶対に韓国に負けてはいけません。韓国(カンコク)は監獄、牢屋のことです。先生も牢屋は嫌いです。カンコクには、「還国」と「韓国」と「監獄」の三つがあります。国に帰る日を「還国の日」と決めました。一番悪いのは牢屋です。

  「神の日」に神様が一番願うこと

 「神の日」に一番神様が願うことは、真の父母と共に神様が皆さんの家庭に住むことです。神様が夫と妻を両手につかんで一緒に抱き、主体なる神様が相対である夫婦と愛において一体になることが神様の願いなのです。結婚とは、夫と妻を完成させるためのものです。また、夫婦が一つになったその位置において、神様を完成させるのです。

 それまでは、神様も愛の相対を見つけることができないのです。それは途方もないことです。それゆえにこの位置に入っていって、一つになることによって神様が私のものであり、神様の所有全体と、被造世界全体が私のものになるのです。それは間違いのない理論です。そのようなことを漠然と考えないで、皆さんの心と共に、その仕事をするように心を呼び起こして目覚めさせてあげ、教えてあげなければなりません。

 体は毎日のように反対の方向に引っ張っていくのです。この殻を脱がなければなりません。これが口であり、口は食べることと言葉を話す器官です。自分を高くすれば気分が良いのですが、それでは蕩減復帰とは反対です。そういうものを滅多打ちにしておかなければなりません。

 その次には何かといえば、男女関係の情欲が問題です。あなたたちは妻がいても、美人を見れば、その女性と暮らす男性は幸福だなあと考えるでしょう。考えませんか? そういう男性は卑しい男性です。ですからまだ訓練が必要です。それを知らなければいけません。私自身が未完成品であるということを知らなければなりません。先生が一番苦心したのはこのことです。

 それゆえに、神様は世の中の女性たちをみんな私に任せようとします。神様の娘として、神様の妹として、妻としての資格者として、母親になることのできる資格者として、私でなければその印を押す人がいません。その印を受けなければ、天国に入っていくことができません。四大心情圏と、三大王権を備えることができなかった人や、天国の王権を奉って、王国においての神人一体理想を中心に、心情的に生きることができなかった人は、天国に入っていくことができないようになっています。

 既成教会は、信じることで救われるというのですか。その人たちは、天国について何も知らないのです。ですから今まで、みんな掃き捨ててきたのです。みんな掃き捨てなければいけません。それを私が救ってあげようとするのです。それを見れば、神様の愛が本当にありがたいものであることが分かります。世界の国々もそうであり、キリスト教も今、文総裁のあとにくっつこうとして訪ねてきているのです。分かりますか?(はい)。

 「神の日」を一番お祝いすることが何かといえば、家庭的理想基盤を中心として統一天下の主役になることです。そして神様の友となり、神様の愛の主体、すなわち第一の神様の前に、第二の神様の対象的愛の主人になることです。そしてそれが神様が人間を創造された目的であり、人間自体が神様と一つになって統一的主人になることが人間の目的なのです。愛を中心として、一つになろうというのです。神・人・愛一体圏が、結婚の日の初夜に結ばれるのだということを分からなかったのです。

 そのような花嫁を持って神・人・愛一体感を感じることができますか。私が聞いているではないですか?(努力します)。(笑われる)それでも郭錠煥は烈男(死を顧みず妻に対して精誠と志操が堅い男性のこと)であるという噂があるそうです。文総裁が烈男であるという話は聞かないのに、郭錠煥は烈男であると言っている人が多いですね。それでいいのです。

  真の父母と成約時代安着

 「神の日」を祝うのですが、体と心の安全圏を安着させなければなりません。すべて今年の年頭標語と同じです。「真の父母と成約時代安着」です。体と心が一つになって、神様と真の父母が来られて、暮らすことのできる安着地帯になりなさい。まず個人のレベルで、そのような男性、女性になって、そしてそういう男女が一つになって、家庭的な位置が定まり、それが拡大されて地上天国、天上世界の天国になるのです。そして、その天国において我々は、家庭単位で生きるのです。天国での二人の起源地を、我々の家庭から出発させるのだと決意する人たちが神様の息子娘になるのです。

 神様が願われる愛の対象として創造された理想的対象存在、結果存在として公認されるのだということを知らなければなりません。そうすれば神様でさえも彼らの所有となり、神様の被造世界も彼らのものとして神様は伝授してあげるというのです。そして、それが神様から人間に与えられた神様の愛の主人公としての欲望であるということを知らなければなりません。(アーメン)。「神の日」にそのような基盤を成すことを一番神様は喜ばれるのです。そして私たちは、そのように「神の日」を記念することのできる主体的存在なのです。(アーメン)。アーメン。(アーメン)。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

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Last updated  2022.05.23 06:03:27
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『韓流サッカー』 概略

  1. 韓流ドラマ「冬のソナタ」に始まる韓流ブームは作為的に造られたものである
  2. 2001年、日韓の架け橋となった李秀賢(イ・スヒョン)氏を決して忘れてはならない
  3. 韓流ブームの元祖は「冬ソナ」ではなく、リトルエンジェルス(1962~)がそれである
  4. 作為的に造られた韓流ブームで、抜け落ちてきたキーワードが「平和」、「恨(ハン)の心」である
  5. 2001年の李秀賢氏らの平和の架け橋を土台として、2002年、日韓合同のワールドカップの開催。その翌年からのピースカップが、本来なら韓流ブームの流れの中で「韓流サッカー」として広まっていくはずであったが、その機会を逃してしまった。
  6. 韓流ブームの低迷が懸念されるなか、2009年ピースカップが韓国でなくヨーロッパ・スペインで開催され、同時に韓国アート展などの企画とあわせて行われた。今後、この韓流サッカーが旗手となって第2の韓流ブームを創出していくのではないか!?
  7. 韓流サッカーの主な大会ピースカップ―初回2003年。2年ごとの開催。
ピースクィーンカップ―女子サッカー大会。初回2006年。2年ごとの開催。
ピーススターカップ―初回は2007年より毎年開催。韓国芸能人らによるサッカー大会。2011年は、FC MENが大会参加。
ピースコリアカップ―2007年に日本で開催。民団vs朝総連、日本芸能人vs韓国芸能人の試合が行われた。

 8.合言葉:PFMP(Play Football Make Peace)

 9. 2012年9月、文鮮明総裁聖和後の開催予定は未定。



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